第1回選考会議録要約

Last-modified: 2017-07-25 (火) 21:25:31

第1回選考会議録要約

選考会1999年12月3日 from 『SF Japan Millenium 00』

 

1次選考通過 17作品

応募者の最年少は18歳、最高年齢は75歳!

作者名作品名
小口愛「Sanktuary」
津田和義「運命の輪・宿命の糸」
高瀬川あずみ「DNA燃ゆ」
青木和「イミューン」
大友凛「アイリス」
機本伸司「ノアス願望」
鈴木麻子「マリッジイエロー」
弾射音「パッチワールド」
茶楽海母「怪盗ミルフィーユ」
富川典康「天馬征くところ」
高田慎治「ムーン・レイン」
菅野嘉則「MOHO」
斎藤直子「虚構の騎士」
三雲岳斗「M.G.H」
宇都宮斉「リリパット・ケース」
保前信英「インフィニティ・ネット ─無限の網」
杉本蓮「KI.DO.U」
 

最終候補作 7作品

作者名作品名
青木和「イミューン」
菅野嘉則「MOHO」
杉本蓮「KI.DO.U」
弾射音「パッチワールド」
富川典康「天馬征くところ」
保前信英「インフィニティ・ネット ─無限の網」
三雲岳斗「M.G.H」

弾射音「パッチワールド」電子書籍版

 

1 「イミューン」

 佑の母が緑色に変色して死んだ。知らぬ間に人間の身体を乗っ取り増殖する敵が存在する。佑と不動はそれを殲滅するべく行動するが、いつしかその行動に疑問を抱くようになる。

評者
笠井SF的設定の部分、免疫システムをアイデアに使っているのだが、捻りが足りない。しかし文章の読みやすさはこの作品が一番だった。
大原SFとして世界の構造を説明していない書き方をしているのだけど、その裏に何かあると妄想させる構築力は無いような気がした。
小谷青春小説として読みました。理論的に弱いところは、いっそのこと徹底して説明をしない方が良かったような。
山田現実の中にもうひとつの現実があるという、SFの重要な要素のひとつを押さえている。短所は戦闘場面に臨場感がないこと。免疫システムと同じ働きをする人間、戦闘システムとしての人間というアイデアにメタファがない。二つを通底させるさらに大きいシステムを用意しないと、SFとしては物足りない。
神林小説として満足して読みました。筆力は応募者の中で一番かな。戦闘システムはもう一捻りして新鮮な驚きを作るべきだと思う。
小松このタイトルから期待したのは、もっと生化学的アプローチ。免疫システムが効かないというエイズ問題やウイルスに対してワクチンがどうして効くのかということが、実はわかっているようで本当はよく分かっていないのだけど、そんなところを描いてくれるのかと思っていた。それが単純な擬人化で終わってしまってさみしい。
 

2 「パッチワールド」

 マッドサイエンティスト村山邦明は肉体を無くし人格シミュレーションと化してもなお自分の理論を実証しようと、助手や学生を巻き込み恒星間宇宙船を乗っ取る。一方、同じ頃謎の結晶体が地球を壊滅させようとしていた。

評者
大原面白く読んだけれど、饒舌すぎるところと、もうちょっとじっくり書けばいいのにというところが混ざっている。この方は実はセミプロなんですよ。私と岬が編纂している「SFバカ本」に短編を寄稿していただいたことがあります。問題はこれがクリス・ボイスの「キャッチワールド」の本歌取りだということ。
小谷SFマインドがある。前半はマッドサイエンティストを中心に話が進んで、これはいけると思った。後半の失速が残念。
山田量子的に同一の条件が満たされれば、離ればなれの複数のポイントが同一となり、その地点に存在するものは宇宙の複数のポイントにも存在するという、これはSFのエッセンスみたいなものですね。
小松量子的同一という設定が最後まできちんと書かれていれば、一級のハードSFになり得たかもしれないのに、惜しいね。本質的に理解した上で書いてもらいたかった。
山田量子的同一をメインアイデアに持ってきたことは素晴らしいのだが、あまり深みは感じられなかった。
神林マッドサイエンティスト教授が量子的同一を利用してジャンプを試みるが、その理論展開部分が僕にはよく分からなかったw もしかしたら驚くべき解釈が書かれているのかもしれないけれど、読み取れなかった。おそらく作者自身よく理解していないのではないか。
笠井これは二十年代SFの世界じゃないかと思った。レンズマン的な面白さと、ハードSF的な面白さが最後まで上手く融合しなかった。
 

3 「天馬征くところ」

とある植民星。野盗におそわれ両親をなくした秋津大介は姉を探す旅で様々な冒険を経験し、交易商人として頭角をあらわす。村が襲われた経緯と黒幕の存在を知った大介は、敵の野望を阻止しようとする。

評者
小谷企業小説に、馬賊の生活を足すことで独自の世界観を造りだしている。ヒロイックファンタジーなのに会社小説になっているww アイデア賞ものです^^ とても不思議な小説ですよ。いま深刻化しているリストラ問題を騎馬民族の世界でやっている。この世界の社長というのはどんな存在なのかと想像するとわくわくする。
小松楽しそうに書いていると思ったね。
山田ベンチャービジネスSFとか企業SFというのは、ついぞお目にかかったことがない。その意味で非常に新鮮だと思いました。
小松そうだな。
神林これはSFでなくても書ける内容だと思う。主人公の国盗り物語として楽しみました。
笠井最初はドラクエ世代の書いたヒロイックファンタジーなのかと思った。というのは主人公がせっせと金の勘定をしているw コナンは絶対に金の勘定はしない。ドラクエには違和感があって、何が悲しくて勇者が金の勘定をしなきゃならないんだと。だからドラクエ世代が異世界ファンタジーを書くとこうなるのかと考えていたら、実は違うような。この作品には未経験な若者にはわからないような組織論の知恵がある。金があっても信用がないと商売は出来ないとかw
小松これは本当に中小企業そのものというかんじだものねw
大原上手く書けていても、特別な新しさは無い。SFって何だろう。

4 「MOHO」

 地球深部掘削中に支援船が光に包まれて沈没した。やがて地核とマントルの境界面「モホロビッチ不連続面」に封じ込められていた原始バクテリアが流出しはじめる。

評者
山田物語の中心であるバクテリアが出てくるまでが長すぎる。私たち選考委員は梗概があるから読めるけれど、何の前提もなく読んでいたら投げ出してしまう人がほとんどではないか。それと人間が書けていない。あと、科学考証や人物の経歴を別文で入れるのは読みにくい。と思っていたけれど、これはSFというより科学サスペンスなのかもしれない。それだと深みが邪魔になることもあるわけで、深みがないのは正解なのかもしれない。カットの切り替えの映画的手法も堂に入っている。ハリウッド的エンターテインメントとしてみると、いいのではないか。積極的には推しませんけれど、これを入選作にしてもいいのかもしれない。
神林いま山田さんのおっしゃられたことを聞いて、成る程と思いました。SFとして読んだ場合作者独自の創造力が不足している。アイデアはよいのだが、それで作者が何を表現したかったのかがわからない。
小松終わりの方がお粗末になってくるんだな。結局の所、この作品はマントルのエネルギーを利用しようとする企業小説なんだよね。
笠井科学性や論理性の部分は必要な水準をクリアしている。ただ、作者の主題が見えない。SF的主題が見せかけだけでおわっているところがある。
大原私も山田さんの感想とほぼ同じです。この作品は企業小説だと思います。SFってこの作品のラストシーンの後の物語だと思うのですよ。
小谷モホ面から太古のバクテリアが出てきて復活する。安易で荒唐無稽なアイデアはSFだと思えた。
 

5 「M.G.H」

 宇宙ステーションに、まるで墜落死のような死体が無重力空間に浮かんでいた。従姉妹の舞衣に誘われてステーションに訪れていた鷲見崎凌は、その事件の謎を解こうとする。

評者
神林作品のアイデア、トリック良いです。ワクワクした。
笠井僕もいいと思いました。
大原殺人事件が起こるまでの前半がたるいと思いましたが、無重力状態の描写もリアリティがあるし、章ごとの視点の交代も上手い。ただ、ぽーっとしている男の子の部屋に元気のいい女の子が突然侵入してくるというパターンには食傷気味です。
小谷ミステリの延長としてのSFとして読んだ。SFの延長としてのミステリではない。非常にきれいにまとまっている。まとまりが良すぎる感じもする。あと、事件の発生が遅すぎる。
山田僕もこれはSFミステリであって、ミステリSFではないと思った。ただ、僕はこの作品を一番に推したい。
 

6 「インフィニティ・ネット ─無限の網」

 ネット犯罪を摘発する映像分析官の神條は、海賊放送の中にいまは亡き娘陽子の姿を見つけた。神條の能力を狙う謎の男東郷や敵対する高坂が周辺をうろつく。やがて東郷は死体で発見され、陽子と共に海賊放送に登場し、神條を誘う。

評者
笠井これだけサイバースペースが高度化しているのに、描かれる東京は今とほとんど変わらない。ここまで肉体を改造しても人間なのか。人間とそうでない存在の分水嶺はどこにあるのか。こうした主題を掲げているのだから、もっと深めないといけない。
大原凄く読みづらくて苦労した。21世紀の描写をはじめ不自然なところが多かった。
小谷海賊放送、しかもエッチなロリコンビデオを流すという設定は問題意識があるし、面白いと思った。ただ具体的にどういうものかわからない。
山田落とすのは勿体ないけれど、入選作にするのはどうかな。過不足なく書かれているけれど、物足りない。既視感がありすぎる。死んだはずの自分の娘がチャイルドポルノに出ている。面白い設定のようで、わりとありきたりじゃないですか。
神林立派な舞台装置が用意されているにもかかわらず、出演する俳優たちが大根役者ばかり。
小松ああ、そんな感じだな。
神林登場人物の心情、葛藤、価値観などをあまり掘り下げていない。だから感動するはずのラストもカタルシスを得られない。
 

7 「KI.DO.U」

 深優姫は父からの遺品、ヒューマン型パソコンを受け取った直後、何者かに襲撃された。実は死んでいなかった父の目的はなんなのだろうか。

評者
笠井プロットにメリハリがない。アクション描写に迫力がない。台詞のかけあいがピンとこない。人工培養した人間をそのままパソコンにしてしまう発想はなかなか良い。「家畜人ヤプー」を思わせる設定でw しかしロボットテーマでいくのなら「ブレードランナー」の水準はクリアしないと、これからは通用しないんじゃないかな。
大原私はこれ、大喜びして読みました。これは女性向けの通俗小説なのかな。私の願望がすごく充足されたのでしょうw ただ、確かに「ブレードランナー」以降ですから、もう少し世界に深みが欲しいとは思いました。
小谷私も、これが一番面白かったw 少女漫画のなかで醸成されたSF的な面白さをうまく吸収している。何度でも読み返したいと思います。
大原センスがいいんです。
小谷ええ。こんな暴走族の兄ちゃんのような野蛮な人造人間というのは見たことがないw欲を言うとSEXシーンが欲しかった。人造人間の説明で「生殖能力あり」って書いてあった瞬間に「やった!」って期待した。
大原そうそうw
山田アクションが平板、設定が陳腐、歌舞伎町の扱いなんか、まったく陳腐です。
神林この文章はメチャクチャだと思った。読みづらくて頭に入ってこない。
小松直せばイインダヨ。
神林赤入れたら真っ赤ですよw
 

「最終選考」

評者
笠井「MGH」>「イミューン」
大原「MGH」>「KI.DO.U」
小谷「KI.DO.U」です。ただ「イミューン」、「MGH」、「天馬征くところ」は何らかの形で世に出したい。
山田「MGH」>「MOHO」>「KI.DO.U」
神林「イミューン」
小松「MGH」しかし「KI.DO.U」も見逃せない。
編集いまのお話ですと「MGH」が新人賞、「イミューン」と「KI.DO.U」が保留、他の四作が選外ということでよろしいでしょうか。
笠井入選作は問題無いでしょう。佳作はどうします。
小松選外努力賞はどうだ。SFマガジンコンテストの時、僕が貰った賞だぞww
笠井この際だからいっそのこと佳作で二本とも残しませんか。
小松二本でいいなら、そのほうがいいと思う。みなさん、いかがですか。
一同異議ありません。