サバス・カフェ

Last-modified: 2008-10-16 (木) 11:45:06

サバス・カフェ/谷地 恵美子

34 名前:サバス・カフェ[sage] 投稿日:2005/08/01(月) 22:13:25 ID:???
聖ジョージ・インターナショナルスクールに転校してきたシカゴ帰りの四布木大(よのぎ・だい)。
彼はいつも人から距離を置いていた。しかしひょんな事からクラスメイとのデリィの家に遊びに行く事になり、
そのお返しとして家にスクールメイトを呼ぶ羽目になってしまった。メンバーは5名。
デリィ    8年生(中2)。大と同学年。金髪の美男子。
ジェニー  大と同学年。おしゃべりな白人の少女。
マーティ  大と同学年。手先が器用な黒人の少年。
ホーマー  10年生(高1)。巨漢のフットボール選手。女の子が苦手と言いつつ惚れっぽい。
マイク    大と同学年。カメラ好き。影が薄い。
好んで一人でいるくせに賑やかに騒ぐ連中をいつも辛そうに見ている大を、
どんな家庭で育ったのかとデリィは思っていたが、大の両親はごく普通の日本人だ。
優しくもてなされ「ひねくれてるのはあいつだけか」とつぶやきながら帰るデリィ。
彼らが出ていった後に、大は先ほどまで両親を演じてもらっていた男女に金を渡す。
二人は大が雇った なんでも屋だった。二人も帰った後、大はパソコンに向かい、
〝ケン〟という人物とパソコンを通じて会話をする。
『大 君のつくったソフトにまた買い手がついたぞ。
 なんと今度はJ・K社だ!最初の契約として50ドルだ!』
『まかせたよ。僕はもう十分持っている。後はケンが使うといい』
大はパソコンの前で、はじめて笑顔を見せた。

その日マーティは涙を浮かべながら登校してきた。
父親が、彼のつくったパペットを全て捨ててしまったのだという。
「マーティのパペットは映画に出せそうなぐらい上手なのよ。
 専門の学校に行って勉強すればプロだって夢じゃないわ。
 でも、マーティのパパは彼に別な将来を期待しているみたい」
ジェニーの説明を聞きながら大は思う。
〝どんな気がするものだろう。自分の望むもののために争うというのは〟

その夜、大は夢に見た。幼き日に「土曜日に迎えに来る」と言ったまま消えた人の事を。



35 名前:サバス・カフェ 2[sage] 投稿日:2005/08/01(月) 22:17:44 ID:???
夢のせいで遅刻した大はバスに乗り遅れ、雨の中自転車で登校した。
マーティはゴミ置場からパペットを発見できたとの事で昨日とは一変笑顔だ。
パペットと一緒に捨てられた〝サバス・チャイルド〟というアメリカで大人気の
ゲームソフトも見つかった。そのゲームは貴重品で、皆がうらやましがった。
まずはじめに六つの扉を選ぶ。そこから進んでキィ・ワードを拾いながら
サバス・チャイルドを見つけるという趣旨のゲームだ。

笑顔のマーティの一方で、デリィは不機嫌だ。友人思いの彼は
昨日マーティの父親を説得しに言ったのだが、相手にもされなかっのだ。
大事な物を守ろうと必死なマーティを冷めた目で見る大に苛立ち、
デリィは半ば八つ当たりで大と言い争い、その末に大を殴った。
家に帰ってから大はケンとの会話のためまたパソコンに向かう。
『ケン サバス・チャイルドのソフトをいくつか送ってくれないか?』
『作った本人の頼みだからきっと会社はいくらでも用意するぞ』

雨の中自転車に乗ったせいか、大は熱を出し三日も学校を休んだ。
俺が殴ったせいか、と心配したデリィとマーティが見舞いに来た。
大の熱はかなり高く、病人を置いて親はどこに行ったんだとデリィは怒る。
「大…この間僕たちがあったのは君の本当の両親?
 僕は人の顔の形や造りに興味があって――
 あの人は君と似ているところが一つもなかった」
マーティの問いに、熱に浮かされながら大は言う。
「父親はいない。肉親は母さんだけで、彼女ももう死んだ。
 あの人たちはお金を出して芝居をしてもらっただけだ」
「じゃあお前一人で暮らしているのか?」驚くデリィ。
「一人は気にならないんだ。ずっとそうしてきたから。
 ただ不便なのはこの事が知られたら 13歳で保護者がいない事が知られたら…
 僕はここにいられなくなる。ほんとに…平気なんだ。一人で生きてくコツは知ってる」
そう一気に言うと大は眠りに落ちた。目覚めると、マーティからの置手紙が残されていた。
それには大への心配が書かれていた。手紙の横にはマーティのつくったパペットが残されていた。
パペットの仕掛けを面白がり大は思わず爆笑した。
〝ケン 自分の事を話したのは熱のせいだけではないような気がするよ〟 続く



40 名前:マロン名無しさん[sage] 投稿日:2005/08/02(火) 04:27:48 ID:???
インターナショナルスクールとはなんぞや?



46 名前:Honey Rose[sage] 投稿日:2005/08/03(水) 18:45:42 ID:???
>>40
インターナショナルスクールってのは、確か色んな国の子が一緒になって
英語で授業を受ける学校だった気がする。日本だったら、日本に住んでる外国の子とかが
通ってたはず(英語力つけたい日本のことかも通うけど)。
海外に住んでる日本人の子とかもその国のインターナショナルスクールに通ったりとか。
間違ってたらごめんなさい。



61 名前:サバス・カフェ 4[sage] 投稿日:2005/08/03(水) 21:31:24 ID:???
>>46
作中で詳しい説明はないので自分もよくわかってませんが、
それであっていると思います。



59 名前:サバス・カフェ 3[sage] 投稿日:2005/08/03(水) 21:23:35 ID:???
子供が一人だけで暮らすなんてさぞかし金に困っているだろうと気遣うデリィは、
別にいいよと断る大に無理矢理食べ物をおごるようになった。
困りながらも、自分を思うデリィの優しさに大は喜びを感じた。
九月から一年生になる、デリィの年の離れた妹のスウは大を
「マイ・スイート・ハート」と呼び、大に始終くっつくようになった。
ある日、デリィとマーティの話を盗み聞きしたホーマーによって
ジェニーとマイクにも大が一人暮しである事がばれてしまう。
皆は飲食物を持って大の家に集まった。
その時、シカゴから送られてきた大量の『サバス・チャイルド』が見つかった。
知り合いがゲーム会社に勤めているからもらったんだ、と嘘をつき
皆にゲームを渡す大。デリィは売って生活費にしろと騒ぐ。
「僕の叔父さんも勤めているけど、一個回すのが精一杯だって言ってたよ。
 叔父さんは、このゲームの製作者が僕と同い年の少年だって言ってた。
 社内でも知るのは一部の人間だけだって、笑いながらの話で…
 てっきり冗談だと思ってた――」大は自分がその製作者だと認めた。
大ヒットしたゲームの作者なら、金に困る事もない。
皆は口々にすごいと言い、「おごるんじゃなかったよ」とデリィはつぶやく。
〝ケン 僕はお金があったて欲しいものなんてなにもない
  でも おごってもらったハンバーガーやアイスが
  どれだけ美味しかったか どう言ったらわかってもらえるだろう 〟
大が居心地の悪さを感じていたら、ドアを激しく叩く音がした。
現れたのはスウだ。スウは大にクッキーをわたした。
「一つ確かめてもいいかしら。
 わたしって大の第1ガールフレンドよね?
 一番ってとってもたいせつなものなのよ」
スウのませた発言に皆が笑みをこぼし、場に明るい雰囲気が戻った。
〝ケン 僕にガールフレンドができたよ〟

もうすぐ夏休み。最後のテストでは皆成績が上がっていた。
何かと理由をつけては大の家に集まり、しょっちゅう勉強会を開いていたからだろう。
大はかなりいい点数を取った。前の学校でもさぞかし優等生だったのだろうと
うらやましそうに言うジェニーに、大は何も言わず顔をうつむけた。



60 名前:サバス・カフェ 4[sage] 投稿日:2005/08/03(水) 21:26:52 ID:???
半ば無理矢理、アメリカンロックバンドのコンサートに連れていかれた大。
そのバンドのスタッフの中には、アメリカにいた頃に何度か顔を合わせた人物がいた。
「お前 字くらいは読めるようになったか? 学校に行ってないから読み書きが出来なくて…」
そこまで行ったところで彼は仲間に呼ばれて場を離れた。
ジェニーたちは先に会場に入っていた。聞いたのはデリィだけだ。
大は悲しみを隠すように笑いながらデリィに説明する。
「僕は日本に来るまで学校に行った事がないんだ。
 母の友人・知り合い、色んなところを転々として…
 4,5日から長くても1ヶ月、学校なんて行けるわけなかったから…
 こんなところで昔の僕を知ってる人に出会うとは思わなかったよ」
浮かない気分の大とデリィはコンサートを楽しむ事が出来なかった。

学校に行った事のなかった大が勉強を教わったのは、
最後に自分をあずかってくれたケンだという。
「読み書きどころかほとんどなにも知らない僕に毎日根気よく教えてくれた。
 いつも朝になると枕もとに教科書が積み重なってて、僕の一日はそれを読むことから始まるんだ」
一度に何年分もの知識を詰め込むなんてすごい、苦にならなかったのかとデリィは訊く。
「買い物を頼まれてもリストに書かれている事がわからない。
 おつりをごまかされている事すら気づけない。そんな経験君はないだろーね。
 昔 僕は空気みたいになりたかった。誰の邪魔にもならない空気のような存在。
 だけど毎日夢中になって本を読んでいるうちにそんな事は忘れた。
 実際そんな事考えてる暇はなかったものね。だから 僕は本当に楽しかったんだ」

夏休みがはじまり、大は自転車で旅に出る事にした。
「夜になると遠くで波の音が聞こえてくるの」
「長い坂道を下ると、向こうにキラキラまぶしいくらいに輝く海が見えた」
幼い大に幾度もそう語った母の生まれた場所を探すために。



99 名前:サバス・カフェ 5[sage] 投稿日:2005/08/06(土) 03:18:36 ID:???
海辺の田舎町についた大は、人のいい和尚によって荒れ寺に泊まらせてもらう事になった。
金閣寺や五重塔などの立派な寺しか知らなかった大はこういうのも寺というのかと驚いた。
その寺には親の都合で一時的に預けられている少年がいた。
少年に大はかつての自分を重ね合わせた。
大は、荒れ寺には似つかわしくない立派な観音を見つけた。
それは慈母観音といって、子に対する母の深い愛情を司るのだという。
「母親は必ず子を愛してるものなんですか」
「当然じゃ。自分の血と肉をわけて生んだ子じゃもの。愛しくないわけがないでの」
和尚はそう答え、すぐにでも新たに旅立とうとしている大に、
夏は来年もあるのだからもう少しのんびりしなさいと言う。
「1年の約束で来たから今年の夏しかないんです」

和尚に言われるままに寺に留まりつづけていたある日、少年の母親が迎えに来た。
母の手をうれしそうに握る少年を見て、大は安心した。
自転車に乗って家路に着く大。そして、自分の母の事を思う。
もう大には、彼女がどんな顔でどんな声だったのかも思い出せない。

帰宅した大は、スウに言われて荒れ果てた庭の手入れをする事になった。
スウ一家はイギリスに里帰りをしたのだが、祖母の庭は大変きれいだったそうだ。
デリィは祖母のお気に入りなのでまだイギリスに引きとめられたままだという。
庭の草刈の最中に疲れで眠った大のくちびるに、スウはこっそりキスをした。

数日後、帰国したデリィは憤りながら叫ぶ。
「俺は一生髪を切らないぞっ 館のばーさまが切れと言ったからだ!」
デリィは幼い頃に床屋に誤って耳を切られたというトラウマがあり、
定期的に自分で切ってはいるものの、髪を耳より上に切った事がない。
しかし、父と祖父が通っていたイギリスの名門校にデリィも通わせようともくろんでいる祖母は
「そんなみっともない髪では入学できませんよ」と断髪を迫るのだ。
決められた名門校になど絶対に行くかと起こるデリィ。
そんな彼に父は「自分の道は自分で決めるべきだとあの人もわかっているさ。
だけど、あの人は好きな人間の困った顔が大好きでなあ」とニヤニヤしながら言う。
大は親子の様子を見ながら、何代もの繋がりがある家系を持つというのはどんなものなのだろうと思った。



100 名前:サバス・カフェ 6[sage] 投稿日:2005/08/06(土) 03:21:10 ID:???
ハロウィン、感謝祭、クリスマス、ニュー・イヤー…日々は目まぐるしく過ぎていく。
その間に、ホーマーに彼女が出来たりマーティが失恋したりなど様々な事があった。
もうすぐ大が転入してきてから一年が経とうとしている。
昔はいつも無表情だった大も、今は豊かな表情を見せるようになった。

普通の高校に通うミーハー少女二人は、よく聖ジョージ学園の生徒たちの写真を隠し撮りしていた。
(ちなみに彼女たちは第一話からちょろちょろと登場している)
彼女たちが大の隠し撮り写真を雑誌に送ったところ、掲載されてしまった。
「あの子は誰?」と反響の手紙が多く届く。その中に一つ気になるものがあった。
少女たちは意を決してその手紙を大に渡しに行った。
『あの写真の少年の面差しは昔私が存じ上げた方にとても良く似ています。
 あの少年の母上様はもしかして四布木霖子様とおっしゃる方ではないでしょうか。
 不躾ではありますがご存知でしたら是非ご連絡いただきたく どうかお願い致します』
そう書かれながらもその手紙には差出人の住所も名前も書かれていない。
しかし文体は真面目で、母の名を知っている。悪戯ではないと大は確信した。
探偵に手紙の主を探すよう頼むが、手がかりはなかなか見つからない。
自分の写真をまた雑誌に載せればいいのだと、大はマイクに写真を撮らせる。
それで目立って一人暮しがばれたらどうするとデリィは言う。
しかし大は、学校を辞めさせられてもかまわないかのような態度だ。
なんでそこまで焦るのだとデリィたちは不審がった。

自分の写真を眺める大。
現像された写真の中には、デリィやマーティが映ったものもあった。
〝学校にいられなくなったって日本に住めなくなったって
  誰だろうとすぐに別れるんだ とうの昔に慣れた
  ぜんぜんかまわない――そう思ってたのに〟
それらの写真を眺めながら、雑誌に写真を載せるのをやめようと大は思った。
大は夜眠れなくなった。優等生だった大が授業中に居眠りをするまでになった。
心配するデリィたちに大は唐突に告げた。「今からシカゴに帰る」と。
もうすぐ大の二度目の夏休みがくる。それまで待てないのかと訊くが大は目を伏せるだけだ。
大はその日のうちにシカゴ行きの飛行機に乗った。



329 名前:サバス・カフェ 7[sage] 投稿日:2005/08/25(木) 17:58:04 ID:???
インターナショナルスクールはもうすぐ卒業式(夏休みはその後)。
大はシカゴから帰ってこない。帰った来たとしても学校に大の居場所はもう無いだろう。
優等生の大が突然消えた時、学校側はすぐに両親に連絡した。
しかし通じない。家族が本当に存在していたのか、大の正体すらも疑問視された。

ホーマーは将来進学したいと思っている大学の見学にシカゴに行くと言う。
その時に大に会うと言うが、シカゴは広い。住所すら知らないから無理だ。
デリィとマーティは手がかりを探すため、大の家に訪れる。
R・J・キャラハンという人物からの手紙が残されていた。
封筒だけで中身はないが、どうやら法律事務所のものらしい。
この手紙の住所へ行けば大の居場所を教えてくれるかもしれない。
今年の夏休みもデリィはイギリスへ帰る。その時にキャラハンの元に行く事にした。
マーティはデリィに言う。
「ケンって人はどうして大をたった一人で日本に来させたんだろう。
 パソコンの会話だけで――心配じゃなかったんだろうか」

シカゴに着いたデリィ。美女のキャラハンは大の財産管理人だという。
「貴方に大を説得してほしいわ。あんな物に囲まれて一人で閉じこもっていたら病気になってしまうわ」
大が一人? ケンと一緒にいるんじゃないのかとデリィは訊ねる。
「ケン・ジョーガサキはもういないのよ。2年前に亡くなったわ」
以前サバス・チャイルドのソフトを送ったのもキャラハンだという。
それなら大はコンピューターを通して誰と話していたんだ?
大の住む建物に着いたデリィ。大は痩せたが特に以前と変わりない。
大は自分の部屋の、パソコンと車椅子が置かれた場所に連れていく。
「ケンはもういない。事故で悪くした脊椎の病気が再発して2年前に死んだ」
ちゃんと大がケンの死を理解していたとデリィはホッとした。
でも、パソコンの向こうのケンは一体……?
「ケンと二人で、もし僕が日本に行ったらパソコンでどんな話をするかって遊んだ事があるんだ」
その時の情報をこの部屋のパソコンにインプットし、
毎日決まった時刻に日本の大のパソコンへと送るよう設定した。
大の言葉に応じてパソコンは様々な返事を出す。
まるで生前のケンと話しているかのように。



330 名前:サバス・カフェ 8[sage] 投稿日:2005/08/25(木) 18:01:06 ID:???
ケンは、自分が死んでから大がそうするだろうと察していたのか、1年でこの部屋を引き払うよう言っていた。
キャラハン弁護士はデリィに言っていた。
大はこの部屋の物を処分させまいと、シカゴに帰ってから部屋を出ないと。
帰ってきてからの2ヶ月の間、大はパソコンの中のケンと会話をしてばかりいた。
「一年以上も機械相手に無意味な会話をしてきてまだ足りないのか?
 記憶した返事しか答えない奴を相手にして何になるんだよ!しっかりしろよ!」
「君になにがわかる!」大は激昂し、デリィを押し倒し無茶苦茶に殴る。
椅子を振り上げそれでデリィを殴ろうとしたところで正気に戻った。
ごめんと何度もつぶやきながら大はうずくまる。隣の住人が心配してやって来る。
「あの…よく眠れる安定剤みたいな、そんな薬持ってませんか?」
隣の住人のコープは薬のかわりに酒をデリィに渡す。「母親の事で嫌がるかもしれんが」
とりあえず眠れとデリィは大に酒をすすめる。
「お酒で死んだんだ。僕のお母さん。やっぱり眠れなくて辛かったんだろうね」
大は酒を飲み眠りにつく。
デリィは部屋の中にマーティのパペットと、アルファベットの練習帳がある事に気づいた。
『うつくしいのは げつようびのこども』ではじまる有名なマザーグースの詩が書かれていた。

デリィは大を連れ出し、ホーマーに会わせる。能天気なホーマーに大は少し笑顔を見せた。
帰ると、部屋にあったパソコンと車椅子が処分されていた。デリィがキャラハンに頼んだのだった
外に行こうと誘うデリィの後ろめたそうな顔に、大はこの事を察していた。

キャラハンはデリィに言う。
「大があのコンピューターに執着していた時、少し私はホッとしたのよ
 ああこの子にも感情はあったのだって…あの子は母親が死んだときも
 ケンが死んだときも涙一つ流さなかった。冷たい子よ」
大の母親は酒場やクラブでピアノを演奏しながら生活していた。
他人に預けられてばかりの不安定な生活なら、感情がなくなるのもわかるとキャラハンは言う。
「どうしてあなたにそんな事が言えるんだろう。
 それほどあいつの事を知ってるの?
 あいつが ケンにはじめて字を教わった書き取りの本を
 今でも大事に持ってる事 あなたは知ってるの」
キャラハンはなにも答えられなかった。



331 名前:サバス・カフェ 9[sage] 投稿日:2005/08/25(木) 18:03:47 ID:???
その夜キャラハンは、母が死んだ時どう思ったかと大に訊く。
「ただ腹が立ってた…それからどこかで少しホッとした。
 これでもうあちこち預けられなくてもすむ。
 きっとどこかの孤児院に入るんだろうけど、あちこち転々とするよりはマシだって…」
「お母さんの事…憎んでた?」
「憎むほど長く一緒にいた事はなかったから。
 それにどっちかというと母さんの方が僕を憎んでいた気がする」
ケンは好きだったかと聞かれ、大好きだと大は答える。
「母さんの時もケンの時も…僕は悲しくなかったわけじゃない。
 だけど、なにかが胸に詰まって…きっと僕はどこか…おかしいんですね」
キャラハンは大を抱きしめた。
「考えてみれば私は数えるほどしか貴方と話した事がなかったのね。
 他の皆だってそう。ほんの数日顔を合わせただけの大人たちの中――ごめんなさい」

デリィの祖母は、デリィがシカゴで遊んでいるとカンカンになっている。
何を言っても言い訳だろうとしか言われない。説明させるために大もイギリスに行く事に。
爵位を持っているという祖母・モートンの家は大きくて豪奢だ。
取っ付きづらいモートンにびびりながらも、大はその家で過ごすことに。
大はデリィの愛馬・ハーミーズに乗ろうと挑戦するが、なかなか上手く行かない。
ある日、大はデリィが女の子とキスしているところを目撃した。
彼女はフィオーナといい、デリィの幼馴染で恋人なのだという。
昔はお転婆で突拍子のない事ばかりしていた彼女も最近ではずいぶん落ちついた。
デリィは彼女の事を語るが、恋を経験した事の無い大にはピンと来なかった。

フィオーナとその友人たちがデリィの家に遊びにくる。
イギリスの学校にこいよと言われるが、デリィは日本のがいいと断る。
「あなたは私たちの社会にいるべきなのよ。あなたはわかってないわ!
 少なくとも私たちには生まれた時から家を転々とするようなみなしごの友人なんて――」
デリィは信頼できる恋人だからと大の生い立ちもフィオーナに説明していた。
人が大勢いる場所でその事を口に出すような子ではなかったのに……デリィは大を連れその場を抜けた。
数年前からフィオーナとは話があわなくなってきた。
口を開けば「アクセントが違うわ。学校のみんなは…」と細かい事ばかり言ってくる。



332 名前:サバス・カフェ 10[sage] 投稿日:2005/08/25(木) 18:05:59 ID:???
翌日 乗馬の練習中に大はフィオーナと会う。
デリィは容姿がいいから皆に自慢できるが、学校の話題の時は恥ずかしい、
イギリスの格式ある学校に来てくれないと自分の肩身が狭いとフィオーナは愚痴る。
人間の本質はどこにいても変わらない、デリィは優しくて誰にでも自慢できる人だと大は言う。
「わかっているわよ。そんな事――そうね確かに優しい人ね」
――貴方のような人を友人だと紹介するくらいですもの。
彼女の目がハッキリとそう言っているようだった。
やがてデリィはフィオーナと別れてしまった。
大は恋愛を理解するためにもシェイクスピアの本を読むが
その凄まじさに辟易し、自分には無理そうだと断念した。
「書物で得るのは恋の比喩と格言。そういう物で理解しようとしても無理ですよ」
モートンはそう語る。ハーミーズに乗って家を出たデリィが帰ってこない事に大は気づいた。
しばらくし、頭から血を流したデリィが帰ってきた。重傷ではなさそうだが、
「ハーミーズが、ハーミーズが…」と言い、今にも泣き出しそうだ。
デリィはハーミーズと共に高いところから落ちてしまったのだ。
ハーミーズは足の骨を折り、筋もズタズタになってしまった。
馬は怪我をした足を支えるため体を支えてやらなくてはならない。
怪我が治るまでには数週間かかり、その間に体の機能は衰退し、内臓障害を起こす。
ハーミーズは元競走馬だ。不活動状態が長く続けば死ぬ事もある。
生きていても辛い状態が続くだけだ。今のうちに殺すしかない。
医師によりハーミーズが殺されている間、デリィは外で泣いていた。
大は一緒に泣く事が出来ず、慰め方もわからないがただ隣に座っていた。

次の日 デリィは朝早くに出かけ、帰ってくるとすぐに布団にもぐりこんだという。
心配して見に行くと、デリィの長髪がきれいサッパリ切られていた。
「死ぬかと思ったあのハサミの音。さっぱりしたろ?
 ハーミーズと一緒に埋めてきた。けっこうセンチだろ俺って」
おどけたようにデリィは言った。大はハーミーズの墓に花を添えた。



333 名前:サバス・カフェ 11[sage] 投稿日:2005/08/25(木) 18:09:25 ID:???
大とデリィはモートンに連れられパーティに行った。
その途中、庭でフィオーナの友人たちが大の事を話しているのを盗み聞いてしまう。
「彼は危ないわ。フィオーナが言っていたでしょう。
 小さい頃から他人の家を転々としていたそうじゃない。
 恐ろしいわ。一体どんなところに預けられたのかわからないわよ」
「そうね。少年愛好者、サディスト…一体どんな目にあってきたのか。
 幼児期の酷い体験は消えない傷を残すものよ。きっと心がどこかおかしく…」
デリィはその場に飛び込もうとするが、大が止めた。

白けてパーティを抜け出る二人。
未遂で終わったが襲われた事はあるよと大は言う。
すぐに助けられ、身を守るためにカラテを習わされるようになったという。
その日の大のご飯は強くなるためにと山盛りのスパゲティだった。
「考えて見ると僕はすごくラッキーな子供だったのかもしれない。
 僕を預かってくれた人たちはみんないい人だった。
 他人の子供を押しつけられてるのに親切にしてくれて。
 僕はもっとみんなに感謝すべきだったよね。
 こま切れの思いでばかりでも、ちゃんと僕はあの人たちが好きだったんだ。
 今でも時々気がつくとケンに話しかけている時がある。
 一番好きで大切な人だった。長くて楽しい思い出を…たくさんもらった」
大は話しながら涙を流していた。その事に大自身が驚く。
「日本に戻りたくないか 大。ばあさまは学園の理事の一人だ。
 しかも理事長のミセス・アイアランドはばあさまの同窓生だ。
 お前が本気で望んでばあさまに頼むんだ。自分でやってみろよ」
デリィははじめから大をまた日本に戻すつもりでイギリスに連れてきていたのだ。

結果、大は日本に戻る事になった。デリィの父が日本での保護者となった。
再会を喜び泣きながら駆け寄ってくるスウに大は笑顔を向けた。



355 名前:サバス・カフェ 12[sage] 投稿日:2005/08/27(土) 13:57:08 ID:???
大は様々な事に積極的になった。陸上と格闘技と二つのクラブに入り、
恋愛を理解するために三人も彼女をつくった。すぐに三人共に怒られ別れた。
ジェニーは積極的になった大にときめいたりしたが、
「やっぱ僕はスウが一番いいよ。レベルがあってるのかな」との言葉にすぐに諦めた。
ある日ゲーム会社のバーンズ社長がやってきた。またゲームを作りたまえと社長は言う。
「もう作りません。もう機械だけを相手に空想の世界で遊ぶしかなかった子供はいないんです
 僕は今自分で立っているこの現実の世界が好きです。今ようやく空想も嘘も必要なくなったんです」

大はシカゴ帰国前にしていた母の身元探しを再開する。
結局手紙の送り主を調べれなかった探偵のアイディアで、
新聞の尋ね人の欄に四布木霖子の名を載せると、初老の女性から連絡がきた。
その女性――ふみが手紙の送り主だ。
ふみは、大奥様――霖子の母に当たる人物の家で働いているのだという。
霖子は逃げるように日本を出た、大奥様には会わない方がいい、
ふみはそう言うが、母以外の自分と血の繋がりのある人物がいる事に大は興奮し、
すぐにでも会いたいと言った。ふみは不安げな顔をした。
いきなり娘が死に、孫が現れても祖母は驚くばかりだろう。
ふみから連絡をしてもらい、しばし間を開けてから会いに行く事にした。
母には姉がおり、その姉ももう死んでいて祖母は一人暮しだという。
もし出来る事なら祖母と一緒に住みたいと大は願った。

祖母ははじめのころ「私に孫などいない!」とふみに言っていたらしいが、
昨日突然「連れておいで」と言ったという。すぐに祖母のもとに向かう大。
着いた先は大きな純和風の家。坂の下には眩く光る海が見えた。
出てきた祖母は、和服を着た厳しい顔をした女性だった。
「あの子はどんな死に方をしたんだい?自分で首でも括ったかい?
 手首でも切ったのかい?どっちにしろろくな死に方じゃなかったろうね」
一目見るなり祖母はそう言ってきた。
「私を頼っても無駄だよ。はっきり言っておく。
 お前の面倒を見る気など、ましてや孫だなどとは思ってないからね」
すぐに家から追い出された。ひどく落ち込みながらも、
まだ会ったばかりだ、徐々に打ち解ければいいと大は自分に言い聞かせた。



356 名前:サバス・カフェ 13[sage] 投稿日:2005/08/27(土) 13:59:50 ID:???
ジェニーは祖父母の機嫌が悪い時は頬にキスの雨を降らせて仲直りするという。
大が祖母にキスの雨を降らせたら仲直りどころか殺されてしまうだろう。
仲直り以前に、大には何故自分があれほど憎まれていたのかわからなかった。
恐らくは母と祖母に確執があったのだろうが、大は母とろくに会話をした事もなくわからない。
昔、幼いながらも母に聞きたい事はたくさんあった。しかし何も聞けなかった。
何を言っても返ってくるのは冷たい拒絶と辛そうな顔だけだと知っていたから。
ほんの時おり、機嫌のいい母の話す情景が大の中に住みついていた。

 雪のように舞い散るうす紅色の花びら
 どこまでもつづく満開の桜
 静かな夜 海の音が聞こえる家

その家に再び訪れる大。死んだ叔母の名前は梛子というらしい。
ふみによると、とても体が弱い娘で祖母はいつも梛子を気にしており、
2歳年下の霖子はあまりかまわれず、父は気をまぎらわせるために霖子にピアノを習わせたという。
父は霖子が6歳の時に死んでいる。
祖母は、梛子が大事すぎて霖子を憎んでいるのかと大は訊ねる。
「まさかそんな、それだけで二人とも実の娘なのに――あなた、お父さんの事なにも聞いていないの?」
そこへ祖母の怒鳴り声と共に、追い出されるように家から男性が飛び出てきた。
その仁木という弁護士は、祖母が抱えている金銭的な問題を解決するため家を売るよう説得しているのだという。
大の財力があればどうにか出来るかもしれない。祖母の役に立てるかもしれない。
弁護士は、大の父親は蒔田敬之という人で、大が生まれる半年前に亡くなったと言った。
はじめて聞く父の名は、見知らぬ他人のものにしか聞こえなかった。

探偵に祖母の経済状態を調べてもらうと、株に失敗して560万の借金があるのだという。
土地を売ったりしてやりくりしたが、株以外収入のない老人にこれ以上返済は無理だ。
その程度なら大丈夫だ、祖母の役に立てると大はすぐに銀行にお金を振り込んだ。
祖母の家の近辺に聞き込み調査をしていた探偵は、引っかかる事を聞いていたが大には伏せた。
「四布木さんの下のお嬢さんもずいぶんひどいことをしたものだねぇ」
ある老婆はそう言ってため息をついていた。



357 名前:サバス・カフェ 14[sage] 投稿日:2005/08/27(土) 14:07:27 ID:???
大は梛子の墓参りに行った祖母を追って、墓場に行った。
しかし祖母は拒絶する。
「お前にお参りなどされたら梛子が浮かばれない。
 流石の霖子も父親の事はお前に話せなかったようだね。
 蒔田敬之は梛子の夫だった男だよ。あの子は自分の姉の夫と……」
霖子は姉と母へのあてつけのために敬之の子供を身ごもったのだと言う。
傷つきおかしくなってしまった梛子は夫を車に乗せ無理心中を図った――崖から海に飛び込んで。
「お前は生まれるべきじゃなかったんだよ。どうしてお前が生きているんだい」
祖母が去った後、呆然としながら大は海を見に行く。冬の海はひどく荒れ狂っていた。
これが母に聞かされ、全ての喜びがそこに込められているかのように幼いころから焦がれた場所なのか。

大の祖母が財産目当ての偽者ではないかと調べに来日したキャラハン。
結果は白だったが、祖母がけして大を愛さないであろう事もわかった。
事情を知ったデリィは、最初からいなかった事にして祖母を忘れろと言う。
「ほっといてくれ!」大はこれからも祖母の財産支援をすると決めたのだった。

キャラハンは通訳を通し仁木と話し合う。
法律や手続きの事はどうとでもなるが、当の祖母は納得しなければどうにもならない。
大の名前でだめなら仁木の名で金を渡してくれと頼むが、それは不自然すぎる。
「君にすごい財産があるのはわかるけど、それを振りかざすのは少しいやみだよ。
 子供なら子供らしくお金ではなく別の事でおばあさんの力になってあげなさいよ」
そうは言うが、大にはお金以外に祖母を喜ばせるような事は出来なかった。
〝僕の名を聞くたび顔を見るたびおばあさんの傷口は広がってしまう。
  だから僕はもう会わないと決めたしあの家にももう行かない。
  他にやり方を知らないんだ。他のつぐない方を知らないんだ僕は〟
それでも祖母が金に困っているのなら自分は支えたいと大は言った。
「おばあさんが君になんと言ったか知らないけど
 霖子くんはけしていい加減な気持ちで君を生んだんじゃないよ。
 君のおばあさんは霖子くんを憎む事でしか辛さを乗り越えられなかったんだ。
 全てを彼女のせいにして、そうでなければ堪えられなかったに違いない」



393 名前:サバス・カフェ 15[sage] 投稿日:2005/09/04(日) 20:22:09 ID:???
税理士から大が自分の借金を返済した事を知り祖母は激怒した。
祖母は大の家に出向き、デリィがいるにも関わらず大の頬を張った。
「お前は私を馬鹿にしているのか。お前の施しを私が喜ぶとでも思ったのか!
 お前たち親子はどこまで人を踏みにじればすむんだい。二度とこんなマネはするな」
去っていく祖母。何故なにも言い返さないとデリィは言う。
「僕はようやくわかった。僕は…おばあさんを助けようとしたわけじゃない。
 僕が生きている意味を金で買おうとしただけなんだ……」
〝心のすみであの家を守る事ができれば認めてもらえると期待してた
  僕がこの世にあるのはきっとそういうことなんだと 意味があったのだと 思われたかった〟
母は大を避け、いつも他人に預けてばかりで一緒に暮らそうとしなかった。
それなのになんで自分を産んだんだと大は苦悩した。

どんな金持ちの家で育ったか知らないが金でなんでもしようとする
大の性根がおぞましいと祖母は仁木にこぼす。
侮辱されるぐらいならと祖母は家を売ることを決心した。
「確かにあの子はお金に無頓着らしい。
 ですが、それは金持ちで贅沢な暮らしをしてきたわけじゃない」
仁木は大の生い立ちを語る。祖母は霖子を愚かだと切って捨てる。
「あなたはそれで思うところがないのですか?
 梛子くんと霖子くん……二人のような事をあなたはまた繰り返すつもりだ。
 大くんはやり方を間違っていたかもしれないけど、ただ肉親が欲しかっただけです。
 自分が誰なのか知ってくれる人…彼が欲しかったのはただそれだけだと思うんです」

祖母は家を手放す事にし、住み込みで働いていたふみも娘夫婦の家に行く事になった。
「大奥様は本当に一人じゃなにもできない方です」
ふみの言葉を気にする大。しかしまた怒鳴られるのを恐れ会いにいけない。
そうこうするうち、祖母が突然失踪してしまった。ただの旅行かもしれないが心配だ。
「恐れてないで会いに行けばよかった。何度拒絶されたって…」
大は過剰に心配し落ち込む。そこへ、観光のため来日したバーンズが訪れる。
デリィは気分展開をしろとバーンズの泊まるホテルに大を引きずっていった。
そこには祖母が泊まっていた。



394 名前:サバス・カフェ 16[sage] 投稿日:2005/09/04(日) 20:25:32 ID:???
気晴らしにあちこちの温泉に行っただけだ、うるさく言うなと祖母は言う。
「ばかっっどんなに…どんなにみんなが心配したと思ってるんだ。
 なにか一言…だまって出ていったらみんながどんなに――」
大の怒鳴り声に動揺する祖母を、大は目に涙を溜めながら抱きしめた。

インターナショナルスクールにまた卒業式の季節が訪れた。
ホーマーは今年で卒業する。泣くホーマーに大は言う。
「そう泣かないでホーマー。また逢えるよ」
自分の何気ない言葉に大は驚いた。
〝別れたらそれっきりだと思っていた どの人間も
  どうせいつかは別れる 通りすぎるだけの自分とは関係ない――
  ずっと僕はそう思っていた でも 忘れることがなければ
  そう望めば とぎれることなどないんだ こんな簡単な言葉だったんだ〟

三年目の夏休み。ホテル暮らしをしていた祖母は倒れて入院した。
血圧が高いために発作が出たのだという。
ホテル暮らしは良くないと、大は祖母を自分の家に連れてきた。
祖母は料理をつくろうとして手を切り、鍋をひっくり返し足を火傷した。
ふみが言っていた通り、本当になんの家事も出来ない人だった。
大は、その分自分が祖母にしてあげられる事が増えると微笑んだ。
それに、あれほど自分を憎んでいた祖母が家に来てくれた事が嬉しかった。
夕飯を共にする大と祖母。大が話題をふっても、祖母は憎まれ口で返してしまう。
「――私は…はじめからあの子を憎んでいたわけじゃない」
祖母はそう言うと席を立った。布団の中に入って祖母は梛子たちの事を思い浮かべる。
病弱でいつも熱を出しては自分に甘えてきた梛子。
霖子は一緒に甘えてくるわけでもなく、ただいつもその様子を眺めてきた。
眠れずに祖母は起きあがる。大は眠れないのかと訊ねてから言う。
「あの…僕とこのままここでずっと…暮らしてくれませんか」
祖母は昔を語る。梛子はいつも何かあると夫より祖母を頼ってきたと。
必要とされずになんのための夫婦かと悩む敬之と、孤独な霖子。
二人があやまちを犯したのも、元々は姉妹をそう育てた祖母の責任だった。
それは自分でもよくわかっていると祖母はうな垂れる。



395 名前:サバス・カフェ 17[sage] 投稿日:2005/09/04(日) 20:31:50 ID:???
「梛子が死んだ時、あの子のお腹の中には小さな命があったんだよ。
 2ヶ月だった…馬鹿な娘だよ。子供の命より自分の憎しみに負けてしまって…
 お前を見ているとどうしても思わないわけにはいかない…
 産まれる事なく殺されてしまったもう一人の孫の事を。だから私はお前とは暮らせない」
たった二日間だけ滞在した祖母は、家を売って残った金で小さな家を買った。
一人部屋の中で祖母はつぶやく。「手紙は燃やしてもこれだけは捨てられなかった…」

祖母とまた会う事もなく大の夏休みは終わった。
野外授業でデリィと店を見ていた大は、ふきのとうの漬物を見つけた。
以前に祖母と夕飯を食べた時、祖母は漬物がないと残念そうだった。
大は漬物を食べた事が無かった。デリィは不味いぞと言うが、祖母へのお土産に買った。
「一緒に暮らせないと言われたんだろう」デリィの言葉に大は穏やかに返答する。
「いいんだ一緒に暮らせなくても。僕におばあさんがいるってだけで。
 僕は今まで望んだもののために戦った事がない。望む前に諦めるくせがついてた。
 だけど今、僕は時間を味方にできると思うんだ。僕が君たちのおかげで変われたように、
 おばあさんもいつか変わってくれるかもしれない。いつの日か僕を肉親と認めてくれるかもしれない」

祖母は仁木に電話である連絡をした。仁木はそれを聞きひどく驚いた。
大は帰ってくるとすぐに漬物を祖母の家に届けに行った。デリィもついてくる。
発作を起こしたのか、祖母は家の中で倒れていた。大は窓を割り中に入った。
ガスが充満していた。家事の不得手な祖母が誤って点けたままにしてしまったのだろう。
祖母は無事なようで、外に連れだすとすぐに目を覚ました。
「…ああ…お前かい…お前の写真が……」
祖母を運ぶ時に写真が落ちていた事を思いだし、大は家に引き返す。
大はその写真に写るものに驚き立ち止まり、その時ガス爆発が起きた

『サバス・チャイルド』ははじめ、月曜日から土曜日の六つの扉を選ぶ。
どれを選んでもいい。どこからでもサバス・チャイルド――休日の子供は探せる。
マザーグースの詞の中で、日曜日の子供は何からも恵まれた子だとされた。
大にはそれがうらやましかった。誰からも愛されるであろう日曜日の子供が――夢の子供が。



527 名前:サバス・カフェ 18[sage] 投稿日:2005/09/24(土) 23:37:22 ID:???
大は重傷だった。折れた肋骨が肺に刺さり、片肺が潰れた。
呼吸機能は完全に麻痺状態。壁に打ちつけた脳のダメージも深刻だった。
大は夢を見る。自分を残して死んだ母。いつもパソコンばかりしていたケン。
ケンがパソコンでゲームをつくるのを真似て大もゲームを作成するようになった。
やがてケンは薬でも抑えられない痛みに毎夜苦しむようになった。
〝僕を置いていかないで。お願いだからもう誰も。お願いだから…〟

手術は成功し脈も脳も正常に戻ったが大はそのまま1週間も目覚めない。
大の傍をすがりつくように離れない祖母に仁木は言う。
「頼まれていた、大くんをあなたの戸籍に入れる手続きは全て終えましたよ」
祖母は泣き出す。
「私は…なんと愚かな人間か。何度おなじあやまちを繰り返せば気が済むのか…
 私が死ぬべきなんですよ。こんな愚かな人生なんの未練もない…私が…」

ケンと通信するための大のパソコンのパスワードは
『お茶 お菓子 テーブルと椅子 にぎやかなサバス・カフェ』だとキャラハンは言う。
ゲームの中でサバス・チャイルドは最後にプレイヤーをサバス・ホームに連れていくが、
オリジナルではサバス・カフェだった。当時の大が知る最もにぎやかで楽しそうな場所だ。
その場所を大は確かに得ているはずだ。戻ってきてくれと皆は祈る。



528 名前:サバス・カフェ 19[sage] 投稿日:2005/09/24(土) 23:40:15 ID:???
大の病室には一枚の写真が飾られている。
産まれたばかりの大を抱きかかえる霖子の姿だ。
写真だけならとても幸せそうな親子に見えるねとマーティは言う。
今はもう捨てられているが、写真と一緒に霖子からの手紙が送られてきていた。
『お母さまへ 私のことを決して許してもらえないことはわかっています
 けれど 遠く離れた国に私の息子 あなたの孫が生まれたことをお知らせしたくペンをとっています
 どんなに私を憎んでいるかよくわかっています
 でも もしも将来この子が大人になってあなたに逢いたいと訪ねていく事があれば…
 どうか どうか一度だけでも逢ってあげてください どうかお願いです 霖子』

やがて大は目覚めた。皆がそれを祝福した。
大にとって不思議だったのは祖母だった。
自分の顔を見るたびに「許しておくれ」と言いながら、何度も涙をこぼすのだ。
祖母は大の見舞いを終えると、大がいつでも帰れるよう大の家の掃除をしているという。

「デリィ 僕はこのごろ夜眠るのがこわいんだ」
次に起きた時は全てが夢で、
ケンが死んだ後の部屋に一人きりでいるのかもしれないと思うのだ。
もしそうだったらどうする?とデリィは訊ねる。
「そしたら、どんなことをしてでも日本に来る。
 そしてまた君たちに出会って…そして――」

傍らに置かれた写真を大は眺める。

〝ああ ケン
  会いたかった夢の子供たちはここにいる
  どこにでも いつでも そして
  僕もその一人だとあの写真が教えてくれる
  僕は ようやく自分を見つけたんだ〟