華咲く扉/プロローグ

Last-modified: 2024-04-22 (月) 20:45:54

秋の、本当に何もない1日。私はまるでこの世に存在しない人間であるかのように、ベッドに横になっていた。神無月の冷たい風が私のほおを貫く。カレンダーによると、今日この日は土曜日なのだという。そんな実感はない。

時計の針は午前1時とちょっとを示しているが、ちっとも眠くはない。正直、眠る理由もわからない。
親も眠っているし、私は一人寂しく時を過ごすのみである。日課のようなものだ。

私の名前は東寺 咲華(あずまでら さきか)。中学二年生である。いわゆる、「教室の隅の根暗な少女」で、私に関心を持つ人なんてほとんどいない。いるとしても、せいぜいいじめっ子くらいなものである。
私が絵を描けばそれを台無しにしようとする。私が泣いていればそれをばかにする。
いつもの情景だ。
思い出すと泣けてくる。

「...死にたい」

そんな心の声が漏れてきた。
生きていても意味はない。
私は気を紛らわすために、新しく買った少女漫画雑誌を開いた。
ちゅー♡(ちゅーる)』。私が購読している雑誌名だ。月刊「ふりる」「フレンズ」などと競合する、少女漫画雑誌御三家のひとつだ。

相変わらず、型にはまった恋愛をする二人。無論、恋愛なんて私には縁の無いことだけれど、なんだか羨ましい。
大体、少女が知りもしないイケメンにひょんなことで出会って、ときにぶつかり合いながらも惹かれ合っていくのである。
どうせ、私にこんなことはありえない。私みたいな不細工に惹かれる人間はいない。私なんて消えてしまえばいいのに。
そう考えていると、私のなかでなにかが込み上げてくる。

「ひっ...」

涙が止まらない。
悲しい。つらい。寂しい。辛い。怖い。
そんな感情が一気に押し寄せてくる。
人生はうまくいかない。人生に救いなんてない。私を救うものなんていない。
どうせ... どうせ私なんて...
紅葉する葉が散っていくように、私もどうせいつか散っていく。なら... いっそ私も一緒に...
声を上げて泣いた。私には無理... 生きているのなんて無理...

ふと、涙で潤んだ目が窓の方を向く。
よく見えないけれど、外では紅葉がはかなく散っている最中であろう。
私も一緒に散りたい... 死にたい... もう嫌...


そんなことを考えていたら、何時間経っただろう。朝日が差し込んでくる。
窓から差し込む朝日ほど憂鬱なものはない。1日の始まりである。
日光...嫌... 嫌...

布団野なかに隠れてうずくまる。まるで、太陽から逃れるかのように。
暗いところが好き。暗くいて... もっと暗く...
暗闇は世の汚いところを隠してくれる。夜の街があたかも汚れひとつない楽園に見えるように、夜は私を虐げるものも寝静まって安泰なのである。

私はそっとカーテンを閉めた。
カーテンを閉めても、わずかな光がそれを透過しては入り込む。
怖い... 嫌... 助けて... 誰か...

~ピロポロン♪~

すると、私のスマートフォンからなにやら音がした。
全く、場違いな音である。
けれど、心が少し晴れた気がする。こんな中でも私を気にしてくれる人がいて、私はとても嬉しい。
私なんかのためにメッセージを送ってくれて...

私なんかを気にかけてくれる人... 真彩ちゃんだろうか。

真彩ちゃんはその名を夜菫 真彩(よすみれ まあや)という。私と同じ中学二年生だ。
とはいっても、彼女は私よりもずっと社交的だし、ずっと運動神経もいい。短距離走で倒れる私とは大違いなのである。
顔も可愛らしく、スタイルもいい。私の憧れの的である。
そんな娘が私のお友達なのだ... そう考えると、少しだけ気持ちが楽になる気がする。
たとえ相手がどんなイケメンでも、うわべだけの言葉を聞いたって嬉しくはない。そもそも、男に対するに興味もない。あんな生き物... 滅びてしまえばいいのに。
けれど、真彩ちゃんはちがう。心から私を気にかけてくれる。心から私を信頼してくれる。そして心から誉めてくれる。
うれしかった。あの娘のおかげで生きているといっても過言ではないのである。

おもむろにスマートフォンへと手を伸ばす。
電源ボタンを短くカチッと押し、私は静かに画面を覗いた。

...

悲しいことに、通知はただのシステム通知だった。
あの期待はなんだったんだろうか。私は無気力になり、ベッドに横たわった。

悲しいことに、世の中は何一つ私の思うようにいかない。私はただ、非情なる世の中に隷属するだけ。
この世に慈悲はない。私なんかのような粗大ごみには当然の報いである。私がすべて悪い。私がいるからみんな苦しむし、私なんかが生きているからみんな不快な思いをする。そのくせ、焼却炉に入るまで捨てることはできない。その至極全うな対価として私はこのような処遇にある。
きっと... そう。私が悪いの。

何もせずに時間はただただ過ぎていく。
時間とはなんたるかを差し置いて、私は空間と融合し、ただ天井を望む。
暗鬱な感情が意識を蝕むなか、実態のない「虚無」は唯一その魔の手から逃れることに成功している。
この「無」がもしかすると、私にとっての唯一の安全地帯なのかもしれない。

そこには、悲しみも苦しみもなく、また幸せも快楽もない。虚無は虚無なのであり、私は死体のように、生死の別すらもない「宇宙」と一体化する。


それからどのくらい経っただろうか?何分...?何時間...?
正直、私にはわからなかった。時計は私が10分程度しか飛んでいないことを示唆するが、私にはその実感が全く湧かなかった。
自分がしていることが如何に無意味か、如何に虚しいか。自分自身の存在が嫌になる。
大体、存在していてもいいことはない。私なんて、死ぬべきなのだ。

「はぁ... 死にたい...」
「...死にたい...」
「はやく... おねがい... 死んじゃいたい... もう無理...」

気休めにスマートフォンを開く。
画面をスワイプしてホームへと移る。
あわよくば誰かから通知が来ていないかとInstantglamourを開く。

...

当然のように、通知はない。どうせ、だれも私なんか気にしていない。私の存在すら知らない。
私はあくまでもおもちゃであって、それ以上でもそれ以下でもない。
期待した私がバカだった。

...

ただ一人、むなしく閉じては開いてを繰り返す。
誰か来てないかな...
来てほしいな... 絶望的になりながらも、通知を何度も何度も見る。
こうしていると、意外にも時間は進む。

...

朝飯時。しかし、ご飯をつくる親は外出中でいない。
私はただ一人であった。

朝食を作る気になんてなれない。というより、食欲も湧かない。何も食べたくない。
...どうせ食べても胃が痛くなるだけ。吐きはしないけれど、食べたくない。

はぁ... はやく首を吊りたい。


朝食も何も食べずに、私は1日を眠って過ごすことに決めた。
きっと不健康なんだよね。私、知ってるよ。けれどそんなことはどうでもいい。
私は陰鬱で悲しい時間を紛らわすため、眠るのだ。

私はトリアゾラムとプロチゾラムを主成分とした睡眠薬を10錠飲むことにした。許容用量は1錠までだけれど、そんなことはどうでもいい。
ついでに風邪薬も一緒に摂取する。

...
錠剤を砕くため、私はキッチンに向かおうとする。
ヘッドから起き上がると、私の静脈血に染まってしまった布団が目に入る。

...ごめんね...ごめんね...私なんかのために...
...うぅ...うっ...ううう...

私は申し訳なさのあまり泣き出してしまう。
半分ふさがったばかりのリスカ跡に涙が染みる。
生きてることに耐えられない。どうして私は迷惑ばっかりかけるんだろう。
私は声をあげて泣いてしまった。

...うぇえ...あああ...ふぇああああああ...