Top > 磯風

磯風

Last-modified: 2017-11-20 (月) 21:13:50
No.167
陽炎型駆逐艦十二番艦、磯風。大丈夫、私が護ってあげる。磯風(いそかぜ)陽炎型 12番艦 駆逐艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久16火力10 / 29
装甲6 / 19雷装24 / 69
回避44 / 79対空14 / 44
搭載0対潜24 / 49
速力高速索敵8 / 19
射程16 / 54
最大消費量
燃料15弾薬20
装備
12.7cm連装砲
25mm三連装機銃
装備不可
装備不可
改造チャート
磯風磯風改(Lv45)
図鑑説明
陽炎型駆逐艦十二番艦、磯風だ。
戦歴ならあの雪風にも遅れはとらぬ。*1
数々の海戦、決戦に参加し、戦い抜いたんだ。
大和・武蔵・金剛・大鳳…彼女達の最期もこの目に焼き付いている。
今度こそ…護り抜くさ。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:川澄綾子、イラストレーター:パセリ (クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

  • 2014年8月8日のアップデートにて新規実装。夏イベント:期間限定海域【AL作戦/MI作戦】のE-6をクリアすると入手できた。
    新規実装となっているが通常海域でのドロップや建造では入手不可のため、通常は新規/追加入手の手段が無い。
  • 同時実装の時津風と共に、Z1Z3に次いで実装された数少ない初期金レア駆逐艦娘である。
    AL/MI作戦実装組のうち、磯風のみ2017年8月現在未だに通常海域ドロップ(常時)や建造が解禁されておらず、
    イベントで新規実装されてから常時入手解禁までの期間の最長記録を更新し続けている。
    • 上記の"秋刀魚祭り"により、期間限定ではあるものの通常海域でのドロップが解禁され、一時は通常海域未実装最長記録の座を時津風に譲ることになったが、
      2016年3月11日のアップデートで時津風が通常海域に実装されたことにより、現在、秋刀魚祭りを差し引いた上で再び最長となっている。

  • 歴戦艦中の歴戦艦としての史実を反映してか、一部能力が標準よりも高めになっている。詳細は磯風改を参照。
  • 改造可能レベルがLv45と非常に高く、浦風を超えて駆逐艦第一改造Lvは実装時点で1位になった。後に朝霜山風も、同じLv45改造となった。
    その後は5(Lv50改造)、涼月(Lv55改造)に抜かれ、現時点では7位タイになっている。
    • 駆逐艦以外とも比べると、第一改造としてはWarspite(Lv75)、Lv60の大和、Lv50の伊号潜水艦(4011314以外)、Graf ZeppelinIowaに次ぐ高さである。
    • 改になると母港台詞が変わる。「笑ってる内にやめような」が好きな場合は改造しないでおくのも一考。
  • 磯風実装をもって第十七駆逐隊を編成できるようになった。内訳は磯風・浦風浜風谷風雪風の5隻*2である。
    第十六駆逐隊(初風雪風天津風時津風)同様こちらも編成任務が来れば最難関クラスか。
  • 図鑑の一覧で浦風と手をつないでいるように見える。脳内で、右から浜風谷風→磯風→浦風の順で並べてみよう! 第十七駆逐隊ファンは必見!
  • 磯波と間違えて解体する提督もいるので注意を要する。2014年夏イベントのE-6では磯波もドロップしたためロック等を間違えやすかった。
  • の時報で判明することだが、周りが作ってくれるせいか当人はメシマz料理が不得手のようだ。

  • 言動が長門に似ているためか、ミニ長門やマイクロ長門と呼ばれることもある。稀にミニながもん。
    • 演じ方が似ている事から、実装初期は同じく川澄綾子が演じた某有名ゲームのヒロイン絡みのネタも散見された。問おう、貴方が私の司令官-マスター-か?
  • 2015年秋季(9/7〜)の浴衣グラフィック実装時、磯風自身に追加は無かった。が、
    浦風が浴衣グラで、射的の景品と思われる磯風(および谷風)の人形を抱えている。


  • 2015年10月9日のアップデートから期間限定で、「鎮守府秋の秋刀魚祭り」modeとして割烹着姿で秋刀魚を焼く母港グラフィックが公開された。
    なお、磯風と磯風改とでは、艤装が微妙に異なる別バージョンのグラフィックが用意されている。
    「鎮守府秋の秋刀魚祭り」modeのグラフィックはあくまで立ち絵限定で、カードイラストはそのまま。
    他の限定グラフィック同様、限定期間終了後に図鑑に格納された。
    • やたら神妙な面持ちで秋刀魚を焼く姿が微笑ましい。ただ中破でドヤ顔しながら秋刀魚を差し出されても反応に困るのだが……肝心の秋刀魚も焦げ過ぎてるし。*3
      一応、松輪が限定ボイスで磯風の秋刀魚を美味しいと言いながら食べているので、7時の時報のような大失敗はしていないようだ。松輪の味覚がおかしいor空気を読んで不味いと言わなかった可能性は否定できないが。
      余談だが、応急修理女神を装備して轟沈させて復活させると、中破グラである完成→小破未満グラである焼き作業に戻るため結構シュールとなる。
      応急修理要員で轟沈させて復活させた場合は秋刀魚をこちらに届けに来るような演出になるのでこれまたシュールである。
    限定イラスト:秋季限定Ver.

小ネタ Edit

略歴
艦長
  • 磯風は陽炎型の12女。昭和15年11月30日竣工、佐世保海軍工廠生まれ。
  • 磯風・浦風谷風浜風で開戦時の第十七駆逐隊を編成できる。
  • 雪風浜風天津風と並ぶ、陽炎型の中でも最末期まで戦い抜いた歴戦の駆逐艦。*4
  • 雪風とは生まれ(造船所)が同じ(佐世保海軍工廠)だったり、自らの最期に乗員の救出・処分を行ったのが雪風であったりと、何かと縁がある。
  • 参加海戦は主要なものだけでも実に10回。真珠湾攻撃から坊ノ岬沖海戦まで、帝国海軍の作戦には常に参加。帝国海軍の栄光と終焉は、駆逐艦磯風とともにあった。
    • その参加した主要海戦名を挙げるだけでも次の通り。
      真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦、第二次ソロモン海戦、南太平洋海戦、ケ号作戦、
      第一次・第二次ベララベラ海戦、マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦、坊ノ岬沖海戦…
      どれだけ名だたる激戦をくぐり抜けてきたかが分かるだろう。
  • インド洋方面で行動中、連合軍飛行艇が南雲機動部隊に触接したため零戦隊がこれを撃墜、「磯風」は搭乗員6名を救助する。勝ち戦なので余裕があり、また「磯風」初の捕虜ということで待遇を良くして豪華な食事を出していた。それから捕虜は空母「赤城」に移送されたが、のちに同艦砲術長から「磯風で甘やかしたから(赤城でも)捕虜が贅沢を云って困る」と苦情を言われたという。なのに艦これでは「飯マズ勢」扱いである…。
  • ミッドウェー海戦には空母機動部隊の直衛として参加し、対空戦闘に従事。
    至近弾で小破したものの、浜風とともに蒼龍の生存者を救出している。
  • ガダルカナルでは弥生と共に作戦に従事していた時、米軍の空爆を受け磯風は回避するものの弥生は撃沈されてしまう。
    空爆が激しくその時は弥生の乗員の救助が出来ずに退避し、その2週間後に生き残った弥生の乗員を救助している。
  • ケ号作戦には3回とも参加。2回目の際、救助された第十七軍司令官・百武晴吉陸軍中将を磯風乗員がそうとは知らずブン殴ってしまったというエピソードがある。*5
    同作戦第3回目の時に艦首へ直撃弾2発を浴び大破炎上、舵まで故障したが、長月時津風の曳航の申し出を断り、自力でショートランドまで帰還した。
    艦首の損傷は凄まじく、五月雨乗員によれば1番砲塔下がえぐられて大穴が空き、左右素通し状態で、1番砲塔は左旋回のままいびつになって傾いているという惨状だった。
    南雲忠一中将は「これほど損傷した艦をよく連れ帰ってくれた」と乗員を賞賛し、湯田温泉への慰安旅行をプレゼントしたほど。
  • マリアナ沖海戦には大鳳の直衛として参加。大鳳の被雷から大爆発、沈没までを目撃し、その生存者を救助している。
    • 大鳳が雷撃されたのは攻撃隊の発艦直後だが、この時大鳳はおろか護衛の磯風でも殆どの兵が帽振れで攻撃隊を見送っており、見張りをすっかり忘れていた。
      「アウトレンジだから攻撃されないよねー♪」との安心感が裏目に出たわけで…慢心、ダメ、絶対。
  • レイテ沖海戦で、大破落伍しつつある武蔵の沈没寸前の有名な写真は磯風から撮影されたものである。
    これは栗田艦隊が一時反転した際、落伍した武蔵の近辺を通過した際に撮影されたものである。
    なにげに武蔵の「最後を看取った」とも言われているが、最期を看取ったのは浜風清霜であり、救援活動も磯風はしていない。そして武蔵の最期の瞬間には、磯風以下栗田艦隊は遠く離れており、その場にいなかった。
    • 翌日のサマール沖海戦では矢矧の指揮のもと雪風浦風野分とともに敵護衛空母群に雷撃を加え、
      敵空母一隻轟沈、一隻大破を報告した。しかし残念ながら、戦後判明したことによるとこれは戦果誤認であった。
      魚雷の信管が過敏すぎて、命中直前に自爆してしまったのである。
  • 金剛浦風が沈没した際には浜風とともに生存者を救助。しかし浦風は瞬く間に沈んでしまったため、沈没地点に到着した頃には生存者や浮遊物は全くと言っていいほど残っていなかった。詳しくは浦風のページを参照。
  • 浜風雪風とともに空母信濃の護衛にも参加し、その最後を看取って生存者を救助した。
  • 浦風の沈没で戦死した谷井保司令の後任として、新谷喜一司令が雪風に着任*6したが、その後雪風は機関故障、後を引き継いだ浜風も衝突事故を起こしたため、磯風が第十七駆逐隊の司令駆逐艦となり、天一号作戦発動を迎えることになった。
  • 坊ノ岬沖海戦が彼女の最期となった。第二水雷戦隊旗艦矢矧が被雷し航行不能となったため、二水戦司令部移乗の命令が磯風に下った。
    磯風は空襲をかいくぐりながら矢矧に横付けを図ったものの、そこを米軍機に狙われ至近弾を浴び、機関室に浸水。
    なんとか退避しようとしたものの浸水が止まらず、ついに機関が停止、航行不能となってしまった。
    • 第十七駆逐隊司令新谷喜一大佐は歴戦の栄光に輝く磯風を見捨てていくに忍びず、雪風による曳航を検討したものの、
      それでは速力が出せず米軍機の追撃を受けることが予想され、初霜に救助されていた二水戦司令官古村少将は結局撃沈処分の命令を下した。
    • 雪風へ生存者を移乗させたのち、砲撃処分になった。雪風砲術長は「この時ぐらい辛い思いをしたことはない」と回想する。
      しかし激戦の振動のため雪風の主砲は照準がすっかり狂ってしまっており、命中しなかった。
      次は魚雷を発射したものの、こちらも調整が狂ってしまっており艦底を通過し、これも失敗*7*8
      仕方なく再び主砲を使うことにし、磯風の魚雷発射管を狙って目測で徐々に照準点を移動させながら砲撃を実施。
      ついに魚雷へ砲弾が命中した磯風は大爆発を起こし、真っ二つになって瞬く間に海へ消えていった。
    • 雪風艦上でこの光景を見ていた磯風乗員から絶叫が起こった。
      「駆逐艦「磯風」に敬礼!」
      生存者たちは一斉に弾かれたように直立。磯風の消え去った海面へ向かって、涙を流しつついつまでも敬礼を捧げていたという。
  • セリフの各所に出てくる浜風とは何かと縁が深いようで、同じ陽炎型駆逐艦の同型艦で同じ隊に所属して多くの任務を共に遂行し坊ノ岬沖海戦まで共に生き残ったというだけでなく、第一次大戦に際して建造されていた先代の磯風も先代の浜風と同型艦*9であり、世代を超えて姉妹であり続けた仲である。
  • ちなみに昭和18年11月以降、磯風最後の艦長を務めたのは前田実穂少佐。
    参謀出身の峻厳冷徹なうるさ型で、前任のでは先代の温厚な工藤俊作中佐と比較されて、乗員からの評価はぼろくそだった。
    あげく雷を若葉に突っ込ませたり、修理のための帰り道に今度は座礁させたりと、『特型駆逐艦「雷」海戦記』での彼の姿はまことに冴えない。
    しかし戦争末期の激戦の中、磯風を坊ノ岬沖海戦まで生き長らえさせたのも他ならぬ前田少佐である。
    優しい工藤中佐と人柄を比べられたのが不運だっただけで、前田少佐もまた有能な駆逐艦長だったといえよう。
    事実、磯風でも当初はその性格から乗員たちに敬遠されたものの、その操艦技術の確かさから次第に信頼を勝ち得ていったという。
    • 雷が温顔慈父のような工藤艦長の性格を反映しているように、磯風も冷厳峻烈な前田艦長の性格を反映しているのだろうか。
      同じ坊ノ岬沖海戦参加艦でも、雪風浜風初霜朝霜といった各艦が和気藹々とした家庭的な雰囲気だったのに比べ、
      磯風はまるで戦艦のように軍規厳正、口ごたえの許されないピンと張りつめた雰囲気だったという。*10
  • 戦後は海上保安庁にて、巡視艇「いそかぜ(CL-01:第三管区:千葉)」が1989年就役し、2014年9月現在も現役である。
  • その他、「いそかぜ」の艦名は福井晴敏の小説、または同小説を原作とした映画・コミックス「亡国のイージス」にて艦長を含む幹部(映画版では艦長を謀殺した副長以下幹部)が日本政府に対し反乱を起こす架空の護衛艦として登場。
    • 原作、コミックスではFRAM改修によってFCS-3、VLS等を搭載し、SM-2運用能力を得た架空のはたかぜ型ミサイル護衛艦三番艦。妹が増えたよ!やったね島風ちゃん!だが、映画ではこんごう型ミサイル護衛艦(何番艦かは不明)である。
    • ちなみに映画で「いそかぜ」を演じたのはこんごう型ミサイル護衛艦三番艦「みょうこう」である。
  • 宇宙戦艦ヤマトのリメイク作品である「宇宙戦艦ヤマト2199」では国連宇宙軍の宇宙駆逐艦として「磯風型突撃宇宙駆逐艦」が設定され、第1作にも出ていた古代守の乗艦「ゆきかぜ」はこの3番艦として設定された。
    • なお、第一話の劇中にて『いそかぜ』が被弾した報告とその後に撃沈された報告がある為、メ号作戦までは『いそかぜ』は残存していた事になる。
  • 本州〜九州間の特急列車に「いそかぜ」があった。
    • 初代(1965〜1968年)は大阪〜宮崎・佐世保間で、佐世保行きは筑豊本線を経由していた。宮崎行きは「日向」に改名、佐世保行きは「かもめ」に編入されて廃止。
    • 二代目(1985〜2005年)は当初は米子〜博多間を結んでいたが、走行区間が年々短くなって最後は益田〜小倉間に。
  • 大和や矢矧と最期を共にしたことにちなんでか、イラストでは靴下の長さが左右で異なっていたり、艤装が背負い式や肩掛け式ではなく、腰回りに装着したアームで展開するタイプになっている。
  • なおネット上にて磯風乗組員の著書を遺族が全文公開したホームページ「我が青春の追憶」が存在したが、2016年2月6日をもって閉鎖された。

この艦娘についてのコメント Edit

過去ログ

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 明日まで諦めないからドロップ祈願します!どうか、どうか我が鎮守府で美味しい秋刀魚を焼いてください゚゚(゚´Д`゚)゚ -- 2017-10-17 (火) 18:52:38
  • スカート短いんですけど…スカート短いんですけど!! -- 2017-10-18 (水) 02:04:22
  • 未所持だったけど1-6 Kで出た 。wikiでKマスで出るって書いてなかったからびっくり。まだの提督もがんばって! -- 2017-10-18 (水) 03:20:12
  • 来年こそはって言ってるけど、それ去年も言ってましたよね・・・? -- 2017-10-18 (水) 20:06:15
    • 去年のうちに運営が使い回しするのは知ってた -- 2017-10-18 (水) 20:25:07
    • やっぱり松輪が「美味しい」と言ってたのはリップサービスだったんだよ -- 2017-10-26 (木) 16:00:49
  • 今年の秋刀魚も焼き尽くしてしまったのか… -- 2017-10-18 (水) 22:36:12
  • ぜひ着物を着ていただきたい -- 2017-10-19 (木) 13:36:09
  • 11月の1-6はあえて重い編成での上を通ってみるから。磯風がそれで泥したら常設化の確認にもなる(まぁ秋刀魚祭り限定だろうけど) -- 2017-10-26 (木) 16:02:20
  • 4コマで海防艦実装話の際に秋刀魚持ってきそう… -- 2017-10-27 (金) 20:11:55
    • 持ってこなかったか… -- 2017-11-17 (金) 21:19:30
  • 秋刀魚名物の磯風水産って居酒屋ないかな・・・ -- 2017-10-31 (火) 03:43:13
    • 保健所「営業停止」 -- 2017-10-31 (火) 09:09:21
  • レイテに向けたレベルチェックしてたら、我が艦隊で唯一改になってない どころか、所持する3杯ともLv1なのを発見。改造レベル45かあ、秋イベ間に合うかなあ。 -- 2017-11-02 (木) 11:47:28
    • 演習旗艦・遠征旗艦(軽巡洋艦固定以外)で固定して、大鷹+海防艦2で1-5旗艦で周回すれば間に合うよ -- 2017-11-02 (木) 11:59:52
  • こいつは・・・秋刀魚なんだ -- 2017-11-12 (日) 10:49:45
  • イベでやっと着任した、長かった・・・ -- 2017-11-19 (日) 13:10:21 New
    • まさかのE2ボス連続泥・・・だと・・・?! -- 2017-11-19 (日) 13:17:12 New
  • E-2で磯風出過ぎ。4人目だよ。もう全然レアじゃないな -- 2017-11-20 (月) 22:04:58 New
    • レアでも続けて出る時は出ますね。私も他のレア艦が6人来た時を思い出したよ。 -- 2017-11-21 (火) 11:46:27 New
  • 初磯風来た>< -- 2017-11-21 (火) 19:57:46 New
  • 今イベで着任して初めて声聞いたが思いの外セイバー過ぎて驚いたw -- 2017-11-23 (木) 00:08:31 New!
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White

ドロップ報告に関しては出撃ドロップ内にあるコメント欄にて行なっていただけると幸いです。





*1 ボイスでは「遅れをとらぬ」と再生されている。
*2 1944/03/20雪風編入〜6/9谷風戦没の間だけ駆逐隊には珍しく5隻編成だった。
*3 ※実は、落語「目黒のさんま」にもあるが戦前戦中は青魚の脂は落とすのが良しとされていたので、真っ黒に焼くのが普通だったりする。
*4 功績査定評価は駆逐艦の中では最も高い雪風の264点に次いで高い234点。但しこの評価は海軍人事部が担当した本来の功績査定ではなく、悪名高い大本営が国民の戦意高揚のため利用した虚偽の査定であり、戦争体験者や研究家の間で嫌悪の対象となっている点は注意が必要である。例を上げれば、大本営は昭和20年の査定として既に戦没している翔鶴、瑞鶴をそれぞれ1,000点超え(航空兵力の評価を加算した上に過去の作戦まで遡って累積しているからである。この様な評価は戦時下の人事査定で全く意味がない。戦果誤認は多いものの、曲がりなりにも人事部はちゃんと任務ごとに査定しており、例えばレイテ沖海戦時の磯風は73点である)として発表している。
*5 救助の際、極度の栄養失調や熱病に加えて、救助されたという安心感から甲板に座り込んでしまう兵が多く、さらに気の緩みからそのまま息を引き取ってしまうものも多かった。これを鑑みて、磯風艦長神浦中佐は救助時の慣例に従いビンタして正気を取り戻させるよう命令。この命令を受けた下士官が手近にいた百武中将をぶん殴ってしまったのだった。艦長命令でやったことなので、件の下士官は不問に付されている。但し陸軍側はこの逸話は事実でないと否定しており、「百武中将ら司令部を磯風に乗船させる事は作戦前から決まっており迎えの大発も用意してあった」と証言する元磯風乗員もいるなど、異説も多い。
*6 信濃護衛任務時は司令が欠員のままで、これが信濃護衛失敗の一因ともされる。
*7 砲撃処分の予定で磯風との距離を短く取っていたためで、雪風の水雷長は事前に「この距離では魚雷が深度調整できないので当たらない」と艦橋に連絡したが、主砲の照準が壊れていたため止む無く雷撃した。
*8 この日の磯風は、戦闘中8本の魚雷が艦底を通過する幸運に恵まれている。この雪風の魚雷を含めると合計9本の魚雷が艦底を通過した事になり、何か憑き物があった。
*9 磯風型駆逐艦の1番艦と2番艦。ちなみに他の同型艦は天津風と時津風。
*10 しかし戦後、戦友会の磯風会が結成された後は、磯風と乗員を坊ノ岬まで守りぬいた前田艦長に下士官兵たちもうちとけて親しげに語りかけ、前田艦長もまたそれを非常に喜ぶといった、穏やかで暖かな雰囲気に変わっていたという。