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村雨

Last-modified: 2017-01-03 (火) 16:09:35
No.081
はいはーい! 白露型駆逐艦「村雨」だよ。みんな、よろしくね!村雨(むらさめ)白露型 3番艦 駆逐艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久16火力10 / 29
装甲6 / 19雷装24 / 69
回避43 / 79対空9 / 39
搭載0対潜21 / 49
速力高速索敵5 / 19
射程10 / 49
最大消費量
燃料15弾薬20
装備
12.7cm連装砲
未装備
装備不可
装備不可
改造チャート
村雨村雨改(Lv20)
図鑑説明
白露型駆逐艦3番艦、村雨よ。
雨の名前の駆逐艦群なんてお洒落よね?
姉妹艦の夕立たちと一緒に第2駆逐隊を編成したの。
鼠輸送ですって? 失礼しちゃう、ガダルカナル島輸送作戦でも活躍したわ!

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:タニベユミ、イラストレーター:玖条イチソ (クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

  • どこかの魔法少女と同じ台詞を発する。
    そして初期装備では魚雷を持ってないくせに「主砲も魚雷もあるんだよ」などと発言するのも同じ…
    だからこそ、史実のように酸素魚雷を持たせる改造をして、「アルティメット村雨改」にしてあげてください。
  • 自己紹介にある通り彼女は第二駆逐隊所属なのだが、「夕立」「五月雨」はいるのに「春雨」がいない為揃わない…という悲劇が、艦これに初実装となる2014年夏イベ開始まで続いていた
    • 2014年夏イベントのE-1クリア報酬として「春雨」が先行実装。遂に第二駆逐隊が再結成される日が来た。*2
      • ちなみにその「春雨」とは4代に渡る永遠の姉妹。伝統と仲の良さはにも負けない。
      • 限定グラフィックでは、姉妹のうちでも特に深い春雨との、姉妹艦としての絆をより感じさせている。
        2016年梅雨シーズンにも復活した同限定グラでは春雨のようなてるてる坊主をつけていたが、秋季限定グラでは髪留めのリボンとして春雨と同じものをつけていた。
    • 余談ではあるが、現行の「むらさめ型」の名前には、この初期第二駆逐隊の4隻が全て存在している。かつての駆逐艦隊を現役艦でコンプできる唯一の例である。
    • 2015年5月、村雨改の梅雨追加グラフィックで相当な胸部装甲を持つ事がハッキリと判るように*3なり、
      同年6月の初夏限定グラではその胸部装甲を存分にアピールせんばかりの水着姿を披露している。
      • というか、そのボンッ、キュッ、ボーンなスタイルぶりは、駆逐艦離れした強烈なもので、多くの提督に衝撃を与えた。いいぞもっとやれ
    • さらに、秋にも限定グラフィックで参上。実質的な3シーズン連続の限定グラフィック追加は艦これ正式サービスが始まって以来、前代未聞の抜擢であり、村雨ファンの提督は我が目を疑いつつも、歓喜の声を爆発させた。
      • もはや周知の事実となった、ボリュームある胸部装甲も当然のように健在であるだけでなく、中破絵でさらに容易に確認できるようになった。但し、リスクの高いムチャな出撃はほどほどに。
      • 秋イベでは2015年秋季限定グラフィック*4はそのままに、モチーフとなった海域*5の輸送作戦に因むボイスが追加されていた。
        限定イラスト:秋季限定Ver.

小ネタ Edit

略歴 Edit

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艦歴 Edit

  • 「村雨」とは突然強く降り始めてすぐに止む、降っては止み、止んではまた降って(ryというような群れ降る雨のことをいい、本来の語源は「群雨」という言葉だそうである。
    • 英訳すると"passing shower"(通り雨)となる。これはDD-101「むらさめ」のニックネームともなっている。"shower"とは土砂降りの雨を指す。
      • 因みに英語には土砂降りを表す慣用句として"cats and dogs"という表現がある。その他欧州の各国の言語でも雨模様の空の事を「犬の天気」と表現するようだ。
        後述のが改二となる際、犬耳のように髪が跳ねるのはこれをイメージしたものなのか偶然なのか。
    • 派生する言葉として「小村雨(こむらさめ)」というものもある。公式四コマ第86話では村雨がこの言葉の意味を吹雪たちに解説したのだが・・・
      • この言葉を聞いて吹雪たちがイメージしたのは幼児化した村雨がペタンと座り、あどけない顔でこちらを見つめる姿だった。 一同「\\かわいい〜!!//」
      • そしてその姿はディスプレイの向こう側にいるロリコン共、否、紳士淑女の庇護欲を掻きたてた。
  • 彼女曰く「お洒落」な雨の名前を持つ駆逐艦と言えば村雨の他、時雨夕立春雨五月雨が挙げられる。白露は雨粒そのものと解釈できるか。
    • この他にも計画のみの未成艦として改夕雲型駆逐艦にもそれぞれ山雨(やまさめ)・秋雨(あきさめ)・夏雨(なつさめ)・早雨(はやさめ)と名付けられる予定だった。
    • 現代ではむらさめ型(2代目)護衛艦4番艦に「きりさめ(霧雨)」と旧軍には無かった雨が付く艦名を与えている。
  • 白露型の村雨は二代目であり、初代は日露戦争時に建造された春雨型駆逐艦二番艦。
  • 竣工日は1937年1月7日。妹の夕立と同じである。
  • 1941年12月8日、真珠湾空襲が行われていたころ、南方方面ではフィリピンの侵攻、通称「M作戦」が開始された。その一環として村雨率いる第二駆逐隊は四水戦旗艦那珂朝雲率いる第九駆逐隊(山雲欠)と共に馬公を出港、ビガン敵前上陸作戦の支援に就く。これが村雨の開戦後初の任務となる。
    • 10日から12日にわたる作戦で、四水戦は多数のB-17重爆撃機や護衛戦闘機による攻撃を繰り返し受けたが、その都度対空射撃で撃退。村雨は戦闘機2機撃墜(うち1機不確実)という戦果を挙げ、ビガン・ラオアグ両飛行場の制圧に貢献した。ビガンからの帰途では深夜にも関わらず9,000メートル先の浮上潜水艦を発見、これを撃沈したと報告している。*6
    • 村雨は第二駆逐隊司令艦として四水戦の練度の高さを遺憾無く証明した。戦闘詳報によるとこの活躍で部隊の士気は大いに昂揚したという、「艦これ」においてはムードメーカーなお姉さんキャラならではのエピソードを持つ。
  • その後もリンガエン湾、タラカン、バリクパパン、セブ島といった軍事・政治的に重要な拠点の制圧を支援、スラバヤ沖海戦ミッドウェー海戦等に参加。その後彼女の言うとおり、ガダルカナル島への鼠輸送にも7回従事している。
  • 1942年11月12日深夜に生起した第三次ソロモン海戦においては四水戦旗艦朝雲及び第二駆逐隊第一小隊僚艦五月雨と共に米艦隊を迎撃している。
    • 比叡の左側を通り抜け戦場の前方に出た直後、駆逐艦モンセンと遭遇。この時の距離わずか700メートル(米軍の報告では1,000メートル)。お互い不意の会敵であったが村雨は魚雷7本を一斉射、うち2本がモンセン命中し沈没を始める。更に村雨・朝雲は完全に無力化するべく砲撃による容赦無き追い打ちを掛け、わずか3分の交戦のうちにモンセンは即座に沈没する。*7ただし魚雷を受け、即座に沈没という点に注目すればこれは駆逐艦バートンではないかとも言われる。
    • 村雨の魚雷のうち1本は後続の軽巡洋艦ジュノーにも命中したという説もある(天津風の魚雷とも言われている)。これによりジュノーは前部ボイラーと竜骨を破壊され、左舷側に大きく傾き砲も発射不可という状況に陥った。*8
    • ジュノーの前方を行く軽巡洋艦ヘレナは、大破し戦場を離脱する天津風の追撃を行っていたが目標を村雨・朝雲に変更、これらと交戦する。村雨・朝雲はヘレナを砲撃戦により損傷させジュノー共々戦場から離脱させた。天津風もこの交戦のうちに離脱に成功する。
    • だがモンセン(バートン?)との交戦において村雨も高角砲弾1発が前部ボイラーに命中。27.5ノットまでに速力が低下、撤退を余儀なくされる。そしてこの大海戦で夕立が沈没。最前線の主要諸作戦で活躍、4隻共に脱落することなく生き抜いてきた第二駆逐隊から遂に失われてしまった。
  • 12月21日、四水戦旗艦長良が舞鶴で修理のため村雨が旗艦を継承。1943年1月14日特設空母冲鷹の航空機輸送任務を支援、その後も横須賀まで冲鷹の護衛に就いた。
    • ようやく母港に帰還できた村雨は信頼性に難ありとされていた毘式40mm連装機銃25mm連装機銃に改められ、ボイラーの本格的な修理を受けた。しかし村雨が修理中の1月24日、春雨までも潜水艦ワフーの雷撃を受け、長期修理を余儀なくされた。
      • その後修理を終えた村雨は再び冲鷹の航空機輸送任務を支援し2月12日、長良に旗艦を引き継いだ。
  • ガダルカナル島撤退作戦後、コロンバンガラ島への輸送任務中に米艦隊の奇襲を受け、満足な反撃も出来ないまま沈没。
    乗組員は「村雨万歳」を叫びながら海に飛び込んだという。
    • この戦い(ビラ・スタンモーア夜戦)は、米艦隊が巡洋艦を含む6隻、日本側が駆逐艦2隻のみという劣勢ながら、日本海軍が得意とする夜戦で、ほとんど何も出来ずに一方的に敗退した最初の事例となる。
      村雨と僚艦の峯雲(朝潮型8番艦・未実装)は、発砲されても誰に撃たれたのかわからず、村雨では敵艦隊に撃たれているにもかかわらず対空戦闘の命令が出る有り様だった。
      以後、米軍のレーダーの発達や夜戦戦術の向上で、水雷戦隊は得意の夜戦といえども大損害を頻発するようになっていった。

ビラ・スタンモーア夜戦 闇夜の戦い*9 Edit

  • 1943年3月5日、村雨・峯雲はコロンバンガラ島守備隊に補給物資の輸送任務を終えブインへの帰途に就く。しかし危険な海域につき長居はできない為、ブラッケット水道を通り島の沿岸づたいに北上しながらクラ湾へ出る近道の航路を選択する。
    しかしそれが運命の分かれ道であった。一行の行動は夜間偵察機によって米艦隊に通報されていた。
  • アーロン・S・メリル少将率いる米艦隊(第68任務部隊)はガダルカナル島防衛にとって目の上のこぶとなっていたコロンバンガラ島飛行場に砲撃を行うべく出撃していた。
    彼は夜戦を得意とした日本海軍の対抗手段としてレーダーの運用と砲戦の訓練を重ねていた。
  • 偵察機の報告を受け戦闘態勢に入った米艦隊は水道の出口にて村雨・峯雲の出現を待ち構える。
    22時57分(日本時間)、米駆逐艦が13,900メートル先の2隻を捕捉し米艦隊は砲戦準備に移る。そして23時01分、メリル少将の号令をもって巡洋艦による第一射が開始される。
  • この時村雨艦橋では黄色い閃光が放たれていたのを観測していた。しかし閃光の正体が何か思案していたさなか、米艦隊の第一射が村雨の左前方300メートルに着弾する。
    種子島艦長は直ちに対空戦闘用意を下令した。攻撃の正体が夜間爆撃機によるものと判断したからだ。
    • 理由として艦砲射撃ならまず最初にこちらを探照灯で照らし出すはずである。探照灯照射も無く夜間砲撃を行うことは日本海軍の常識では「闇夜の鉄砲」であり、まず命中することは無いからだ。
      それにも関わらず第一射が至近弾だったということは航空機による攻撃しか考えられなかったからである。先程の閃光も陸上の対空射撃と判断した。
    • しかし米艦隊は標的をレーダーのみで測距し、探照灯を照射するどころか目視すらせず正確に至近弾を撃ち込んだ。これがこの海戦で実施された「レーダー射撃」である*10*11
  • ようやく攻撃の正体が艦砲射撃であると気付いた艦長は砲撃戦を下令、だが23時15分、峯雲は駆逐艦ウォーラーの雷撃を受け沈没。
    残された村雨も主砲一斉射を行い反撃するも、探照灯を破壊され、弾薬庫・機関室は炎上。23時25分、村雨の機関は停止する。
  • この戦闘で米艦隊は1,400発近くの砲弾をこのわずか30分の戦闘で消費した。猛烈な砲弾の雨の中、村雨も相当数被弾したのだが不思議なことに村雨の艦橋に直撃は無く、種子島艦長は無事であった。
    種子島艦長は他の沈没していった艦と運命を共にした艦長に倣い、自分もまた村雨と運命を共にするかとこの時悩んでいた。
    しかし、この戦闘から知った敵軍の新たな戦法とその脅威を報告し、味方に同じ事は繰り返させないことが自らの使命と、生き残る決断をする。
    その決断を待っていたかのように直後、村雨は艦尾から沈没を始めた。種子島艦長は村雨から脱出し、艦首を高くせり上げながら沈んでいく村雨の最期を見届けた。23時30分、沈没。
    • この時、種子島艦長は「やるだけは、やったんだ」と心の中で呟いていたことを自らの著書に残している。村雨の轟沈時のセリフについては、この種子島艦長の心の声が由来なのかもしれない。
    • その後横須賀に帰投した種子島艦長はレーダー射撃の脅威と自軍にレーダーの至急配備することの重要性を古賀長官らに訴えた。しかしレーダーが小型艦艇までに配備が行き届くようになったのは大戦も末期の1944年春の事である。
      その間にもコロンバンガラ沖海戦のような局地的な海戦で勝利はあったものの、レーダーによる索敵で先手を取られることによって損害も大きかった。日本軍は圧倒的物量差・技術差により大勢を覆すこともできず徐々に追い詰められていくことになる。

因縁の地、コロンバンガラ島からの脱出行 Edit

  • 村雨沈没から7か月後、再び前線に戻った種子島艦長は蟻輸送を任務とした「第一輸送隊」隊長となり、彼にとって因縁の地・コロンバンガラ島から大発動艇にて、
    米軍の包囲下にある守備隊12,000名を回収、チョイセル島経由→ブーゲンビル島へ脱出させる作戦を完遂させた。
    いわゆる『セ号作戦』の発動と、その成功である。
    • ……と書くと、あっさり終わったように見えるが、この作戦、当初は制海権・制空権を失いつつある島の包囲網の中、『護衛艦無しで、大量の大発動艇のみで兵員を収容、撤退させる』という、ムチャ振りにもほどがある内容であった。
      これは、コロンバンガラ島からチョイセル島の距離が約50kmと比較的近いことや、目立つ艦隊での作戦は厳しいという事が理由だったようだが。
    • だが、大発動艇単体の戦闘力は貧弱そのもの(詳細は装備の大発動艇参照)。
      当然、周囲の護衛無しでは敵軍の航空部隊・水上艦部隊に見つかった時点でほぼオワタ\(^o^)/となる状態であり、作戦内容は中途変更。当たり前だ
      ソロモン方面の駆逐艦複数が、護衛や別方面陽動として投入される事になった。
    • しかしながら、制空権の大半を失っている中、駆逐艦の護衛があるとはいえ、低速である多数の大発動艇全てを守りきることは難しく、
      実際に、コロンバンガラ島への移動中に敵の航空機や水上艦に見つかり十数隻が沈没している。
      • しかも、一度の収容人数の限界から、コロンバンガラ島へは、計二回の突入を強いられる作戦内容であった。
        このような困難な作戦の指揮を取ることになった種子島艦長の苦境や、察して余りあるものがある。
    • それでも、種子島艦長は、夜間移動や散会しての同時突入などの指揮を巧みに織り交ぜ、
      先述のように移動中の沈没はあったものの、肝心の島からの撤収時の被害は軽微なものに抑え、残存していた守備隊12,000名ほぼ全員をチョイセル島へ上陸させ、作戦を成功に導いた。
    • 陽動を含め大部隊を投入したガダルカナル島撤退作戦、奇跡の結実と言われたキスカ島撤退作戦に比べると知名度は低いが、太平洋方面で日本軍が成功させた三大撤退作戦の一つとして評価されている。
  • その後、種子島艦長は、撤収後のブーゲンビル島で、アメリカ、続いてオーストラリア軍との厳しい戦いに耐える事になるが、同島で無事に終戦を迎えている。
    • 戦後、自身の著書『ソロモン海「セ」号作戦』にて村雨の沈没に際し「お世話になった。ありがとう。さよなら。」という言葉を贈っている。

戦後 Edit

  • 戦後、生き残りの乗組員有志によって浦賀水道を見晴らす横須賀市観音崎の海辺「駆逐艦 村雨の碑」が建てられた。
    • おしゃれな碑のデザインに、県道沿いには可愛らしさもある書体で「駆逐艦 村雨」と書いた案内の石碑まで立っており、彼女の人懐っこいお姉さんといった風情も感じることが出来るだろう。
    • 上記の背景もあってか、桃井涼太氏の公式4コマコミックス2巻でのキャラクター紹介では、「「はいはーい」が口ぐせのノリのいいコ。お洒落とごはん(補給)が大好き!」とかかれており、実質的な3シーズン連続の限定グラフィック追加の快挙も、このお洒落好きが一因と取れる。
    • 毎年3月5日には碑の前で慰霊祭が行われており、2015年には「村雨」元乗組員と護衛艦「むらさめ」乗組員が参列して執り行われた。
  • 時は進んで海上自衛隊の護衛艦、むらさめ型のネームシップに二度もなっている。
    • 3代目「むらさめ」は、DDA(対空護衛艦)というジャンルを打ち立てた記念すべき第一号。対潜、対艦兵装を少し減らした代わりに、両用砲や高角砲をガッツリ増やした。*12
      後にDDG(ミサイル護衛艦)にそのポジションを譲るまで、DDAは海上自衛隊における艦隊防空の要で在り続けた。因みにDDGの第一号は「あまつかぜ」。
    • 現在活躍している4代目「むらさめ」(DD-101)は石川島播磨重工東京工場で建造され、*131996年に竣工就役した。2015年現在の主力護衛艦である新むらさめ型護衛艦は保有数の関係もあり、一桁護衛隊とも言われる第1〜第8護衛隊に必ず1隻居る。*14
      • 4,400トン型とも言われる4代目は、白露型や先代むらさめ型から比べると2,000トン以上大きくなっており、満載6,000トン超えを含め、もはや巡洋艦と呼ぶべきサイズである。
      • 後に続くたかなみ型やあきづき型のベースともなっており、基本設計の優秀さや優れた汎用性は折り紙つき。そしてお値段の高さも折り紙つき。*15
      • 4代目「むらさめ」は2005年、イギリス・ポーツマスで開催された「トラファルガー海戦200周年国際観艦式」に日本代表として「かしま」ら共に参加している。
      • 2015年3月18日〜8月30日、4代目「むらさめ」は第21次海賊対処部隊として、3回目のアデン海へ「いかづち」とともに出港した。

この艦娘についてのコメント Edit

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 性的。 -- 2016-11-12 (土) 10:07:48
  • 何がとはいわないが搾り取られたい -- 2016-11-28 (月) 09:37:20
  • 劇場版ワンシーンだけど出てた!!可愛かったよ!! -- 2016-11-29 (火) 18:26:03
    • ワンシーンだけ?多分春ちゃんと屋台で一緒のとこだと思うけどパンフレット見ると二航戦と一緒に出撃してたみたいなんだよなぁ…映ってなかったのかな?もっかい見て確認するか -- 2016-12-15 (木) 10:48:05
      • 第二航空戦隊のシーンは無電だけやったね・・・ -- 2016-12-17 (土) 16:44:42
  • 今次作戦で実装なった山風を含めて、白露型全員保有だぜやった〜と思ってました。さっき支援艦隊を組むために一覧を出してたら、村雨だけ居ない事に気付いたンゴwww轟沈させた覚えもないので、「居るもの」と勝手に思い込んで今まで改修に回したり、解体してた模様…。何たる事だ…。 -- 2016-11-29 (火) 22:59:20
    • これ書いて6日経つけど、ドロップも建造もできない。  -- 2016-12-05 (月) 17:40:12
    • 本日再就役。居ないことに気付いてから再就役まで9日も掛かるか…!乱数の偏りって怖いわ〜。朝風出ないのもしゃーないって気がしてきた…。(白目) -- 木主? 2016-12-08 (木) 09:55:10
  • 「村雨」の英訳の「Passing Shower」て字面を見て、「フェラーリ・テスタロッサ」のオープンカーで大陸横断しなきゃいけない気分になった。 -- 2016-12-08 (木) 10:09:13
    • Passing Breeze と Magical Sound Shower か〜w -- 2016-12-17 (土) 16:51:20
    • 助手席に村雨乗せると金髪繋がりになるやつか -- 2016-12-18 (日) 10:01:42
  • この娘いっつも胸かさ増しされてんな...。 -- 2016-12-17 (土) 16:56:03
    • いかんのか? -- 2017-01-14 (土) 08:54:02
      • 発育の良い駆逐艦の中でも首位を争う程だからな -- 2017-02-09 (木) 06:22:04
  • 何がと言わないけど、姉妹の中で村雨だけ両サイドを紐で結ぶタイプのやつを履いてそう -- 2016-12-22 (木) 18:15:40
  • 来年2月、村雨も春雨みたくメイド姿にならないかな。メモリアルセル画で一緒にメイドしてたしね。村雨イド -- 2016-12-23 (金) 08:05:27
  • 村雨をみると何故かN◯Kの歌のお姉さんを思い出す。 -- 2017-01-04 (水) 11:58:33
  • 睦月とあきつ丸とは魔法少女アニメオタク仲間 -- 2017-01-22 (日) 11:46:58
  • あ〜、いつ静の親善艦隊の編成って「トラファルガー海戦200周年国際観艦式」が元ネタなのかぁ。変わった編成だと思ってたけど納得したわ -- 2017-02-13 (月) 01:42:24
  • 村雨は謡曲(能)の名作「松風」で、主人公松風の妹の名。由緒ある女性名と言えるね。 -- 2017-02-14 (火) 16:44:21
    • 金髪リーゼント「ゼクロスの正体の村雨は・・・・なんだ、男か」 -- 2017-02-19 (日) 08:40:38
  • (島風と)村雨の、ちょっといいカジュアルファッション、見せてくれる? -- 2017-03-03 (金) 11:55:31
  • 村雨ちゃんが何で「謎の村雨譲」って言われてるのか最近分かった。言い出した人絶対おっさんやろ。 -- 2017-03-05 (日) 10:43:55
  • 今日は戦没日か。合掌。。 -- 2017-03-05 (日) 16:20:02
    • 運営電文でもわざわざ触れてたけど、近いうちに何かあったりする? -- 2017-03-05 (日) 20:22:29
      • 三越とのコラボなんかありそうな。 改二が来てくれるとありがたいけどね。 -- 2017-03-06 (月) 00:08:47
    • 人前では普段通り振る舞ってけど、一人になったら涙を流してる村雨を幻視した -- 2017-03-05 (日) 20:29:39
    • 艦娘型録で轟沈セリフ見たけど、「さよなら…………」ってのがまた村雨らしいと言うか………… -- 2017-03-05 (日) 20:55:43
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White




*1 那珂も由良も、ともに四水戦(第四水雷戦隊)の旗艦経験がある為だろう。
*2 本実装された通常海域への挑戦が難しい提督諸兄はイベント海域でのドロップに挑戦されたし。詳しくは妹のページにて。
*3 もともと大きいだろうことは推察されていたが、明確に確認できるようになったのは2015年梅雨限定グラが初めてであったことを考慮した記述である。悪しからず。
*4 中破絵限定ながら最終海域突破報酬の子にどことなく髪型が似ていたのは偶然だろうか…?
*5 E-5Lマスのコモンドロップで村雨が含まれていたのも、実艦の村雨の沈没地点に最も近いマス故と思われる
*6 当該時間・海域で哨戒を行っていた潜水艦は全て帰還しているため戦果誤認と考えられる。
*7 参考文献:佐藤和正『続・艦長たちの太平洋戦争』(光人社NF文庫,1995)
*8 参考文献:V.P.O'Hara『The U.S. Navy against the Axis』(Naval Institute Press,2007)
*9 参考文献:『アジ歴 昭和17年12年1日〜昭和18年4月30日 第4水雷戦隊戦時日誌(5)』、種子島洋二『ソロモン海「セ」号作戦』(光人社NF文庫,2003)
*10 このような射撃法を「レーダー盲従射撃」と呼ぶ。サマール沖海戦の矢矧の報告においてもその精密さが報告されている。
*11 これは捜索レーダーによって得られたデータを射撃指揮装置に手動で入力することで行われていた。射撃レーダーから得られた距離・速度などのデータをもとに未来位置を計算し自動で照準を合わせる、そのような現代の射撃システムの原型が登場したのは終戦間際のことである。
*12 重武装と言われた特型駆逐艦を更に上回る排水量比でガン積みされているが、居住性も妥協はしなかったため劣悪なものではなかった。代わりに妥協されたのは倉庫の容量、つまりは無補給での活動限界である。
*13 他にさみだれ、あけぼの、ちょうかいなど。2002年3月末に閉鎖。現在はアーバンドックららぽーと豊洲が建つ
*14 一桁護衛隊を2つ合わせて1つの護衛隊群となる。その内訳は、ヘリ搭載護衛艦が1隻、ミサイル護衛艦が2隻、汎用護衛艦が5隻。以前の護衛隊群は、護衛艦8隻ヘリ8機であったことから、新・八八艦隊とも呼ばれたが、ひゅうが型の就役以降ヘリの数は増え続けている。
*15 1隻当たり約600億円。ミサイル護衛艦のはたかぜ型と殆ど変わらず。2隻分の予算でこんごう型やいずも型が1隻作れる計算。流石に空母を作るには……5〜6隻分くらいの予算は必要です。