第四回日本SF新人賞
2002年12月9日に行われた選考会の要約
from 『SF JAPAN vol.07(2003 spring)』
一次選考通過 16作品
作者名 | 作品名 |
麻生ともか | Ring the Bell !? |
紫村仁 | GOLEM, DON'T UTTER! |
織倉正美 | テンプテーション |
佐藤泰成 | 始まりの落陽 |
水島月夫 | ショルメス最後の事件 |
浦島影 | 海から届く声 |
山見和誓 | 掃除機の結論 |
櫻庭伊於里 | カイロスへ、ようこそ |
富沢浩樹 | 月蝕 |
上石義則 | 残酷な女神 |
小松多聞 | エステル神聖騎甲団 E.S.T.H.E.R. |
古月星里 | 変数、赤 |
樽井砂都 | 月の砂漠で見る夢は |
三島浩司 | ルナ(RNA) |
小沼貴裕 | 地に満ちる |
大木えりか | ドリーミング・ソロ |
最終候補 5作品
作者 | タイトル | 採点者 | |||||
久美 | 野阿 | 井上 | 新井 | 谷 | 筒井 | ||
浦島影 | 海から届く声 | B | A | B | B+ | B | C |
櫻庭伊於里 | カイロスへ、ようこそ | C | B+ | A | C | C | C |
三島浩司 | ルナ(RNA) | B+ | C | C | B- | A | B |
小沼貴裕 | 地に満ちる | B | B+ | A | B+ | B+ | C |
大木えりか | ドリーミング・ソロ | C+ | B- | B | B | B- | C |
1 海から届く声
植民惑星の海辺の村。治療師フィルリーは中央から派遣された牧師と対立して孤立する。ある日重病の少年を診察した彼は都市での治療を懇願するが、辺境は都市に見捨てられていた。少年の苦痛を禁じられた手段で取り除いた彼は、倫理裁判にかけらてしまう。
評者 | 評 |
久美 | 盛り上げるタイミングを失敗しています。憎くて怖かったお婆ちゃんが味方してくれるのがちょっと早い。もっとギリギリの方が感動できます。ヴォンダ・N・マッキンタイアの「夢の蛇」って、こんな話じゃなかったっけ。なんだか、どこかで見た気が。 |
野阿 | 私の評価ではこの作品だけがAでした。他の作品は感動出来なかった。ただ、この作品の場合SFでなくてもよかったのかも。 |
谷 | 最後まで読んでもあまりカタルシスがなかった |
井上 | 何故この物語をSFにするのか、必然や情熱を感じることが出来なかった。 |
新井 | お話としてかなり出来がいいと思うのですが、突出して、ここがいいなという部分がない。SF新人賞の対象としてどうかな。 |
筒井 | 前半、宗教対科学というのが延々続いて、退屈してしまう。 |
2 カイロスへ、ようこそ
ネット仮想都市カイロスに集まったデバッガーたちは、自分たちの共通項に気付き、ここに集まったのは偶然ではないことを確信する。現れては消える過去の記憶。これは現実という時間のバグなのか。松浦翼たちは時間の歪みと対峙する。
評者 | 評 |
野阿 | 登場人物が多いにもかかわらず、書き分けができていない。一人また一人と正体が判明するところに、驚きが無かった。視点の混乱もある |
谷 | 視点の混乱が気になる。一人一人のキャラが立っていない上に本名とHNと二つの名前で出てくるのだから、さらに混乱する |
井上 | 登場人物の数が問題になっているようですが、僕は妥当な数だと思った。ミステリであればもっとたくさんの人物が出てきますし。HNと実在の名前が違う部分、これは意図して試みた混乱だと思います。基本的にミステリの方法論です。正体が分かってきて、二人一役などが判明する部分、異常な能力の人物、仮想世界を歩く死者。現実そのものが変容してくる怖い感覚を受ける |
野阿 | それはホラーの筆法ということなの? |
井上 | そうだと思います。 |
新井 | 構成を何とかして欲しかった。話が始まったら、読者はそれが今現在の時間だと思って読んでいるわけですよ。それがいきなり「そのころ~」という具合に戻る。そこまではいいのだが、戻っている途中で今度はいきなり回想が始まってしまう。第二章に入って今度は視点が変わったにもかかわらず、戻った時間のまんまの描写が続き、さらに回想が入る。わけわからなくなる。 |
久美 | この手の現実とゲーム世界がクロスオーバーする話は飽きました。 |
筒井 | 私は悪いけれど、三分の一ぐらいのところで投げ出しました。基本的な小説技術ができていない。 |
3 ルナ(RNA)
日本全土を取り囲んだ未確認海面物質「悪環」、その電離性放射線走査「デヴィルレイズ」によって日本は壊滅状態に。大阪闇市で売春グループを率いるツバメは、悪環の影響で自殺願望を持つ少女と出会う。一方ツバメの兄、馳功二は悪環駆逐の命を受けて…。
評者 | 評 |
谷 | 現場の雰囲気が伝わってきて、嬉しかった。テキ屋のおじさんとか少年とかリストカット少女とかキャラが立っていて、視点が散らばっていても混乱はなかった。鎖国状態の日本にどういう問題が出てくるかというところも、具体的にいろいろ書かれていて説得力があった。 |
井上 | 見たいものを見せてくれないという不満を、非常に多く感じた。発端の異常現象などきちんと描き出していない。凄いイメージが見たくてSFを読む僕のような読者には欲求不満。最初の転落の場面描写にしても、肝心なときにアングルがそれてしまう。有事そのものがぼんやりして、きちんと書かれていない。描いておくべきことを意識的に避けているというか、逃げているのでは。 |
新井 | この作者は小説をちゃんと書いていないような気がした。例えば、主要登場人物の一人がラストの方であることをするのだけど、本文だけ読んだら何故こうするのかわからない。でも、何故か分かっているような気がしたので梗概を見てみたら、登場人物紹介の項目に書いてあった。もう一度本文を読み返してみたけれど、肝心なことは本文に書かれていない。同じようにルナがイケニエに選ばれた理由が、やっぱり登場人物紹介にだけ書いてある。本文だけではわからないのです。梗概で補完説明してはいけない。あと、文章がとても下手でした。てにをはとか接続詞とかメチャクチ。 |
野阿 | 誤字と誤用が多い。文章も破格構文が多い。今回の応募作の中で、一番好きになれない小説でした。主人公に感情移入出来る作品が好きなのですが、この話では誰にも移入できなかった。嫌な奴らばかりでw 一番酷いのはデヴィルレイズについてまったく書いていないということ。ラストシーンも説明不足。とにかく書くべきことが書かれていない。小松左京さんが「日本沈没」でやったこと、世界を克明に描き、小説的技巧を駆使し、疑似科学から物理学まで引っ張り出して、どうにか日本を沈没させることに成功したわけですよ。この作品には嘘をリアルに転化させようとする工夫を、何一つ見いだすことが出来なかった。 |
筒井 | 欠点はたくさんあるけれど、どの欠点も他の作品よりはマシです。熱気は今回の応募作の中で一番。熱気にまかせて書き急いだ。それで文章がおかしくなってしまった。一度にたくさん先のことを考えるから、一つの言葉に二つの意味が入ったりして。間違いはありますが、よく言えば、文章に重層性を持たせている。これは一つの才能だと思う。きちんと折り目正しい文章に、飽き飽きしているっていうところもあるし。最後がなんだか分からないのは問題だが、書き直せばいい。というわけでこの作品を推したい。 |
4 地に満ちる
人類は破滅した地球に代わる新しい母星を探していた。有機人工知性体「宿脳」を脳内に寄生させる調査官ディジェは、開発途上惑星でアクシデントに遭遇し、亜人種の集落に身を寄せる。やがて草食の彼等を捕食する謎の肉食生命の存在が明らかになる。
評者 | 評 |
井上 | 主人公と宿脳の関係性のためか、自分が一緒になって世界を観察しているような感覚。読んでいてとても快感がありました。それと人工知性の深層意識という着想が、実に興味深かった。 |
新井 | 今回の5作品の中ではこれが一番好きです。主人公のディジェとエミューがなかなか魅力的だし、生態系とかサバイバルとかコロニーの住人に出会ってそこの民俗学的っぽい社会を観察する雰囲気とか、かなり楽しく読みました。 |
久美 | 宿脳のシヴァと主人公の会話が面白い。読んでいたらエミューという巫女が出てきて、さらに惹き付けられる。その中に、何が食べられる食べられないとか別の人種がいる問題とかタイミングよく出てくるので、楽しく読めました。 |
野阿 | 文章は読みやすく、会話もいい。大変面白く読めた。ただ、これはSF的な面白さなのかな。これはサバイバル的な面白さ、「ロビンソン・クルーソー」的な面白さが半分以上を占めていると思った。 |
筒井 | この作品は退屈で退屈で。この作者は真面目すぎる。文章もきちっとしている。だから面白くない。突き抜けた感覚がない。 |
5 ドリーミング・ソロ
アナザーリアル(AR)というシステムが普及し、現実空間に重なる仮想空間が実現した西暦2030年の日本。世界中の少数民族の多くが、日本に部族地を所有していた。十六歳の高校生高宮透子はARのルール破り、罰としてARゲームの仮王にされてしまう。そして部族間の確執に巻き込まれる。
評者 | 評 |
新井 | お話の雰囲気とか設定はわりと好きです。Aライフを買うというのがイメージとして想像出来なかったのだけど、全然説明されていないのです。その部分を無視して気にしないで読めば、そこそ面白く読めました。作者にたいへん主張したいことがあると、たいへんよく分かって、好感を持ちました。 |
久美 | ジュニア小説だと思った。あらすじもキャラクターも、どこかで読んだことがあるなって感覚が付きまとう。でもそうした小説を書く人たちの中ではすごく賢い人が書いている感じがする。上手いし読ませるけれど、この人でなければ書けない世界を構築するには、まだ至っていない。 |
野阿 | アイデアは滅茶苦茶にいい。ただそのアイデアは、まだ種のままなんです。種子みたいなものがいっぱい詰まっているのに、片端から作者がぶち殺している。今回一番評価が低いのは、期待を裏切られたせいです。近未来の日本が他民族国家になったら、必ず文化的、民族的なコンフリクトが起こる。この設定だと、リアルとヴァーチャルの両方で。これはおいしいサブテーマですよ。ところがそうしたこと全部に目をつぶっている。実にもったいない。他のマイナス点は誤字脱字、用語の不統一。この作者は推敲していないのかと思った。ただ、メインのアイデアはすごくいい。今までに描かれたヴァーチャルリアリティは静的なものでした。睡眠槽に寝てジャックインとかね。ところがこの作品はヴァーチャルリアリティが現実と重なっている。普通に街を歩きながら、ヴァーチャルリアリティが二重写しになっている。ところがその部分が活かされていない。 |
谷 | 渋谷の街が書けていない。実際この世界を描ききるには相当な力がいるわけですよ。書いていないのではなく書けないのですよ。細部が曖昧だから説得力がない。 |
井上 | ゲームに付随したシステムを使用して、それが受け入れられ異民族を引き入れる。物足りないことに、このゲームの魅力がわからないと民族の儀式という仕掛けに結びつかない。 |
筒井 | だいたいヴァーチャルリアリティを使えば何でも出来るというのが、嫌なんですよw |
まとめ
評者 | 評 |
編集部 | 久美さんが一番推しているのは「ルナ」ですね。 |
久美 | ええ。 |
編集部 | 野阿さんは「海から届く声」。 |
野阿 | そうなるかな。 |
編集部 | 谷さんは「ルナ」。 |
谷 | そうですね。 |
編集部 | 井上さんは「カイロスへようこそ」。 |
井上 | 「地に満ちる」もです。一つなら「カイロスへようこそ」を推します。 |
編集部 | 新井さんは…。 |
新井 | 「地に満ちる」です。「ルナ」は文章ががちゃがちゃしているわりに、肝心なことを書いてくれないところが気にかかる。 |
谷 | その部分って、手を入れて直るようなものだと思う? |
野阿 | 直らないと思う。無理だよ。 |
筒井 | それでも僕は「ルナ」を推しますね。一般的に今小説に力がないと言われている。そんな中でみんなが求めているのは、一種の熱気だろうと思う。 |
野阿 | 筒井さんのおっしゃるようにお行儀良くまとまった作品よりは、こういうハチャメチャな文章で、ハチャメチャな構成で、書くべきところが全部すっ飛ばされててみたいな作品のほうが、爆裂弾的効果はあるかもしれないですね。(ヤケクソかも?) |
編集部 | ということは久美さん、谷さん、筒井さんが推している「ルナ」が一番ということになりますね。他の作品は全部お一人ずつしか推していないわけですが。 |
新井 | でも次点も考慮すると「地に満ちる」も残るんじゃないのかな。 |
編集部 | とにかく「ドリーミング・ソロ」は落ちるということですね。それといちばん推す人が少なかった「カイロスへようこそ」も外してもかまわないですね。 |
野阿 | 「カイロスへようこそ」は井上さんはAだよ。私も一応Bプラスなんだけどな。 |
井上 | 井上賞とかないの?w |
編集部 | 無いですw ただこの選考会はSFJに掲載されますので、作者の方も理解してくれると思います。 |
野阿 | じゃあ、落ちるということで決まりだね。 |
編集部 | 野阿さんが推す「海から届く声」はどうします? |
野阿 | 新人賞の他に佳作を選べるのなら、ありかなという気はする。 |
編集部 | あとは「地に満ちる」をどうするかということですが。 |
新井 | 私はこの中では一番だと思うのだけど、是非これを推そうと思って来ましたというノリではないんですよね。平均点が高いからきちんと評価してあげたいとは思うけれど。 |
編集部 | それでは、新人賞に関しては「ルナ」で決定でよろしいですか。 |
一同 | はい。 |