A「抵抗もできぬものを虐げ、殺すか。
嗜虐に殺戮とは随分と良い趣味をしているじゃないか、糞餓鬼。」
B「おじさん、誰。せっかくの時間を邪魔しないでくれる?
一番好きな死に際の顔を見そびれちゃったじゃないか。」
A「そいつは悪かったな。」
B「分かったならどいてよ、生ゴミを処理しなきゃ。」
A「ほう、それはもうゴミか。死体ですらないと。」
B「だってもう、ただのものでしょ。何も感じないもの。」
A「だが人間だったものだ。
お前、『人間を殺してはいけない』と、習った事は無いのか?」
B「あるよ。『何で?』って母さんに聞いたら殴られた。
だから殺した。だって意味が分からないんだもの。」
A「ならば問おう。お前は他人の作った飯を食うか?
住処を与えたものはいるか?着ている服は買ったものか?」
B「何が言いたいの?」
A「良いから答えろ。」
B「答えは全部Yes。当然じゃない。」
A「ならばお前は人間だ。」
B「人間以外なわけがないじゃないのさ。」
A「そうか…そうだな。ならば、残念だが俺はお前を殺さねばならん。」
B「なぜ?意味が分からないよ。」
A「お前が秩序に背き、快楽殺人を犯すからだ。」
B「秩序ね。おじさんもそれを言うんだ。なんなのさ、それ。」
A「答えが欲しいか。いいだろう、冥途の土産だ糞餓鬼。
なぜ人間を殺してはいけないか、だったな。」
B「納得させられるとでも?」
A「まあ聞け。 二人の人が居たとしよう、そいつらは互いが互いを殺そうとする。
そいつらはもう一人の作った飯を食えるか?」
B「無理だね、殺したいんだもん。毒を盛るに決まってる。」
A「そうだ。だから人は契約をした。
『俺はお前を殺さない。だからお前も俺を殺すな。』」
B「ふーん。つまらないね。」
A「お前はそのつまらない契約の上に成り立つ社会を利用した。
おかげでお前は飯が食えたし、寝床も確保できた。
だが、お前は人間でありながら人間の掟を破った。」
B「だから殺す? おじさんは僕を殺しても良いの?人間なのに。」
A「残念ながら、俺は人だが人間ではない。
人間の掟につながれた獣。飼い主の意向でこういう仕事をしているにすぎん。」
B「詭弁だね。ただの免罪符じゃないか。」
A「そう捉えられてもかまわん。
俺もお前と同じでな、倫理の意味はわかっても実感はできない。」
B「今度は狂人気取り。アウトローは格好良いとでも思ってるの?」
A「さてな。お前に分かるように言うなら、こうか。
『お前は不必要に人を殺した。
だからお前を殺してはいけない理由がなくなった。
従って、お前を殺したい衝動をもう我慢しなくて良い。』」
B「鎖の取れた狂犬ね、あはは、カッコ良いよ、とーっても。
『残念だ』とか『殺さねばならん』なんて威厳たっぷりに言ってたくせに、
実は殺したいだけなんて滑稽じゃない。」
A「そうだな、一理ある。
だがもしお前が獣として生きる者ならば、仲間に引き入れたかったのもまた事実だ。
それと、一旦人間の皮をかぶると、脱ぐのも一苦労でな。」
B「気持ち悪いし面倒くさい。そういうの好きじゃないな。
僕は好きなようにやって、好きなように殺す。
掟に縛られるなんて僕がかわいそう。」
A「そうか。ではお別れだ。」
B「…そうだ、狂犬さん、獣の掟って知ってる?」
A「弱肉強食か?」
B「惜しいね。…殺すものは、殺される事もある。」
A「ふむ、良いアドバイスを有難う。しかし人語での会話も飽きた。
そろそろ獣の語らいを始めようじゃないか。」
B「珍しく同感だね。それじゃ、遠慮なく。」