第3回選考会議録要約

Last-modified: 2021-09-03 (金) 03:45:17

第三回日本SF新人賞

2001年12月6日
選考は応募者の年齢の若い順に行われた
from 『SF Japan Vol.04(2002春季号)』

 

一次選考通過 17作品

作者名作品名
坂本康宏「○○式歩兵型戦闘車両」
吉祥だるだる「螺旋のコーダ」
高樹正芳「コード・レプリカ」
田島ハル「シリウス」
赤井三尋「バベルの末裔」
織倉正美「フェンス」
幸村嘉風「機械法人X」
柴村仁「TYPE-θ THREE MOTHERS」
朝霧刹那「紅星遙かに 蒼星永久に」
大城えりか「永劫の雨」
橋本征太「荒神町奇譚」
月村徹「Lost JAPAN-日本奥地紀行」
星唐幾子「コスモ・スートラ」
井上剛「さらば牛肉」
弾射音「クリスタライズド」
見極元親「神の居場所」
永山驢馬「時庭夢緒物語(ときにわゆめおものがたり)」
 

最終候補 6作品

 

前文

タイトル採点者
笠井山田大原神林小谷小松
紅星遙かに 蒼星永久にB-BB-BBB-
フェンスB-BBB-
OO式歩兵型戦闘車両B+B+BB+AA-
さらば牛肉AA-A+AA+B+
時庭夢緒物語B+A(?)AB-BB-
クリスタライズドA-BBB-A-A-
 

1 紅星遙かに 蒼星永久に

 24世紀、火星と地球は泥沼の戦争を続けていた。地球で宇宙戦艦が開発されているという情報を受け、火星は工作員を派遣。一方、地球連邦のコトリ大佐は火星に情報が流れていることに気付く。

笠井書き慣れていない印象。安直な設定。
山田作品にちりばめられたイメージは悪くない。説明不足で、展開に説得力がない。ストーリーとプロットが、とってつけたように感じた。
大原たたみかけるような感じはちょっといいが、展開が早すぎて納得できない。宇宙空間で飛来するミサイルをがしっと受け止める抱擁者のシーンはよい。
神林あれは斬新だね。
小谷これはスペースオペラですね。宇宙空間で飛来するミサイルを受け止める部隊の活躍を描いたシンプルでストレートなSF。テクノロジーが発達している割に人力に頼っていて、ちぐはぐでリアリティがない。
神林宇宙空間における戦闘シーンはリアル。この作品のテーマはトラウマを解消するために自虐的、自滅的、自殺的行動に及ぶ人間の性、その悲しさ残酷さだとおもうのだけど、如何せん主人公に関してのトラウマが書かれていない。主人公の存在意義はより深いテーマの世界へ読者を引っ張っていくことにあるのだけど、これではあまりに傍観者的で存在感が希薄すぎる。
小松読ませるしうまいし、実際あっというまに読めた。事態の深刻さが主人公たちの行動にあらわれていない。どこか軽い感じがする。
 

2 フェンス

 荒廃した地に点在する「コロニー」自警団リーダーの京介は、四年前に血だらけで転がり込んできた誠と希を気に入っていた。ある日を境に変死体が次々と発見され、京介は誠を疑い始める。

山田読むのに苦労した。文章は決して悪くはないのだが、登場人物の姿が浮かんでこない。描写が的確でないとか、そういうことではないみたいだが。僕とは決定的に相性が悪いのかな。そうだとしたら、論評するべきではないな。
大原この作品の世界観についていくのが凄いしんどかった。意味のない文章が多い。この作者の興味は世界がどうとかではなくて、人と人のあいだに存在する暴力とかエロティックな関係だと思う。
小谷だいたい同じです。簡単に類型化できる設定に、どういう意味を持たせるのかについては投げっぱなしだった。
神林この作者は何がかきたかったんだろう。最初から最後まで淡々として、ラストまで何も起こらない。四件の殺人事件が発生するが、登場人物のレスポンスがまったく書かれていない。事件によって読者を引っ張っていく効果はないわけで。構成力が弱い。
小松何が言いたいのかわからなかった。読み返したけど、とにかくわかりにくい。楽園と砂漠ができあがった背景について説明が無く、食い足りない。
笠井後半にいろいろな謎がとけても、ほとんどカタルシスがない。
 

3 ○○式歩兵型戦闘車両

 突然出現したナメクジ怪物。自衛隊のヘリも戦車も通用しない。そんな相手に立ち向かうのは環境庁の巨大合体ロボ「ダブルオー」。事故やリストラで偶然、搭乗することになった三人は、謎の敵との戦いに巻き込まれていく。

大原読みやすくて分かり易い。兵器オタクぶりも楽しい。ただ、全体としてアニメの原案っぽくて、小説としての強烈な魅力は感じなかった。
小谷笑えて楽しいバカSF。
神林リアルさの追求が今一歩。
小松僕も中学生のころ、ちょうど終戦までは兵器オタクだったときがあって、ある意味昔の興奮を味わいながら読んだ。ただ、戦う相手がナメクジなのはどうかな。
笠井合体ロボットアニメを小説にしたとw
山田描写がなくて説明が多い。
 

4 さらば牛肉

 

日本各地で突如、牛たちが人間並みの知性を獲得する。やがて国会で牛権法が制定されるが、人間と牛の関係はしだいに悪化していく。

小谷ちょっとスケールが小さい気もするが、斬新な作品。馬鹿馬鹿しいアイデアを納得させる物語作りや、キャラクター設定が良かった。
神林哲学的寓話として読んだ。文章や構成は上手く、破綻もなく読ませ共感させる筆力はたいしたもの。だが残念なことに、ここに提示された命題に対する作者の回答が提示されていない。この書き方では一連の騒動が主人公の個人的な問題にとどまり、人類全体の普遍性を持たずに終わっている。
小松牛全体が一斉に知性を獲得していくとか、もっと大きなスケールを期待したのだが、日本だけの話で終わってしまった。感情移入させられたし、読みやすかった。
笠井今回の応募作の中では一番完成度が高い。物足りない面は、バランスは良いがSFならではの突破力が感じられないところ。
山田上手いし、よく調べてある。
大原楽しく、すらすら読みました。気になったのは神林さんがおっしゃったように、ラストでモー太郎がなにを言ったのか提示されていないこと。本来ここに書かれるのは人類全体が悪夢を見なければならないぐらいのことだと思う。
神林そうですね。僕もそう思った。
大原このオチはどうかと感じましたが、すごく面白い問題点が提示されている。私は新人賞に推します。

5 時庭夢緒物語

 

昭和初期、深町創は「認識の変革」を主題にSF作品を書き始めたが、周囲の無理解と表現の限界で苦悩する。やがて執筆活動の途絶えた彼に変わって仲間たちが彼の筆名「時庭夢緒」を使い、作品を発表していく。

神林困ったことに「時庭夢緒」というペンネームを使う深町創なる人物が存在したのかどうか、よくわからない。僕は実在した時庭という人物に材を取って、「実はそのペンネームは後年複数の人物が使っていた」という部分を創作したと解釈したのだけど。
山田実在しないんだよ。
神林え? これ、全部創作なの?
小松そうなんだよ。冒頭に横田順彌の「失われたSF作家を求めて」という評論集が出てくるけれど、当人に聞いてみたら、そんな本は書いていないって言うんだ。
神林そうなんですか。そうすると、読者を混乱させるだけの、二重メタじゃないですか。小説構造そのものに対して納得しかねる。
小松実在の人物の名を勝手に利用して物語を構築するという姿勢は、感心できない。
笠井ヨコジュンの名が出てきた時に、じゃあ時庭という作家も存在するのかなと思った。ここが嘘だとすると、この作品はフェアではない。
山田ストーリーや騙しのテクニックからすると、ものすごく惜しい。けれど、賞を与えるべきではないとも思う。どうしていいのかわからない。条件付きでA評価です。
大原基本的に面白く読みました。
小谷非常に未完成な感じがした。

6 クリスタライズド

 

惑星アンクの人たちは平和な生活を送っていたが、その不死の秘密を探る中央政府の侵略を阻止するため、自ら滅びを選んだ。その数千年後、アンクの遺産を受け継ぐ少女、愛蘭は中央政府の追跡をかわしながら、アンクの末裔に遺産を届ける旅に出る。

笠井ファンタジー色の強いワイドスクリーンバロック。惑星の組成情報がDNAに全て記録されているとか、面白い。
山田脳内デバイスとかアカシックドライブとか、ガジェットが醸し出すイメージは非常にいい。ただ惑星の情報を遺伝子化する技術を、読ませどころを「わからない」のひとことで片付けるのはまずい。
大原全体的に散漫。RPGのシナリオみたいな感じがした。
小谷設定と謎を解き明かす過程が物足りない。主人公、ふたりの娘に心惹かれるものがあった。
神林設定は凄く良いと思った。けれど細部の描写が脆弱で、物語にすんなり入れない。
 

そして大賞は

笠井「さらば牛肉」>「クリスタライズド」
山田「さらば牛肉」>「00式歩兵型戦闘車両」
小松「00式歩兵型戦闘車両」
大原「さらば牛肉」
小谷「さらば牛肉」>「00式歩兵型戦闘車両」
神林僕はどの作品も手入れ無しの形では推せない。第二回の水準と比較すると、受賞作なしもやむなし。選ぶとするなら「さらば牛肉」>「00式歩兵型戦闘車両」
山田「さらば牛肉」が入選作で、佳作が「00式歩兵型戦闘車両」でいいんではないでしょうか。
小松うん、そうだね。それがいいでしょう。どうですか、皆さん。
一同異議ありません。