蒼のマハラジャ

Last-modified: 2008-09-23 (火) 18:14:01

蒼のマハラジャ/神坂 智子

400 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/08/26(火) 03:28:21 ID:???
第二次世界大戦に突入しようとする、独立間近のインドの藩王国
(州の中の郡のようなものだが、それぞれ王が居て独立自治)の王妃となった
イギリス人女性・モイラの、インド版細腕繁盛記といった趣の話。
【人物 その1】
●モイラ・ベル・バーンズ 14歳
駐印英国大使令嬢。活発で気が強く、利発な少女
●シルバ・アジット・シン 15歳
ラジャスタン地方、ジョドプール王国の跡取り王子
●ジョア・ホールディン
将来シルバが住む新王宮の設計を手掛ける英国人技術者 兼家庭教師
シルバとモイラの兄のような存在



401 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/08/26(火) 03:36:42 ID:???
●リチャード モイラの父、英国大使
●エヴリン(エヴィ) モイラの母
●ジャスワール王 シルバの父。80歳以上
●サヒバ 軍事大臣を務めるジャスワール王の弟
●マーサ モイラの祖母
自分とよく似たモイラを格別に可愛がっている
●ハワード リチャードの弟、モイラの叔父
●アメリア ハワードの妻。権威やお金に弱い、自己中な人【舞台】
インド、ラジャスタン地方のジョドプール王国。宝石産出国。
ヒンズー教徒、イスラム教徒(ムスリム)、仏教徒が住む。
インド都心部はイギリスの統治下にあるが、ラジャスタン地方は統治外。
他、モイラの移動により、ロンドン、パリ、カイロ、ニューヨークなど。
コミックス全10巻、文庫全5巻



402 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/08/26(火) 03:40:54 ID:???
駐印大使である父の下に、ロンドンから母・エヴィと共に訪れたモイラ。
そこは金色の砂漠の小高い丘に建つ、広く美しいジョドプール王宮。
翌日、早朝に目覚めたモイラは王宮内を探索し、廊下で自分と同じ年頃の男の子と出会う。
男の子は高圧的な態度でモイラに接し、自分から名乗ろうともしない。
嫌な奴だとモイラが無視して探索を続けようとすると、男の子はシルバと名乗り
「ベッドに毒蛇が居て、部屋に入れない」と言う。
モイラはシルバの部屋に入り、2人は協力して蛇を退治する。
「ところで、なんであなたの部屋に蛇がいるの?どうして人を呼ばなかったの?」
モイラの問いかけに、シルバは微妙な表情を見せる。
「この事は誰にも言うなよ」と高圧的なシルバにカチンときて「あなたが蛇を怖がって、
一晩中廊下で過ごしたって言いふらしてやるわ。あなた、いつも命令口調で、すごく感じが悪いわよ」



403 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/08/26(火) 03:45:25 ID:???
部屋を出ようとすると、真剣な顔で「誰にも言っちゃいけない」と
腕を取るシルバに気圧され、モイラはこの事を内緒にすると約束する。
自室に戻ろうとしたモイラは、漂うお香のような匂いに気づく。
エヴィに勝手な行動をしないよう釘をさされ、正装して現マハラジャである
ジャスワール王に会見したモイラは、王の弟・サヒバを紹介され、今朝と同じ匂いを嗅ぐ。
サヒバはいつもキャラという香木を焚いていて、この匂いはサヒバのものなのだと王は言う。
続いて王子として紹介されたのは、今朝の嫌味な男の子・シルバであった。
会見の場を抜け、庭に出る2人。
シルバによると、王には15人の妃がいて、6人の王子と10人の王女に恵まれたが、
5人の王子は次々に亡くなり、今ではシルバしか残っていないのだという。
シルバと共に王宮内に戻ったモイラは、暗い隠し部屋に案内される。
シルバが蝋燭を灯すと、無数の青い鏡をモザイク状に埋め込まれた部屋全体が
キラキラと光り、何万もの星が輝く夜空の下にいるようだった。
この美しい部屋は『蒼の部屋』と呼ばれ、シルバが産まれた時、第三王女が
「夢で青く光る星を見た」事に感銘を受けた王が作らせたものである。



404 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/08/26(火) 03:47:00 ID:???
「青は神秘の色で、僕には神が宿っていると考えたんだ」と得意気なシルバに、
「そうかしら?あなた、普通の子よ」と率直な意見を述べるモイラ。
シルバはムキになり、2人は掴み合いの喧嘩をしてしまう。
ボロボロになって戻ってきたモイラにエヴィは驚き、不安気に言う。
「モイラ、ここはインドなのよ。ダディは今、とても危険な仕事をしているの。
ここの人達は、私達の出方一つで、敵になってしまうかもしれないの…
ダディやマミィが死ぬのは嫌でしょ?」
暫くは大人しくしていたモイラだが、退屈で王宮内を散歩するうちに、
シルバに矢が射かけられるのを目撃する。
シルバにはその事を告げず、モイラは言う。
「あなたは好きじゃないけど、友達になってあげるわ」
王子として大人に囲まれ、心を許せる人間がいないシルバが気の毒だった。
その翌日。退屈だろうとエヴィとモイラを伴い、町へ人形を買いに行こうと提案するリチャード。
優しい言葉で肩を抱く父は、キャラの香りを纏っている。
人形など売っているはずもない砂漠に出かけ、スーツ姿の外国人らしき人間と話をする
リチャードを見て、モイラは疑念を抱く。



405 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/08/26(火) 03:52:10 ID:???
王宮に戻ると、シルバの部屋置きの果物を食べた小間使いが死に、騒ぎになっていた。
姿が見えないシルバを心配して探すと、彼は蒼の部屋でうずくまっていた。
シルバの無事を喜び、泣くモイラに感激したシルバは
「君は僕の本当の友達なんだね。お願いだから泣かないで」
と、知り合ってから初めて命令ではない「お願い」をする。
そうして、モイラを抱きしめ、シルバも泣いた。
落ち着くと、シルバはモザイクが貼られていない壁の一角を指す。
内部は隠し戸棚になっており、人の肩幅ほどもある巨大なサファイアの原石が収められていた。
「500年前から王家に伝わる蒼の石だよ。僕の命を狙う奴らは、王家の印であるこの石が欲しいんだ」
それから2人は行動を共にし、親しくなっていった。
ある日、宝石の採掘場に案内されたモイラは、次々と掘り出される原石に、
何気なく「お金が余って困るわね」と感想を洩らす。
「だから、君の国は内政にまで入り込んで干渉してるんじゃないか」という
シルバの言葉にハッとするモイラ。
続いてシルバは、彼が結婚後に入居する予定だという新王宮の建築現場にモイラを連れて行く。
「さっきの宝石は、ここの建設費用に充てられるんだ」
「王宮の人達はきちんとしてるけど、あなたの国の人は皆裸足で服もボロボロじゃないの。
こんな贅沢な宮殿を建てる前に、私ならみんなの家を建てるわ!」
「やあ、バーンズ大使のお嬢さんは何を怒ってるんだい?」
暢気に声をかけてきたのは、この王宮の建設を任されているイギリス人技師・ジョアであった。



406 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/08/26(火) 03:54:53 ID:???
「確かにこの宮殿は贅沢だ。しかしある一方では、これだけの力がある国だと世の中に誇示する事で、
大きな外敵への牽制にもなる」
大きな外敵とは、インドの植民地支配を目指すイギリスの事だ。
自国人であるジョアからそう言われ、モイラは気分を害するが、その分彼が信用できる人間だと感じる。
翌日からジョアはモイラとシルバの家庭教師として、王宮にやってきた。
モイラが来印して1ヶ月が過ぎた。
ある夜、苦手なラテン語の勉強をしていたモイラの部屋に、キャラの香りをさせたリチャードが入ってくる。
程なく「不審者が侵入したようだ」と訪れた王宮の兵士にリチャードは、
モイラにラテン語を教えていたと言う。
シルバが心配になったモイラは部屋を飛び出すが、迷ってしまい、偶然に屋上の隠し倉庫を見付ける。
そこには不審者によって運び込まれたのであろう銃が山と積まれていた。
何とかシルバの部屋に辿り着いたモイラは、銃の事を話す。
シルバはサヒバが不審者の手引きをしたのだろう、と言う。
高齢で心臓の持病もあり、弟を信頼している父王には今まで言えなかったが、
銃器を持ち込んでいると知っては、そのままにはしておけない。
父とサヒバが癒着していたら…とモイラは一人、胸を痛める。



407 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/08/26(火) 03:59:45 ID:???
翌朝、シルバとの謁見前に王は倒れ、王宮は混乱。
公妃達とサヒバに締め出されたシルバは、庭でモイラと話をする。
モイラは、シルバの母である第三公妃が去年、阿片中毒で亡くなったと明かされる。
内々に処理されたが、立場を妬んだ他の公妃達に殺されたのかもしれないという。
「よくこんな所に住んでるわね。イギリスに連れて行きたいわ。妻だって1人を愛し続けるの」
「でも、僕はこの国を守っていかなきゃならない。人々が安心して住める国を維持し、
少しでも生活を楽にしてあげて、豊かで富める、白人に支配されない国…父王の夢なんだよ」
頼りないと思っていたシルバの決意の言葉に、モイラの胸は高鳴る。
王の容態は悪化し、事態は急変しようとしていた。
モイラは件の銃が心配になり、倉庫に向かう。
銃は既に持ち去られ、モイラは何者かに閉じ込められてしまう。
その夜、王は崩御。
遺体に寄り添うシルバに、サヒバは蒼の石の在処を尋ねる。
「あれは王位を約束された者にのみ、所在を明かされる物。叔父さんには言えません」
「若いお前に政治は無理だ。イギリス軍が攻めて来たら、どうするんだ?」
一方、倉庫で眠ってしまったモイラは何者かに屋上から投げ落とされる。
団扇の紐(貴人の部屋に風を送るように壁の穴から屋上に渡された紐)に掴まり、
難を逃れたモイラはうまい具合にシルバのベッドに落下し、気を失う。
モイラが目覚めたのは、前王の葬儀が終わり、シルバの仮の戴冠式が行われた一週間後であった。
ドアの外にはシルバの命で警備の兵が付けられた。
仮戴冠式から戻ったリチャードを捕まえ、モイラは隠し倉庫で銃を見つけた事、
何者かに殺されそうになった事を告げる。
「はは、大丈夫だよ。私達には英国政府がついてる。もうすぐイギリス軍が…いや、とにかく、
もう少しの辛抱だ」



429 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/01(月) 01:01:03 ID:???
407の続き
一方、シルバは新王として初めての会議に臨み、大胆な改革案を提案する。
しかし、長い伝統と今の生活に慣れきった大臣達に鼻であしらわれ、自分の若さを痛感する。
リチャードは会議を終えたサヒバと会い、モイラへの殺人未遂を追及するが、
サヒバは何も知らないと言い張る。
サヒバは内乱を仕掛け、イギリス軍の加勢で勝利後、兄を廃位し自分が新王になろうと目論んでいたが、
兄の突然の死でシルバの即位が早まり、若いシルバを丸め込む方が簡単だと思い始めていた。
混乱に乗じてのジョドプール陥落をイギリス政府から命じられていたリチャードは焦り、
モイラを利用しようとする。
モイラの口からサヒバの犯意をシルバに伝えてもらおうという訳だ。
そこへやってきたエヴィは「子供を巻き込まないで」と怒り、恐慌する。
王宮の医師に鎮静剤を打たれ、一時は落ち着いたエヴィだったが、段々と奇行に走るようになる。
5日目には息荒く薬を欲しがり、モイラの事すら認識できない状態になってしまう。
医師を呼び「まるで何かの中毒みたい…」と、恐ろしい考えに至ったモイラは注射器を奪い、
医師を捕らえよとするが、逃げられてしまう。
その夜、注射器をシルバに見せたモイラは、中身が阿片溶液だと知る。
「5日間、薬が切れる度に打ってたのよ…マミィを助けて!」
シルバは全兵に医師を捜すよう、命令を下す。
折悪くジョアが、砂漠の向こうにイギリス軍を発見し、王宮へやってくる。
同じ頃、部屋に戻ったリチャードは、窓の下に転落死したエヴィを見つけ、
銃を手にサヒバの部屋へ向かう。
リチャードが部屋に入ると、床には件の医師が息絶えていた。
「英国大使の妻を殺せばどういう事になるか教えてやる!」
リチャードはサヒバに銃を突きつけ、イギリス軍の要請書類にサインをさせる。
「私は王位が欲しかっただけだ。白人の支配など要らない…」



430 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/01(月) 01:06:29 ID:???
「これをイギリス軍に渡せば、この藩は終わりだ」
要請書を手にリチャードが立ち去ろうとした時、サヒバの側近が彼を撃つ。
銃声に驚いたモイラが部屋に戻ると、父の上着をかけられた母の遺体がベッドに横たわっていた。
気絶しそうになった時、リチャードがサヒバに放った二発目の銃声が響き、
モイラはシルバとジョアに支えられながら、サヒバの部屋へ向かう。
リチャードはシルバに「モイラに罪は無い」と言い残し、絶命する。
彼の手から要請書を取り上げたシルバは、モイラに渡す。
「イギリス軍にそれを持っていけば、君のダディの名誉は守れる。
彼らは君を安全に英国まで送り届けてくれるだろう」
「あなたはどうするの?」
「多少の抵抗はするつもりだ。僕はこの国の王だからね」
モイラは「イギリスの学校では、自分に恥じない行動をとれと習うのよ」と要請書を破り捨て、
ジョアも同意する。
新月前の暗い3日間、イギリス軍は月が出るのを待っていた。
「月が出ないなら、砂漠は真っ暗よね。車や戦車で来てるなら、道が無いと走れないんじゃない?」
モイラの一言で、砂漠に慣れないイギリス軍を攪乱する為、民衆に頼んで道を消す事に。
まとまりの無い民衆を動かす為、シルバは宮中の宝飾品から宝石を外し
(王宮から出られないので)報酬として与えた。
準備が整い、部屋へ戻ったモイラは、主の居ない父の上着を抱き、声を殺して泣いた。
目覚めると、シルバとジョアが傍にいてくれた。
月の夜、モイラ発案のこの作戦は成功し、イギリス軍は砂漠の真ん中で立ち往生。
ラクダに乗って現れたシルバは「過去百年に及ぶ我が藩と英国との友好条約は、
バーンズ大使の内乱画策の露見により、この場で破棄いたします」と宣言し、
イギリスの軍及び軍事目的での入藩を禁じる旨を記した書類にサインを穫る。
凱旋を果たしたシルバは、人々に「蒼のマハラジャ」と称えられ、王としての風格と輝きを身につけていた。



431 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/01(月) 01:17:27 ID:???
帰宮したシルバは蒼の石を2つに割り、跪いてモイラに片割れの石を捧げる。
「蒼の石は王位の印…この藩の半分は僕に、そしてもう半分は君に」
真の王となったシルバを止める者は誰もいない。
驚きながら、蒼の石を受け取るモイラ。
「一度に両親を亡くした君への償いでもあり、僕の心でもある。
君が傍にいてくれたら、僕は君の望むような王国を築くよ」
「ありがとう、シルバ…」
前王の喪が明ける1年後、本式の戴冠式で特別席(妃の席)に座ると約束して、
モイラはイギリスに一時帰国するのであった。
【人物 その2】
●シバとパンディット
シルバの側近、ボケボケ2人組(たまに鋭い…こともある)
●ラージャ シルバとよく似たサウジ王の第16王子。少しワガママ
(本名は物凄く長ったらしい名前なので略)
使用人や国民には敬称で「エミール」または「エミール・ラージャ」と呼ばれる事が多い。
●シュテルン・エッカーブロイ ドイツ軍の大佐
●ヒヤシンス (ナタリー・シェルダン)
イスラムの戒律を知らずにエミールに嫁いだアメリカ人の元娼婦
●ウシャ・クマーリ ラジャスタン地方ウダイプル王家の姫
父はウダイプル王のいとこで、厳格なムスリム


ここから舞台はロンドン→パリ→カイロ→サウジ→再びインドへと移っていきます。



432 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/01(月) 01:29:39 ID:???
ロンドン。
インドでの事は誰にも言ってはならない、とモイラは固く口を閉ざす。
リチャードの死の真相は伏せられ、在任中の名誉の死という事で、英国王より勲章を賜る。
ロンドンの家にはサザンプトン(田舎)から叔父達が転がりこんでおり、
モイラを寄宿学校へ閉じ込め、自分達の養子にしようと画策していた。
それというのも、モイラの祖母・マーサはモイラを格別に可愛がっていて、リチャードには
ロンドンの家、ハワードにはサザンプトンの家を分けたものの、
残る遺産を全てモイラに譲ると決めているからだ。
モイラは養子縁組みの書類へのサインは拒んだものの、無理やりに寄宿学校に入れられてしまう。
『牢屋のような学校』として名高いこの寄宿舎には高い塀が張り巡らされ、休日以外は外出も出来ない。
欧州各国はヒトラー率いるドイツと一触即発の状態にあり、
イギリスのドイツへの宣戦布告も時間の問題であった。
モイラはシルバの事が気にかかり、インドへ手紙を送ろうと考えるが、規則でそれも叶わない。
絶望的な日々の中、王位継承の挨拶とイギリス軍へのインド義勇軍参加を表明するため、シルバが来英。
(軍事同盟は破棄しているが、対ドイツ戦では共闘する)
ニュースを知ったモイラはシルバと連絡をとろうと試みるが、校長に外出も電話も却下されてしまう。
記者会見で、シルバは「この国の、勇敢で可愛らしい少女を迎えに来たのです。
彼女は藩の恩人で、私に勇気と愛をくれました」と、モイラとの婚約を発表する。
そのニュースは朝刊の一面を飾り、驚いたマーサはロンドンの家を訪ねる。
「なんでモイラがそんな所に…」マーサは怒り、ハワードは慌てて寄宿舎に連絡を取るが、
昨夜の内にモイラは脱走してしまっていた。
マーサはシルバの宿泊先を訪ね、2人は意気投合。
しかし、ここへ来ていると思っていたモイラは行方不明になっていた。
シルバは自分の側近であるシバとパンディットにモイラの捜索を頼み、帰印する。



433 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/01(月) 01:42:35 ID:???
一方、その夜のモイラ。
彼女は寄宿舎を出た所でシスター達に見つかりそうになり、駐車していた車のトランクに
隠れたのだが、車はそのまま郊外へ向かい、ロンドンから離れてしまった。
郊外の一軒家の前で車から降りたのは、ドイツ人の二人組。
トランクを出たモイラは、電話を貸してもらおうと家に入り、ロンドンの地図を見る。
イギリスとの戦争を控えたドイツ人の家に置かれたロンドンの地図、たくさんの赤い印…
これはヤバいと察知したモイラは逃げ出すが、2人組の追跡を受ける。
何とか追跡を逃れ、ロンドン行きのバスに乗り込んだモイラはシルバの宿泊先に向かうが、
彼は既に帰国していた。
途方に暮れるモイラの前に、シバとパンディットが現れる。
「マハラーニ様(マハラジャの妃の事)探しましたよ」
怖い顔の2人組にモイラは混乱し、逃げようとするが捕まり、ホテルの部屋に閉じ込められる。
ひとしきり暴れ、疲れきったモイラが目覚めると、ベッドの周りはバラで埋めつくされていた。
今度はマーサを伴ったシバとパンディットの紹介を受ける。
シバ達に自分の写真が大きく載った朝刊を手渡されたモイラは不安になる。
昨夜のドイツ人達に顔を見られているからだ。
「それは大変!すぐにでも自家用機でインドに帰りましょう」
マーサと別れ、飛行場に向かうモイラ達。
その目の前で、ジョドプールの紋章入り自家用機は何者かに爆破されてしまう。
空が駄目なら海と提案するシバ達に「また紋章入りの船に乗せる気?」と呆れるモイラ。
「絶対に大丈夫です」と言うシバが用意したのは、なんと手漕ぎボート(一応、紋章入り)
夜の闇に乗じてボートでドーバーを渡り、フランス経由でインドに帰ろうというのだ。
底抜け珍道中のような旅が始まった事に、頭痛をおぼえるモイラであった…
続く



434 :蒼のマハラジャ書き人:2008/09/01(月) 02:07:47 ID:???
モイラの母親は転落死じゃないかも…と今見直して気づきましたorz
どうやら阿片による中毒死っぽいです。
すみません。



471 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/08(月) 03:39:00 ID:???
433の続き
ボロボロになりながらも、何とかパリに辿り着いたモイラ達は
シルバと連絡を取り、彼が義勇軍としてシリアに赴く事を知る。
自家用機爆破事件で不測の事態を察知したシルバは、モイラの下にジョアを派遣する。
フランスからは戦時下にあるイタリアを通過できず、モイラ達はパリで足止めを喰う。
そこで知り合ったのは、アラブ系フランス人だという貿易商・ハジャージ。
彼は新聞でモイラの事を知り、仕事に役立てるためか、何かと親切にしてくれる。
その実、彼はシュテルン・エッカーブロイというドイツ軍の大佐であり、件のロンドン地図を
モイラがどの程度記憶し、誰にどこまで話したのかを探るために近づいてきたのだった。
そんな事とはいざ知らず、貿易商なら船便に特別なツテがあるのでは、とモイラは大佐と懇意にする。
王の婚約者が他の男と仲良くするのはけしからんと、シバ達は何かと邪魔をする。
珍しくこれが功を奏し、モイラ達は大佐を出し抜いてカイロ行きの船に乗る。
インドへは行かず、カイロ経由でシリアのシルバと合流しよう計画だった。
カイロに着くなり、ムスリムであるパンディットは喜び勇んでモスクに出かけてしまう(シバはヒンズー教徒)
パンディットを待つ間、モスクの階段で休んでいたモイラは蒼の石を子供に盗まれてしまう。
子供を追ってシバとはぐれたモイラは、サウジの王子・ラージャの車に跳ねられ、気を失う。
モイラは足を骨折し、ラージャのカイロの屋敷(正確にはラージャの父王の別邸)に滞在。
モイラからシルバの事を聞いたラージャは、自分にそっくりだというシルバに
妙な敵愾心を燃やし「インドのマハラジャより、私の方が力がある」と蒼の石を捜索させる。
石はすぐに見つかるが、ラージャはそれを告げず、彼女を屋敷に留め置く。
ラージャには妃が3人居るが、内2人は20歳以上も年上、
一番年の近い第3妃・ヒヤシンスとも10歳離れている。
同年代の女の子を身近に感じ、ラージャはモイラに惹かれ始めていたのだった。



472 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/08(月) 03:42:22 ID:???
同じ頃、カイロの英国大使館でモイラの捜索を頼んだシバ達はジョアと合流。
ラージャの屋敷に居る事は簡単に判明するが、モイラを帰したくないラージャは
「蒼の石が見つかった」と、ジョア達と入れ違いにサウジへ。
騙されたと知ったモイラは屋敷からの脱出を試みるが、そこは砂漠のド真ん中。
途方に暮れたモイラが何気なく黒い水たまりに棒を突き刺すと、なんと、原油が噴き出す。
原油まみれになっているモイラの所に、やっとジョア達が到着し、再会を喜ぶ。
しかしその頃、カイロの屋敷から蒼の石が消えていた。
シルバの戴冠式は1ヶ月後に迫り、イギリスはついにドイツへと宣戦布告。
カイロ。
管理を任されていた使用人はドイツ人に石を売ってしまったらしい。
話を聞いたジョアは、モイラの見た地図はロンドン空襲予定地を印したものだろうと言う。
モイラが寝室で悩んでいると、窓からメモを包んだ石が投げ入れられる。
それはドイツ軍からの呼び出しであったが、そこへ折悪くヒヤシンスがやってくる。
彼女はアメリカからイスラムの事を何も知らずに嫁いできた、元娼婦。
ラージャはまだ性に興味が無いが、もう17歳。
ヒヤシンスは、自分が非処女だとバレれば殺されてしまうので、逃げたいのだという。
屋敷を抜け出した2人は揃ってドイツ軍に捕まってしまい、
モイラはヒヤシンスのアクセサリーを千切っては落とし、道標を作る。
ドイツ軍の基地にはハジャージ=エッカーブロイ大佐が待っていた。
蒼の石を見せられ、ヒヤシンスを殺すと脅されたモイラは、架空の人物に地図の事を話したと時間を稼ぐ。
モイラの出奔を知ったジョア達はヨルダンに駐屯する
シルバを呼び寄せ、ラージャ率いるサウジ軍と共に、道標を辿ってドイツ軍基地へと急ぐ。
夜。
伝書鳩でシルバ達の基地襲撃を知らされていたモイラは、蒼の石を取り戻し、基地を脱出。
シルバ達に基地は爆破されるが、ヒヤシンスを人質にした大佐が現れる。
混乱の末、大佐は捕らえられ、皆はラージャの屋敷へ。



473 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/08(月) 03:48:13 ID:???
一夜明け、対峙するラージャとシルバ。
ラージャに「モイラのためなら地位を捨て、イギリスに住んでもいい。あなたは何を捨てられる?」
と問われたシルバは「彼女は私の藩の半分を握っている。私も藩も、半分では存在できない」と答える。
ラージャは負けを認め、モイラはシルバと再会を果たす。
その頃、結局戻ってきてしまったヒヤシンスは大佐を巻き込み、駆け落ちのような形で屋敷を脱走。
不貞を犯した女は死刑だと言うラージャに頼み込み、モイラはヒヤシンスとラージャとの離縁状を穫る。
知らせる術は無いが、ヒヤシンスは自由の身となった。
ロンドン空襲計画はイギリスに伝えられ、オープンになった事でドイツによるモイラへの脅威は去った。
そしてシルバ達は、海路インドへと戻る。
帰宮したモイラは、部屋付き女中のようにかいがいしく働く可憐な姫・ウシャと仲良くなる。
戴冠式当日。
着飾って特別席に着いたモイラは、隣の椅子にウシャが座っているのを不思議に思う。
なんとウシャは、大臣達が勝手に迎えた、第二夫人候補なのだった。
モイラはこの事実が受け入れられず、シルバと喧嘩。
モイラにはウシャを娶るつもりは無いと言いながらも、公にはっきりと断らないシルバに腹が立ち、
このままでは結婚は出来ないと思っていると、厳格なムスリムであるウシャの父・クマーリがやってくる。
キリスト教徒であるモイラにはピンと来ない事であったが、一度婚家に入ってしまった
ムスリムの娘は(既成事実が無くても)事実婚の状態であり、そのまま実家に戻れば笑い者、
末は自殺しか道は無いのだという。
ウシャはよく気が利く優しい娘で、こんな関係でなければ…と悩んだモイラは暫く頭を冷やそうと、
1人で家出(王宮出?)する。



475 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/08(月) 03:57:14 ID:???
さて、その頃カイロ―――
モイラが見つけた油田の売買を持ちかけられたラージャは、会う口実が出来たとジョドプールへ。
モイラは家出中だったが、ラージャはシルバが後宮に彼女を隠していると思い込み、
暫く王宮に滞在する事に(ほぼ勝手に)する。
柄物の布で即席ターバンを巻き、シルバのふりをして後宮を目指したラージャは迷ってしまい、
ウシャと出会う。
ラージャをシルバだと思い、素顔で話していたウシャは途中で別人だと気づき、
ショックで気絶してしまう。
(ムスリムの女性は家族以外の男性に肌を見せないので)
ラージャも同じムスリムとしてマズい事をしたと思うのだが、やがて2人は惹かれ合う事となる。
一方、この時期ジョドプールは、ヒンズー教徒と英国支配を嫌った都心部からのムスリムが
難民として押し寄せ、テント村が出来ていた。
シルバとモイラの馴れ初めを知らぬ難民達の中には、英国人というだけでモイラに反感を抱く者もいる。
身分を隠し、一旅行者として難民テントで貧しい生活に触れたモイラは、彼らの住む町を造ろうと思い立つ。
モイラを探し当てたシバ達から町の計画書と手紙を受け取ったシルバは、彼らに蒼の石を持たせ
「好きに使っていい。そして、私が帰国するまで王宮には帰らないように」と言付け、
再びヨルダンへと旅立つ。
蒼の石を資金にジョアの手を借り、公妃の友人と偽り、藩民と難民の人足達に混じって
町造りに参加するモイラ。
やがて身分が知れ、彼女を慕う藩民達と、英国人アレルギーの難民達は衝突、町造りもストップしてしまう。
蒼の石を砕き、宝石の力で何とか工事を再開した矢先、モイラは難民の過激派に狙撃され、
脇腹貫通の重傷を負う。
安全な王宮に帰ろうというジョアの提言を断り、粗末な建築小屋で過ごすモイラに、
危険を省みず自分達の為に尽力している、と2つの民は1つとなり、モイラの無事を祈る。
シルバの「私が帰国するまで入宮するな」という言葉の意味を知ったモイラは、
やはり彼を愛している、と改めて思うのだった。



476 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/08(月) 04:01:41 ID:???
町も形になり、モイラの傷も癒えた頃、建築小屋にラージャがやってくる。
サウジに帰国するという彼の車にはなんと、ウシャの姿があった。
「初めて私を望んでくれる人に出会えて幸せです」と微笑むウシャにモイラは何も言えず、
無事を祈りつつ、2人を送り出す。
ところがこれで治まらないのがクマーリである。
モイラからの手紙で経緯を知ったものの、納得できない彼はウシャを連れ戻すという。
まずはシルバ話し合おうと、クマーリとモイラは船でヨルダンへと向かう。
船旅の間にクマーリを説得しようと思っていたモイラだが、彼は「王家の結婚に愛など要らぬ」と譲らない。
追っ手をかわすため、夜の間に偶然にもこの船に密航したラージャ達は、食べ物や食器を拝借。
食器の紋章がジョドプールのものだと気づいたラージャは、モイラに会おうと貴賓室へ行き、
クマーリと鉢合わせしてしまう。
実際に愛娘を目の前にするとクマーリも強くは言えず、ラージャが
ムスリムの総本山・サウジの王子という事もあり、態度が軟化。
しかしムスリムの掟では駆け落ちは死罪、モイラに啖呵を切ってしまった自分の立場も…と
煩悶するクマーリ。
ヨルダンのアカバ港に着いた朝、ラージャ達は意を決し、モイラの部屋を訪れる。
一行はぞろぞろと船を降り、シルバを驚かせる。
ラージャ達をテントに案内し、砂浜で話すモイラとシルバ。
「出発前と話が変わっちゃったのよ。あの2人、愛し合ってるの、だから…」
シルバはモイラの言葉をキスで遮り「私の妃になるね?私だけを愛してるかい?」と抱きしめる。
「うん…」モイラは、会わない内に少し逞しくなったシルバの胸に顔を埋める。
ウシャはラージャと見合いさせる為に自分が王宮に呼んだ事にするとシルバが提案し、一件落着。
ラージャ達は程近いサウジへと帰って行くのだった。
続く



502 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/16(火) 23:36:38 ID:???
【人物紹介 その3】
●ジュリアス・ベネトン イタリアンマフィア
●ハシディーム ユダヤ人宝石商
●チャンドリカ ジョアと結婚したインドの医師
●ヘムラータ 前王の第一公妃
●ラジマタ 前王の第四公妃
●パティマラ 前王の第十王女。シルバの義姉にあたる
●ジャイ ラジャスタンで一番大きなジャイプール王国のマハラジャ
実在したマン・シン2世をモデルにしたと思われる
シルバより年長の幼なじみであり、よき相談相手
●ロイス・ハーベイ ハーバードの学生。アメリカ上院議員の息子
●ナルシス 旧王宮に住み着いたハリジャン(不可触賤民)の少年


モイラは一週間だけという約束でヨルダンに留まり、新婚気分でシルバの世話をする。
戦火が拡大し、モイラが帰国の準備をしていた夜、シルバとの打ち合わせに来ていた
英国兵が、モイラの祖母・マーサの乗った飛行機がスイスの国境近くで墜落したと言う。
遺体発見の報は無く、いずれスイス(永世中立国)に入るだろうと英国兵は気楽に言うが、
そんな事を聞いたモイラが大人しくしているはずも無い。
真夜中、こっそりとシルバのテントを抜け出したモイラを、
旅支度を整えたシバとパンディットが待っていた。
「民間の漁船を探して乗せてもらいましょう。ただし、ひどい旅になりますよ」
自分の勝手な行動に対するシルバの心遣いに感謝し、モイラはヨルダンを後にする。
一方、少し前のマーサは―――
大戦の影響でモイラとの連絡がつかず、おまけにアメリア達が租界してきており、憂鬱な毎日。
渡印する外交官に手紙を託そうと外務省へ出かけたマーサは、条件にぴったりの
亡きリチャードの旧友・ブラウン事務官と会い、半ば強引に公用機に同乗する。
その途中、スイスに近い森の上空でドイツ軍に撃墜されてしまったのである。
幸いにも無傷ではあるが、1人になってしまい、ここがどこかも分からない。
森を歩いていたマーサは、ドイツ兵に追われていたユダヤ人の少年を助け、収容所送りに
なるところを逃げ出し、スイスを目指しているという彼の家族と行動を共にする。



503 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/16(火) 23:41:10 ID:???
国境近くで、またも収容所に護送途中であった宝石商・ハシディームを助け、彼らと一緒にスイスに入る。
「私達ユダヤ人は、受けた恩、受けた悲しみを一千年の間、忘れません」と
ハシディームはマーサに謝意を表す。
戦況がましになるまで、とスイスのホテルに落ち着いたマーサは、イタリア人の2人組に誘拐されてしまう。
さて、漁船に乗り込んだモイラ達は、ドイツ軍艦に襲われそうになったところを、
ジュリアス・ベネトンというイタリア人の青年紳士に助けられる。
シルバの友人だと言う(もちろん嘘)ベネトンの屋敷に通されたモイラは、彼がマフィアだと知る。
ベネトンはモイラに「マハラジャにお手紙を書いて下されば、インドへ送り届けてあげますよ」と言う。
ジョドプールの奥地には広大なケシ畑があり、彼はその採集権が欲しいというのである。
モイラは反発するが、マーサの身柄を抑えられ、仕方なく手紙を書く事に。
モイラが悩んでいると、シバ達が部屋に活けてある花を指差し「プクプク草だ!」と叫ぶ。
この花の絞り汁をインクにすると半日で文字が消え、イ
ンドでは子供が秘密の手紙などを書いて遊ぶものらしい。
ベネトンのチェックが入るため、消える部分には本当の事を書き、シルバに
届く頃には「お婆様は無事です。これから迎えに行きます」という文だけが残るようにする。
ヨルダンで便箋3枚にたった3行の手紙を受け取ったシルバは不審に思い、便箋に砂をかけてみる。
すると消えた筈の文字が浮かび上がり、シルバはモイラの苦境を知る。
そんな事とは知らないモイラ達は、自力でマーサを奪還しようと脱走しスイスを目指すが、
マーサ共々ベネトンに連れ戻されてしまう。



504 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/16(火) 23:43:53 ID:???
ベネトンはシルバの許しが出たと喜び、部下達をジョドプールに派遣するが、
彼らは手厚いもてなしを受け、王宮側に寝返ってしまう。
業を煮やしたベネトンはモイラ達を連れ、ジョドプール入りする。
ケシ畑の近くに自家用機を停めたベネトンはマーサとシバ達を解放し、モイラだけを残す。
その夜、シルバからの電信で、闇に乗じて藩民総出のケシ刈りが行われる。
翌朝、更地と化したケシ畑に呆然とするベネトン。
「ケシは広い砂漠にでも埋められたんでしょう。実がなるには早かったから、収穫は無理だったようよ」
モイラは涼しい顔で、シバに差し入れてもらったお茶を淹れ、ケーキを切り分ける。
「こっちには君という人質がいるってのに、大胆だな」
お腹を空かせたベネトンは、ケーキをパクつく。
「ここの人達は、マフィアよりケシに詳しい事は請け合ってよ。
それに、シルバのお母様も私のマミィも、ケシで死んだのよ」
モイラの言葉を聞きながら、ベネトンは気を失う。
「お帰りなさいませ、マハラーニ。今こそ王宮に戻り、藩民を守れとのマハラジャからご伝言です」
大臣達に迎えられ、モイラは久しぶりに王宮へと足を踏み入れる。
牢屋のベネトンは阿片入りだという(実はキツい禁煙薬)食事を与えられ続け、たまらず逃走。
彼は二度と阿片には手を出さないとモイラに誓い、這々の体でイタリアに帰る。
残された自家用機はジョアとチャンドリカへの結婚祝いとして、綺麗に塗り替えられた。
あとは大戦の終結とシルバの帰国を待つのみとなった。
その間、留守中に溜まった仕事を片付けようとするモイラだったが、
彼女が処理した書類は全て後宮から突き返されてしまう。
前王の第4公妃・ラジマタが、まだ正式な妃でないモイラのサインは認められないというのだ。
後宮廃止を匂わすシルバに代変わりし、地位が脅かされると思ったラジマタは、権力の維持に必死であった。
後宮に出向いたモイラはラジマタに「よそ者の異教徒」と侮辱され、沈みこむ。
そこへデリーの議会に参加するため、シルバが一時帰国する。



505 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/16(火) 23:58:52 ID:???
シバの注進でモイラの苦境を知ったシルバは2人で後宮へ出向き、
公妃達に「モイラの言葉は私の言葉です。以後、そのつもりで彼女に
接して下さい」と宣言し、第1公妃・ヘムラータ以下はこれに従いモイラと和解する。
ヘムラータは気の優しい、お姫様然とした女性で(だからこそラジマタの横暴を許していたのだが)
マーサとも親しく付き合っているのだ。
感激するモイラに、シルバは「僕達の母親を殺したのはラジマタだ」とうち明ける。
表向き和解したものの、気が治まらないラジマタは、ベレナスの王子と婚約中の
第10王女・パティマラの婚礼を急がせる。
こんな大変な時期に言い出したのには何かある、とパティマラの婚礼調度をチェックしていた
シルバとモイラは、50万ポンドのダイヤに目をひかれ、これを却下。
他は安っぽい木綿の衣装や中古の首飾りなどで、とても王家の姫の調度品ではない。
しかし、ダイヤに気を取られたシルバ達はこれを却下しただけで安心し、他を碌に見ずにOKしてしまう。
後宮では衣装合わせをしたパティマラが粗末な調度を嘆く。
このまま彼女が嫁げば、シルバ達は内外に恥をかく事になる。
程なくシルバは議会に出かけ、自分が今年中に挙式すると発表(今は秋)
報せを受けた王宮は大わらわで、パティマラを構っている暇はない。
捨て置かれたパティマラはモイラに直談判しようとするが、ラジマタに阿片を飲まされてしまう。
ある夜更け。
忙しく式の準備をするモイラの部屋にパティマラが現れる。
「私…モイラに会いたいの。知ってる?」「えっ?私に?」
「私…ああ、すぐ忘れちゃう…えっと…そう、モイラに会わなきゃ…」
呆けたように話すパティマラに亡き母と同じ症状を見たモイラは急いで医者を呼ぶ。



506 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/17(水) 00:06:59 ID:???
まだ初期の中毒ではあるが、完治は半年後という見立てであった。
診察の間もパティマラは「モイラに会わせて」と繰り返す。
「ラジマタ様が、婚礼に木綿を着ろって言うの。首飾りも指輪も、新しいものは何も無くて…
モイラがそう言ったから仕方ないんだって…」
翌朝、ベレナスに花嫁急病と式の延期を申し入れ、モイラは後宮で徹底的な阿片捜索を実施する。
情報が漏れたのか、ラジマタは居ない。
ヘムラータは「ここには、目立たない階段がたくさんあるんですよ」とさり気なくヒントを出す。
公妃達の部屋の裏にひっそりと造られた階段を上ると、そこは小さな庭になっており、
昨晩の内に刈り取られたであろうケシの花びらと、ラジマタのイヤリングが残されていた。
その頃、モイラの続き部屋で休んでいたパティマラのもとに、ラジマタ付きの侍女が忍んで来る。
「モイラ様から、気分が良くなるお薬だそうです」
パティマラが薬を飲もうとした時、モイラの侍女が様子を見にやってくる。
「あら?あなたラジマタ様の」
ラジマタの侍女は薬を自分で飲み干し、絶命する。
部屋に戻ったモイラは成り行きを聞き、ラジマタを捜索させる。
「ラジマタは死刑ですな」と言うパンディット。
「シルバに任せるわ。そんな簡単に殺したり出来ないわよ」
「お二人にはラジマタを裁く権利がお有りだと思います。お二人のお母様方は彼女に殺されたのですから」
同席していたマーサは、伏せられていたリチャード達の死の真相を知る。
計画が失敗したと知ったラジマタはそろそろと壁づたいに逃げ、偶然にも蒼の部屋に入ってしまう。
「何なのこの部屋は…真っ暗だわ」
手に触れたマッチを擦り、隠し戸棚を発見したラジマタは蒼の石を手に入れる。
兵士達がうろつく中、脱出方法に悩んだラジマタは、新王宮に運ばれる
モイラの婚礼用の靴を納めた箱に潜り込む。
しかし、靴は衣装合わせに必要と鍵をかけられ、モイラの部屋に運ばれてしまう。



507 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/17(水) 00:58:17 ID:???
捜索開始から一週間、未だ発見されないラジマタ。
間近に迫った式の準備も進めなくてはならず、モイラは落ち着かない。
ある朝、衣装合わせに侍女達と靴の箱を開けたモイラは、ラジマタの遺体と蒼の石を発見する。
大きな騒ぎになっては困るモイラに、ヘムラータに相談しようとマーサは言う。
報せを受けたヘムラータは、王子を産んだ公妃達を連れ、部屋を訪れる。
「皆さん、あそこでラジマタが死んでいるそうよ」
ヘムラータの声に従い、ぞろぞろと箱を覗きこむ公妃達。
シルバ以外5人の王子の死には、全てラジマタが関わっていたのだった。
「やっと…長い苦しみの時が終わる…」
ヘムラータはモイラに「ラジマタは逃げている途中で後宮の窓から落ちたのです」と言う。
「そう発表なさいまし。葬儀は後宮で済ませます」
「公妃様…」戸惑うモイラ。
「ラジマタは自業自得です。こうなって、私達はあなたに感謝しているのよ。
安心なさい。秘密は絶対に漏れないでしょう」
その日の午後、ラジマタの死を発表したモイラは、かつて母と暮らした客間を訪れる。
窓を開けると、あの日と同じコットンツリーが、真っ赤な花をつけていた。
――マミィ、何もかも終わったのよ。もう、安心して眠っていいのよ――
夕方になると、デリーからシルバが帰宮する。
モイラは今までの事を彼に話し、2人はそれぞれに、金食い虫だと廃止しようとしていた
後宮への想いを新たにするのだった。
その矢先、ヘムラータを含む14人の公妃達が揃ってシルバ達を訪れる。
ラジマタを放置したのは自分達の責任だと詫び、故郷に帰るという。
シルバ達は逆に彼女達に謝り、後宮に残ってくれるよう、頼む。
「未熟な私達2人に、これからも助言と協力をお願いいたします」
こうして後宮の存続が決まり、結婚式の準備に王宮はまた慌ただしく動き出す。
続く



514 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/20(土) 01:11:23 ID:???
【位置関係】
文字では解りにくいかと思いますが、ちと説明をば。
インドは大雑把に描くと ▽ ←こういう形です。
この右の角が東パキスタン(現バングラデシュ)、左角が西パキスタン(現パキスタン)
ラジャスタン地方は西パキスタンの近くです。
文中の難民はほぼムスリムで、彼らはムスリムの多いパキスタンに行きたがります。
で、パキスタンのヒンズー教徒はインド内陸部へ向かおうとする為、衝突が起こります。
位置的にラジャスタンは衝突の舞台になりやすい、という背景があります。


新王宮の落成式。
ジョアに花壇植えの花を聞かれたモイラは、母が好きだった黄色いバラとプクプク草をリクエストする。
モイラの町は新たに学校や病院などが建てられ、広がりを見せていた。
今の王宮はヘムラータ達の住居に、シルバ達は新王宮に住む事になる。
式の記事が載った新聞を取り寄せたモイラは、ロンドンタイムスに心無い記事を書かれ
「ここは招待しないで!」と怒る。
インドでは実家の年収の3倍の持参金を花嫁に持たせるのが通例とされているが、モイラにはそれが無い。
『前代未聞!持参金無しのマハラーニ!』という見出しの記事には、
ご丁寧にも歴代マハラーニの持参品まで列挙されているのだ。
記事を見たマーサは、ヘムラータを訪ねる。
公妃達はモイラの調度をあれこれと整えてくれてはいるが、それは姑からの贈り物という範疇を出ない。
マーサはある決心をし、国際電話をかけまくる。
英国のサザンプトンでは、旅支度を終えたアメリアが式の招待状が来ない事を嘆き、
息子のクリスとカートを呆れさせていた。
と、そこへ訪ねてきたのはロンドンタイムスの記者達。
同じく招待状が無い記者達は、ハワード(お忘れでしょうがモイラの叔父です)に便乗しようと思っていた。
親戚ではあるし、行けば何とかなるだろうと彼らは一緒に渡印する。
(結局彼らは式に参加できないのだが…)



515 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/20(土) 01:16:15 ID:???
結婚式が近づき、来賓が続々とジョドプール入りする中、ウシャを伴ったラージャが来印。
ウシャは「あの時あなたがくれた勇気で、私はとても幸せよ。
今度はあなたが幸せになってね」とモイラの手を握る。
そして、いよいよ式の当日がやってきた。
新王宮は花で埋め尽くされ、2日間は新郎新婦別々に様々な儀式が行われる。
3日目にシルバとモイラは顔を合わせ、やっと式が始まる。
「私は彼女への愛と尊敬を失いません」
シルバは男尊女卑の当時のインドでは異例の誓いの言葉を述べる。
「私、モイラ・バーンズはこの日より、シルバ・アジット・シンに心からの忠誠を誓います」
祝福の花火が上がり、シルバは「逃げよう!」とモイラを連れて走る。
「ねえ、尊敬は余計だったんじゃない?」
「どうして?私は君を尊敬しているよ。自分の妻を尊敬してちゃいけないのかい?」
シルバはモイラを抱きしめ、キスをする。
4日目は花嫁の持参品と2人への祝いの品を来賓に公開するオープンセレモニー。
覚悟していたつもりではあったが、各国の首相や王族を目の前にすると気後れしてしまい、
持参品も無いモイラはまるで自信が持てず、顔を上げる事が出来ない。
次々と祝いの品々が読み上げられる中、ひときわ大きな歓声があがる。
「モイラ、見てごらん」
シルバに促され顔を上げたモイラは、信じられない物を見る。
「ロンドンっ子のマハラーニのために作られた、24金製50カラットのダイヤ入りビッグベン(時計塔)です!」
台座には『どんな時にも 同じ勇気で刻み続けよ M・バーンズ』との文字。
このためにマーサは余生をインドで終える決意をし、自分の財産を全て処分したのであった。
会場の興奮覚めやらぬ中、続いて読み上げられたのは、一枚の書類。
「これは素晴らしい!サウジのエミールからは、油田のプレゼントです!」
それは、あの時モイラが発見した油田であった。
翌日の朝刊一面には『これが世界一だ!マハラーニの持参金!』という記事が躍る。
パレードで藩民達の祝福を受け、2人はハネムーンへ。



516 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/20(土) 01:31:01 ID:???
3ヶ月にも及ぶ長いハネムーンを終えた、新王宮での朝。
気分良く寝室の窓を開け放ったモイラは眼下にアメリア達を発見し、一気にブルーに。
「私達、可愛い姪に一目会いたくて、ずっとお待ちしておりましたのよ」
シルバに紹介されたアメリアは上機嫌。
王宮の調度品を見ては矯声をあげ、執務中のモイラの部屋に来て羨ましがる。
「あなたはいいわねえ、いっぺんに地位も財産も手に入れて。叔母さんにも少し分けてくれないかしら?」
「叔母様、はっきり言っておきますけれど、私達の持ち物は王家の財産で、
個人で持ち出せる物ではないんです」
「可愛くないわね。何よ、こんな野蛮な国。イギリスが引き上げたら飢えて死ぬわよ」
この頃、インドでは大戦の終結が近づくにつれ、独立への気運が高まっていた。
中央政府からは英国人が去り、ムスリムとヒンズーは右往左往し、各地で小競り合いが起きていた。
ジョドプールにも多くの難民が押し寄せていたが、モイラの町のお陰で落ち着いたものだ。
しかし、それに加えて独立への賛成派と反対派の藩王国同士の衝突もあり、藩外は混沌としいた。
シルバのもとには度々ジャイプール王・ジャイが訪れ、話し込んでゆく。
独立賛成派である2人は、反対派のハイデラバードの王家に説得に出向くが決裂し、身内と戦う事になる。
連日ラジオのニュースに聞き入り、気を揉むモイラ。
そんな時、町へ出たアメリアが難民の子供を「汚いわね」と突き飛ばし、報復に殴られて帰ってくる。
ハワードやカート達も呆れて帰国を促すが、アメリアは意地になって帰らない。
このままでは大きな事件を起こすかもしれないと、モイラがアクセサリーでも渡そうかと思っていたある日。
プクプク草の事を知ったカート達は紋章入りの便箋を拝借し、多数の宝飾品を書き込む。
これをモイラからの贈り物だと勘違いしたアメリアは、喜々として帰国する(後日談は描かれない)
一方、ハイデラバードでは賛成派と反対派が和解、シルバは無事に帰宮する。



517 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/20(土) 01:43:22 ID:???
その後程なく、第二次世界大戦は終結(1945年8月)
大統領から招待を受けたシルバはモイラとマーサを伴い、アメリカを視察。
モイラ達は機械化された農作業の様子や、高層ビルが建ち並ぶ街並に圧倒される。
やがて近代化の道を歩むインドのため、彼らはその足でハーバードに留学。
アパートを借り、家事をマーサに任せ、勉強で寝不足の日々が続く。
大学で上院議員の息子・ロイスと知り合ったモイラは「エッカーブロイ大佐を知ってる?」と質問される。
ヒヤシンスと消えた大佐は脱走兵扱い(逮捕→軍法会議→死刑)となっており、
その日からモイラには尾行が付く。
「いい加減にして!私達は犯罪者じゃないわ。あなたのお父様に言って尾行を止めさせてちょうだい」
「静かに!」ロイスはモイラを男子寮の自室に連れ込む。
そこにはヒヤシンスと大佐が…
ロイスは街で街娼と思ったヒヤシンスに声をかけ、そのまま2人に転がりこまれてしまったのだ。
長い逃亡生活の間に2人は本当に出来上がったらしく、ヒヤシンスは大佐を愛していると言う。
彼らを助けたいとは思うが、脱走兵を秘匿したとなれば国際問題になるやも知れず、悩むモイラ。
そんな彼女に、シルバは「これを2人に持たせて、サウジの領事館にお行き」と手紙を渡す。
領事館は治外法権で、警察も手は出せない。
「知ってたの?」
「尾行がついているし、戦後処理で戦犯の名前は毎日、新聞に載っているからね」
「ごめんなさい、こんな大変な事を…」
「うまくおやり。君の手腕にかかってるよ」
その夜、モイラ達は体を覆い隠すアラブ衣装を身に付け、難なく男子寮を出る。
ハーバードには他国からの留学生も多く、アラブ人が不審がられる事もない。
領事館に入ったモイラは大使を通じてラージャと電話。
モイラの油田の管理人のアラブ人夫妻として、ヒヤシンス達は再びサウジへと戻って行くのだった。
1947年3月、イギリスからの使者が来印し、インドの独立を促す。
これを受けて帰国したシルバ達は独立予定日へのカウントダウンカレンダーを作り、藩民に配る。



518 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/20(土) 02:02:30 ID:???
町への視察で教師や医師の不足を感じたモイラは、残しておいた蒼の石(モイラの分)で
奨学金制度を設立する。
奨学金で留学した者は、ジョドプールでの就職を義務付けられる。
独立まで2ヶ月半。
シルバは王宮中の銀製品をタンスから食器に至るまで、次々と中庭に運び出す。
「マハラジャはどうなさるおつもりなんだろう」
積み上げられた銀製品を見ながら、シバはパンディットに言う。
「なんだか、これを見ていると不安で悲しくなってくる…」
ある夜、寝室でシルバは言う。
「ねえモイラ、私達がマハラジャとマハラーニでなくなっても、誇りを持って生きていこうね…」
独立して一つの国となるという事は、即ちマハラジャ制度の廃止である。
忙しい日々に暇を見つけては、シルバは旧王宮に足を運び、
歴代のマハラジャの肖像画が飾られた長い廊下で時を過ごす。
銀製品が中庭に出し尽くされ、シルバは近衛隊以外の軍隊の解散式を行う。
彼らは独立後の新政府軍に吸収される事になるが、およそ半数の兵士達はそれを嫌がり、
農民となってもこの地に残ると言う。
「今、残ると言った者達は中庭に出向くように」
中庭には大きな天秤が設置され、その片方にシルバは腰かける。
「お前達に何も保障してやれない、これは私の気持ちだ。私の体重と同じだけの銀を持ち帰ってくれ。
日頃鍛えられた私の軍隊だ。60キロや70キロ抱えて帰るのに不自由はないだろう?」
そんなシルバを、モイラは驚きと尊敬の眼差しで見つめる。
――たとえこの王家が無くなろうとも、きっと誰も忘れはしないわ。
ジョドプールの蒼きマハラジャ、シルバ・アジット・シンを――
その頃から、モイラは度々、目眩や吐き気に悩まされる。
しかし、無理をして雑務をこなしてゆく。
独立まであと2週間。
経費削減のため、王宮の下働き200余名をリストラし、僅かながらも退職金を手渡す。
旧王宮では前公妃達の生活スペースを除き、大部分の部屋が次々に閉ざされてゆく。
鍵の音を聞きながら、懐かしく少女時代を思い出していたモイラは激しい腹痛に見舞われ、流産してしまう。



519 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/20(土) 02:33:35 ID:???
1947年8月15日、インド独立宣言。
夜には独立祭が催されるが、そこにモイラの姿は無い。
診察に訪れたチャンドリカは、少し怒ったように言う。
「あなたがそうやってベッドにいる限り、民から花火や歌も踊りも取り上げてるって自覚してるの?
もう産めないわけじゃないし、起きなさい。医者の私が保証するんだから大丈夫よ」
「嫌よ、1人にしておいて」
「もう!そんなのでよくマハラーニが務まるわね!」
「務まらないから立ち直れないのよ…私、シルバの足手まといになりたくなかった。
外国人の妃だからって言われるのが嫌で、必死だったの…」
その時、独立祭で王宮に集まった民衆達からマハラーニコールが湧き起こる。
「これだけ慕われていて、誰が外国人の妃なの」
身支度を整えたモイラはテラスに出て手を振り、大歓声を浴びる。
「なんだか、何も変わっていないような気がするね」
部屋に戻り、シルバはモイラの肩を抱く。
「さっきはテラスに出てくれてありがとう。みんな喜んでいたよ」
その夜更け。
祭の後の静かな町に、一発の銃声が響く。
「町外れで移動中のムスリムが発砲し、ヒンズー教徒を殺したそうです!」
シルバを近衛隊を率い、現場に向かう。
「マハラジャ、お供します」解散させたはずのムスリム連隊が付き従う。
「お前達…ありがとう」
彼らの活躍でその場は収まり、犯人は捕らえられる。
「ジョドプールはムスリムに便宜をはかっているはず。この藩内で発砲した者は、理由はどうあれ逮捕だ」
「ふん、まだマハラジャ気分でいるのか!もう王制は無いんだ、お前はマハラジャじゃない!
インドの新しい法律でそうなったんだから、俺を捕まえる権利なんか無い!」
犯人にそう言われ、シルバは独立後の変化を初めて思い知る。
「私はもう王ではないが、新政府に藩の統治権を委ねられている。
決定権は政府にあるが、犯罪者の逮捕くらいは出来る」
そして、これから本当の苦難が待っているのだった。
続く



526 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/21(日) 21:37:28 ID:???
独立を機に、今までヒンズーに抑えられていたムスリムの不満が噴出、
東西パキスタンはインドからの分離独立を宣言。
各地で大規模な暴動が起こり、新政府はその対応に追われる。
そして、今までマハラジャの所有であった各地の公共的な建物や交通機関は政府の管轄となり、
閉鎖されてしまう。
政府から派遣されてきた行政官は「政府の認可が下りるまで何もできない」と言う。
シルバとジャイは幾度となくデリーに出かけ、施設の許認可を訴えるが、
ムスリムへの対応で手一杯の政府の反応は鈍く、無為に3ヶ月が過ぎた。
そんな有り様に嫌気が差したジャイは、ある日のマハラジャ会議にて
「ポロの試合があるのでイギリスに行く」と言い出す。
会議を終え、ジャイと2人きりになったシルバは、彼の本音を聞く。
「あいつら(政府)は“国民のための国を造る”と言いながら、私の藩を無茶苦茶にする。
何もかも壊してしまえばいいさ。だけど、私はそれを見ていたくないんだ」
「逃げるんだね」
「私はもう、ただの一市民だよ。何の責任があるというんだ」
「ジャイ…私は見届けるよ」
皮肉な笑みを浮かべながら手を振る友を、シルバは見送る。
町には失業者や病人が溢れ、次第にスラム化してゆく。
そんなある日、マーサがふと「建物を買い戻せないもんかねえ」と洩らす。
「それだ!」と政府に交渉に出かけたシルバは、難条件を出される。
インフレ続きでルピー(インドの通貨)は急落しており、政府はアメリカドルでの支払いを要求。
更に、全ての施設を買い戻すのに300万ドルという、元値の10倍の値段をふっかけられる。
ドル不足に加え、何を売るかという問題もある。
「蒼の石を売ろうと思う。半分で君が造った町を、もう半分で私が買い戻す」
蒼の石を前に、シルバは感慨に耽る。
「この石は、きっとこうやって最後のマハラジャを救う運命にあったんだ」
さて、誰がこれを買ってくれるのか。
「米ドルをたくさん持っているお金持ちねえ…」
「そういう人、知ってるわよ」マーサは、今はニューヨークに店を構えるハシディームに連絡を取る。



527 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/21(日) 21:41:41 ID:???
話を聞いたハシディームは「恩返しは一千年有効ですよ」と快諾し、来印。
蒼の石を見たハシディームは「これがもう半分あったとは信じられない」と嘆息する。
「これだけの石をたったの300万ドルですか?」
「私達はお金が欲しいのではなく、ドルが欲しいんです」
ハシディームは微笑み、提案する。
「宜しい。では、これを担保に300万ドルをお貸しする、という事に致しましょう。
この石は、この王宮にあってこそ輝く物。いずれ私が責任を持ってお返しにあがります」
アッという間に300万ドルを手に入れたシルバは中央政府に出向き、全ての施設を買い戻す。
権利書の束を手に帰宮したシルバは、それらを部屋中に広げ、モイラは感涙にむせぶ。
モイラは閉鎖された施設を次々に開き、ジョドプールの看板を掲げる。
町には次第に活気と人々の笑顔が戻る。
これを聞きつけた他のマハラジャ達は次々にジョドプールを訪れ、よし我が藩もと勇んでデリーへ。
しかし、やはりドルが集められず、シルバに泣きついてくる。
シルバはその都度、丁寧に断っていたが、やがて「民族の誇りを捨てた裏切り者」と僻まれ、
孤立していくのだった。
「ハシディームさんにお願いしましょうよ」
「駄目だよモイラ、金を借りるには担保が要る。そして、金を返さなければ担保は取られてしまうんだ。
失った物を取り返そうとして、持っている物まで無くしてしまうかも知れない」
「そんな事、皆さん解ってらっしゃるでしょう」
「どうかな…彼らはずっとマハラジャだったんだよ」
彼らは贅沢な生活しか知らず、シルバのような先見性も無い。
やがてこの危惧は現実のものとなる。
なんとかドルをかき集めて施設を買い戻したマハラジャ達は、運営費や施設に係る税金、
借金の返済の事など全く考えていなかった。
資金繰りに困った王家の中には別荘や家具、宝飾品はもちろん、食器まで売りに出す者もいた。
そんな中「旅行に行ってたようなもんだ」と照れながら、ジャイが帰国。
「ご旅行にいらしたクマーリ様から嫌な噂を聞いてね。困っているんだろう?」



528 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/21(日) 21:56:37 ID:???
心強い味方を得たシルバは、ジャイにラジャスタン連合と州議会を作ろうと提案する。
2人は案を練るため部屋に籠もり、モイラは彼らの世話に忙しい。
暇なマーサは旧王宮に出かけ、池のほとりでバイオリンを弾く美しい少年と出会う。
話しかけても返事をしない少年に勝手にナルシスと名付け、何度か通う内、王宮の侍女の言で、
マーサは彼がハリジャン(不可触賤民)と知る。
読んで字の如く、触れる事すら不可能な穢れた民として差別される、
カーストの最下層・シュードラ(奴隷)より更に下の身分である。
彼らは物乞いで同情をひく手段として、健康な手足を切り落とす。
彼も父親に足を切られそうな所を助けられ、美少年だと誰かが王宮に連れて来て、
そのまま居着いてしまったらしい。
ある日、同じく王宮に居着いている猿にバイオリンを奪われて困っていた彼に、
マーサはバイオリンを返してあげる。
お礼のつもりか、彼は無言で指輪を差し出す。
「その指輪、いいデザインね」「ナルシスに貰ったのよ」
石はガラス玉の粗末な物だが、台座には繊細な細工が施されている。
「会ってみたいわ」「でも、口がきけないみたいなのよ」
翌朝、マーサと旧王宮に出向いたモイラが現地のウルドゥ語で話しかけると、
彼はちゃんと返事をするのだった。
ボロボロのバイオリンで美しい音色を奏で、繊細な細工を生み出す
手先が器用な彼は、ハリジャンであるためか、名前を持たない。
モイラは彼をナルシスと呼ぶ事にし、くず石のルビーで作品を依頼する。
3日後、くずルビーは素晴らしいネックレスに変身していた。
モイラはお礼にと新しいバイオリンを渡し、彼をくず石を集めてある旧王宮の地下室に案内する。
「ここにある石で、好きな物を好きなだけ作って。
3日に一度、さっきみたいな素敵な宝石を作ってくれたら、何でも好きな物を買ってあげるわ」
「時々会いに来てくれたら何も要らない。ここで僕を気にかけてくれる人はいないから…」
「もちろん、3日おきに来るわ」



529 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/21(日) 22:05:45 ID:???
ナルシスの作品が貯まり、それらをボンベイの宝飾店に置いてもらおうと、シルバに無断で出かけるモイラ。
予定を変更し、折良くホテルで催されるアメリカ大使の歓迎パーティーに潜り込んだモイラは
即席セールスウーマンとなり、出席者達の夫人や娘にナルシスの作品を売りまくる。
作品は完売するが、その日はラジャスタン連合案を初披露する大事なマハラジャ会議の日でもあった。
モイラは前半をすっぽかした形になり、会議の途中に急ぎ王宮に戻る。
連合案とは、まずラジャスタンを一つの州とし、州都を決める。
そこに中央政府の承認を得た州議会を置き、議員は選挙で平等に選ばれる。
予算は会議で決め、金銭的にも助け合うというものだ。
しかしマハラジャ達は、自分の藩が州都にならず地方扱いになるのは嫌、
選挙をやるのも嫌、お金が自由にならないのも嫌、と嫌々尽くしで会議は難航。
大変な会議が終わるとシルバが「モイラ、君はハリジャンの少年と会っているようだが…」と言いかけ、
モイラはそれを遮る。
「大変、もう5日も経ってるわ!ごめんなさい、話は後で聞くわ」
地下室はナルシスが荒れたのだろう、酷い有り様で、当の本人は部屋の奥に泣きながら座り込んでいた。
「ごめんね、怖かったの?」
ナルシスはモイラに抱きつき「もう来ないのかと思った」と子供のように泣く。
王宮に連れてこられはしたものの、ハリジャンだからと捨て置かれていたナルシスにとって、
モイラはかけがえのない存在となっていた。
そして、その思慕がいつしか恋に変わるのに、時間はかからなかった。
そんな想いに気づかず、モイラは彼を弟のように可愛がり、教育を施そうと学校に通わせる。
「ハリジャンの少年の事だけどね」執務中、さり気なくシルバは切り出す。
「あの子はとてもいい子よ」
「だろうね、君は楽しそうだし…でも、最後に悲しい思いをするのは彼だよ。それを解ってるのかい?」
「解らないわ。生まれつき差別を受けるなんて、間違った事だもの」
「君が思う正義と私の考える正義とは、似ているようで違う。君にそれが解らなければ、
話し合っても無駄だ」
「…解らないわ」



530 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/21(日) 22:38:22 ID:???
その日からモイラはマーサの部屋に転がりこみ、家庭内別居。
ボンベイのパーティーで名士の夫人達を飾ったナルシスの作品は口コミで評判が広がり、
固定客が付き始める。
モイラはハシディームにナルシスの作品を送り、お墨付きを得る。
ニューヨークでの出店を決め、水仙の花をあしらった店のマークを考えたりと、夢膨らむ毎日。
その間もラジャスタン連合の実現に向け、シルバはモイラを伴って各藩に出向き、
マハラジャ達の説得にあたる。
「デリーの会議に出席する。君も一緒だよ」
「お言葉の通りに致しますわ」
「3日は帰れないから、あの少年に伝えておきなさい」
旧王宮の地下室。
兵士からモイラの伝言を聞いたナルシスは、彼女がマハラーニであると知る。
――どうしてそんな身分の人が僕なんかに…ああ、聞いた事がある。ここのマハラーニは白人だって――
翌朝ナルシスが登校すると、彼がハリジャンである事が他の生徒達に知られていた。
「出ていけ、このハリジャン!俺達のマハラーニを汚すな!」
「マハラーニが外国人で何も知らないからって、お前が取り入ったんだろう!」
教科書を投げつけられ、苛烈な虐めを受けたナルシスは失踪。
教師達の「ハリジャンは助けられない」という断固たる態度や、捜索を頼んでも
「ハリジャンは人間ではない」と動かない兵士達に、モイラは差別の現実を知る。
夕方まで闇雲に車を走らせ、ナルシスを捜すが見つからない。
王宮に戻り、泣きながらモイラはシルバに訴える。
「あなたの言う通りよ。私、よく解った。でも、あの子は人間よ!お願い、あなたから言って…
あなたの言葉なら誰か動いてくれるかもしれない…あの子を捜したいの」
「いや、君はまだ解ってないよ」シルバは苦い表情で言う。
「彼を見つけて、どうする?あの地下室に一生閉じ込めるつもりかい?」
「それは…」
「君の言うように、彼だって人間だ。心を持っている。傷つけば苦しい。
君は彼の傷口を埋めようとして、掻き回しているだけなんだよ」
「………デリーには1人で行って。私は彼を捜すわ」
「駄目だ。絶対に連れて行く」
珍しく強引に、シルバはモイラとデリー入りする。
続く



538 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/23(火) 13:14:51 ID:???
会議を明日に控えデリーの町を視察する2人。
車は町外れの寂れた場所に向かう。
「この一帯はハリジャンの居住地域だ」
五体満足な者の方が少なく、放置された犬の死体の横に蠅だらけで平気で座っている老人…
声も無く見入るモイラにシルバは呟く。
「これがいい事だなんて、私も思ってはいない。でも、インドには長い植民地の歴史があって、
彼らの数は膨れ上がって…1人や2人の問題じゃないんだよ。
どんな差別があったとしても、国家が豊かになれば人々の心は広くなる。
私達はまず器を作らなくてはならないんだ。
解ってほしい…私は彼らを嫌うかつての支配階級の中にあって、その器を作ろうとしているんだよ」
ナルシス失踪から20日が過ぎた。
シルバとジャイは互いの王宮で頻繁に会議を開き、根気よくマハラジャ達を説得していった。
公務をこなしながらも、モイラはナルシスの事が気になっていた。
立食形式での会食でマハラジャ達が同席する中、ナルシスが窓を叩く。
泣きながら自分の名を呼ぶナルシスに、モイラは思わず窓を開ける。
ナルシスは「怖かったよ、寂しかったよ」とモイラに抱きつく。
何事かとざわつくマハラジャ達の中、シルバだけが青い顔をしていた。
ナルシスは自分は余興に呼ばれたバイオリン弾きで、来る途中に川に落ち、楽器を落としたと説明する。
「どうやって王宮に入ろうかと悩んだ末に、このような座興を思いつきました」
20日間も外をさまよっていた彼の服はたしかに酷い有り様で、マハラジャ達は
「人騒がせな奴だ」と怒りながらも、これを信じたようだった。
モイラは化粧直しに行くと席を立ち、ナルシスを追う。
背高く茂ったプクプク草に隠れるように、彼はうずくまって泣いていた。



539 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/23(火) 13:17:42 ID:???
「あなたがマハラーニだなんて知らなかった。最後に一目だけ会って、どこかに消えようと思ってたんだ」
「あなたに新しい名前を付けるわ。ニューヨークへ行って、アメリカ人になりなさい。
そこにはカーストなんて無くて、誰でも通える学校があるのよ」
「僕を消したい?この花の汁のように」ナルシスはプクプク草を手折る。
「そうよ…今まであなたが会った人達と私は何も変わらないの」
「消えてあげる」
彼の手の中でプクプク草は握りしめられ、花を散らした。
シンディア・シング・バーンズ―――これがナルシスの新しい名前になった。
2ヶ月が過ぎ、ハシディームから、ナルシスのアメリカでの最初の作品である指輪が届いた。
シルバの出資でニューヨークに彼の店を出し、宝石を送る。
エキゾチックなデザインが人気を呼んだ彼の作品は売れ、ジョドプールの国庫を潤し続ける。
半年後。
近代インドの父、マハトマ・ガンジーの死を乗り越え、インドは平定を取り戻しつつあった。
モイラはシルバに頼んで一週間の休暇を取り、ニューヨークへ。
彼女が設立した奨学金制度で2人の学生を留学させ、宝石の輸出手続き、
更に、若くて腕のいい宝石職人達をナルシスの下に付けるためだ。
空港にはナルシスとハシディームが出迎え、ナルシスはすっかり小綺麗なアメリカ青年になっていた。
様々な手続きはややこしく、ムスリムを含む職人達の食事の面倒で多忙な日々。
全ての手続きを終え、モイラはハシディームに連れられナルシスの店を見学する。
店名は『ナルキッソス』、いつかモイラが描いた水仙がシンボルになっていた。
「今や、ニューヨーク中の人々がナルシスを知っていますよ。彼は学校のかたわらデザインをし、バイオリンのレッスンにも通っています。本当に一生懸命です」
「私が援助しているからですわ」
「さあ…それだけではないでしょう」



540 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/23(火) 13:27:00 ID:???
アメリカ滞在も余す所あと1日となった夜、モイラはナルシスの部屋を訪ねる。
彼はハシディームの屋敷に一室を与えられている。
「ごめんなさいね。あまり時間が取れなくて」
「謝らないで。僕はもう大人になったから、モイラは僕だけのモイラじゃないって知ってるんだ」
そう言いながらもベッドに顔を伏せたまま、少し拗ねているナルシス。
「あら、じゃあ明日はどうしようかしら?手続きは終わったのよ」
ナルシスは跳ね起き、顔を輝かせる。
「ほんと!? 僕ね、とっても美味しいアイスクリーム屋さんを見つけたんだ。
ちょっと高いんだけど。あっ!そうだ、これ!」
ナルシスはタンスから100ドル札の束を4つ取り出し、モイラに渡す。
「宝石を売ったお金だよ。ハシディームさんに借金があるんでしょう?」
「こんな大金…」戸惑うモイラにナルシスは言う。
「学校で世界史を習うけど、どんな教科書を読んだって、マハラジャ以上に素敵な王様は居ないよ」
翌日。ナルシスが高いと言ったのは、公園のアイススタンドの10セントのアイスだった。
「あんな大金を持っていて、10セントが高いの?」
「高いよ!必要な物はハシディームさんがくれるから、僕は毎日1ドルだけポケットに入れて出かけるんだ。これを買ったらお金が崩れちゃう」
ハシディームはユダヤ人というだけで妻子を目の前で虐殺された。
「何もしないのに許されないのは僕と似てる。でも、彼に比べたら、僕は数倍幸せだ」
2人は揃ってアイスを食べ、公園で楽しい一時を過ごす。
シルバへの土産にとナルシス印のタイピンを貰い、モイラは帰国した。
そしてまたいつもの日々。
ラジャスタン連合はもう少しという所で足踏みしていた。
各種施設は買い戻しはしたものの、農民達は重税に苦しみ、問題は山積みであった。
それらを少しでも改善しようとシルバは単身デリーへ。
その途中、衝撃的なニュースが伝えられる。
デリー郊外にてラジャスタンの元マハラジャが乗った飛行機が墜落したのである。
マハラジャは病院に搬送不可能な程の重傷、近隣の民家で手当てを受けているという。



541 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/23(火) 13:34:44 ID:???
急ぎデリーに向かうモイラ。重傷を負ったのはジャイであった。
進歩的な彼は自分で自家用機を操縦していて奇禍に遭ったのである。
やはりニュースを聞いて駆けつけたシルバはモイラに彼を託し、会議に出席する。
一週間後、ジャイは意識を取り戻す。
「こんな大事な時期にバカげた事故を起こして…ニュースで配信されたから、
皆(他のマハラジャ達)が押しかけてくるぞ」
会議を終え、憎まれ口をきくシルバに「それじゃあ、一気に連合成立と行こうじゃないか。
私のやる事に口を出すなよ」とジャイは寝たきりのまま返す。
シルバと共に若きリーダーとして頼りにされているジャイを見舞ったマハラジャ達は
連合反対派も含め一様に、彼の枕元で「死なないでくれ」と懇願する。
そんな彼らをジャイは「ラジャスタン連合は私の夢でした。
これを成し遂げられずに生涯を閉じるとは無念です」と迫真の演技で陥落させてしまうのだった…
翌年3月、ラジャスタン連合発足式典が州都となるジャイプールにて行われ、
ジャイから州議会の選挙概要が発表される。
「議員は選挙により選出される。かつてマハラジャであったというだけで議員にはなれない。
バラモンからハリジャンまで議席は用意されている」
「ハリジャンだと?」
「連合公約書に“すべての階級”と記してある」
「しかし…ハリジャンと議席を並べるなど…」
ざわめく会場にジャイは一喝。
「彼らとてインド国民である!連合を祝して、乾杯!」
杯を掲げるジャイにつられ、各所で杯が上がる。
何という一瞬…モイラは感激に胸の前で手を合わせる。
3ヶ月後。
読み書きが出来ない州民のため、マークを簡単な図形にして行われた選挙運動は大混乱であったが、
元マハラジャ達は揃って当選。
中央政府にとって目の上のたんこぶ的な、役人に楯突く厄介な存在となる。
統治権を委ねられていた元マハラジャ達には、政府からお手元金として不労所得が認められていたが、
これを廃止しようという動きが出てくる。
これを廃止されてしまうと、議員収入だけでは厳しい元マハラジャも出てくる。



542 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/23(火) 13:39:06 ID:???
「参ったなあ…」シルバの王宮の庭で、ジャイは頭を抱える。
「何か考えないといけないね。うちはニューヨークで宝石店をやってるよ。
売れるんだな、これが…ね、モイラ」
「ええ、ロンドンやパリにも出店しようかと…夢が広がりますわ」
「君達を見てると、滅びゆく王家ってものを実感するよ」
いつものように皮肉っぽくこぼすジャイに、シルバは言う。
「誰も滅びたりはしない。滅びていい人間など居ない」
「………いい言葉だね。シルバ、君を見てると勇気が出るよ。
いつからこんなに強い奴になったんだろう。あのチビで怖がりの少年が…」
「ふふ…まだ毒蛇は怖いよ」
シルバの言葉に、モイラは彼と初めて会った日の事を懐かしく思い出すのだった。
夏。
休暇をとり、モイラはシルバとスリナガル(地名)の別荘へ。
たくさんの蓮の花が咲く池に小舟を出し、朝の訪れと共にポンポンと開く音を聞き、喜ぶモイラ。
明日も舟を出したいと言うモイラに「そんなに気に入ったのかい?」と驚くシルバ。
「明日だけでいいのよ。あなたにお話したい事があるの」
モイラは自分の懐妊を美しい蓮の花咲く朝日の中でシルバに告げようと思っていたのだが、
翌日から何日も雨が続き、舟を出せない。
明日が雨ならもう言ってしまおうと計画を諦め、早朝に雨の音を聞く。
――ああ…また雨なのね――
と、近くでポンポンと音がするではないか。
モイラが身を起こすと、別荘の壷という壷に集めた蓮の花が活けられて、可愛い音を鳴らしているのだ。
「ありがとう、モイラ」シルバは彼女の手を握る。
「知ってたのね」
「徹夜でシバとパンディットが摘んでくれた花にそれだけかい?」
「感激で声も出ないのよ」
2人は寄り添い、いつまでも、次々に開く花の音を聴いていた。
やがて―――
男児、ガジュ・シング・アジット2世誕生。
古式ゆかしく王宮の塔よりラッパが吹き鳴らされ、人々は王子誕生を祝う。



543 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/23(火) 14:04:56 ID:???
ニューヨーク。
ジョアからの電話を受けたナルシスは、ハシディームを部屋に呼ぶ。
「王子様が生まれたんだよ!」

言いながら次々と彼が引き出しや戸棚を開けると、そこには総額200万ドルに及ぶ大量のドル札が詰まっていた。
喜びに湧く王宮をハシディームと訪れたナルシスは宮内に入ろうとせず、門の外でモイラを待つ。
「怒るわよ、ナルシス。あなたはもうアメリカ人なんだから!」
再会を喜び抱き合っていると、シルバの車が到着。
「シルバ、ナルシスよ。わざわざアメリカからお祝いに来てくれたのよ!」
「初めましてナルシス君。だが、ここはアメリカじゃなく、ジョドプールだよ。我が藩には、路上で抱き合う習慣は無い」
慌てて離れる2人。
「ようこそ。お客様は応接間にどうぞ」シルバはにっこりと笑い、ナルシスを迎え入れる。
応接間でハシディームがうやうやしく黒い箱の蓋を開けると、中から蒼の石が現れる。
「ナルシスからのお祝いの品です」
「しかし、これは借金のカタに…」
シルバが唖然としていると、ナルシスがおずおずと口を開く。
「ええと…ああ、マハラジャと口をきけるなんて夢のようだ…
でも、こんな時代を作ってくれたのはあなた達で…
僕は勉強しながら、少しずつあなたの偉大さに気づいてくる。そして思ったんだ。
蒼の石は王家の印…マハラジャの手元にあって輝いてほしい、って」
残りの100万ドルはナルシスがハシディームの跡継ぎになる事を条件に無効にすると言う。
シルバは蒼の石を手に取る。
石は喜んでいるように、キラキラと輝いた。
「ありがとう、ナルシス…こんなに素晴らしい贈り物はない…」
人目もはばからず、シルバは泣いた。
真夜中、シルバとモイラは2人きり、蒼の部屋に石を納める。
そして…



544 :蒼のマハラジャ/神坂智子:2008/09/23(火) 14:15:04 ID:???
ラジャスタンはジャイとシルバの提案で観光協会を発足。
王宮や別荘を博物館やホテルとして公開し、外貨獲得を目指す。
この企画は、狙い通り外国人に人気を博し、観光事業は軌道に乗った。
王宮には独立時に解雇された雑用係達が再雇用される。
彼らは再会を喜び、てきぱきと指示を出すシルバを見ては「昔と何も変わらない」と涙するのだった。


モイラは書きためていた回顧録をこう締めくくる。
―――今日も黄昏どきの風は心地よく、時が黄金色に輝きながら、過ぎてゆきます―――
【了】


現在もラジャスタン地方は人気の観光名所としてツアーが組まれ、彼らの王宮に
ホテルとして宿泊したり、公妃の持参品や宝飾品を現地で見る事が出来ます。
そして、今もマハラジャ達の子孫が暮らしているのです。



545 :マロン名無しさん:2008/09/23(火) 14:58:23 ID:???
>544
乙です!
怒涛の展開で面白かったです。
これって史実を基にした作品なの?



546 :マロン名無しさん:2008/09/23(火) 15:46:31 ID:???
>>545
あとがき漫画ではインド旅行の際、流出したらしき王家の写真を市場で買って
「こういう物語があったら面白い」と思った、と描かれてます。
シルバ部分は創作、ジャイは実在したジャイプール最後のマハラジャをモデルにしているみたいです。



547 :マロン名無しさん:2008/09/23(火) 16:29:04 ID:???
>>546付け足し
ですから、ジャイ(のモデル)が州議会や観光協会を発足させたのは史実です。
実際にポロが得意でイギリスに留学したり、機械類が好きで飛行機の操縦もこなす楽しいマハラジャだったようです。
彼のお妃様のガーヤトリーは回顧録を出版していて、そういう所からも着想を得たのではないかと思います。