書き起こし/契約の獣

Last-modified: 2016-01-10 (日) 04:12:51

A「抵抗もできぬものを虐げ、殺すか。
 嗜虐に殺戮とは随分と良い趣味をしているじゃないか、糞餓鬼。」

B「おじさん、誰。せっかくの時間を邪魔しないでくれる?
 一番好きな死に際の顔を見そびれちゃったじゃないか。」

A「そいつは悪かったな。」

B「分かったならどいてよ、生ゴミを処理しなきゃ。」

A「ほう、それはもうゴミか。死体ですらないと。」

B「だってもう、ただのものでしょ。何も感じないもの。」

A「だが人間だったものだ。
 お前、『人間を殺してはいけない』と、習った事は無いのか?」

B「あるよ。『何で?』って母さんに聞いたら殴られた。
 だから殺した。だって意味が分からないんだもの。」

A「ならば問おう。お前は他人の作った飯を食うか?
 住処を与えたものはいるか?着ている服は買ったものか?」

B「何が言いたいの?」

A「良いから答えろ。」

B「答えは全部Yes。当然じゃない。」

A「ならばお前は人間だ。」

B「人間以外なわけがないじゃないのさ。」

A「そうか…そうだな。ならば、残念だが俺はお前を殺さねばならん。」

B「なぜ?意味が分からないよ。」

A「お前が秩序に背き、快楽殺人を犯すからだ。」

B「秩序ね。おじさんもそれを言うんだ。なんなのさ、それ。」

A「答えが欲しいか。いいだろう、冥途の土産だ糞餓鬼。
 なぜ人間を殺してはいけないか、だったな。」

B「納得させられるとでも?」

A「まあ聞け。 二人の人が居たとしよう、そいつらは互いが互いを殺そうとする。
 そいつらはもう一人の作った飯を食えるか?」

B「無理だね、殺したいんだもん。毒を盛るに決まってる。」

A「そうだ。だから人は契約をした。
 『俺はお前を殺さない。だからお前も俺を殺すな。』」

B「ふーん。つまらないね。」

A「お前はそのつまらない契約の上に成り立つ社会を利用した。
 おかげでお前は飯が食えたし、寝床も確保できた。
 だが、お前は人間でありながら人間の掟を破った。」

B「だから殺す? おじさんは僕を殺しても良いの?人間なのに。」

A「残念ながら、俺は人だが人間ではない。
 人間の掟につながれた獣。飼い主の意向でこういう仕事をしているにすぎん。」

B「詭弁だね。ただの免罪符じゃないか。」

A「そう捉えられてもかまわん。
 俺もお前と同じでな、倫理の意味はわかっても実感はできない。」

B「今度は狂人気取り。アウトローは格好良いとでも思ってるの?」

A「さてな。お前に分かるように言うなら、こうか。
 『お前は不必要に人を殺した。
  だからお前を殺してはいけない理由がなくなった。
  従って、お前を殺したい衝動をもう我慢しなくて良い。』」

B「鎖の取れた狂犬ね、あはは、カッコ良いよ、とーっても。
 『残念だ』とか『殺さねばならん』なんて威厳たっぷりに言ってたくせに、
 実は殺したいだけなんて滑稽じゃない。」

A「そうだな、一理ある。
 だがもしお前が獣として生きる者ならば、仲間に引き入れたかったのもまた事実だ。
 それと、一旦人間の皮をかぶると、脱ぐのも一苦労でな。」

B「気持ち悪いし面倒くさい。そういうの好きじゃないな。
 僕は好きなようにやって、好きなように殺す。
 掟に縛られるなんて僕がかわいそう。」

A「そうか。ではお別れだ。」

B「…そうだ、狂犬さん、獣の掟って知ってる?」

A「弱肉強食か?」

B「惜しいね。…殺すものは、殺される事もある。」

A「ふむ、良いアドバイスを有難う。しかし人語での会話も飽きた。
 そろそろ獣の語らいを始めようじゃないか。」

B「珍しく同感だね。それじゃ、遠慮なく。」