「難SS鬼畜任務」 vol.1
アルフレッドが少女を連れてきた。
「こっちにいらっしゃい」
「は・・・・・・はい」
少女は胸の前で手を強く握ってうつむきながら部屋の中に一歩踏み出した。
「もっとこっちにいらっしゃい」
さらに一歩踏み出した時、ギィというきしんだ音を立ててドアが閉まった。
少女は思わずはっと顔を上げた。その視線の先を私は捕えた。彼女は金縛りにあったように私から目を離せなくなった。
「嫌ね。そんな怖い顔をして」
少女は真っ赤になってうつむいた。
「あなた・・・とても熱心なんですって?アルフレッド教官がほめていたわ」
私は、机にあった原稿を持ち上げて示した。少女は顔を上げてその原稿が自分のものだと察して顔をさらに高潮させた。その瞳は興奮にキラキラと輝いていた。
「あなたのような人がたくさんいたらこの国も安泰ね。立派な論文だったわ。それでね。あなたにごほうびが与えられることになったのよ」
私は一度言葉を切って優しく微笑んだ。
「今日から放課後は全ての雑役から開放されるわ」
言いながら少女のそばに歩み寄り、その小さなあごの先を中指で持ち上げてその瞳を間近で覗き込んだ。
「そのかわり・・・授業が終わったら毎日訓練に来るのよ。いいわね。コシカ」
・・・・・・・・
貧しい家に生まれたあと戦災孤児になって孤児院で育った私の夢は職業訓練校に入り、軍事施設でエリートとして働くことだっ た。お給料をたくさんもらえるようになって孤児院に少しでも寄付をしたい。子供たちや先生たちに楽をして欲しい。
そして、戦争が早く終わるよう平和のために役に立ちたい。その2つが私の願いだった。
だから特待生として学校に入学が決まったときは本当にうれしかった。学校に入学してからも必死に勉強をした。
生まれてからたくさんつらい思いをした。だから、どんな勉強も苦にならなかった。生まれてからたくさん悲しい思いをした。だから、「勉強ばっかりしていて気持が悪い!」とクラスメートから仲間はずれにされても耐えることができた。
私は孤独で、幸せだった。
そんなある日、アルフレッド教官に呼び出された。アルフレッド教官は学校の生徒指導の最高責任者で私たちが直接会うことはめったに無い。
「なんだろう」緊張に胃を痛めながら特別生徒指導室に行った。中に入ると特別生徒指導室は深い暖色系でまとめられていてびっくりするほど豪華だった。アルフレッド教官はその中に一本の黒いステッキのように立っていた。
窓から差す五月の光はまぶしくて、逆光のなかアルフレッド教官の表情は良く見えなかっ た。けれど、一瞬、まるで仲買人が動物を値踏みをするような冷たい目が見えた気がした。
教官はしばらくしてやっと席に座るように言ってくれた。
豪華そうな調度品。なにもかもが自分が私がこの場に不釣合いだと言っているようでますます緊張は高まった。
アルフレッド教官は私がふかふかのソファーに居心地悪く座ると話し始めた。内容は私の懸賞論文ついてだった。
それは感情が無く抑揚の無い口調だったけれど、素晴らしい出来だという内容だった。
安心した。失敗で呼び出されたんじゃないんだ。不安でいっぱいだった気持ちが緩んだ。
教官は論文についていくつか質問をした。私は自分の思いを語った。口調は冷たかったけれど、教官は私のすべて肯定してくれた。
「ほう、それはすばらしい」「ほう。なるほど」「君の言う通りだ」
そんな言葉がうれしかった。私は舞い上がった。自分の本当、自分の気持ちを初めて他人に認めてもらった気がした。
「私、お国のためなら・・・・・・命も投げ出せます」
そう言って顔を上げて始めて教官を見上げると、日はだいぶ傾いていて強烈な逆光が弱まり表情が少し見えた。
「ほう。そうかね。それは素晴らしい」
教官の声色が少し変わって口の端がにやりとゆがんだ気がした。
面接が終わって数日後、私はまた教官に呼び出された。
「今日はクロウリク特務教官に会ってもらう。君も知っている通りクロウリク教官は×社 から出向なさっている教官だ。わかっているね。失礼の無いように」
アルフレッド教官はそれだけを言うとすたすたと前に立って歩き始めた。私はあわてて後について行った。
クロウリク教官は軍事工場や施設を国と半々で運営している×社の社員だ。しかし「特務教官」として今年から訓練校にも籍を置いている。うわさでは優秀な生徒の選別に来ているそうだ。選別された生徒は社員待遇として訓練の場をX社に移し、訓練中も給料が出るといわれている。
「なにか実験のようなことをされるんじゃないか」「過酷な労働をさせられるんじゃない
か」
その待遇に皆あこがれと恐れを抱いていた。
その教官に会うということは・・・・・・。ううん。まさか。でも、違うとしたらなんのために呼ばれるんだろう。
私は半分の期待と半分の恐れを抱いて迎えの車に乗った。
・・・・・・・・
最初の不思議な面談が終わった次の日、校門を出るともう迎えの車が来ていた。
車は前回と同じだった。窓は一面スモークで、後部座席と前の座席との間にはプラスティックが入っていた。それは多分マジックミラーのようになっていて前から後ろは見えるのだろうけれど、こちらから前を見ることはできなかった。
前回と違うのはアルフレッド教官がいなくて後部座席は自分一人ということだった。
今回は違う建物に連れて行かれたようだった。中は前時代的な感じで特別生徒指導室よりもさらに豪華だった。
入り口で案内人が待っていた。彼女に、失礼がないようまず身奇麗にしなくてはいけない。と言われ、浴室に案内された。案内人は脱衣場から出て行かなかった。見知らぬ場所でいきなり裸になることや入浴することに抵抗があった。
私は左右を見回した。出口は案内人の背中の向こうだ。こうなったら逃げることもできないだろう。私は「全てを受け入れよう」と腹をくくって服を脱いだ。
浴室の中にいた人に体を洗われて緊張の時を過ごし脱衣場に戻ると、荷物も脱いだものもなくなっていて代わりに新しい服が用意されていた。それはとても軽く柔らかくゆったりとした羽のような服だった。
着終わると鏡の前に座らされて髪形を整えられた。
全てが自動的で、私は言葉を挟む暇もなくなすがままだった。
身奇麗になった自分は少しは見られるはずだったけど緊張と、豪華な建物に対する気後れで私は鏡を見ることができなかった。
全ての持ち物、制服を運ばれ、自分の持ちもので身に着けているものは何もなかった。
廊下を案内されている間、なにも頼るものがない不安に襲われた。
通されたところは食堂だった。
やはり豪華で、まるで昔のお城の食堂のようだった。
長い食卓の先にクロウリク教官はいた。教官は美しい体に沿うような東洋のドレスを着ていた。そして、私を認めるとにっこりと優しく微笑んだ。まだ2回しか会っていないのに、なんだかとても懐かしく涙が出そうになった。
「あなたは選ばれた人間として、人の御手本にならなくてはいけません。そこで、それにはまず、レディになる教育からね・・・・・・」
クロウリク教官がそういうと、古い本の挿絵に出てくる執事のような格好をした人が私の後ろについた。彼はテーブルマナーを教えてくれた。それに時々クロウリク教官が補足をした。
「素敵なレディにしてあげるわ」
クロウリク教官はそういうとメインディッシュの血の滴るような肉をそれよりも赤い口元に運んだ。