おろち

Last-modified: 2012-11-24 (土) 01:12:38

おろち/楳図 かずお

182 名前:おろち:おおまかなあらすじ[sage] 投稿日:04/05/27 23:05 ID:???

<おおまかなあらすじ>
100年に一度永い眠りにつくことによってその若さと美しさを保っている「おろち」という謎の美少女。
彼女は手首に包帯の巻かれた右手から人の心を読み取ったり念動力を使ったりできるのだ。
ある時は屋敷のお手伝い・またある時は看護婦……。
行く先々で起こる不思議な現象や人間の業からなる悲劇を、
おろちは時に見守り、時に妨害してゆく……。
彼女がどこから来てどこへ行くのか、誰も知らない。



<姉妹>
嵐を避けるため、右手の力を使ってお手伝いとしてある屋敷に入り込んだおろち。
屋敷の美人姉妹は、なぜか暗い影が漂う。
心の扉が硬く閉ざされていておろちの読心術も通用しなかった。
姉のエミは17歳、妹ルミは16歳。姉妹はなぜか18歳を異常なほど恐れていた。
ある日おろちは姉妹の会話を聞いてしまった。
龍神家の女は18歳になると醜くなるという……。
あと一ヶ月で18歳になるというエミは恋人の弘だけが支えだったが、
この血筋の秘密を打ち明けることができずに自ら別れを申し出る。
屋敷に隠れ住んでいた姉妹の母が、発作を起こし死んでいった。
いまわの際にルミに重大な秘密を明かして。
おろちにはその遺言は聞き取れなかったが、ルミは激しくショックを受けたようだ。
倒れた母の人とは思えぬ姿を見ておろちは息を飲んだ。
あの美人姉妹がこんな姿になってしまうのか……。

ルミは姉のエミを優しく慰めるが、誕生日が近付くにつれて不安は増すばかり。
そんな中、弘がエミに会いに訪れた。エミは「会いたくない!」と怯えている。
納得のできない弘にルミは龍神家の呪われた血筋について説明する。
18歳になると額や手にホクロのような物ができて広がり、醜くなるのだと…。
姉を思いやり気の毒がるルミ。
「君も同じなのに、なぜそんなにお姉さんに優しいのだ」
「それは……。私は龍神家の娘ではないのです!私は養女だったのです!」
だから私は18歳になっても醜くはならないのだ、
同じ姉妹として育ったのに姉だけが醜くなるなんて可哀想でならない、
だから私はどんなことがあっても姉に優しくすると決心した、と…。
ガシャン。ティーカップの割れる音……エミが立ち聞きしていたのだ。
激興したエミは自分だけが醜くなるなんて許せない、とルミにつかみかかった!

その日以来、エミはルミに辛く当たるようになった。
誕生日が近付くにつれ理性を失ってゆくエミの暴力を甘んじて受けるルミ。
おろちが姉から逃げることを勧めても姉から離れないと健気に言う……。
誕生日の前夜、醜くなる兆候を見たくないと、エミは自ら焼けた鉄の棒を額と両手に当てた!

そして誕生日、心配になってやってきた弘は額に醜い火傷を負ったエミに驚き戸惑う。
「どんなに醜くなっても私を愛すなんて嘘だったのね!」
ルミを人質に取り、おろちと弘をボウガンで撃ち、出て行けと叫ぶ。
おろちはその力で自分と弘に当たった矢の急所は外しておき、
去り際にどこにいても姉妹の様子が見えるようにしておいた――。

「もうすぐお前の18歳の誕生日だというのに、お前だけ美しいままだなんて!」
ルミに殴る蹴るの暴行を加えるエミ。
やがてルミの18歳の誕生日、嘆き悲しむエミの前に笑いながらやって来るルミ。
「お母さんの遺言は……龍神家の娘ではないのは私ではなく、お姉さまあなただったの!」
血を受け継いでるのは私の方だと、額と指先のホクロを見せてくる……。
「それでは私は………私のこの顔をどうすればいいの!?」
「お姉さま、あなたは私が美しいままでいるということに憎み嫉妬したわね…。
それと同じショックを私は受けたのよ!あなたと同じように憎み嫉妬したのよ!
だから私は嘘をついた!あなただけが1人美しいままでいることは許せなかった!
そうしてあなたは自分で醜くなったのよ、自分で!
私はこのことを告白できる日までどんなことがあってもあなたのそばにいることにしたのよ
屈辱を噛み締めながら!!」

ある日傷の癒えた弘が屋敷に行くと、そこには狂い死にした姉と、得体の知れない醜い女が1人いた…。



<ステージ>

テレビが大好きな3歳の男の子佑一は、信号無視の車にはねられそうになった。
佑一をかばいはねられる父。車は一瞬だけ停車したが、見捨てて走り去ってしまった。
偶然居合わせたおろちが父を助け起こすが、その夜父は死んでしまった。
尋ねてきた警察に「犯人を見た」と言う佑一。「おはようのおにいたんだよ」
朝の幼児番組に出てくるいわゆる「おにいさん」、田辺新吾。
彼のアリバイはなく、裁判での証言もしどろもどろ。
傍聴人として出席していたおろちの目にも彼が黒なのはあきらかだった。
だが、証言能力がないということから、田辺は無罪となってしまう…。

男手をなくした佑一の母は働かねばならなくなり、佑一は不満げだった。
ことあるごとに「おはようのおにいたんがひいた」と言い続ける佑一。
事件後、子ども番組から田辺は姿を消した。佑一は必死におにいたんの姿を探す。
偶然まわしたチャンネルのトーク番組に田辺が出ていた。
「私の普段の生活がもっとしっかりしていれば疑われずにすんだのです」
芸能生活に別れを告げ、田舎に帰ると語っていた。
テレビにアイロンをぶつけて画面を割る佑一。
それ以来、佑一はおにいたんのことを言わなくなり、すっかりテレビ嫌いになってしまう。

勉強もできず絵も音楽も興味なしでテレビの話もしない佑一には友達もできない。
家に帰ると母からお金をせびってラジオやレコードを買い、暇があると聞いていた。
不審に思う母親に「歌手になるんだ」と言う佑一。花田秀次と言う演歌歌手のファンらしい。
ある日、佑一はサイン会で花田の姿を見て、ますます歌手になる決意を固める。
おろちは、佑一がレコードに合わせて生き生きと歌う姿を目撃し、驚きを隠せなかった。
花田は生活態度もよく芸熱心で真面目で親切。人気はますます高まるばかりだった。

佑一は中学卒業と同時に、書置きを残して家を出て行ってしまう――。

東京に出て花田が出演するというクラブに名前と年齢を偽って入店。
初めての給料でバンドマンたちに奢り、上手くおだてて「伴奏をつけて欲しい」と頼み、
閉店後にステージで歌の稽古をさせてもらうことに成功した。
花田が審査員を務める「あなたもスターになれる!!」という番組に出場する佑一。
最初から1位は決まっていると言うスタッフの言葉に動揺するが、
佑一は女性のブラウスの背中をカッターで切り裂いたり、
マイクにコショウをふったりと汚い手段で勝ち進み、予定外の1位となった。
劇団への斡旋を断り花田の弟子として勉強を始める佑一は、一生懸命兄弟子にも仕えた。
花田は佑一を信用し、車の運転も任せるようになっていった。
花田とともに歌や演技の指導を受けられるようになり、花田の特徴をつかんでいく。
「佑一からは過去の出来事は消されてしまったのだろうか?
いや、過去の事が忘れられないからこそこの世界に飛び込んだのだ……」
ある日佑一は兄弟子の仕業に見せかけて花田に水銀を飲ませてしまう。疑われ、追い出される兄弟子。
喉が潰れ、声が出せない花田の代わりに佑一が歌うことになった。
レコードは吹き込みだし、テレビでは袖で佑一が歌うことでなんとかなった。
花田の特徴をとらえ、さらに新鮮な魅力を持った佑一の歌は好評だ。
「花田の気持ちは複雑に違いない………」
佑一が代わりに歌っていることを知るおろちは、佑一の今後を思う。
花田のマネージャーが佑一に独立を勧めるが、佑一は「先生の力になりたいから」と断る。
佑一は花田に自分のお金で車を買い、自分が運転手になると言う。
「先生のイメージに合うスポーツカーです」車を見て花田はとても驚いているようだった。

佑一は日ごとに生き生きしているのに対し、花田は生気がなくなってゆくようだ。
酒を飲み、佑一の車で送られる花田。スピードの出しすぎが気になるようだ。
花田はいきなり佑一に代わってハンドルを握りだした!
後部座席に座り直した佑一は、花田に向かって宣言した――。
「僕の本当の名は目黒佑一!そして僕が3歳の時父はひき逃げされ死んだ…。
僕は犯人の顔をはっきり見たのです!おはようのおにいさん田辺新吾!つまりあなたです!!」
ハンドルを握ったまま、固まる花田に追い討ちをかけてゆく。
「顔を整形したことも昔の写真もみんな……みんな調べたのですよ!!」
動揺し運転を誤る花田。おろちの力で若干弱まったものの、車は塀にぶつかってしまう。
血を流しながら電話ボックスへと這いずる花田。しかし受話器をとっても声が出ない。
「計算通りハンドルを握る手元が狂った…それが犯人だという何よりの証拠だ。
俺は前もって覚悟していたから何ともない…このまま気を失ったふりをしているのだ」
2人は通りすがりの車に助けられた。

「まもなく報道関係の人たちがやってきて、事故の原因を聞かれるでしょう。
でも先生には本当のことが言えないのです!もうこれでお会いすることもないでしょう」
病院のベッドの上の花田が、佑一に手紙を渡す。それを受け取り、去って行く佑一。
東京を後にする佑一をおろちも追いかけた。
電車の中で手紙を開く。「私が顔を変えたのはあの時の出来事を忘れたかったからです。
でも無罪となっても心の底から忘れることができなかった。
だからせめてよい人間として生きようと努力したのです」破れた手紙が窓から散った――。

その日の夕方、佑一は母の元に帰ってきた。
母と2人の生活を再開し、ラーメン屋で働く佑一。
ふるさとのテレビにも花田の姿は二度と映らなかった。
佑一は東京にいた時のことは語らず、歌やテレビの好きでない佑一に戻った。
だがその表情はつきものがおちたように晴れ晴れとしていた――。



<カギ>

気まぐれである団地に住むことにしたおろち。
敷地内で遊んでいた男の子に嘘の道案内をされ、珍しく怒りを露にする。
そのひろゆき(wと言う名の幼稚園児は、「うそつき」と呼ばれて嫌われていた。
カギっ子であるひろゆきは、関心を引くためか両親にまで嘘をつき、こっぴどく怒られる。
隣の部屋の足の悪い寝たきりの恵美ちゃんの真似をして傷ひとつない足に包帯を巻いて
さすがに団地のみんなもおろちも悪感情を抱いた。

そんなある日、留守番中のひろゆきはベランダを越えて隣室を覗きに行く。
そこで隣室の恵美ちゃんが母親に首を絞められて殺されるところを目撃してしまう。
驚いて倒した植木鉢の音で母に気付かれ、鍵まで落としてしまった。
帰宅した母親に隣室のことを訴えるが、普段の言動がたたって信じてもらえない…。
翌朝母親は恵美の母に息子の酷い嘘のことを話してしまう。
恵美の母の表情の変化に気付いて怯えるひろゆきを置いて、母親は仕事に出かけてしまう。
幼稚園の先生も誰も信じてはくれない…。
翌日、恵美の母に「帰りが遅くなるのでよろしく」と挨拶をして仕事に行く母。
きっと恵美の母は自分が落とした鍵を持っているに違いない、自分を殺しにやってくるのだ。
部屋中の物をドアの前に置いてバリケードにするが、忘れ物を取りに帰った父親にバレて
酷く怒られてしまう。唯一の武器だったパチンコも取り上げられてしまう…。
父親が再び出かけた後、ひろゆきは団地の廊下から自分の部屋を見張ることにした。
合鍵を手にした恵美の母が、ロープを持った父親と一緒にひろゆきの部屋に入ってゆく。
「だれかたすけて!ぼく殺されるよう!」叫びながら団地の敷地を駆けてゆくひろゆき。
近所の主婦に訴えかけても信じてくれない。おろちはその様子をただ見ていた。
主婦が恵美の両親を見かけて話しかける。「恵美は施設に入れましたの」

逃げるひろゆきを追ってどこまでもついてくる夫婦。
ひろゆきは交番で、電車内で、バスの中で次々助けを求めるが、
上手く夫婦が丸め込んでしまって誰にも信じてもらえない。
とうとう捕まってタクシーに押し込まれてしまう…。
ひろゆきが必死に思い出しながら窓に書いた「たスケて」という文字も鏡文字となって気付いてもらえない。
恵美の母がそれに気付いてこすって消してしまった。

夫婦は恵美の部屋にひろゆきを連れて帰る。
「恵美を殺したんじゃないの、恵美は自分の薬をいっぱい飲んでしまったのよ、
いっぱい飲めば早くよくなると思ったからだわ!
私が帰ってきたらベッドの上でのけぞっていたのよ!!死んでいたのよ!!
生き返らないかと揺さぶったり吐かせようとしているところをあなたに見られたのよ!!
みんな恵美が邪魔で殺したんだと思うわ、主人は昇進して海外に行くことになっていたのよ、
恵美が死んだということだけでも取り消されてしまうわ!!」
父親は恵美は冷蔵庫の中だと言い、ひろゆきの部屋の伝言板を差し出して
「遊びにいってきます わたなべひろゆき」と書くのだと強要する。
書こうとしても字が思い出せないというひろゆきに見本の文字を書いてやる父親。
書き終えた伝言板を母親が合鍵でひろゆきの部屋に置いてきた。
夫婦でひろゆきを縛り、猿轡をかませて放置する夫婦…。

すっかり日が暮れた頃、おろちはひろゆきのことを考えていた。
幼稚園の先生に会って彼の話を色々聞いてきたのだ。
ひろゆきの部屋の明かりがついていないことを不思議がっていると、そこにひろゆきの両親が。
ドアの外で様子を伺うと、ひろゆきはまだ帰って来ていない、伝言板があったと声が聞こえる。
隣室の恵美の母をたずねて息子のことを聞く母。だが彼女も知らないと言う。
ひろゆきの両親は団地の外へ息子を探しに行ってしまった――。
おろちはひろゆきの両親の元へ走り、伝言板を見せてくれと頼み込む。
「おかしい……私幼稚園の先生にもお聞きしましたがひろゆきくんは……」

恵美の部屋で大きな石をぶつけてひろゆきを殺そうとする夫婦。
そこに右手の力でドアを打ち破ったおろちとひろゆきの両親が入ってきた!
こうして危ないところをひろゆきは助かったのだ。
「ひろゆきは自分の嘘で苦しむことになったが、最後に無意識についた嘘で助かった…。
ひろゆきは自分の名前以外はほとんど文字が書けなかったのだ」
それからも決して「うそつき」の嘘は直らなかった。
でもおろちは「うそつき」を憎めなかった。
やがて「うそつき」が立派な大人になるような気がして、この団地を後にした――。



<ふるさと>

中瀬村の農家に生まれた正一は、友人の紹介で都会に出ることになった。
ところが友達にまんまと騙され、借金を背負ってしまう。
空腹のあまりパンを盗んだことから闇の世界へと身を沈めることとなる…。
チンピラとの縄張り争いが元で、頭に大怪我を負ってしまう正一。
居合わせたおろちが助けに入ってチンピラは逃げて行ったが、
脳に鉄片が入ったため昏睡状態におちたままだ。
『帰りたい!!いなかへ帰りたい!!』
正一に代わって中瀬村に行くことにしたおろちは、電車内で正一の姿に驚く。
昔中瀬村にいたことがあると嘘をついて接触すると、確かに正一だった。
頭の包帯を外し、「医者の許可を得て帰るところだ」と言う。
峠から見える変わらない村に喜び、駆け下りる正一。
家に入ると、ご飯を炊いていた母がすがりつき泣いて喜んだ。
父親も奥から出てきて「お前の分のご飯もいつも用意していた」と言う。

だがおろちはこの村に異様なものを感じていた…。

翌朝、村を見てまわる正一は、石が祭られている神社のお堂に
良子という幼馴染を閉じ込めたことを思い出す。
石が光ると怯えていたなとお堂の扉を開いて石を確認する。ただのさびた塊だった。
神社を出ると昔の友達がいた。皆で再会を喜び合う。良子のことを話題に出すと、
子どもを生んだのだと言う。詳しく聞こうとするとなぜか皆怯えて去ってしまう…。
後をつけていたおろちは、去って行った仲間の1人が死んでいるのを発見する。
そばにつり道具を持った男の子がいたが、何も見てないといって走ってゆく。
バケツから落ちた魚は目をえぐられたり引き裂かれたりと酷い姿だ…。
正一や仲間たちも駆け付けたが、皆死体を担いで走り去ってしまう。
おろちは男の子の後を追って小学校へ。生徒も先生も男の子には逆らえないようだ。
怯えて逃げ出した健ちゃんを捕まえる男の子。
おろちが助けに入ると、男の子の目が光りだし、おろちの眉間を傷付けた!
額から流れ出した血が地面を伝い、男の子のいる窓のガラスを割って応戦。
男の子は諦めて行ってしまった。健ちゃんに聞くと、男の子は新ちゃんといい、
正一の幼馴染の良子の子どもだということだった。
良子の家のそばで様子を探るおろち。良子はずいぶんやつれていた。

そこに正一がやってきて猫と包丁を手にした良子の姿に驚く。
「猫の舌を焼いて食べたいと言うのです!!」
猫と包丁を手から落とし、正一にしがみついて怯える良子。
新次に睨まれると死んでしまう、あの子の目は光るのだと救いを求める。
「しゃべっていることをみんな聞いたよ」「新次許して!!」
自分の子なのに怯えるなんてと正一は不審がる。
お腹に抱えていた石が落ちた。慌てて服に隠す新次。
良子を連れて家に入る新次。おろちはそれを追って家に飛び込んだ!
中では良子が舌を切られて死んでいた……。
正一はおろちが来たからこうなったのだと怒って出て行ってしまう。
彼の口から良子の死が伝わり、その夜村中が戸をかたく閉ざしこもっていた。
おろちは新次が村から出る道の崖を崩して脱出できないようにするのを目撃する。
電話線まで切っていた。またお腹にあの石を抱えている。
「私を逃がさないようにするためだろうが、このくらいならいつでも脱出できる」
健ちゃんの家に強引に入り込み、怯える健ちゃんを畑の中に連れ出した!
不安がっている健の両親を尻目に後を追うと、お腹に何かを抱えた健ちゃんが
「ぼく新ちゃんとお友達だよ」と言い、普通に挨拶をして離れてしまった。
おろちや両親を無視して家に入ってしまう健。後を追うと中にはいなかった。
探しながら神社の石を確認すると、ただの石ころだった。
「そうするとやっぱりあの石は………」
健ちゃんが戻ってきた。石なんか持っていないとお腹を見せる健。
おろちには訳がわからない。
正一は変わらず親子水入らずの生活を続けているようだった。

子どもたちに異変が起きた。あんなに怯えていた新次と一緒に輪になっている。
一言も喋らないのに皆一斉にニタニタ笑っている。
その夜、食事を残した女の子が父親に叩かれるが、女の子はただ父親を睨みつけている。
そこに村中の子供たちがやって来た!
抵抗する父親に襲い掛かり、身体中を折ったりちぎったり…。
子どもたちが去った後には無残な肉塊が残るだけだった。
おろちが後を追うと、子どもたちは一斉に小川を潰したり柳を折ったり村を荒らしていた。

翌朝、血相を変えた母に起こされて村の変わりようを嘆く正一。
村人に聞くと、前から村はこうだったと言う…。
すごい音がした。村の青年たちが小学校を壊しているのだ。
止めに入る正一に「学校を壊して墓場にする」と不気味な目つきで皆が答える。
村はずれでは子どもたちが行く手を阻むように立っていた。
逃げる正一とおろちを村中の人が追って来る。隠れてもなぜか見破られる…。
「あの連中は考えていることが伝わるのかもしれない…」
思考を停止させると、立っているおろちを素通りして正一の元へと向かって行った。
家に飛び帰る正一。だが母はもうさっきまでの母ではなかった。
石を手に、これを持てば楽になれると言う母。
「あの石が原因だ!!」
おろちが右手の力で石を粉砕した!それと同時におろちは倒れて意識を失ってしまった――。

それからどれくらいの時間が過ぎたのだろう。おろちが目を覚ますと、
村はただの荒地と化していた。不思議に思いながら村を出て峠を越える。
駅のある町で中瀬村のことを訊ねると、3年前の台風で全滅したと言う…。

その頃、東京の病院では正一の手術が行われていた。
頭の中の鉄片が消えてなくなり、医師たちはただ驚くばかり。

「正一は助かったのね…。あれは正一が作り出した幻だったのだろうか…
ふるさとがなくなったことや両親が台風で死んだことを後で知ったらどう思うかしら?」



<骨>

貧しい家に生まれた千恵は、まま母や酒飲みの父親に虐げられながらも
美しい女性に成長した。酒代のため売り飛ばされそうになった千恵に
前から目をかけていたと言う青年がプロポーズしてくれた。
二人で始めた新生活。千恵は初めて幸せを実感した。
そんなある日、夫が信号無視の車にひき逃げされ、
おろちが看護婦として勤める病院へ運び込まれた。
完全に回復するまで3年はかかるという。千恵はかいがいしく夫の看病をした。
退院し自宅療養中の夫の世話をしながら働きに出る千恵。
予想より早く歩けるようになった夫は散歩に出かけ、崖から落ちて死んでしまった…。
「あなた……生きて帰ってきてください!!」
葬式からもう1ヶ月は過ぎたというのに毎日泣き暮らす千恵。
そんな千恵のもとにおろちがやってきた。「ご主人を生き返らすことができます」
「嘘の慰めを言わないでください!あなたは私のような不幸な女をからかって
さらに不幸にさせようとしてやってきたのですね…」
あまりにも悲しそうなのでつい口走ってしまったと詫びるおろち。
千恵はあんまりだと言ってさらに泣き続けた――。

「嘘ではない…生き返らすことは無理でも再びご主人に会わせることはできる。
準備はすでに整えていたのだ!」病院へと走るおろち。
深夜の実験室。おろちはそこにご主人に似せた人形を作っておいたのだ。
「死んだ人間を生き返らすことは無理でも命のないものを動かすことはできる」
人形の胸に穴をあけ、そこに右手を切って流れた血をかけてゆく…。
「命のないものよ動け!生きて動け!」ぼとぼとと流れ落ちてゆく血。
全神経を費やしたのに人形は動かず、砕け散ってしまった!
失敗のショックと出血で倒れるおろち。

その頃、千恵の夫三郎が土葬された墓地からうめき声がする。
暗闇の中目覚める三郎。「崖から落ちるまでの一部始終をはっきり思い出したぞ!」
千恵のもとへと戻るために必死に棺おけを抜け出し、地中から這い出る三郎。
舌が腐って零れ落ち、声が出せない……。
喉に穴があき、あばら骨がむき出している。「腐ったままで生き返ったのだ!!」

翌朝、血まみれの床の上で目覚めるおろち。
「私は命をとりとめたけれど、千恵さんとの約束は果たせなかった!!」
そこに運び込まれてきた身体中が腐った男。医師はしきりに不思議がるが、
おろちは自分の術が死体の方に効いたのだと気付く。
日々が過ぎ、だんだんと肉がついてきた患者。うなされる横顔はまさしく三郎だった!
「千恵さんを呼んでいるのですね!?あなたは千恵さんのご主人ですね?」
目覚めた男は千恵の元へ行こうと包帯を外すが、自分の身体を見てショックで倒れてしまう。

やっぱりそうだ!よみがえったのだ!人形にかけた力が墓場のご主人の方に…!」
墓場へ行くと、やはり三郎が抜け出た形跡があった。
千恵の元へ報告に走るおろち。「ご主人が生き返ったことを知ったらどんなに喜ぶだろう!」 
ところが千恵のいたアパート部屋は空室だった。
千恵を見初めた男と再婚して出て行ったという。三郎の位牌と写真を持参して。
ショックを受け、とぼとぼと病院へ戻るおろち。
ある夜、三郎も病院を抜け出していなくなってしまう…。
おろちは「2人がいつかまた会えるように」とまじないをかける――。

2年後、おろちは千恵の再婚先をやっと見つける。中に入ると仏壇の前に千恵がいた。
「あなた……私をお許しください。こうして再婚してまいりましたけれど、
今もあなたのことは忘れてはいないのですよ。今の主人の間には子どもも生まれましたけれど…」
その腕に小さな男の子を抱きながら三郎の写真に話しかけている。
「千恵さん、あなたのご主人は生き返りましたよ」「えっ!?」
「自分の力でお墓を抜け出し倒れているのを病院に運ばれたのです、
ご主人もあなたを探しているはずです…さあ、あなたも探しに行きましょう」
「いやです!!そんな恐ろしい冗談はやめてください!!」やめてと叫び泣いて拒む千恵。
おろちは仕方なく去って行った……。

それからしばらくして、三郎の姿を町で見かけるようになり千恵は怯える。
町中で三郎らしき男に襲われ、息子のジュンのために買った人形にナイフを刺される。
仕事に行く今の夫に必死に訴えるが、信じてもらえない。
お手伝いさんも買い物に出かけ、自宅に残った千恵の元に三郎がやってきた!
ジュンを奪う三郎を止めようとしてあばら骨を見てしまいショックで気絶する千恵。
そのままジュンは連れ去られてしまう……。
それから3日。夫や警察に死んだ夫が連れて行ったと説明するが信じてもらえない。
自宅待機する皆の元に小包が。中には子どもの手が……。ショックで倒れる千恵。
呼ばれた医者とともにおろちもやって来た。「私はあなたの味方です」
『私の呪文どおりご主人と千恵さんは会ったのだわ。
でもご主人がよみがえらなかった方がよかったのではないだろうか』
海岸沿いの空き家で鏡を見つめる三郎。骨の露出が酷くなっている。
記憶も途切れるようになっていた。千恵への恨みを復唱する三郎。
『千恵、お前を苦しめて地獄へ道連れにしてやるのだ!
その訳はお前が一番よく知っているはずだ!なぜならお前が私を殺したからだっ!!』
その夜、千恵が部屋からいなくなった。夫の部屋にあったアフリカ土産の毒矢を持って。
矢を手に車を走らす千恵。「殺してやる!!こんどこそ!!」
その後をタクシーで追うおろち。
「やっぱり千恵さんは前のご主人の死に繋がる心の秘密を持っている。
もうそろそろ警察ではあの手の手が誰の物かわかる頃だろう。なぜならあの手は……」
海沿いの空き家の地下室にジュンを閉じ込め、海岸に佇む三郎。
そこに千恵がやって来た。ジュンをさらった時に、ここに来るように手紙を置いていったのだ。
「あなたがジュンを殺したのね……ジュンを返して!!」
毒矢で三郎を貫くが、貫通してしまって効き目がない。逆に首を絞められて意識を失う…。

その頃、寝ていたジュンにたくさんの虫が迫ってきた。ジュンは怯えてただ泣いている…。

縛り上げた千恵を自分のいた墓地に連れてゆく三郎。千恵の墓まで隣に用意されている。
棺おけに入れられそうになる千恵を、おろちが助けた。
「あなたは貧しく育ちやっとご主人と一緒になって幸せだったはず、
ご主人が死んでからというものあんなに泣き暮らしていたのに、ご主人が生き返ったと聞いてから
突然恐れるようになりましたね。悲しんでいるのは嘘だったのですね!」
「なぜみんなそんなに私を苛めるの!?どうして私の幸せはすぐに消えてしまうの!?」
三郎の死んだ崖へと走る千恵。記憶をほとんど失った三郎も後を追って走る。
「わからない……人の心だけはなぞだ」おろちも後を追いかける。
「来ないで!寄るとこのまま飛び降りるわ!!」三郎にしがみついて千恵が叫ぶ。
「あなたはケガをした足でここに来たのよ。私は心配で後をつけてきたのよ…
でも崖から落ちてしまえばいいとも思ったわ。あなたの事故のケガは本当は酷かったのよ!
私は再び苦労を背負って生きなければならなかった!!私はみじめな生活が一番嫌なの、
私は幸せになりたかった!!だからあなたを殺したのよ!!」
三郎を崖から落とす千恵。三郎がつかまる手を必死に解こうとする。
「あの時もあなたはこうやってつかまった!あの時もこうやってつかまる手を無理やりはがした!
だが今は違う!あなたはジュンを殺したの!!だから殺すのよ!!」
「あの手は私があなたの反応を示すために病院にあったのを送ったのよ!!」
おろちが止めに入るが、間に合わずに落ちてゆく三郎。千恵は高らかに笑っている…。
「なんということをするんです、行方がわからなくなってしまうわ、ジュンの行方が…」
風が三郎の肉を飛ばして、後には衣服と骨だけが残った。
おろちはいたたまれなくなり、ただ走る。ジュンを探してひたすら走るおろち。
やがて海岸の地下室を見つけ、ふたを開けてみた……。
そこには朽ち果てたジュンの死体があった。



<戦闘>

正(ただし)の父は、今時珍しいほどに親切な人間だった。
吐き戻して倒れている酔っ払いをお金を出してタクシーで送ってやったり、
近所で火事があれば真っ先に消火活動をし、焼け出された人を家に泊めてやる…。
恩知らずにも家財道具を持ち逃げされても、怒ったりしなかった。
傷痍軍人に会うと必ずいくらかのお金を入れてやる。
昔戦争でガダルカナル島へ行き、仲間内でただ一人生き残った苦労人だったからだろう。
正は父を尊敬していた。そして父と同じように真面目で礼儀正しい中学生だった。
父は正の通う中学の教師で生徒からもPTAからも評判がよかった。
おろちは興味を抱いて正を観察することにした。
そんなある日、正の前に松葉杖をついた片腕の男が現れた。
「お父さんに渡してくれ」と言われた風呂敷には骸骨が入っていた。
こっそり中を見た正は「こんな物見せられない」と、放り出してしまう。
その夜、眠れなかった正はこんな時間に鳴った電話に出た。あの男だった。
驚いて電話を切る正。父のうなされる声が2階から聞こえてきた……。
どうしたのですかと駆け上がると、仕事で疲れていてうなされたようだと言う。
「うちのお父さんに限って変なことがあるわけない」父には男の事は言わないでおくことにした。

翌朝、2人で通学途中に猫の死体を発見する。
父は「可哀想に」と埋葬してやった。やっぱりいつものお父さんだ。
数日後、学校帰りの正は、公園で妹の幸子が何か持って遊んでいるのに気付く。
「拾ったのよ」と言い、盗られないようにと抱えて家まで走っていってしまう。
拾った物を隠そうとしている幸子を見つけた。「手榴弾………!!」
本物かと慌てて追いかける正。幸子はそれを手にしたまま笑いながら家の外へ逃げ出した。
外で幸子がつまずき、倒れてしまう。そのショックで爆発が……!!
おろちが慌てて2人の元へ駆け寄った。病院に運ばれる2人。
正の怪我は軽かった。幸子も転んだ弾みで爆発物が手から離れたため命に別状はなかった。

正宛てに手紙が来ていた。中には映画の招待券。
「レマンド橋のたたかい」封切りしたばかりの戦争映画の指定席だ。
座席に座り、映画を観る正。と、隣にあの片手の男が座ってきた!
こっそり後をつけてきたおろちは2人の会話を聞いてしまう。それは恐ろしい話だった…。
夜遅く帰宅する正。父が心配しても「何でもない」と自室に入ってしまう。
それから正は変わった。すっかり元気をなくし、友達とも話をしなくなった。
父と行動するのを避けるようになる正。父の善行を見るたびに「嘘だ」と苦しむ…。
靖国神社に行き、事務所でガダルカナル島の戦いについて話を聞く。
そこでの生き残りの片手片足の男が月に2度はそこに墓参りに来ると言う。
今日ももうすぐやってくると聞き、待ち続けるが、男は来ない。
神社を出ると人だかりがある。片手片足の男がタクシーにはねられて死んだと言う。
翌朝、身元不明の死者として新聞に掲載されたが、まんべんなく新聞を読む父は
ちっとも反応を示さない…。「やはりあの男が言った通りなのだ!!」

おろちは真夜中に忍び込み、寝ている父の額に手をやった。
腕を伝って彼の過去が流れ込んでくる……。

ガダルカナル島での激烈な戦い。日本軍の死傷者はいたるところに見られた。
日本からの輸送は途絶え、飢えに苦しむ者たち。
立派な隊長のいる秩序の保たれた軍隊。そこに正の父・岡部がいた。岡部は仲間の兵士が
人間の死肉を食べているのを目撃する……。
やがて飢えは限界にまで達してきた。田村という男が死にたくないと苦しんでいる。
「マラリアや赤痢で死んだ奴は物騒だから、自然に弱って死ぬ奴を待っているのだ!!
俺は死にたくない!お前らに食われたくはない!!」

人を食った奴は人間じゃない、と言い残して田村は死んだ。
途端にみんなの顔つきが変わり、死体を取り囲んだ……。
必死に止める岡部を先輩の佐野が止める。肉は分配され、各々が隠れて食べた。
岡部は食べるのを拒み、どんどん衰弱してゆく。
「このままでは次に食われるのはお前だ」とトカゲの肉だと言って肉片を渡す。
「俺にお前の肉を食う罪を作らせたいのか!?俺のためにも食ってくれ!!」

肉のおかげで元気を取り戻した岡部。だが人肉を食った罪悪感に苦しむ。
「あなただけなぜいつも理性を保っていられるのですか!?」
「お前を助けたいと言う目的があるからだ、お前が俺より先に死んだら、
俺はあいつらと同じになってしまう!今夜奴らの内の1人を殺すのだ!」
岡部を殺して食おうという奴らの気持ちは変わっていない、だから先に殺すのだ…!
置かれた包みを目の前に悔やむ岡部を佐野は力づける。
「生きることは悲しいことだ、けれども生きなければいけないのだ!!」

その後連合軍の警戒に動きもとれずジャングルにこもる日本兵たち。
いつの間にか姿を消す者が後を絶たなかった……。
佐野と2人で交代で仮眠をとる岡部。そこに米軍機が襲ってきた!!
上空からの爆撃で片足を失う佐野。右手も感覚がない。
まわりには誰もいない、佐野と岡部の2人だけ……そこに他の日本兵がやってきた。
撤退命令が出て明後日の夜船でこの島を出られると言い残してマラリヤで死んだ。
「助かる!!生きれる!!」
生きる望みができた時に、岡部の心に生きることへの執着がムラムラと湧いてきた。
「あなたは本当は恐ろしい人なのだ!私に親切にしたのは私が一番若くて一番体力があるから
一番最後の食料としてとっておくつもりだったのだ!!」岡部は叫ぶ。
必死に否定する佐野。「あなたを連れて行きたいけど、もうそれだけの力がない!
でもあなたのこの片手だけは持って帰ります!!」佐野の腕を引きちぎる岡部…。
記憶の映像は一度途切れ、佐野の手を持ってよろけながら去ってゆく岡部の姿が映り、
すぐに消えてしまった……。

「なぜ岡部は生きる望みが湧いた時に佐野の腕をもいで持って行ったのだろう?
本当に佐野の形見として持って行こうとしたのかしら?それとも………!?」
船にたどり着くまでの食料にするつもりだったのか、それはわからない。
佐野の腕を食べたのか途中でなくしたのかもわからない。
奇跡的に助かった佐野は復讐のために現れたのだ。そうして正に父のことを話した。
佐野自身本当に親切だったのかそうでなかったのか、それさえもわからない。
すべてはあの信じがたい極限状態でのことなのだ……。

悩み苦しむ正に父が話しかける。
「戦争に行って苦しい体験をしてから、人に対して優しい心を持てるようになった。
親切にすることは親切にされたいということの変化した形かもしれない。
生きることは難しいことだ、お父さんはお前の尊敬できる人間でないかもしれない。
いつの間にか汚れた部分を巻き込んでいるものだ。それが理由では納得できないか?
親切にすることにわけがあったらお前は許せないかね」
苦しむ正。「僕にもお父さんの血が流れているということが怖いのだっ!!」

正のクラスは奥多摩へ植物採集に出かけた。
グループの皆に強引に勧められて、荷物を置いたまま洞穴探検に入った正たち。
ところが入口が崩れ、出られなくなってしまった!
思ったより皆が理性的なので安心する正。だが時間の経過とともに雰囲気が変わってゆく…。
皆の腹が減ってきた。正だけがカバンを持っていて、しかも中にはチョコレートがあった。
『僕は卑怯なことはしない!』と、皆で分け合って飢えをしのいだ。
それなのに皆はライトを落とした正に冷たく当たり、
君を元気付けるために洞窟探検を言い出したから正のせいで遭難したと言う。
翌朝救助される正たち。正の疲労が一番激しく、最後まで口をきくことができなかった。
正は皆をかばい洞穴に入った動機や中での出来事を喋らなかった。
やっと登校できるようになった正。ところが正のせいで皆が酷い目に遭ったと噂が広まっていた。
正を悪者にすれば、自分たちの浅ましい態度が隠せるからだ。
これでは父がガダルカナル島でした行為とちっとも変わらない。父も自分を怨んでいるだろう。

「お前を疑うつもりはないが、お前のとった態度にどのような責任あるか
聞かせてくれ」噂を聞いた父がそう言ってきた。
「お父さんにそんなことを言う権利があるのですかっ!?
お父さんこそ人の肉を食ったことにどのような責任を持っているのですかっあなたは鬼だっ!!」
「ばかっ」思わず正を平手打ちにする父。正は家を飛び出した。

もう帰れない。人の肉を食ったのだろうと言った時の父の顔…やはり本当だったのだ。
そして僕の噂のせいで教育者としての父の立場をまずくしたから憎んでいるのだ!!
もう誰も、皆も、自分自身も信じられない正。
帰宅して父がいないのを知ると、自室に鍵をかけて閉じこもった。
怖い夢を見た。父が自分を殺して食べようとするから、先に殺してしまう夢だった……。
今回のことで岡部が校長になりそこなったのだという噂が校内に流れた。
正はそれを知ってやはりそうかと失望した……。
その夜、父が土曜日に山登りをしようと言ってきた。母にも内緒で、昔一緒に登った山に。
登山用具は自分が揃えておくから、と。
自分がいる限り教育者としての父の立場も今までの苦労も水の泡だ、僕を殺す気だ……!

そして土曜日。遠くでおろちが見守る中、山に登る父子。
ことあるごとに殺されるのではと警戒する正。山はどんどん険しくなる。
もうすぐ頂上というところで天候が急変した。吹雪で視界が悪く、足を踏み外して落ちる正。
右手で岩壁を、左手で正のザイルをつかむ父。父の右手が離れれば2人とも落ちて死ぬ…。
このままぶらさがっていたら父も死ぬ、それを知っててなおぶら下がったままの自分を嫌悪し、
「けものにはなりたくない!」とカッターでザイルを切ろうとする正。
「確かにお父さんは昔人の肉を食った、だから生きる権利はないと言うのか!
誰が罪を裁くというのだ、お父さんの手が離れたらどうするんだっお前は生きたくないのかっ!!」
リュックを捨て、両手でザイルをよじ登る正。それを必死に引っ張る父。
正は今までの父を思い出していた。
夜中にうなされて起きてきた父。車に轢かれて死んだ猫を抱き、可哀想にと埋葬してやる……。

もしお父さんが恐ろしい人でもごまかしでいい人ぶっているだけだとしても………
訳はどうあっても今までいいことをしてきたということは認めなくてはならないのではないだろうか?

吹雪の中、おろちは2人の帰りを待つ。
2人の気持ちが少しでも近付くために山に登ったのだ。
果たして2人は無事に降りてくるだろうか?それはわからない。
でもおろちは待っている、2人の降りてくるのを……。



<秀才>

おろちは神社で見かけたとても可愛い赤ちゃんに興味を惹かれ、
その子の人生を追って観察することにした。
立花家の赤ちゃん、優。K大を出ている父親と優しい母の元で幸せに暮らしていた。
「この子に勉強の無理強いはさせませんわ。心の優しい子に育って欲しいわ」
母が眠った優を抱いて寝室に行くと、そこに強盗が侵入していた!
ナイフを突きつけられ、夫の元へ行く母。
夫はお金を出そうとするが、優が起きて泣き出してしまった。
強盗は焦って優の首にナイフを突き刺し、逃げてしまう。
強盗はすぐに捕まり監獄に入れられた。女房子どもにうまい物を食べさせたかったと言う
犯人の自供通りに彼の家には病気の妻と子どもが1人いた。
その出来事の後、立花一家は東京へ引っ越したが、すべては一変した――。

首の傷を怖がられて遊んでもらえない優。まだ幼い優に母は勉強を無理強いする。
めったに家から出してもらえず勉強とピアノを習わされる優。
「あなたはママの子だもの、ピアノぐらい弾けるはずよ!!」
強引に鍵盤に手を乗せ、弾かせる姿を見て父親が声を荒げる。
「優を虐げるのはよしなさい!!」「またお酒を飲んでいるのですね!!」
「やめて!!ママ!!」「ママと呼ばないでちょうだいっ!!」
すがりつく優を平手打ちにする母。お前は変わったと嘆く父に優の首の傷を見せ、
「これでも何も思い出せないというのですか!?悔しくはないのですかっ!!」と叫ぶ…。

幼稚園に通うようになった優。勉強はよくできたが遊びは全然だった。
傷をからかわれ、自分でも首の傷について考えるようになってきた。
「なぜ僕はこんな傷があるの?パパは木から落ちて怪我をしたって言うけど…なぜなの!?」
優に問い詰められ、強盗に優が刺されたのだと嘆く母。
そのせいでパパもママもすっかり変わってしまったのだと優の名を呼んで泣き出した。
「もう傷のこと聞いたりしないから泣かないで!」とすがる優を突き飛ばし、
「お前なんかに私の気持ちはわからない」と優を締め出してしまう。
ドアを叩きながら母を呼んで泣く優。その声を聞いてますます泣き喚く母。
「優!優!お前さえあんなことにならなければ!!」

ひとしきり泣き終えて優を家に入れ、勉強をさせる母。
「お前は刺されたあと酷い熱が出た、助かったがそのせいでお前はバカになってしまったのだ。
パパは諦めてしまったがママは諦めない、お前をなんとしてもパパが出たK大に入れてみせる!!」

優は小学生になった。成績はよかったが社交性がなくなり仲間はずれになってゆく。
5年生になった頃、宿題で10年前の新聞を調べていて、自分の家の事件の記事を発見する。
「立花浩氏の長男優ちゃん(1歳)が…賊に首を刺され………」大きく衝撃を受ける優。
帰宅して部屋に閉じこもり、翌朝ノートに自分を刺した賊の名「夏江岩男」と書き残して家を抜け出してしまう。
おろちはその後をこっそりつける。優は夏江という長家に行く。
岩男は刑務所に入っている。咳き込みながら出てくるやつれた妻シズ。
優が名乗ると、突然泣き出して家に入ってしまった。「帰ってくださいっ!!」
「僕の首に傷をつけたのは誰です!?おばさんなら知ってるでしょう?」
「知りません、帰ってくださいっ!!」「おばさんっ!!」引き戸を挟んで泣き叫ぶ2人。
それを見ておろちは何十年ぶりかの涙を流す。だがその理由は他の誰にもわかるまい…。

それから優は変わった。自分からどんどん勉強をするようになったのだ。
母は父に優のことを相談する。何もかも知ってしまったのかと不安がる母に、
あの子がすべてを知って破滅が来た方が楽だと言う父…。
母が予想以上に勉強を進めている優。「あの子にはできるわけない!」とショックを受ける。
中学に進み校内2位となった優。1位は平井という男だった。
生徒達はK大志望なら付属校に入れた方が楽なのにと親を不思議がる。
体育の時間、優はいつもさぼって本を読んでいるが、こっそり教室に忍び込む。
生徒の持ってきた高級時計を取り、平井の机に入れた。
その後平井は泥棒扱いされて成績も落ち、転校していった――。
おろちは優の変わりようにショックを受ける。
優は母に平井の事件を話し、あれは自分がやったのだと言う。
母は驚くが、やっぱりって言ってるような顔だと言われて冗談はやめろと怒る…。

優は秀才ばかりの集まる高校にも難なく合格した。
おろちは遠くから見ているだけでは耐えられず、優と同じクラスに入った。
優は学校ではいつも漫画を読んでいたが、校門を出ると顔つきが変わる。
おろちはコーラス部に入らないかと優を誘い手に触れるが、
硬く閉ざされた心は変わらず、力が通じない。優は去って行ってしまった。
K大受験の模擬テスト前夜。母がコーヒーを差し入れるが無視して勉強している。
おろちは優の部屋の明かりを見ながら、「少し休みなさい」と力を送る。
手を休め、コーヒーを飲む優。安心しておろちは立ち去る。ところが……。
優は突然胃痛に苦しみ始めた!部屋を飛び出すとドアの外にいた母がどうしたのと叫ぶ。
優はなんでもないと部屋に戻った……。
翌朝。「優はきっと寝ているわ…起きれるはずがない…だってあんなに………」
部屋に行くと優はいない。もう模擬テストに行っていたのだ。
テスト会場に向かう優の様子に気付きそっと手で触れるが、優に拒まれ少ししか手当てできない。
それでも優はかなりの成績を収めた。
こうしてK大受験前夜。優の部屋に古い新聞が置いてあった。夏江シズの自殺記事だった。
「こんな記事を読んだくらいで眠れなくなるようなぼくではない!」
ぐっすり眠って受験を受けに行った。受験後優は3日間死んだように眠り続けた。
K大の教師に優の成績を電話で聞く母。合格を取り消してくれ、勉強人間にしたくないからだと
必死に頼むところに優がやってきた。慌てて電話を切る母。
「あんなに勉強を強制しK大に入ることを望んだあなたが今になってそんなことを言う訳は…
僕を苛めるための手段に過ぎなかった!なぜならぼくはお母さんの子どもではないからだっ!!
ぼくは強盗の子どもなのだっ!!この前自殺した夏江シズの子どもなのだっ!!」

優が見た新聞には「優は首を刺されて死んだ」と書いてあったのだ。
そして夏江の近所の人に尋ねたら夏江家に子どもはいないと言われたのだ。
息子を殺された憎しみで犯人の子どもを無理やり引き取った。
そうして勉強を強要することが復讐だったのだ。
強盗の息子に何ができるかと思ったのだ、それを知って優は辛かったが必死に耐えた。
「実の母親からは手放されあなたからは苛められぼくはずっと一人ぼっちだった、
だが僕はついに勝ったのだ!きっといい成績でK大にパスしてるはずだ」
首の傷をつけたのは誰だと母に詰め寄る。母はタンスからナイフを取り出した!
「このナイフであなたを刺したのよ!お前なんかに子どもを殺された私の気持ちなど
わかりはしない!まだお前は勝てやしない!!」
ナイフを優に向け刺そうとする。優はナイフの向きを逆にして避けた。
ところが母は自らナイフに身を押し当てた!!深々と刺さるナイフ。「おかあさん!!」
「おかあさんと呼ぶのはよしてちょうだい!!お前が呼ぶたびにどんなに苦しかったか…
でももうお前の負けよ、今お前は私を突き刺して殺そうとしたのよ…!!
やっぱりあなたは殺人犯の血を引いているのね、これで入学は取り消されるわ!!」
母にすがる父。「あなた!!ついに破滅の日が来たのよ!!」
「優!!私の優!!」涙を流す母。「優!!優!!」「おかあさんっ!!」
涙を流しながら母にすがりつき、母と抱き合う優。おろちは窓からその様子を見ている。
「これでいいのだ……どんなに憎しみあっていてもこんなに長い間一緒に生活してきたのだ…
2人は親子なのだ、そうでなければこんなに長い間暮らしてはこれない……」
その夜、立花家は静かだった。親子3人抜け殻のように眠っていた。
おろちは右手の包帯を解くと優の首に、母の傷に、父の疲れた顔にわけて当てると去って行った。
きっとみんなの傷は癒えるだろう。



<眼>

おろちは横断歩道で杖を突いて歩く少女を見つけ、大丈夫かと後をつける。
だがその足取りはスムーズだった。おろちは彼女の様子を見て安心する。
生まれつき眼の見えない恵子。
だが住み慣れた社宅では不自由なく生活できるし近所の人たちもみんな親切だ。
父と二人暮しなので父が会社に行っている間は1人だが、
盲学校で一緒だったさとるという男の子が手術で眼が見えるようになってからも
毎日遊びに着てくれるので寂しくはない。
恵子の手伝いをしたり漫画を読んで聞かせてあげたりと弟のように接してくれる。

今日もさとるが遊びに来て、そして帰って行った。父の帰宅を1人待つ恵子。
今日はやけに遅い……。突然玄関で救いを求める声がする。
引き戸を開けると、男性が「殺される!」と駆け込んできた。
奥へと逃げ込む男性を追って、男が乱入してきた。
台所からナイフを持ち出し抵抗する男性。だが逆に刺されてしまう…。
男は恵子にも血のついたナイフを突きつけるが、恵子にはわからない。
男は恵子が盲目であることを悟り、ナイフを置いて逃げて行った。

手探りで男性を探し、死んでいることにショックを受けて気絶する恵子。
そこへ父が帰ってきた。玄関に落ちている血のついたナイフに驚き、手に取ってしまう。
奥には父の友人が死んでいて、恵子も意識を失っていた――。

恵子の父は疑われて逮捕されてしまう。
恵子は警察に男のことを証言する。背の高い怖い顔をした男だ、
声の位置と足音でわかるのだと言うが、警察は信じてくれない。
近所の人はそんな男は誰も見なかったと言う…。
1人部屋で泣く恵子は、何か落ちているのに気付く。たずねてきたさとるに見せると、
怖い顔の男の写真が貼ってあると言う。男の身分証明書らしい。
さとるに警察の人を呼んで来てもらうが、待っている間にストーブを倒してしまう。
貴重な証拠がなくなってしまった……。

恵子はくじけずにさとるに男を捜してもらうように頼む。
視力がない変わりに嗅覚に敏感な恵子は、男からこのあたりの工場の臭いと
飲食店の臭いを感じ取っていたのだ。
事態の重みを知らないさとるは探偵気分で男を見つける。
が、逆に男に探りを入れられ、身分証明書のことを話してしまう…。

翌朝、恵子の家にガス点検の人が来る。
いつもの人と違うことを不審に思う恵子。他に誰かの気配を感じて警戒する。
犯人の男が仲間に点検人の振りをさせて家捜しに来たのだ。
犯人の臭いを感じ取りガス会社に電話をすると言う恵子。
ガスを少しだけ噴出させて臭いをごまかし身分証明書を探すが、どこにもない。
あきらめて「点検は終わりました」と声をかけ帰ってゆく…。犯人の気配も消えた。

お昼になってもさとるは来ない。不安になる恵子。
近所の人が盲学校から電話があったと知らせて来たので出かけることにした。
学校に行くと誰も電話などしていないと言う。
帰宅した恵子は、窓ガラスが壊れているのに気付く。家中引っ掻き回されて荒らされていた。
「私が燃やしてしまった身分証明書を探しているのだわ!!」
雨が降ってきた。恵子は手探りで扉や窓を釘で打ち、杖を持って警戒する。
玄関の外でさとるの声がした。身分証明書のことを男に話してしまった、だから一緒に逃げようと言う。
きっと男が恵子に身分証明書のありかを吐かせようとやってくるに違いない。
男の姿が近付いてきた、とさとるが言う。角のポストのところで待っていると言い残して走って行った。
男が来て、家中の窓を調べている。トイレの窓が開いていることに気付いて焦る恵子。
身分証明書が燃えてしまったことがわかったら男は安心して逃げてしまうだろう。
だがこのまま身分証明書を持っている振りをしていたら恵子が危ない!

恵子はこっそりテープレコーダーを仕掛ける。
そして侵入してきた男に壁に隠したと嘘をつき、男が壁中を探しているうちに部屋の電気を消す。
が、作動ランプでテープレコーダーに気付かれ、恵子を殺そうとつかみかかってきた!
もみ合ううちに男の上着の縫い取りに指が触れた。
点字のわかる恵子には、それが名前の刺繍であるとすぐにわかった。
「仲川!!」「なに!!」
突然名前を呼ばれ動揺した男の手を噛み、トイレの窓から逃げ出す恵子。武器は杖だけだ。
近所の人に片っ端から声をかけ助けを求めるが、誰も家から出てきてくれない…。
さとるのいるポストとは逆方向に逃げてきてしまった。
男が玄関をぶち破る音がする。とにかく逃げなくては!
父や社宅の人々の勤める工場らしい袋小路に追い詰められる恵子。
雨音も激しく、工場の臭いで犯人の匂いがわからず、気配がつかめない…。
「お前さえ死ねば誰も殺人のことを喋る者はいない。
そしてお前のおやじは殺人犯人の汚名をきるのだ!!」ナイフを持って近付く男。
恵子はせめて人を殺した理由を教えてくれと頼む。

この工場で使用する薬品が川に流れて人体に恐ろしい影響を与えることがわかった。
煙突から出る煙が周囲住民の身体を蝕むことも……。
死んだ男は正義感からそれを社会に公表しようとして殺されたのだ。
工場の実情が知れれば会社に勤める者は職を失くしてしまう。
上司から命じられて男は人を殺した。逃げたところを近所の人に見られたが、
近所の人はみんな同じ会社の人間だ。すぐに連絡をして秘密を守り通した……。
「すると近所の人もみんなぐる!!」
恵子が杖で男の顔面を思いきり叩く。眼に直撃して視力を失う男。
これで公平な立場になった。いや、暗闇に慣れた恵子の方が断然優勢だ。
男を階段の下に突き落とし、危機を逃れることができた。

さとるが警官を呼び、杖の跡を辿って探しに来てくれた。
こうして男は逮捕され、恵子の父は釈放された。
翌日の新聞には犯人と事件の原因が詳しく報道されていた。
だがそれ以来近所の人は恵子と父を腫れ物に触るように接するようになった。
顔を曇らし何も言わない恵子。父は会社にい辛くなり、恵子とともに社宅を去って行った…。

去って行く車を見送るおろち。
「恵子さんは眼が見えないと言うのに、苦しさと孤独と困難ににも負けずに
眼が見える人も及ばぬ活躍をしたのだったわ。
これから知らない土地へ行っても負けずに頑張るだろう」
おろちは未だに煙を吐き続ける工場の煙突を見つめ、文明社会に疑問を抱く――。



<血>

おろちが忍び込んだ門前家という大きな屋敷。
そこには一草(かずさ)と理沙という姉妹がいた。
頭もよく美しく心優しい姉の一草。ことあるごとに姉と比べられ萎縮する妹の理沙。
自分が病気になった時に優しく看病してくれた姉のように自分も一草の看病をしたい。
そう思って理沙は姉のデザートに腐った物を入れる。
一草は苦しみ吐き出した弾みで窓から転落してしまう。地面に流れる血。
幸い怪我はたいしたことがなかったが、真意をわかってもらえず理沙は酷く怒られる。
ナイフで指を切り、姉と同じ血の色なのにどうして違うのかと悩む理沙。
学校へ通うようになっても優秀な姉と比較され続け、理沙は心を閉ざしてしまう…。
一草は夫を迎えて門前家の跡を継いだ。
陰気でひねくれた女性に成長した理沙は、本人の希望で遠くへ嫁入りした。
ところが一草の夫は病死してしまう。門前家の血が途絶えることを嘆く母親。
ホテルの経営者の元へ嫁いでいた理沙は、夫とケンカをして飛び出した。
酒を飲んで車を飛ばす理沙は、乗用車にぶつかってしまう。
おろちが咄嗟にかばったので理沙は無事だったが、相手の運転手は即死だった。
事故現場からよろよろと立ち去るおろち。ところが彼女の身体に異変が起きた。
百年に一度の永い眠りが、事故のショックで10年も早く来てしまったのだ。
「こんなところで眠っては、行き倒れの死人と間違われて処理されてしまう!」
人目に付かないところへと走るおろちは、崖から足を滑らせ転落してしまう……。

おろちは妙な目覚めを迎えた。自分の意志で身体が動かない。
そのくせ勝手に身繕いを始めたのだ。化粧をする自分を鏡で見て驚くおろち。
「違う!私の顔はこんな悲しそうな顔つきではなかった!」
自分を佳子(よしこ)と呼ぶ男女が自分を呼びに来た。
男女とともに親子ながしとして酒場を歌ってまわる佳子。
おろちはそれをただ佳子の中で見ているしかできなかった……。
仕事を終えた彼らの前に現れた裕福そうなふくよかな女性。
血縁だと言う彼女は佳子を引き取ると言って男女に大金を渡し、車に乗せた。
車の中でおばさまに詳しいことを訊ねる佳子。門前家に連れて行かれると聞いて
佳子の中のおろちは驚きを隠せなかった。この婦人はどこか見覚えがある…。

門前家の娘として迎えられ、立派な部屋を与えられ、ドレスに身を包む佳子。
大おばさま、つまりおばさまの姉という夫人は心臓が弱く、ずっと寝たままだという。
大おばさまの看病をして欲しいのだと言われ、一生懸命看病すると約束する佳子。
寝室には白髪の婦人が静かに横たわっていた。心臓が悪く動くと苦しくなるのだと言う。
そして、もう助かる見込みはないのだと…。
大おばさまの名は一草。そしておばさまの名前は理沙…!
おろちが崖から落ちてから十数年もの年月が過ぎていたのだ。
生活してゆくうちに佳子と佳子の中のおろちの感情と動作が一致してきた。
皆が佳子に優しく、幸せな日々を送っていた。3日に一度主治医が一草を診察に来る。
医師の薬の調合具合で一草の容体がわかるようになってきた佳子。
少しずつ悪いほうに向かっている一草…それを理解し死を覚悟した崇高な姿が悲しかった。
佳子と一草はお互いの存在を幸せに思い、親子のように過ごすことを約束する。

幸せな気分で自室に戻ると、部屋中が滅茶苦茶に荒らされていた。
ショックを受ける佳子の前に高笑いをしながら理沙が現れる……。
前からお前が気にくわなかった、出て行け!と暴行を加える理沙。
自分の声や顔が門前家の者に似ていると喜びここに連れてきたのは理沙なのに。
「おかあさまっ!!」助けを求める佳子。だが声は届かない。
このために遠く離れたこの部屋を与えたのだと理沙は言う……。

翌朝、佳子は床の上で目覚める。気絶していたらしい。
理沙がなぜあんなに怒っていたのかわからないが、おかあさまとの約束のためにも
ここを出てゆくわけにはいかないと決意を固める佳子。
呼び鈴が鳴る。ぼろぼろの服のまま一草の部屋へかけて行く佳子。
顔を見たら涙が止まらなくなり、理沙のことをつい話してしまう。
一草は妹の苦労を語る。交通事故で相手が死んだため重すぎる負担を抱えて出戻ってきた理沙。
やがて姉の自分が病気で寝込み、全責任が被さってきてしまった……。
「妹は自由奔放な性格に生まれついたため時折ヒステリーを起こすのです。
でも本当は心の優しい子です。あなたをここに呼んだのも皆が明るくなるだろうと…」
けれど妹の不幸とあなたへの仕打ちは関係ない、理沙にはきつく言っておきますと一草は言う。
朝の挨拶に来た理沙に、一草はおこごとをする。理沙は別人のようにおどおどしていた。
ところが理沙は影で佳子を苛めるのだ。そのことを話すたびに一草の容体も悪化してゆく…。

「あなたと同じ血液型で体質の似た人がいれば、心臓移植の手術で助かります」
主治医の言葉に、けれどこのままでいいと運命に身を委ねる一草。
「私もおかあさまと同じ血液型です!だって私、門前家の血を引いている者ですもの!」
自分が死んだら心臓を一草にあげてくれと医者に頼む佳子。

その日を境にして、理沙の苛めはエスカレートしていった。
「自分の指輪がなくなった、盗ったのはお前だ!」
なぜか佳子のバッグに入っていたダイヤの指輪をはめた手で良子の顔を何度も殴る。
さらには理沙に似せて作られた人形が廊下に釘で打たれていた。
激怒した理沙に釘で刺されそうになり必死で一草の元へ逃げる佳子。
部屋に入ると、一草が発作を起こして苦しんでいる!医者を呼ぼうと階段を駆けおり、
足を滑らせ転落する佳子。『死ぬ!私の身体はいま死ぬ!いま何かが壊れた!!』
慌しく走る足音を聞きながら、おろちは意識を失っていった――。

突然目覚めるおろち。崖から洞穴に転がり落ちたらしい。
今までのことは夢だったのかとぼんやり考えるおろち。
気付くと衣服がぼろぼろになっている。
「眠ってる間に十数年が過ぎたのだ!もしやあれは…門前家に行ってみよう!!」
力の限り走り、その日のうちに門前家に到着するおろち。夢で見たのとまったく同じ情景だ。
「容体が悪くなって苦しむ一草は?悪鬼となった理沙は?私自身だった佳子は?」
階段には血の跡がある。一草の部屋へ飛び込むおろち。
手前のベッドに佳子が横たわっている。佳子そっくりのおろちに怯える使用人たち。
奥のベッドでは一草の周りに皆集まっている……。
「あまりに門前家のことが気がかりだったことと佳子が私にそっくりだったために
私の精神はこの少女に入り込んで……一草の容体は悪いようだが、神のように神々しい」
心臓の移植をすれば助かると理沙は言う。「もちろん姉は拒むでしょうが……」
医師が佳子の血液を調べる。が、佳子の血液はまったく違う!手術は不可能だ!
「そんなはずはない!!うそだっ!!」取り乱す一草を見て高笑いする理沙。
「私はこの時を待っていたのです!もうあなたの前で何を言っても怖くない!
佳子の心臓はあなたに合いません、佳子が門前家の者だというのは嘘だったからです!!」
佳子ははじめから門前家の者でないと知っていた。おろちは佳子の額にそっと触れる。
まだ意識だけは残っていた『おかあさま許して……おかあさまのそばにいたかったから
嘘をつきました……本当の娘みたいになりたかったから血液型も嘘をついたのです』
佳子の身体の中に入り込んでいたのにおろちは気付かなかった。
「もともとあなたは心臓の移植をしても助からなかったのですよ!
医者に頼んで慰めの言葉をかけてもらっただけです!」
「うそだ!!心臓をおくれ、佳子の心臓をおくれ!!」
佳子の心臓に何度も包丁を突き刺し笑う理沙。半狂乱の一草。
佳子の残っていた意識も途絶えてしまった……。
「みんなは私を鬼だと思っているわ団をめくると、そこには金槌や裁縫道具が……!
「おねえさまの容体が急に悪化したのは細工をするために動き回ったからだわ!!
心臓移植をすれば助かると聞いてからあなたの理性は狂ったのです!!」
一草は最後まで口汚くわめきながら苦しみぬいて、でももう平気よ!!鬼はあの人よ!!
佳子を死ぬように仕向けたのはあの人よ!私の指輪を佳子のバッグに入れたのも
私の人形を壁に打ちつけたのも!佳子の死を一番願っていたのはおねえさまよ!
見るがいいわ!!」一草は死んだ。横たわった姉に理沙は言う。
「あなたを神のような人として死なせたくなかったのです。
死ぬ一瞬に神のようなあなたが卑しい女と言われ死ぬことが私の目的だったのです」
小さい頃から姉に比べられ惨めな思いをしてきた理沙。やっと家を抜け出たのに
事故を起こし戻って来てしまった。賠償金を払ってくれた姉の前では手も足も出なくなった。
一草に面影の似ている佳子を連れてきて姉の代わりに苛めて鬱憤を晴らした。
一草も佳子の死を願うようになった……理沙もそれを願った。一草の卑しい姿を見るために。
一草にも理沙にも、佳子は道具に過ぎなかった。でも佳子はそれを知らずに死んだ……。

「一体誰が悪かったのだろう?でももう二度とあのような悲惨な出来事は起きない」
門前家を後にするおろち。行きずりの人が少女の去り行く姿を見たという。
だがあなたはあなたの側で見守るおろちを知らない…そしておろちが去っていったことも知らない。