観用少女(プランツ・ドール)

Last-modified: 2017-04-21 (金) 01:53:11

観用少女(プランツドール)/川原 由美子

63 名前:観用少女(プランツドール) 投稿日:04/06/15 03:24 ID:???
『食卓のミルク』
ショウウィンドウに飾られていた一体のドールに一目ぼれした青年が店に訪れていた。
仕事も私生活も上手くいっていない彼は癒されるためのささやかな趣味としてドールを買うことにしたのだ。
一般には高級嗜好品であるそれを高い金を出して買い、エンジェルと名付ける。
その後青年はエンジェルがミルクを飲まないことを相談に来る。
そこでドールは昔から貴族の娯楽のためのものでドレスからミルクに
それを飲むためのカップまでドールの身の回り全てのものが高級品でなければならず、
恐ろしく手間も金もかかると知らされ普通の庶民である青年は冗談じゃないと怒る。
何の反応も示さずもう笑いもしないんだと嘆く青年に店主は
「ドールはデリケートですから心の交流も必要ですよ」とアドバイスを送る。
彼女に"天使"を見たという買ったときの気持ちを思い出し、これまで以上に大切に扱った。
心を開き日増しに美しくなるエンジェルのために勤勉に働き彼女も微笑みで癒してくれる。
全てが上手くいっていたある日、酒に興味を示す彼女に思わずそれを飲ませてしまう。
最高の笑顔を見せる彼女にほだされ、ミルクと砂糖菓子以外与えてはいけないのに日に三度ミルクの酒を混ぜ飲ませ続けた。
その結果天使のようだったエンジェルは酒を覚え食事をし肥え太り、すっかり"女"という化け物と化してしまった。
こうして青年は責任とってそんな彼女のためにあくせく働き養わなくてはいけないのだった…。



64 名前: 観用少女(プランツドール) 投稿日:04/06/15 03:30 ID:???
『ポプリドール』
店には身なりの良いが憂鬱そうな男が来店していた。
彼の娘が気に入ったので仕方なくその娘とうりふたつのドールを買いに来ていたのだ。
三年前に赴任してきた彼はこの街の全てを嫌っており、早く故郷に帰りたいと常々思っていた。
特にこの地の"臭い"に関しては病的なほど敏感だった。
男の恋人はあのドールからはとても良い香りがするというが彼にはわからない。
恋人は娘と早く打ち解けたいと話す。
娘は母親を亡くしてから言葉を発せず表情も無くしてしまっていたのだった。
彼は全てこの街に来てから悪くなったと吐き捨てる。
そして彼だけに感じるこの街の悪臭…。


そんな中、娘はドールと一緒に遊ぶうちに笑顔を取り戻してきた。
喜び抱き上げた娘からふと臭うこの街の臭い。
娘は日毎に明るくなっていくようだが、人形の顔が娘に…いや娘がますます人形に似てきていることを感じる。
それにつれ屋敷の悪臭も酷くなってきたことも。
ついに耐え切れなくなり臭くてたまらないと使用人を全て解雇してしまった。
恋人は疲れてノイローゼになっているのではないかと医者を紹介する。
だが臭いの原因はドールと娘、恋人だった。
このドールは"香り玉"を飲み体から香りを放つポプリドールで、その玉を娘も恋人も一緒に飲んでいたのだ。
充満する悪臭はこの人形のせいか!と店主にドールを捨てるように投げて返した。
問題は貴方のほうにあると指摘する店主。冷たい目をしたドールが男を見返すが、置いて帰っていく。
実は過去、男の死んだ妻はこの街の人間と不倫していたのだった。
寂しかったの許してと訴え、そして手首を切って死んだ妻…。傍で娘が人形のように悲鳴を上げていた。


男は屋敷に帰りあの人形は返してきたと言う。
しかし男が捨てたのはドールではなく実の娘のほうだったのだ…。
「さてどうしようか、君のパパは正気で迎えに来てくれるのかなあ…」



73 名前:観用少女(プランツドール) 投稿日:04/06/15 20:49 ID:???
『スノウホワイト』
ある宝石商の男が店に来る。
客に噂に聞いたプランツドールが流す涙が宝石を求められつい品切れですと嘘をついてしまった。
そんなもんどうしろってゆーんだと途方にくれこの店に"涙"を譲ってくれと頼みにきたのだ。
しかし"天国の涙"というドールが流す涙は極上のドールを極上の環境で愛し育て上げたときのみ生まれる
奇跡の石なのだ。
ならばドールを買うしかないのかと店主に導かれ最上級品プランツ"白雪"と出会う。
しかし男は白雪に相手にされずショックを受け憤慨する。
だが彼の商売魂は諦めることを許さない。
要するに気に入られりゃいいんだろ!とあの手この手で白雪の機嫌をとるが彼女は眠ったまま。
ドールをただの人形としかみない男に店主は自分が宝石を扱うときにはどうしてるんですかと問う。
気持ちを込めて選んだ宝石をプレゼントすると白雪は一瞬微笑んだが気に入ったのは宝石だけ、また眠り続ける。


美しすぎたせいで愛されず白雪は以前一度返品されているらしい。
早く眠れる白雪に王子様が来るといいのにと店主に聞かされ、ならば俺が王子になる!と意気込む。
現実主義だった男はそんな自分に驚き赤面する。
そして通いつめる男に遂に白雪は微笑んでくれた。
感激する彼は「ただ欲しいからといって手に入れるだけが全てじゃない、そこには愛が必要なのだ!」と悟る。
"天国の涙"を求めていた客へは入手不可能と断り男は白雪と暮らし始めた。
男は絶対白雪を泣かせたりするものかーと誓うのだった。



74 名前:観用少女(プランツドール) 投稿日:04/06/15 20:50 ID:???
『スノウホワイト パート2』
ある若者が疲れきったようにドールの店前の道で足を引きずって歩く。
真面目に働いてきただけなのに馬鹿にされ蔑まれ俺が何をしたっていうんだ…。心の中で悲痛に叫ぶ男。
ええ、あなたは何にも悪くない…。
ふと目の前に飾られるドールが優しくそう言ったような気がした。


店の中、店主にもてなされ茶をいただく青年。
俺はあんたの客になれるような金持ちじゃないよ、中に入れてもらってさっきのドールを傍で見られただけで
感謝してると微笑む。青年がそのドールを見つめていると彼女が頬に手を伸ばしてきた。
驚く青年に店主は貴方は気に入られてしまってドールが付いていきたがっていると話す。
自分は極貧で明日の飯にも困るほどだから買えるわがけないと慌てて断る。
しかしプランツドールは一度気に入った人が出来てしまうと他の客には目もくれなくなるために
このドールは他に売れないのだという。
ふと店主は思い出したように語る。昔ドールを盗まれたことがあって保険に入った、
ドールは気に入った客には付いていくし盗むのは簡単だと青年に言い聞かせるように話す。
「困った困った」と言いながらわざとらしくその場を離れる。
店主は暗にドールを盗めと言ってるのだ。
取り残された青年は、こんな高価な人形、盗んだら死刑ものじゃないかー!と動揺する。
だが青年はドールを見つめる。べったり懐き幸せそうに微笑むドールを見て心を決める。
「そうだよあんたを養うためになんだってやるさ…
なんたってあんたは俺を初めて必要としてくれたんだから…」
青年の手を優しく包み込む小さなドールの手。


数ヵ月後、店には刑事が来ていた。
あの人形を店に返しておいてほしいと男の手紙が残っていたので返しに来たのだ。
盗まれたのかと尋ねる刑事にお買い上げいたんですよと答える店主。
あの青年は苦労した挙句難病を患い不幸な人生だったが死ぬ前の何ヶ月かは穏やかに暮らしていたという。
店主は、質素な服を着てはいたが荒れておらず美しくなって帰ってきたドールを見、
「良く判ります、さぞや大切に愛しんでくださったのでしょう」とつぶやく。
刑事が去った後「おかえりキレイになってかえってきたね」と話しかける。
するとドールは目を開き静かに青色の涙をこぼした。





542 名前: 観用少女(プランツ・ドール) [sage] 投稿日: 2005/07/28(木) 16:23:09 ID:???

『観用少女(プランツ・ドール)』加筆です。一番好きなエピソードから。
オチはぼかしたので、これ見てちょっとでも興味持ってくれた人いたら
読んでみてね。短編連作集の形ですが面白いですよ。



543 名前:観用少女(プランツ・ドール)[sage] 投稿日:2005/07/28(木) 16:26:05 ID:???
『メランコリィの花冠(ティアラ)』
ある大富豪の男が一人、何でも屋を営む姉弟を雇い、自身の屋敷に呼びつけていた。
彼は高価そうな立体映像のヴィデオを持ち出してきて、それを姉弟たちに見せる。
ぱっと、明りがついて画面に少女の姿が浮かび上がる。だが、彼女は人間ではない。
愛情を糧に生きる人形、観用少女(プランツ・ドール)だ。少女(プランツ)の頭には小さな花冠が乗っている。
ヴィデオを早送りしていくと花冠はどんどん成長していき、少女の頭を飾るように大きな珊瑚色の花がぽわっと開いた。
「……どうです、不思議なものでしょう。これは観用少女を宿主としてのみ育つ寄生植物でしてね。
大変珍しくて発見例もごくわずかだ。そして私が探しているのは花冠を咲かす事のできる人間なのです。
それも幻の青い花冠をね」
彼が言うには、今見たような珊瑚色の花冠というのは、ただただ純粋に愛されて満ち足りた少女で咲くもの。
幻の青い花冠というのは、微妙な愛情の形、例えば愛情の裏側にある哀しみなどを甘美な憂鬱として
受け止めた少女だけが咲かせる花冠なのだという。
男はそれを見る事ができるなら全財産をなげうっても惜しくはないと言う。
莫大な報酬に目がくらみ、姉は乗り気でない弟を引きずりながら、観用少女を買いに店へでかけた。
彼らは沢山いる少女の中からひときわ美しい少女に目をひかれる。彼女の名は『月華』。
名人が育て上げた最上級の逸品だった。月華は目を開くと、一目で青年に懐いてしまう。
店主の話では、無条件に少女に愛される者というのがいて、彼もその一人だったのだろうと言う事だった。
姉は月華で花冠を咲かせられるかと問う。店主は素質の面では問題ないと言いながらも、その顔をくもらせる。
「……花冠は少女の栄養を糧に成長します」
その花が枯れるとき、少女もまた枯れるのだと言う。それは少女にとって死を意味する。
ショックを受ける青年。屋敷に戻ると大富豪の男に尋ねた。
「……本当に、この少女を枯れさせてしまうのですか?」
「枯れさせる?その言い方は美しくないですね。少女には、一瞬の美しさのために
貢献してもらうのですよ。あなたなら、きっと月華に綺麗な青い花を咲かせる事ができる」



544 名前:観用少女(プランツ・ドール)[sage] 投稿日:2005/07/28(木) 16:28:17 ID:???
男の言葉に青年は落ち込み、何とかして月華を買い取る事ができないかと悩んでいた。
そんな弟の姿に、いつもは身勝手な行動をする姉も、違約金を覚悟の上で契約を破棄しても良い、という。
だが、大富豪の男はそれを許さなかった。彼はずっとこの機会を待ち続けていたのだ。
屋敷に軟禁される二人。だが彼らは花冠を燃やしてしまう事を思いつく。
だが男にはそんな行動もお見通しだった。
姉弟にレプリカの花冠を掴ませると、自分は月華を連れて彼らの前に進み出る。
月華に拳銃をつきつけながら。
彼は言う。たとえ月華を殺したとしても青年がいれば、別の少女が彼を愛するだろう。
そして彼ならば、少女達をモノとしてしか見ていない自分と違い、悩み苦しみながらも少女を愛するだろう。
失った月華の事を思いながら愛するその思いは、少女に素晴らしく甘美な憂鬱を与えるだろう、と。
月華を離してくれと頼み、青年は言う。
「……僕は今まで自分が巻き込まれたんだと思ってた。違うんですね。
……月華が、僕に巻き込まれたんだ……」
「あなたは青い花冠を咲かす事ができる人だ。少女もそれが分かってるからあなたを選んだんです」
青年は悩みながらも、月華を慈しみ、穏やかで幸せな日々を甘受していた。
だがそこに男が現れて言う。
「次の満月の夜、花冠を植え付けたいと思っています」
この日々は失うためにあったのだ。
顔をこわばらせる青年に男は苦笑しながら語った。



545 名前:観用少女(プランツ・ドール)[sage] 投稿日:2005/07/28(木) 16:34:30 ID:???
「私は相変わらずひどい人間だと思われているのでしょうね。結構ですよ。しかし私は思うのですよ。
観用少女のより美しくありたい、という根源的な思いが花冠と結びつくことで昇華するのではないかとね」
人間だってその一瞬のために全てをなげうってもいいという思いはあるでしょう、男はそう言うと立ち去った。
部屋の中に戻った青年と月華に、青年の姉が妙に上機嫌で語った。なんと花冠の処分の仕方が分かったと言う。
方法は簡単で、花のついた茎を切るだけ。そうすれば後は枯れるに任せるだけなのだという。
但し、花冠は成長が早いので植えたらすぐに切らなければならない。だが弟は首を振る。
「だめだよ……そんな事できない。
あの人にとっての花冠は…僕にとっての花冠より、ずっと…多分、大切な…。
いや…、そうじゃない。……たぶん、僕が見たいんだ。青い花冠を月華で」
青年の言葉に姉は問う。本気? 青年はずっと考えていたのだ。
月華は自身の根源的な思いを昇華させるために自分を選んだのではないか。
そして彼はずっとそれを待っていたのではないか。
(運命という言葉はとても感傷にすぎるけれど)
ついに、月華の頭に花冠が植えられた。もう取り返しはつかない。
月華の瞳は憂いを帯びてどんどん深い青になる。
珊瑚の花冠の少女はどんどん夢見る眼差しになっていったのに、月華はただ、物言いたげに青年を見つめ続ける。
花冠は目に見えて大きくなっていく。つぼみもふくらんで開花は間近だ。
(もうすぐ、月華はヴィデオの中にしか存在しなくなる)
ぱたり。思うだけで涙がこぼれた。
それでも、花冠が開く瞬間は月華を失う瞬間だと分かっていても、青年は思った。
(月華がより美しく、すばらしく映える瞬間を、この目で見たい)
涙が止まらない青年の傍に月華が近づくと、その顔に触れて深い青の瞳で彼を見つめた。
そして、花冠の成長が止まった。青年の瞳に青い花びらが開いていくのが映る。
光がのぞく。淡く、青い光が。月華が微笑む。今まで見た事もない魅惑的な微笑で。
その頭上には、青く輝く宝石のような大輪の花。
月華は青年にくちづけた。そして、それが別れの挨拶だったかのように花冠は散った。
舞い散る花びらの中、青年はその美しい、憂鬱な愛情の輝きを見つめていた。
もう、花冠をかかげた少女はどこにもいないのだ。