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Last-modified: 2015-09-13 (日) 18:25:10

 りぃん……りぃん……
 鈴虫か、鈴の音か。まるでなにかを呼ぶような空気を擦り合わせ震わせるような音に三日月は意識を浮上させた。乱れていた単は整えられ、不思議と体は軽いような気がする。先程までの情事がなかったかのようなそれに目を瞬き、次いで周囲を見回した。周囲は寝付いた場所ではあるが、隣に一期一振の姿はない。いつでも尊大にこちらの寝顔を眺め、「いい眺めでしたよ」などと宣う男らしからぬことだ。そして、よくよく見れば、敷布もない。
(……どういう、ことだ?)
 どうやらいつの間にか自分は違う場所へと運ばれたというのか。落ち着いてみれば、よく似ているが、どうにも違う場所のように思える。暗く夜目が効かなかったためか。すぐに気づけなかったことに不覚をとったと思うが、同時に違和感もある。そう、そばにこそいないが、どうやら程近いところに一期一振らしき神気の気配がある。それによってどうやら勘違いを誘発したらしいと悟り、三日月は些か気分を害しながらも立ち上がる。盗人かなにかは知らないが、状況把握のためにも一期一振と会う必要があるだろう。ひとまずの合流を目指し、三日月は神気を辿り部屋を後にした。

   *   *   *

 ゆるゆると意識と感覚が繋がっていく。気管を通っていく空気を、皮膚が触れる物の感触や体を押し返す床の固さを、体の表面に触れる空気の暖かさや湿度を。まるで蜜の中の泡のようにゆっくりと浮き上がるように認識していく。
そして小さな違和感に気付く。なにかが違う。空気…そう、匂いが違う。香が違うのだろうか?しかしそれだけではなく…
「…ここは」
ゆっくりと起き上がり視界を巡らせると、先程までいた筈の本丸の離れでは無い事に気付き、酷く混乱する。初めはやはりあの逢瀬は夢だったのか、と思った。だがそうであれば、目覚めた場所は見知った場所である筈だ。
ならばそもそもが夢だったのか。審神者に呼び出された事も本丸での日々も自分の妄想であったのだろうか。
もう何を信じれば良いのか分からず、気が狂いそうだ。グシャリと髪をかき乱して俯く。
いや、落ち着け。今肉の体を得ている事は間違いない。深く深呼吸をすると、三日月の気配が近付いてくるのが分かる。少なくとも三日月は近くにいるらしい。
もしかしたら、自分が意識を飛ばしている間に本丸が敵側に何らかの干渉を受けた可能性もある。何が起きているのか分からない時こそ、その一手の遅れが響いてくる。今自分が為すべきは、最悪の可能性を想定して、可及的速やかに現状を把握するべく情報を集める事だ。まずは三日月と合流するのが最良だろう。
障子の向こうに三日月の影が映り、滑らかに障子が開く。
「一期。」
「三日月殿、ご無事でしたか。……?」
月光を背にした三日月はいつものように美しいがいつもと違う三日月であった。いつもであればうなじを隠す程までしか無い髪は肩を滑り落ち、腰の辺りまで流れている。光をまとい輝く深い青みがかった黒い流れは天の川のようだ。
「三日月殿、この御髪は……」
そっと頬にかかる髪をすくように手を伸ばすと、びくりと肩が震えて、手を避けるように三日月が後退りをした。

   *   *   *

「三日月殿、ご無事でしたか」
 『三日月殿』。その単語に三日月は訝しげに眉をしかめた。そう呼ばれたことなど、久しくない。最初に顔を合わせた時ぐらいであったか。いや、初対面の時でもこのように敬称をつけ呼ばれたのかどうか……。
 改めて目の前に現れた男を見れば、混乱はいや増した。己と対照的な浅葱の髪は確かに一期一振のものだったが、その髪はまるで落飾でもしたかのごとく肩にも届かぬ長さであり、何よりその表情と纏う雰囲気は特徴ともいえる傲慢さがかけらも感じられない。
 これは一体誰であろうか。いや、分かっている。感じ取れる神気は間違いなく一期一振のものだ。自分もそうだと呼びかけた。だが、拭えない違和感が三日月にそれ以上の言葉を告げるのを戸惑わせる。
 自分から室内へと足を踏み入れたにも拘らず動かない三日月に、目の前にいる一期一振もまた当惑を覚えているのか、躊躇いがちな抑えられた声がかけられる。
「三日月殿、この御髪は……」
 そして自然に自分へと伸ばされた大きな手が頬を掠めるのを察し、三日月は弾かれるように距離を取る。褥の上ではさておき、この程度触れられることは慣れている。気にするほどのことではないことは承知しているのに、考えるよりも拭えぬ違和感に体と口が動くのが先だった。
「お前は、誰だ? 『一期一振』――なのか?」
 その言葉に、目の前の男の顔が強張る。表情が全て抜け落ちたかの様に色を失って見えるのは、月明かりしかない闇夜のためか。何かを抑え込むかのように、男は己の胸元を震える手で握りこみ答えを返した。
「……ええ。ええ、私は『一期一振』です」
 その言葉に、三日月はわずかに安堵し、ひっそりと握りしめていた拳を解く。そして三日月のその気の緩みを察したかのように、『一期一振』を名乗ったその男は一息でその距離を縮め強い力で三日月の肩を掴むと、苛烈な光を宿して三日月の瞳を射た。
「それ以外のなんだと仰るおつもりですか? 貴方は……私を通しなにをご覧になっているのですか!?」
 まるで血を吐くようなその慟哭にも似た叫びに、三日月は呆然とする。言われる言葉への理解が追いつかないまま、更に苛烈な光を宿す瞳との距離が詰められて。
「――っふ、……っ!」
 まるでぶつけるように重ねられた唇への感触に、三日月は反射的に目を閉じる。いつも与えられるそれとは異なる。拙い、まるで幼子のように縋るようにも思えるそれ。
(――違う、こやつは)
 三日月の知る一期一振とはかけ離れたそれに、三日月は動揺で動かしそびれつづけた腕を突き放そうとその胸元に滑り込ませようとして――
「――なにをしている」
 背後よりかけられた酷く聞き覚えのある低く冷え切った声に、二人は目を見開いた。
 そして、距離を詰められた時同様に唐突に突き飛ばされ、三日月はその肩を背後から別の手によって引かれる。ただし、突き放したのは三日月でもなく、目の前の男でもない、それは――
「御前、様」
 見上げた先にある、見慣れたその姿に三日月の口元からその言葉が零れ落ちる。自分を抱きしめる、この上なく不機嫌であることを隠そうともしない一期一振の眼光に、三日月は意識せずその身を震わせた。

   *   *   *

 ぞわり、と毛が逆立つような重圧に襲われ、小さく飛び退くと、そこには先程まで自分の側にいた三日月を片腕で囲うようにした長身の男がいた。放たれる殺気に気圧される。
「この天下一振の奥と知っての狼藉ですかな?ずいぶん度胸があると見えますな」
琥珀色の目は剣呑な光を帯びている。まさかこのような状況になるとは思ってもみなかった。その男は、自分と全く同じ顔をしていた。
「もう一度聞く。なにをしている」
「なに、とは面妖な。自分の奥に触るのに何の遠慮がいるのか。そなたそうさっき言ったであろう」
「三日月殿!」
男の殺気に気をとられていて気付かなかったが、いつもの三日月もそのうしろにいた。
「無事だったか?」
「えぇ……しかし、彼らは……」
気は確かに自分や三日月と同じ気を持ち、顔も同じだ。しかし、同じではない。他の本丸に顕現さた『一期一振』や『三日月宗近』とも違う。演習で出会って話をしていても『三日月宗近』である事にかわりはないし、『一期一振』も自分とほとんど変わらない価値観を持っている。けれど、この二振は価値観も性格も一期の知る『三日月宗近』でも『自分』でもないと感じる。特に三日月は朗らかな表情をしている事が多いのに、強張ったような顔をしていた。
「不躾な目で見ないでいただきたい。これは、吉光の傑作・天下一振と呼ばれる私の奥です。他の刀が触る事など許される筈がないでしょう」
苛立ちを隠しもせず、髪の長い三日月を隠すように動き、自分を睨みつけた太刀から発された言葉に目を見張る。
「天下一振……」
「天下人、豊臣秀吉の持ち刀にふさわしい名でしょう?」
そこに現れていたのは揺るぎない自尊心だった。自分には持ちえないそれは、有力な武将に望まれ戦場で振るわれてきた経験よるものなのだろう。
「三日月は天下五剣の中で最も美しい刀。我が奥に最もふさわしい。あなたは私を模した刀のようだが、釣り合いなど取れよう筈もない。お分かりですかな?」
微笑んだ天下一振の覇気に圧倒され、反駁する事もできずに立ち尽くす。
「ふ……ここにいるのは、一期一振本人よ」
「は?」
一瞬の間を破ったのは、三日月のくつくつという笑いだった。
「この性格の悪さ。天下一振に間違いないな。しかし、俺の背の君に慣れていると一層酷く感じるものだな」
口元を袖で隠してのんびりとした口調だが目が笑っていない。そこまで何が彼の気に触ったのか分からないが、三日月は随分機嫌を損ねているようだった。
「笑えない冗談ですな。この者が私と同じとは。確かに似ている所はありますが、別物でしょう?」
「正しく神気も読み取れぬとは、天下一振の名も驕りに曇ったものだな。形は似せれても、神気は人には作り出せぬ。そうだろう?そなたに分からずとも、そちらは分かっているようだぞ?」
鋭い視線を三日月へと向けていた天下一振が、後ろに控えている三日月へと目を向ける。
「……神気は変わらぬ。なぜかは、分からぬが」
目をふせて首を振った動きに合わせて衣に触れた髪の音が微かに聞こえた。自分に視線を向けられたことに三日月は一瞬動揺していたようだが、すぐにその長い髪を苛立たしげにかき上げ、話を向けてきた『己』へと問いかける。
「全く同じ神気であるのに、なぜこうも違う。それにお主も俺であろう。事情がわかっておるのであれば話してもらおうか」
 お主の仕業かと冷静に問う姿勢は、端正な顔立ちと相まって天下一振りとはまた異なる迫力がある。顔にあの鷹揚さを絶やさぬ笑顔がないことでこうも変わるのかと驚きながら、いつの間にか傍らに来ていた三日月を見れば、彼は対称的に静かに頷いた。
「さてなぁ、正直俺にもわからん。だが、ずいぶんと懐かしい成りであることはわかる。お主も、そこにおる『天下一振』を名乗るものもな」
「ご存じ、なのですか?」
 三日月の言葉に思わずはっと顔を上げれば、安心させるように彼は頷く。
「ああ、恐らく間違いない。……もしかしたら、“呼んで”しまったのかもしれぬな」
 後半は、傍にいた一期一振にだけ辛うじて届く声量で。その言葉に、胸がざわりと震える。
 だが、そんな動揺など気にしないかのように、二人の『三日月』は話を進める。
「『懐かしい成り』、といったか。まるで先の世を知るものような口を利くが」
「俺は時の流れが少々あやふやな生活をしておってな。記憶違いかもしれん。――だが、確かに俺はお主であると保証しよう。詳しくはわからぬが、まあ夢と思えば一番納得がいくさ。何もせずとも、目が覚めればじきに元ある場所へと戻ろう」
「三日月殿……」
 まるではぐらかすような物言いに眉を顰めて名を呼べば、困ったように三日月は笑ってみせた。
「察しての通りだろうが、詳しくは後にしよう。……余計なことは口にせぬようにな」
 下手に言えば歴史改変となりかねん。抑えられた声量でつげられたそれらに、惑いながらも一期一振は頷く。話から察するに、目の前の二人は過去の――おそらくは焼け落ちる以前の三日月と自分、ということになるのだろう。
 突拍子もない状況ではあるが、三日月の言う通りであれば確かに下手なことは口に出せない。真実がどうあれ、用心深くすることに越したことはないのだろう。
 ただ、ひとつ。
 ずきりと痛んだ胸に、一期一振は己の胸を押さえた。『“呼んで”しまった』と三日月は口にしていた。どういった不思議によるものかはわからないが、“呼ぶ”――つまりは会うことを望んだということであろう。情を交わした際に口にされた『おまえさま』、そして過去の三日月が『一期一振なのか?』と問うほどに異なる自身。そしてそれを裏付けるかのように、傲慢と呼べるほどに威風堂々として自らを誇り、『天下一振』のその名にふさわしい立ち振る舞いは、確かに今の己とはかけ離れている。
 そして髪の長い過去の三日月は、その天下一振りを『御前様』と呼んだ。つまり、今自分の傍らにいる三日月が自分を通し見て、望んでいたのは――
 思い至ったその結論に、一期一振は爪が食い込むほどに強く己の手を握りこんだ。

   *   *   *

 目の前にいるもう一人の自分はこれが『夢』であると言った。そして自分達よりも先の世を知っている、とも。その言葉に天下一振も自分も掻き乱されているのは間違い無い。
 天下一振は困惑を隠せない表情で『一期一振』を見つめ、そして時折探るように『三日月宗近』に視線を走らせては、この状況でどのように動くべきかを図っている。
 それは自分も同様で、落ち着かない空気がこの一室に流れていた。
「大丈夫か、一期。顔色が余り良くない」
 そんな中『三日月宗近』が気遣わしげに『一期一振』の目尻の辺りからこめかみに向けて指で髪をそっと梳いた。蜉蝣(かげろう)の羽根に触れるかのような繊細さと気遣いを持った力で動くその指を何のてらいも無く受け入れ、ぎこちなく弱々しく微笑み返す『一期一振』に、酷く動揺した。
「……」
 これは誰だ。こんな自分も『一期一振』も己は知らぬ。
 なぜその様に触れる。なぜその様な表情を見せる。自分達の在り方とは違う二振に違和感しか感じ無いのに……なぜこんなにも自分は苦しいのだ。
「何を見ていらっしゃるのです?」
 その声に天下一振を見れば微笑みを浮かべてはいるが、その目は不機嫌を宿して燃え盛っている。それは骨喰の神気を奪った時と同じか……ともすればそれ以上かもしれない。
「御前様……」
「私以外の男を見つめるとは……やはり貴方は自分の立場が分かっていらっしゃらないようだ」
 そう言って己の顔へと伸ばされた天下一振の手に思わずビクリと肩を揺らすと、あれよという間に微笑みは強張り、更に険を増す。
「――仕置きが必要なようですな」
 ぐい、と腕を引かれ畳へと身体を崩した己を天下一振を見下ろす。
「脱ぎなさい」
「何を……馬鹿な事を……」
 信じられない言葉に喉が戦慄き、上手く言葉を吐き出す事が出来ない。
「貴方の二心が無い証を見せる為ですよ。その男に見とれていないというのなら……夫である私の言う事なのですから、躊躇う事など無いでしょう?」
 あまりの横暴に、三日月は思わず言葉を荒げ、噛みつかんばかりに声を上げる。
「正気か? 一体なにを考えている。今はそのようなことなど――」
「どうでもいいと仰るか」
 はっ、と吐き捨てるように、自嘲するように天下一振りは言う。
「ええそうでしょうな。いつもあなたはそうだ。さぞや滑稽に映るのでしょう、容易く心乱されるこの身など。『夢』ですら、私の思うままにはさせぬのでしょう」
 まるで、不貞腐れたこれは童の起こす癇癪のようだ。こちらのいうことなど、聞く気もないのだろう。そのくせ横暴なのにどこかすがるようでもあるのは、近いその距離で震えが見えるからか。
 らしくないそれに、三日月は苛立ちを覚えて頭を振る。
「よく言う。俺が御前様の意のままにならなかったことなどないであろうに」
 外堀を埋め他の選択肢を奪って。抵抗する気のないこちらをいいようにいつでも触れもする男がいまさら何をいうというのだと。
「言っただろう。お主次第だと。望むのならば堂々とせよ。触れたいなら触れればよい。何が望みだ。……ああ、『脱げ』といったか」
 いいながら、纏っている浴衣の帯をほどき、無造作に落とす。そうして首元を緩めてやれば、呆気ないほど簡単に浴衣は肩から滑り落ち、足元に溜まる。身に纏うのはその一枚だけだ。当然さらされた素肌に、夜の空気が触れ肌寒い。震えそうになるのを抑え、三日月は己を見据え続ける天下一振りを見上げ告げる。
「これで満足か。だが二心がないことを示すためにその姿を疑う相手に見せるというのも滑稽なことよな。次はなんだ、口吸いでもすればよいか。それとも慰めよと?」
 艶然と微笑んでやれば、複雑な表情で佇む天下一振りと、その肩越しに動揺したようにさっと目をそらす『一期一振』が見えて、三日月は嘆息する。
 本当にこれらが同一のものだとでもいうのか。あまりにも滑稽な冗談にしか聞こえない。夢にしてもずいぶんと荒唐無稽なことだと思いながら、原因を誘ったであろう『三日月宗近』を横目で睨み付ける。その視線を受け止めた相手は、呆然と成り行きを見ていた状態から一転、苦笑めいたものを口許に浮かべて「わかった」とでもいうように頷いて。口を開こうとした『三日月宗近』の動向でも待とうとした三日月の耳に飛び込んだのは、想定とは別の声だった。
「馬鹿げている……!」
 そう吐き捨てたのは『一期一振』だった。
 つかつかとこちらへ歩み寄り何も身に纏っていない自分へ、己の羽織っていた上着を肩へと掛けた。ふわり掛けられたそれは人肌の暖かさを剥き出しの肌へと伝え、逆にどれだけ冷え切っていたのかを悟らせた。ほぅ、と知らず溜め息を吐き出した自分を見る天下一振と同じ金の目は痛みを堪えているかのようで、不思議に思う。
 この者は自分と天下一振の関係には何一つも関係がないのに何故このような顔をするのだろう――
「何のつもりか」
 天下一振が上着をかけたその腕を掴んで動きを制した。ギシリと側にいる自分にも分かる程の強い力でその腕をきつく掴んでいるのが分かり、離した後には痣のようになっているだろう。
 いい加減にしなされ、と『一期一振』が唸った。
「貴方には天下一振という名誉があり、名のある武将に望まれ戦場で振るわれてきた、という自尊心もある。……貴方を慕う美しき奥方もいる。何が不満なのですか。満たされている貴方が、そうやって奥方を辱めてまで貴方が欲する物が何なのか理解出来かねる!」
 そう言うと掴まれた腕を押し返すように強く振り払った『一期一振』の胸元を掴み天下一振が低く恫喝する。
「何が分かると言うのか……!それだけの期待や名前を背負い己を律し鍛錬し続ける私の苦しみなど知らぬ癖に!そこまであっても捕らえることの出来ない相手を見上げる事しか出来ぬもどかしさが……分かる筈も無い!偽物め!」
「っ!私は、一期一振です……!」
「神気が同じなのだ。別物では有り得ぬ。落ち着くがよい」
「記憶がないからと、気遣いは不要です! 貴方もなぜあのような無礼を許すのですか! わからない! 私と同一の者であるならあのような事を言う筈がないのです……! 神気が同じであろうと、それが偽物だという証!」
一気に顔が白くなり睨みつける目が揺らいだ『一期一振』の言に同意するように追い討ちをかけるように天下一振の言葉は激しさを増す。
「そう、貴方は偽物だ。だからその物珍しさに三日月も惑わされているのでしょう。私達は夫婦なのです。余所見をした三日月も悪いですが、そもそもは私に貞淑な奥です。私の言葉に素直に従う、私だけの……揺るがす間男は、破壊、しておきましょうか」
「ぐっ……!」
いっそ楽しげにすら聞こえる声音とは裏腹に、素早く『一期一振』の喉を掴み、力を込めていくその指先が天下の本気を表していた。