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Last-modified: 2017-07-15 (土) 18:16:21
No.068
特型駆逐艦「曙」よ。って、こっち見んな!このクソ提督!曙(あけぼの)綾波型 8番艦 駆逐艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久15火力10 / 29
装甲5 / 19雷装27 / 69
回避41 / 79対空12 / 39
搭載0対潜20 / 49
速力高速索敵5 / 19
射程10 / 49
最大消費量
燃料15弾薬20
装備
12.7cm連装砲
未装備
装備不可
装備不可
改造チャート
曙改(Lv20)
図鑑説明
特型駆逐艦18番艦、綾波型の8番艦、曙よ。
お相撲さんではないわ。覚えておいて。
初の空母戦、珊瑚海海戦にも参加したわ!
けど、何気に潜水艦は苦手かな・・・。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:早坂梢、イラストレーター:drew (クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

  • いきなりプレイヤーのことを「クソ提督」と呼ぶ、駆逐艦の中では異質な子。だがそれが良い。
    その言動が一部の変態提督たちに喜ばれ、「クソ提督製造機」と呼ばれることも。
    • コモン駆逐艦の中では珍しく提督呼び(クソはつくが)。他に提督呼びのコモン駆逐艦といえばこの子
    • 実は綾波型は二人この子以外は全員提督呼びだったりする。
  • 1つの編成任務と1つの出撃任務で必要となる。またこれらの任務にはも一緒に必要になる。
  • 2014年11月14日のアップデートで放置ボイスの追加や複数のボイスが更新されたが、改造しないと聞けないので、頑張ってレベルを上げよう。
  • 2016年12月9日のアップデートで改グラフィックが更新された。季節グラフィック差分の多かった彼女だが遂にといったところ。

期間限定グラフィック Edit

1隻に6(+差分2)種類の限定グラフィックが実装されており、現在全艦娘中最多となっている。ちなみに時雨が5種類、潮が3種類+改二差分3、差分の女王瑞穂が2+差分7である

  • 2014年12月26日のアップデートでは何と年末年始限定グラフィックが公開された。(12/26〜1/9)
    • 2015年12月29日のアップデートにおいて年末年始の大掃除modeとして再実装。期間限定ボイスも新たに実装された。(12/29〜1/19)
      • 先に実装されたXmas漣と同じく、七駆の皆の協力により装備や装飾品、表情等が少しパワーアップしている。
    • 2016年12月27日のアップデートにおいて師走modeとして三度実装。前年と変化は無く艤装が元に戻っている。
  • 2015年06月26日のアップデートでは初夏の季節限定グラフィック、および限定母港ボイスがと共に実装された(6/26〜9/7)。
    07/17のアップデートでも限定グラフィックは続投、初夏ボイスの一部が盛夏ボイスに置き換えられた。七駆としては同型艦への言及がなされたのは初。
    • 2016年7月15日のアップデートで水着modeとして再実装。今年は焼き鳥を頬張る差分となっている。頭にきました(7/15〜8/31)
      ちなみに今回の差分は旧版と別に図鑑に登録されている。
  • 2015年10月09日のアップデートでは秋の季節限定グラ「旬の味覚&F作業」modeが実装された。(10/9〜12/8)
    • なお秋季限定ボイスは一月前の09/07の時点で実装されている。読んでいたのは釣りの本だったらしい。
    • 2016年10月21日のアップデートでF作業モードとして再実装。特に差分は無い。(10/21〜11/4)
  • 2016年02月10日のアップデートでは冬の季節限定グラ「バレンタインmode」が実装された。(2/10〜2/29)
    • 同日発売のコンプティーク3月号に同じものが掲載されており、早売りを入手した提督によりその存在は実装前から周知されていた。
  • 2016年06月01日のアップデートでは梅雨の期間限定グラ「梅雨mode」が実装された。(6/1〜7/15)
    • 赤い傘と別に青い傘を持っており、さながら「傘を忘れた父を迎えに行く娘」のようである。
  • 2016年10月05日のアップデートでは秋の期間限定グラ「うどんmode」が実装された。(10/5〜10/21)
    • 元はなか卯コラボで配布された同店の京風うどんを食べる曙。その逆輸入バージョンである。
 
限定イラスト:年末年始(2014)Ver.
限定イラスト:年末年始(2015)Ver.
限定イラスト:バレンタインVer.
限定イラスト:梅雨限定Ver.
限定イラスト:夏季限定(2015)Ver.
限定イラスト:夏季限定(2016)Ver.
限定イラスト:秋季限定Ver.
限定イラスト:なか卯コラボVer.

新規期間限定グラフィック実装期間終了後は曙を入手時・中破時に一緒に図鑑に登録される。

小ネタ Edit

艦歴 Edit

略歴
  • 大阪・藤永田造船所で1930年(昭和5年)11月7日に進水、1931年(昭和6年)7月31日に就役。
    横須賀鎮守府籍の・曙・で第七駆逐隊を編成して第二艦隊に編入され、第一次上海事変での長江水域の作戦や日中戦争での上陸作戦支援などに当たっていた。
  • 日米開戦直前の1941年(昭和16年)4月10日、七駆は第一航空艦隊(一航艦)第一航空戦隊(一航戦)所属となった。
    一航戦では空母の護衛とトンボ釣り*9を担当。ただし、航続距離不足のため、真珠湾攻撃には参加していない。
    • ハワイに同行出来なかった七駆だが、はグアム島方面の部隊に転出しており、開戦日にはグアム島攻略に参加。
      はハワイ攻撃に際して陽動となるミッドウェー砲撃作戦を実施しており、同じく開戦初日から作戦に従事している。
      では曙はどうしていたかというと、訓練用標的を曳航中、曳索(ロープ)をスクリューに巻き込み損傷、この修理のため12月7日(開戦日の前日)まで呉で入渠する羽目になっていた。
  • 太平洋戦争開戦に呼応して、長門以下柱島の主力艦隊が南雲機動部隊出迎えの名目で出撃した際には護衛として随伴。
    ・・・したのだが、その帰り道に大時化に巻き込まれ、無線封鎖と当直将校の不慣れのためか艦隊から落伍し迷子に。一人ぼっちでとぼとぼと帰る羽目になった。
    落伍の報告を受けた中川艦長はただ一言「帰り道でよかったな」とだけ呟き、失態を一切責めなかったという。
    開戦早々、あまり縁起が良いとはいえない滑り出しになってしまった。
    • なお、この大時化では鳳翔も護衛の駆逐艦3隻もろとも迷子になっており、一騒動起きている。
  • 曙は、多数の空母護衛任務を歴任している。
    戦前編成では一航の直衛、南方作戦開始時には二航瑞穂千歳の直衛と支援、
    MO作戦時には五航の直衛、MI/AL作戦時にはAL作戦組として四航の直衛となっている。
    輸送護衛任務が主任務となってからも、聯合艦隊附属艦として瑞鳳隼鷹飛鷹龍鳳大鷹・雲鷹・冲鷹等の空母による艦載機輸送を護衛している。
    艦載機輸送が前線から渇望される頃には、米潜水艦による執拗な追跡・攻撃が常態化していたが、護衛対象をほぼ撃沈から守り通している。*10
    これら空母は南方戦線に2,000機以上の航空機を輸送していたため、南方戦線の制空権維持に一役買った事になる。
    また、聯合艦隊附属時には本土とトラック島間を移動する大和武蔵の護衛も行っている。*11
  • 大戦後期、曙は駆逐隊司令艦を務めた事がある。
    開戦後から暫くはが務めていたが、1944年に入ってから(漣沈没後には)マニラで大破するまで、曙が駆逐隊司令艦を務めている。
  • 開戦直後の南方作戦から最期のレイテ・マニラまで、旗艦・那智の指揮下での艦隊・作戦行動が多かった。
  • (艦これに登場する)一等駆逐艦全体で観ると、長生きした部類に入る。
    マリアナ海戦以降に生き残っている駆逐艦の大半に見られるように、曙も対空兵装がハリネズミのように強化され、レーダー・ソナーも装備されている。*12

あの子が捻くれるようになった理由(わけ) 曙と Edit

  • ちょっと捻くれた性格をしているのは史実で貧乏籤を引いたせい。特に同型の比で。七駆における翔鶴ポジション。
    • 遅生まれの艦ほど優遇される慣例に乗っ取ってか、第七駆逐隊で一番年上の曙は元々貧乏籤ポジションだったらしい。
      開戦当初は、艦長が隊内で一番若く、駆逐隊司令座乗の潮とは対照的に立場が弱かったとか。
    • スラバヤ沖海戦では、一隻だけで病院船の護送任務を命じられる。この任務のための単独行動中に重巡含む敵艦隊*13と遭遇。重巡を対象の病院船と誤認して接近し、あわや撃沈されかける。
      停船命令を出したところ、先手の砲撃を受け、慌てて退避、味方に会敵を打電する曙だったが、主隊の妙高からの命令は無情にも「敵を引きつけろ」だった。『テキヲワレニユウチセヨ』って、んなムチャゆーな!!
      • 圧倒的優勢な敵艦隊からの先制集中砲火、しかも初弾夾叉、おまけに燃料欠乏に加えて誘致命令と状況は最悪だったものの、
        中川実艦長の的確な戦闘指揮と絶妙な操艦により砲撃をかわし切ることに成功していた。
        しかし限界が近い事に変わりなく「こうなった以上、残りの燃料で突撃(自爆)に移る準備をするように」と艦橋から機関部へ決死の覚悟を伝えられていた。
        この反撃開始時に後部の三番砲塔から放たれた砲弾が、敵旗艦・エクセターの艦橋部に命中、小破(火災)させる事に成功している。
        ちょうどそこへ足柄妙高らの本隊が駆けつけ、事なきを得た。
        (この時の様子を、救援に駆け付けた乗員の一人は曙便りの中で
        『敵の砲撃する海面の一点に集中して物凄い水柱が林立しており、私は曙がやられたと思った。
        敵は潜水艦攻撃しているのか曙が沈没時爆発による水柱かとも思ったが、さらに接近して曙が見え射撃しているのを確認して安心した』
        と証言している。)
        本隊・別働隊との合流後は、と同じように独立した位置から突撃を敢行、砲雷撃を行っている。
      • この会敵について、曙の乗員は「野郎、病院船に化けてやがったな」と怒り狂ったが、敵艦は別に病院船に化けていたわけではなく、
        目的としていた本物のオランダ病院船も、実際にすぐ近くにいたのである。こちらはが首尾よく発見し、臨検拘束している。
      • 原因は見張員と当直将校の思い込みによる誤認、それに加え曙が敵艦隊と遭遇する可能性を知りつつ何の警告も与えなかった主隊の情報伝達の不備だった。
        この時、主隊の足柄妙高から周知されていた位置情報に誤りがあり、曙が発した会敵の打電を別働隊の那智が受信した際、主隊の情報と違う事から再確認を行っており、救援が遅れている。
        しかし、海軍上層部は曙が先制攻撃を受けたことを「油断故の不意打ち的恥辱」と断じ、艦の責任者である中川艦長に批判を向けたらしい。
        同海戦に対する後日の功績評定は妙高足柄、戦況打開のために共に突撃を行ったが「殊勲甲」なのに対し、曙のそれは「丙」だったという。浮かばれない。
        このような海軍上層部の態度に対して、当時の乗員たちは憤りを隠さない。
        日西章三等機関兵曹などは『駆逐艦曙便り』に寄稿した文章の中で、「海軍上層部の頭がどうかしていたのではないかとさえ思われます」とすら述べている。
      • 曙のこのスラバヤ沖での戦いは戦闘詳報や戦史叢書に記載されず、それどころか、燃料切れの為逃げたとまで書かれてしまっており公の書籍で曙が活躍した事が記されているのは『第七駆逐隊海戦記』や『スラバヤ沖海戦』等限られた書籍の中の数行のみとなっている。
        更には、戦史叢書内の弾薬消耗数報告書に曙だけ表記されないと言う憂き目に遭っている。
      • 同海戦後、曙は僚艦(おそらく)から救助された駆逐艦ポープの捕虜150名を受け取っている。
        が敵兵救助を断行したことはよく知られているが、とてもではないが捕虜全員に行き渡るほどの衣類の手持ちはなく、
        大部分の兵隊は上半身裸や全裸で裸足のままカンカン照りの陽に晒される羽目になったのは『特型駆逐艦「雷」海戦記』などにある通り。
        曙の受け取った兵たちもそうだったため、中川艦長は在庫のランニングシャツ全てとスープ、ミルク、缶詰、肉のありったけを放出し、捕虜たちをいたわるよう指示した。
        やっぱりほんとは優しい子なのである。
    • 珊瑚海海戦で「被害担当艦」こと翔鶴を護りきれず、(曙には関係ないことまで)物凄い責任追及を受ける。元々は瑞鶴護衛だったのだが、潮と交代したばかりにこんな目に。
  • AL作戦でアリューシャン方面攻略部隊へ参加したのを最後に長らく前線や華々しい海戦には出られず、ずっと後方勤務。輸送作戦などに従事していた。
    • 昭和18年は主として隼鷹飛鷹大鷹、冲鷹、雲鷹など商船改造空母の護衛に従事。
      月2回ペースで横須賀とトラック島を往復して航空機輸送にあたり、「トラック便」と自称していたとか。
      • 12月3日、摩耶浦風とともに瑞鳳、冲鷹、雲鷹たちを護衛している最中に悲劇は起こった。
        ひどい荒天で隊列もままならない中、冲鷹が敵潜水艦の3度にわたる雷撃を受け撃沈されたのである。
        曙は荒れ狂う波に翻弄されつつ「ワレ曙、ワレ曙」と信号灯で連呼しながら駆けつけ冲鷹乗員を大いに勇気づけたが、その直後に止めの魚雷が命中、間に合わなかった。
        冲鷹には民間人便乗者を含む3,533人が乗っていたが、荒天のため救助は極めて難航、助かったのはわずか170人だけだったという。
    • 18年の暮れのトラック島への船団護衛後、とともに最前線となるラバウルでの輸送任務の増援に編入。この時、トラック島からラバウルへの長距離を大発動艇を牽引して出撃している。*14
      ラバウル到着後は連日の空襲を回避*15しつつ、三水戦とともに鼠輸送(ガブブ輸送)を二度行い、二度とも成功させている。
      そして年が明けて鼠輸送から解放されたと思ったとたん、潜水艦の襲撃により目の前でを失う羽目になっている。
    • 漣の轟沈から2週間後の昭和19年1月30日、悲しみも癒えぬ中、敵潜水艦と超至近距離での死闘を演じている。
      • 初霜皐月らとともに大破した空母雲鷹を内地へ護送中、荒天で雲鷹が沈没に瀕する危険状態に陥ったため、高雄に救難曳航を依頼。
        その警戒のさなか、1,500メートル先に敵潜水艦の潜望鏡を発見、曙は制圧のため速力を上げ突撃に移った。
      • 敵潜水艦はとっさに曙めがけ魚雷2本を発射、絶体絶命かと思われたが、距離が近すぎたか深度が深すぎたかで艦底を通過、間一髪で助かった。
        魚雷をかわされた敵潜水艦は曙を舐めきってるのか狼狽したのか、潜望鏡を引っ込めるどころか何故かスルスルと伸ばし始めた。
        勢いづいた曙は潜望鏡めがけ機銃を乱射、舷門にいた応急員たちはおもむろに応急修理用の丸太ン棒を構え、潜望鏡を思い切りブン殴った。
        さらに爆雷を手当たり次第叩きこみ、油と浮遊物の流出を確認。漣の弔い合戦は見事、曙の勝利に終わったのであった。
      • ちなみにこの敵潜水艦は米潜水艦ガジョン(SS-211)。残念ながら油や浮遊物は欺瞞行動だったらしく、逃げ切っている。殴りつけられた潜望鏡も特に被害は無かったようだ。
        結果はともかく、敵潜水艦を丸太ン棒でバッティングした艦は曙ぐらいのものだろう。*16
    • 昭和19年4月には北方海域に移動。この海域は揃いも揃って気息奄々のオンボロ輸送船だらけで、その護衛に手を焼いている。
      • 中でも代表的なのが信濃丸。そう、40年前の日露戦争でバルチック艦隊を発見し「敵艦見ユ」を打電した殊勲の船である。
        年老いて漁業会社に売られた彼女は北方でサケ・マス工船*17として余生を過ごし、今また輸送船として老骨にむち打って従軍していたのである。
        しかしながら12ノットがせいぜいの鈍足はまだしも、煙突から真っ黒い煤煙をもうもうと噴き出し、無風の日は2〜30メートルも立ち上る有様。
        10数キロ先からも見えるとあって、あまりにも酷い煤煙に曙は気が気じゃなく、たまりかねて信号を送った。「ケムリ チイサク ナラナイカ」
        信濃丸からの返信「ワレ ネンリョウ タンナリ」(石炭焚きだからどうにもならん)
        曙の心配なぞどこ吹く風、信濃丸はその後も煤煙を噴き上げつつ太平洋戦争を見事生き抜き、1951年まで健在であったのは周知の通り。稀代の強運船と曙、戦場の一コマであった。
      • この他にも、僚艦薄雲と輸送船太平丸を撃沈され多くの犠牲者を出したり、氷原に閉じ込められて丸2日間敵潜に怯えつつオットセイやラッコと戯れる羽目になったり、
        そうでなくとも落ちれば一巻の終わりの凍てつく海に陰鬱な天気と荒れ狂う大波に悩まされ、とにかく気苦労の絶えない戦場だったようだ。
    • 昭和19年8月29日、柱島沖で連日の訓練を行っていた際、突如1本の魚雷が曙に突進してきた。
      内地でまさかの潜水艦の襲撃かと蜂の巣をつついたような騒ぎの中、魚雷はそのまま曙の右舷中部に命中、炸裂せず突き刺さった。
      それもそのはず、潮の発射した演習魚雷が迷走して当たったのだった。入渠して魚雷を引っこ抜き修理するのに1週間かかったという。
  • 久々の前線任務としての出撃はレイテ沖海戦。志摩艦隊の一員としてと共に艦隊の先陣を切りスリガオ海峡突入を図ったが、果たせなかった。
    そしてスリガオの地獄から大破しつつも辛うじて脱出した最上の随伴救援を命ぜられたものの、翌朝の空襲で最上は再び大炎上、救援不能となり、雷撃処分する羽目になってしまった。
    この時曙は今にも弾薬庫爆発を起こしそうな最上へ果敢に横付けし、940余名におよぶ生存者たちを救出している。
    夜戦で発揮するはずの魚雷戦の威力を味方の最上へ向けなければいけない辛さ、秋山水雷長は「最上よ、許してくれ」と心で手を合わせ発射命令を下した。
    • 曙が危険を犯して敢然と最上乗員の生命を救ったこと、そして断末魔の苦しみにあえぐ愛艦最上を、敵手ではなく味方の手で楽にしてやれたこと。
      これらの曙の行動に対し、最上の乗員たちは深い感謝の念を抱いたという。
      戦後、最上会では藤本勇兵長が1.1メートルもある曙の模型を朴の木のフルスクラッチで作り上げ、曙の元乗員たちに感謝と友情のしるしとして贈呈。
      また、最上会ではすべての会合において、最上の模型の隣に新たに作った曙の模型を飾ることにしていたという。
  • 艦の雰囲気は非常に良く、士気も極めて高かったらしい。秋山水雷長は慰霊祭の祭文の中で
    「曙は本当に素晴らしい艦でした。(中略)本当に一家族のようでした。
    然うして軍規厳正、士気旺盛、戦闘実力が充実して精強そのものでした。これぞ船乗りの中の船乗りと申すべきものでした」
    また和島政市兵曹も
    「駆逐艦曙には一種独特のムードがあった。乗組員の言動、服装は一見粗野に見えても、
    艦長を家長としたようなまとまりがあり、活気があり、友情があり、愉しさの中に秩序があった」
    と回想している。
    その他の回想でも、戦局悪化の中にあっても寄港時には新人歓迎会を行ったり、寄港の話が出ると乗員皆が遠足前の子供のように楽しそうに寝ずに翌日を待ったり、
    艦長が朝甲板に顔を出した際には「オース艦長、今日は早いですね」と乗員たちは敬礼もせずに気さくに挨拶し、
    艦長もそれが当たり前のように「オース」と歯ブラシをくわえたまま返事を返すなど、仲の良い友人や家族のようであったという。

  • 曙と潮の不思議な縁は、曙の最期の日、そして戦後のはるか後まで続いていく。

マニラ方面空襲 曙の最期 Edit

  • 最期の作戦参加 「第二次多号作戦(オルモック輸送作戦)」
    • スリガオから単身マニラに帰投した曙は、ここで救助した最上の乗員を降ろしたと同時に、レイテ増援輸送作戦(多号作戦)の戦力に編入される。
    • 第二次多号作戦では第二次輸送部隊に組み込まれ、第一船団の沖波初春初霜と共に警戒部隊として参加。
      警戒部隊はB-24とP-38からなる約40機を迎撃、輸送船を煙幕により隠蔽、各艦の対空砲火を集中させる事でB-24を2機、P-38を1機撃墜している。
      この時、潮が軽微な損傷、煙幕の風上に停泊していた輸送船「能登丸」が至近弾により沈没するが、その時点で物資の9割以上が揚陸完了しており、作戦はほぼ成功に終わっている。
      え、潮がいたから?
  • 1944年11月5日〜13日に、マニラ湾での二度の空襲
    • 一度目11月5日の空襲の際、曙は回避運動のため港を飛び出していった那智を護ろうとたった1隻で続航、
      空母「レキシントン(CV-16)」からの50機近い敵艦載機を相手に2隻で奮戦するが及ばず、那智は集中攻撃の果てに目の前で大爆発四散、3つに折れ砕けながら轟沈していった。
      曙も甲板上が空の薬莢と弾倉で埋まるほど果敢に迎撃し5機を撃墜するが、直撃弾1発、至近弾数発を浴びて大破炎上。航行不能に陥った。*18
    • この時、曙を最後まで助けようとしたのがである。
      • 曙はキャビテ軍港へ入港しつつある潮に対し、すれ違いざまに手旗信号で「われ那智の救援に赴く、第三通信配備につけ」と呼びかけて、那智救援に飛び出していった。
        第三通信配備とは超短波の隊内電話であり、曙は航行不能になる頃には無電アンテナをズタズタにされ通信不能になりながらも、この電話だけは奇跡的に生きていた。
        そのため救助要請と危機的状況を的確に潮へ伝えることができ、迅速な救難活動が行われたのだった。
      • 那智と曙の危急を知った第一水雷戦隊旗艦座乗の木村昌福司令官は「第二十一駆逐隊(初春初霜)と潮は我に続いて那智の救援に向かえ」と命令するや即時出動。
        霞たちが那智の生存者を救出する間、潮は曙の救助へと急行。消火ポンプも故障し魚雷発射管近くに迫った炎により爆沈寸前の曙へ危険を顧みず横付け、消火班を送り込んで鎮火に尽力。
        そして一晩中曙のそばに寄り添い横抱き曳航しつつ消火を続け、完全鎮火に成功。マニラ湾まで連れ帰った上で沈没を防ぐため擱座させた。
    • どうにか生き延びた曙は軍港桟橋へ曳航され修理を行っていた。現地の修理工作員・乗組員ともに士気は高く、再度自力で航行できる状態にまで修理させた際には、歓声が上がったという。
      しかし、二度も幸運は続かなかった。
      11月13日の二度目の空襲では、連結係留され動けないまま直撃弾1発、至近弾10数発を浴び、先日の空襲で半焦げだったところへ再び火災が発生。
      そして不運なことに、この時隣に並んで係留されていた秋霜(夕雲型、未実装)も直撃弾3発を浴び、重油に引火して大火災を起こし、その凄まじい火の手が曙に迫った。
      機関もポンプも動かない曙はもはや脱出も消火も不可能で、犬塚艦長はやむなく「総員退避」を命じた。
      • 一旦は陸上の防空壕に退避した乗員たちだった。しかし、目の前で曙が炎に飲み込まれてゆくのを見捨てるに忍びなかったのだろう。
        岩淵成忠砲術長は負傷の身でありながら「消しに行くぞ!」と叫んで壕を飛び出し、元気者な10名ほどが後に続いた。
        彼らは手頃な容器に海水を汲んで消火活動を行おうとした。冗談を言い交わす余裕すらあったという。
        ところが、間もなく青竹を焼くような轟音とともに一気に炎が噴き上がった。「危ない、伏せろ!火薬に火がついたぞ!」と砲術長が叫んだ。
      • 次の瞬間、凄まじい閃光とともに秋霜の弾薬庫が大爆発を起こした。爆風は数百メートル離れた壕の中の乗員たちを押し倒すほどだったという。
        消火に挑んだ乗員10名、そのことごとくが爆発で吹き飛ばされ戦死、砲術長も右眼を弾片が貫通し壮烈な最期を遂げた。
        艦長は制止出来なかった事を深く悔み、乗員たちは、最後の最後まで曙を守り抜こうとした彼らの遺体に取りすがって、男泣きに泣いたという。
      • もはや手の施しようがなくなった曙は全身火だるまと化し、自艦の魚雷や弾薬庫も爆発。主砲・魚雷発射管・機関部もことごとく破壊される。
        翌朝には焼け焦げた艦橋だけを海上に残し、なかば転覆しかけた状態で着底。その艦歴を閉じた。
        同時期には一等駆逐艦として稼働可能な艦が1/3まで減少、特型駆逐艦(特I吹雪型〜特III暁型まで)24隻のうち、残り3隻(曙、潮、)まで減っていた中での喪失となった。
      • またこの日の空襲では潮も被弾し中破。こちらはどうにか日本への帰還を果たしたが、そのまま壊れた機関を修理されることもなく終戦まで係留されることとなった。
      • この空襲の後、マニラ残存艦艇の全撤退が決定。一水戦旗艦のは第七駆逐隊所属となり、一時曙は除籍されないまま(霞、潮、曙)の編成となる。
    • 生き残った曙乗員の大多数はそのままマニラ地区陸上部隊に編入。ろくな武器もないまま*19地獄のマニラ市街戦に巻き込まれ、為す術なく命を落としていった。
      これら空襲や陸戦隊編入後の「マニラの戦い」で亡くなった乗員の数が、後述の碑文にある勇士の数として、今も忘れられぬように遺されている。

戦後 解体〜受け継がれる名前 Edit

  • 曙の艦体は近隣で沈没した木曾や秋霜同様、1955年になってやっと播磨造船所*20の手でサルベージされ、翌年マニラ現地で解体された。
    • 沈船は港内の障害物としていち早く撤去を行うべきものなのだが、戦後独立したばかりのフィリピンにはこれらをサルベージする資金もなく、日本が戦時賠償事業としてサルベージするまで仕方なく放置していたらしい。
  • 曙の慰霊碑は宮城県白石市の傑山寺にある。そこには次の通り碑文が刻まれている。
    「茜さすマニラ湾頭 あゝ殉國二百十四の勇士」
  • 「曙」の名は帝国海軍最初の駆逐艦「雷型」を初代として、1世紀にわたって継承され続けている由緒正しいもので、現在は4代目の「あけぼの(DD-108、むらさめ型護衛艦)」が就役中。インド洋やソマリア沖等、二代目同様に外海で頑張ってます。
    • 2代目「曙」が本作の曙にあたる。
    • 3代目「あけぼの」は戦後初の国産護衛艦の一つとなった。甲型護衛艦として「はるかぜ型」が造られたのに対し、乙型護衛艦は「あけぼの型」と「いかずち型」の動力の違う2タイプが造られた。
      初の乙型護衛艦の名に曙・雷・電が選ばれたのは、伝統ある艦名である事と、春風と同様に艦歴の大半が護衛任務だったからだろうか。
    • 4代目「あけぼの」は江戸っ子で、IHIの今は亡き東京工場が建造した最後の艦になった。
      1995年以降、同じ工場では同型のむらさめさみだれに加え、イージス艦ちょうかい*21が建造されている。
    • 加えて、歴代の曙〜あけぼのは、3代目が同型艦のない沿岸護衛艦であるほかはすべて〜いかづち、〜いなづまと姉妹関係にある*22
      特型の2代目では曙→雷→電という姉妹関係だったが、4代目では逆に、いなづま→いかづち→あけぼのの順になった。

との友情ふたたび 蘇る駆逐艦乗りの輪 Edit

  • 戦後、生存者の多い潮戦友会と異なり、曙の生存者は数少なく、戦友会や慰霊祭などの活動も思うように出来ない状態だった。*23
    そこで昭和54年、潮戦友会は第3回慰霊祭において潮・曙合同の慰霊祭を行おうと呼びかけ、かつての海軍記念日5月27日に両艦合同慰霊祭が実現するに至った。
    • さらに奇しくも、会場となった旅館では前日第10回最上会が開催されており、席上配布された手記から曙水雷長の住所が判明。
      同氏が神棚に祀っていた名簿から曙戦没者全員の遺族が判明するに至った。
    • これをきっかけとして「潮戦友会」「漣会」「最上会」「阿武隈会」の協力の末、曙戦友会の「あけぼの会」が同年発足。
      同会は石塚司農夫元通信士を中心に『駆逐艦曙便り』を発行する一方、全駆逐艦乗員と遺族を対象とした『オール駆逐艦便り』の発行も開始。
      同誌上では各艦戦友会の現況報告や呼びかけ、手記投稿が活発に行われ、戦友会活動を活気づけるとともに、貴重な資料群を今に伝えることとなった。
      潮と曙の時を越えた友情は、やがて日本海軍全駆逐艦の輪へと広がったのであった。

その他 Edit

  • 図鑑の記述から勘違いするかもしれないが、潜水艦や特殊潜航艇の類に撃沈されたわけではない。これは妹のと共に船団護衛任務に従事していた最中、
    敵潜に襲われて漣が曙の眼前で轟沈してしまった上、別の潜水艦によって船団も壊滅(タンカー3隻中2隻を撃沈され、積荷の重油をほとんど喪失した)させられたことによる所が大きい。
    • その「潜水艦」の集団には天龍大潮大鳳を葬ったアルバコア(USS Albacore,SS-218)もおり、撃沈もアルバコアによるもの。またお前か・・・
    • 「別の潜水艦」は伊168を葬ったスキャンプ(USS Scamp,SS-277)及びアスロック米倉生みの親でもある武勲艦、ガードフィッシュ(USS Guardfish,SS-217)。もう不憫としかいいようがない。
    • この他にも、潮や薄雲(未実装)と組んで北方海域で船団護衛中、択捉島付近でスケート (USS Skate, SS-305)の襲撃を受けたことも。
      薄雲は轟沈し艦長以下全員戦死。輸送船太平丸も撃沈され多くの犠牲者を出した。スケートもまた大和を雷撃損傷させ、阿賀野の止めを刺すなどした武勲艦であった。
      • 一連の救助活動が終わった後、生存者を港に降ろしてから酒保を開く事を許され、曙の乗員達は無念からか自棄酒をあおったという。
    • もちろんやられっ放しではなく、小ネタにもある通り敵潜水艦の潜望鏡を殴りつけるという珍しい戦闘も経験してはいる。
      とにかく生涯、どの海域でも敵潜水艦に悩まされ通しであったゆえの台詞であろう。
    • 中破時のセリフは戦没時の破損箇所。全然「たかが」じゃない。もしかして:たかがメインカメラをやられただけだ。
  • 図鑑文中「お相撲さん」は横綱曙(曙太郎)のこと。マケボノは禁句だ。曙太郎の誕生日は5月8日、ゴーヤの日でち。
  • ピンクでフロントに白リボン。あとウサギさん。なにがかって?言わせんな恥ずかしい。根は可愛いくていい娘だということがよく分かるのである。
  • 艦これ関連スレでの「ぼの」や「ぼのぼの」はいがらしみきおの漫画でなくこの娘を指している。しかし配色はシマリスくん。
  • 2015年秋の限定グラ「旬の味覚&F作業」modeでは本格的な釣り人姿を見せてくれたが、史実でも釣りにチャレンジしたことがある。
    • 昭和19年、北方海域占守島片岡湾において、下士官たちが手製の釣り針に沢庵のエサで大きなタラを何匹も釣り上げた。
      しかし刺身にしようとしたところサナダムシが寄生しており断念。それではと煙突の雨よけの下に干して干鱈作りにとりかかった。
      ところが来る日も来る日も濃霧で、タラは干物になるどころか日増しに悪臭を放つようになり、結局泣く泣く全部捨ててしまったという。
    • ちなみにもかつて同海域で全く同じ行動をしており、刺身をたっぷり堪能した上に干物も見事に完成させている。これが…これが運の差…。
    • 自前の釣りは大失敗した曙だったが、日魯漁業作業員から大量のタラバガニを雑誌やタバコと交換で貰って大いに賞味したりもしている。
      のカニさんを狙ってはいない…多分…。
    • また、台風一過の秋晴れの朝、伊豆諸島沖を通過する際など、甲板上に時には30匹以上のトビウオが落ちていることがあったという。
      曙の航行に驚いて飛び上がったか、群れをなして飛んでいる最中に目測を誤って甲板に落ちたらしかった。
      心得た2〜3人の水兵たちは総員起こし前に甲板に出て秋の栗拾いならぬ魚拾いに精を出す。
      そして烹炊所へ持ち込まれたトビウオたちは焼き魚となって一部は士官たちへ、一部は主計科へ、そして残りは拾い主たちの口へ入る。
      これこそ駆逐艦曙が自らやった釣りだか漁だかと言えるかもしれない。トビウオ( ・∀・)キタコレ!(゚д゚)ウマー。

  • 彼女が髪につけている花飾りはキク科のミヤコワスレ
    花言葉は「また会う日まで」「強い意志」*24
  • いずれも退役済であるが、海上保安庁では多くの船艇に名前が受け継がれている。巡視艇あけぼの(CL-17:旧税関所属船「あけぼの丸」)、雑船あけぼの(NO-33:旧海運局交通船「あけぼの丸」)、かわちどり型巡視船あけぼの(PS-46:旧海軍300トン型飛行機救難船)、雄神型巡視艇あけぼの(H-107:旧海軍20トン型交通船)、灯台見回り船あけぼの(LM-106)が存在した。
  • 船以外では鉄路を駈けたり宇宙へ飛び出したりしている。
    • 1970年10月より寝台特急「あけぼの」が上野〜青森間(東北本線、奥羽本線経由、1990年以降経由路線変更)で運転を開始。秋田新幹線が開業した1997年3月に「鳥海」のダイヤを譲られ羽越本線経由に生まれ変わる。車両老朽化のため2014年3月に臨時列車化、2015年1月の運行を持って完全に廃止となった。
      • ちなみに、この列車が停車する酒田駅と新庄駅との間に快速列車が上下各1本運転されている。下りの新庄発酒田行の運転は夜であり、酒田駅であけぼのに乗り換えることで、庄内から東京へ行く手段としては山形新幹線の最終よりも遅い時間に出発できたため人気は根強かったという。1999年よりこの快速列車に愛称が付けられており、その名は「最上川」。あけぼのが廃止されるまでの15年間、両者は多くの人々を東京へ送り出す役目を担い続けてきたのである。なおこちらの快速最上川は、現在も庄内地方と日本海側を結ぶ列車として健在である。
    • 1989年2月に打ち上げられた磁気圏観測衛星に「あけぼの」の名が与えられた。実に27年間の長期(人工衛星としては)に渡り太陽をにらみ続け、2015年4月に運用終了した。

この艦娘についてのコメント Edit

過去ログ

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 小ネタのスラバヤ沖海戦の所を加筆したいのですが宜しいでしょうか? -- 2017-06-09 (金) 23:39:28
    • どういう加筆をしたいのか書いてくれんとなんとも -- 2017-06-10 (土) 08:11:18
    • エクセター交戦時の様子(雷乗組員の証言)と -- 2017-06-10 (土) 21:51:01
      • 失礼。戦闘詳報での曙の扱いについてです。 -- 2017-06-10 (土) 21:51:52
    • すいません、書くってここに加筆内容をって事ですよね。勘違いしていました……と言うわけで、以下内容。 -- 2017-06-13 (火) 20:51:12
      • 雷乗組員の証言「この時の様子を、救援に駆け付けた雷に乗艦していたとある人物は曙便りの中で -- 2017-06-13 (火) 20:52:14
      • 『敵の砲撃する海面の一点に集中して物凄い水柱が林立しており、私は曙がやられたと思った。 -- 2017-06-13 (火) 20:52:41
      • 敵は潜水艦攻撃しているのか曙が沈没時爆発による水柱かとも思ったが、さらに接近して曙が見え -- 2017-06-13 (火) 20:53:08
      • 射撃しているのを確認して安心した』と証言している。 -- 2017-06-13 (火) 20:53:32
    • 戦闘詳報での扱い「曙のこのスラバヤ沖での戦いは戦闘詳報や戦史叢書に記載されず -- 2017-06-13 (火) 20:54:51
      • それどころか、燃料切れの為逃げたとまで書かれてしまっており -- 2017-06-13 (火) 20:55:14
      • 公の書籍で曙が活躍した事が記されているのは『第七駆逐隊海戦記』や『スラバヤ沖海戦』等 -- 2017-06-13 (火) 20:55:35
      • 限られた書籍の中の数行のみとなっている。 -- 2017-06-13 (火) 20:55:58
      • 更には、戦史叢書内の弾薬消耗数報告書に曙だけ表記されないと言う憂き目に合っている。」以上です。 -- 2017-06-13 (火) 20:56:24
    • アリだと思います -- 2017-06-14 (水) 21:20:47
    • うわ、4枝が事実なら日頃の言動も納得だわ・・・何があったのか心配になるレベル -- 2017-06-21 (水) 21:42:51
  • 驚いた梅雨ヴァージョン曙がドロした。レアっぽくて嬉しかったりして -- 2017-06-12 (月) 01:23:44
  • ↑で加筆の申請をした者です。許可を頂き有難うございました。早速、加筆しておきましたので参考まで。 -- 2017-06-15 (木) 00:37:44
    • タイミング的に、Wikipediaの方の曙も修正頂いた方でしょうか…? 勇戦ぶりの追記、ありがとうございます。 -- qqqq? 2017-07-15 (土) 16:59:58
  • 富士急ハイランドコラボの私服曙ちゃん、控えめに言って銀河一可愛い -- 2017-06-17 (土) 11:46:01
    • うむ、あれはいいものだ。那珂の人の生クソ提督!のセリフ聞きたかったな、今日行けた人は浦山 -- 2017-06-18 (日) 00:19:50
    • ブロロロ・・・ -- 2017-06-18 (日) 04:29:10
    • ボノが7駆で一番乙女チックな服を着ている件。なお潮は胸のせいでなく単純に食い気で恰幅が良くなっただけの模様。 -- 2017-06-20 (火) 00:12:14
      • 曙「このデリカシーのないクソ提督!」ズドン! 潮「修理の皆さん、構わないでください」 -- 2017-06-21 (水) 10:50:54
    • ぼのたん、七駆の中で一番背が低かったのか。 -- 2017-06-24 (土) 23:17:36
  • 今更ながら思うけど、ぼのたんに時代が追い付いてなによりですわ... -- 2017-06-21 (水) 17:21:31
  • 今年はぼのの新水着mode来るやろか?去年は朧が新改グラ準拠になったのだから、今年はぼのの番ではなかろうか? -- 2017-06-22 (木) 06:53:24
  • 生でクソ提督!が聞きたかった -- 2017-06-23 (金) 00:27:45
    • 艦これに興味のない人も多数いる遊園地では難しいだろうね。 -- 2017-07-04 (火) 21:27:57
    • 本当に今日それやったらしいですね…!? -- 2017-07-08 (土) 20:08:06
      • 霞のクズ提督とダブルでね。あらがとうごさいます! -- 2017-07-08 (土) 20:53:26
      • まさかの霞と曙のクソ提督&クズ司令官呼びの共演だったようで… -- 2017-07-08 (土) 21:00:12
      • 提督「ありがとうございます!」早坂さん&宮川さん「いえーい!」 -- 2017-07-09 (日) 23:44:08
  • 梅雨ぼのかわいいんじゃあ^〜 -- 2017-06-25 (日) 16:39:33
  • そろそろ改二こないかな -- 2017-06-27 (火) 11:41:10
  • 改二来てもおかしくない戦歴だし早くきてほしいなぁ。対潜対空マシマシの火力ちょっと増かなぁなるとしたら -- 2017-06-28 (水) 07:42:25
    • 胸部装甲は据え置きですね -- 2017-06-28 (水) 22:58:54
  • もうすぐ水着グラか、毎年食べるもの違うんだよね? -- 2017-07-14 (金) 16:58:29
  • やっぱり水着ぼんたんのちっぱいは最高だぜ -- 2017-07-14 (金) 19:03:24
  • 史料より、その他小ネタ欄を追記・修正させて頂きました。改めてご確認いただければと思います(編集前バックアップ取得済) -- qqqq? 2017-07-15 (土) 17:47:13
    • 1.スラバヤ沖海戦の修正。足柄・妙高らの主隊到着前に反撃を始めており、その時に敵旗艦を小破させていたため。 -- qqqq? 2017-07-15 (土) 17:48:53
    • 2.昭和18年末のガブブ輸送前の追記。輸送任務着任にあたり、1300kmの距離で大発動艇を牽引してました。 -- qqqq? 2017-07-15 (土) 17:49:58
    • 3.最期の空襲前の追記。擱座させる程ボロボロになっていたものが、機関や排水が修理され、復帰可能な状態になっていました。 -- qqqq? 2017-07-15 (土) 17:52:38
    • 4.その他 括弧や送り仮名などの微細な修正等。 前述の海戦・行動の出典元は「駆逐艦・曙便り」や「佐々木菊治郎日記(三番砲塔の先任兵曹の方。マニラ空襲で戦死)」です。 -- qqqq? 2017-07-15 (土) 17:56:32
  • 史実散々な言われようだなぁ -- 2017-07-18 (火) 22:36:16 New
  • F作業って結局なんだったんですか? -- 2017-07-20 (木) 13:48:54 New
    • 釣りの隠語。秋刀魚イベントで手に入るものの英語の頭文字もF・・・そういう事さ -- 2017-07-20 (木) 21:53:40 New
      • なるほど。知識が一つ増えました。ありがとうございます -- 2017-07-21 (金) 07:28:47 New
      • F「不幸だわ...」 -- 2017-07-21 (金) 08:45:06 New
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White




*1 SS-202『トラウト』
*2 米側記録に戦没記録はない。前日に飛鷹が伊豆諸島沖でSS-237『トリガー』より被雷しており、同時期に近辺にいたSS-191『スカルピン』・SS-182『サーモン』の3隻の内、何れかを対潜攻撃したものと推定される。
*3 SS-232『ハリバット』
*4 SS-192『セイルフィッシュ』
*5 SS-218『アルバコア』
*6 SS-194『シードラゴン』
*7 SS-211『ガジョン』。実際は撃沈されておらず、潜航回避していた。
*8 SS-305『スケート』
*9 トンボ釣りとは、着艦に失敗したり故障や損傷で着艦困難な艦載機が不時着水した場合に、乗員を救出する仕事のこと。
*10 『冲鷹』のみ曙が居た船団護衛中に喪失となるが、この時の直衛担当は浦風であり、悪天候下における雷撃を受け沈没している。曙が直衛護送したその他の空母は無事だった。
*11 大和を柱島からトラック島へ護衛する際、七駆の三隻は大和に対して頻繁に洋上補給を受けており『四日毎に腹を減らす赤坊にも困りものなり。』と参謀長の日誌に記されている。
*12 下記最終時兵装はマリアナ海戦前の装備調査史料より。同種史料が無いものの、レイテ出撃前に呉にて電話下令で25mm機銃を5門追加、13mmから25mmへ2門置換えの指示が一水戦の記録に残っており、実際は更に強化されていたものと推定される。
*13 旗艦重巡洋艦『エクセター』と駆逐艦『エンカウンター』『ポープ』の計三隻。
*14 直線距離にして約700海里(約1300km)。凌波性能の低い大発を長距離輸送させる事になり、駆逐隊は大騒ぎになっていた。道中で漣の牽引ロープが切れて更に大騒ぎになったりもしたとの事。
*15 敵の急降下爆撃で直撃コースだった1発も、当直見張り員の的確な発見・報告により回避している。
*16 最もアメリカにも浮上中の日本潜水艦にジャガイモを投げて攻撃した駆逐艦(フレッチャー級オバノン/DD-450)が居たりする
*17 詰めてた缶詰は日魯漁業の「あけぼの」の鮭缶だったりする。https://www.maruha-nichiro.co.jp/salmon/culture/r06.html
*18 ちなみに命中箇所は右舷の舷門のところで、かつて小樽港で接触事故を起こしたり、訓練中に魚雷が突き刺さった箇所と同一であった。乗員たちは戦闘後、曙にとって右舷の舷門はよほどの鬼門なんだなと話し合ったとか。
*19 私物の軍刀や拳銃のある士官はまだしも、下士官兵の艦船乗員が武器を持っているわけもなく、まして銃剣すら満足に行き渡っていないマニラには余剰の兵器などどこにもなかった。ほとんどが徒手空拳に等しいまま戦闘に投入されたものと思われる。
*20 現IHI・戦後に呉海軍工廠の設備等を引き継いだ同社呉船渠が、多くの海軍艦艇の解体に携わっている。
*21 特にちょうかいとは現在、同じ佐世保基地を母港とする艦どうしである。
*22 三代目も機関部の相違以外はほぼ同型の準姉妹艦である。
*23 特型駆逐艦の平均乗組員が210〜220名、機銃増備後で240名程。マニラで乗組員の9割が戦死しており、ほぼ全滅に近い。
*24 他に「短い恋」「一時の憩い」などの花言葉もある。曙を見ると少し考えさせる花言葉。また絵師本人は「ミヤコワスレの花をイメージしています。とはいえ、イラストの上でだいぶ簡略化を行っています」と発言しており、彼女の髪飾りはなんなのかは好きな花をイメージして欲しいと言っている。