仁志の呪い

Last-modified: 2024-03-12 (火) 09:58:39

読売ジャイアンツが仁志敏久(元巨人→横浜)の退団以降、二塁手を固定できていないことを指す言葉。多村仁志のことではない。


仁志敏久とは

1995年のドラフトで巨人から2位指名(逆指名)を受けて入団。篠塚利夫(和典)以降正二塁手を固定できないでいた*1チームにあって1年目から即スタメンに定着し、その後シーズン20本塁打を3度達成するパンチ力とゴールデングラブ賞を4度獲得する守備で不動の正二塁手として長年に渡りチームを支え続けた。

しかし2006年は打率.185・1本塁打・7打点と大不振に陥り、この年ロッテから金銭トレードで獲得した小坂誠と併用されるようになり出番が激減。本人の志願もあり同年オフにトレードで横浜ベイスターズ(現DeNA)へ移籍*2
2009年オフにメジャー挑戦を表明し横浜を退団、翌2010年に米独立リーグのランカスター・バーンストーマーズに入団するも同年6月8日に引退。その後2021年~2023年にDeNAの二軍監督を務めた。


用語の誕生

仁志退団後の巨人では様々な選手が正二塁手候補に名乗りを挙げるが、いずれもレギュラー定着には至らず。2011年以降は更に状況が悪化し、2020年に吉川尚輝が達成するまでの間で規定打席に到達した生え抜き二塁手が1人もいない*3という有様であった。
この惨状から、巨人の二塁手がなかなか定着しないことが「仁志の呪い」と呼ばれるようになった。


仁志退団後の巨人二塁手たち

  • 木村拓也
    2006年シーズン途中にトレードで広島から移籍。移籍1年目から内外野どこでも守れるユーティリティープレイヤーとして活躍したものの、2009年の不振で引退。
    翌2010年巨人の一軍内野守備走塁コーチに就任したが、その矢先の4月7日にくも膜下出血で急逝。広島・巨人のみならず多くの野球関係者たちが早すぎる死を惜しんだ。
  • 脇谷亮太
    2005年大学・社会人ドラフトで5巡目指名され入団。俊足を武器に2010年に規定到達するも、翌年以降は故障がちになり成績不振に陥る。人的補償での西武移籍や巨人への出戻りFAを経て2018年に引退。
  • 片岡治大
    西武で盗塁王を4度獲得し2013年オフにFAで移籍。初年度こそ規定到達したものの、翌年以降は故障がちになり2017年に引退。
  • 寺内崇幸
    2006年大学・社会人ドラフトで6巡目指名され入団。高い守備力と俊足が持ち味だったが、あまりに打撃力が低すぎたためレギュラーに定着できなかった。2018年に引退。
  • 藤村大介
    2007年高校生ドラフトで1巡目指名され入団。高校時代から俊足で知られ2011年に盗塁王を獲得したものの以後は伸び悩む。2017年に引退。
  • 中井大介
    2007年高校生ドラフトで3巡目指名され入団。2013年にはそこそこ活躍し優勝に貢献するも以後伸び悩む。2018年に戦力外通告、DeNAへ移籍し2021年に引退。
  • 吉川尚輝
    2016年ドラフトで1位指名され入団。大学時代から俊足と内野守備の評価が高く2018年からスタメンで起用され始め、2020年には上述の脇谷以来10年ぶりの生え抜き規定打席到達を達成する。なお
  • 山本泰寛田中俊太・若林晃弘
    山本は2015年ドラフト5位、田中は2017年ドラフト5位、若林は2017年ドラフト6位でそれぞれ入団。2019年怪我で離脱した吉川尚輝の代わりに出場し、全員が1993年生まれの為「華の93年組」と呼ばれた。しかし揃ってパッとせず、翌2020年復帰した吉川にスタメンを取り戻された。同年オフに山本は金銭トレードで阪神へ、田中は梶谷隆幸の人的補償でDeNAへ移籍。残った若林も2024年開幕直前に郡拓也との交換トレードで日本ハムに移籍し、全員が巨人を退団した。


現在

前述の吉川尚輝が2020年に続き2022年も規定打席到達し、2023年から副キャプテンに任命された事で正二塁手としての地位を確立し仁志の呪いを振り切った形となった。


余談

他球団でも長年そのポジションを務めたレギュラー選手がスタメンから外れた後、空いたポジションのレギュラー選手を固定できないことを「(前任者)の呪い」と呼ぶ事例は度々発生している。
有名なのは阪神における「桧山の呪い*4」など。


関連項目



Tag: 巨人 フラグ・ジンクス


*1 1993年には週刊宝石(2001年休刊)で豊田泰光が「(当時投手として不調に喘いでいた)桑田真澄の野手転向&二塁コンバート」の提案をするほどであった。
*2 仁志⇔小田嶋正邦+金銭のトレード。背景として原辰徳監督との確執も囁かれていたが、YouTubeでの上原浩治との対談で本人が否定している。また現役当時はビッグマウスの多い人物だったこともあり、週刊誌・タブロイド紙でのネタの標的にされることが多かった。
*3 外様を含めても片岡治大が2014年に到達したのみ。
*4 当時阪神に所属していた桧山進次郎が代打専任になった2006年以降に右翼のレギュラーを長い間固定できなかったこと。福留孝介糸井嘉男らの活躍により現在は呪いは解けたものと見做されている。
*5 但し、2017年以降は源田壮亮が活躍しており現在は解決している。