第8回選考会議録要約

Last-modified: 2018-01-11 (木) 17:44:33

第8回日本SF新人賞 最終選考会議

前文

第8回日本SF新人賞 最終選考会議

一次選考通過 10作品

作者名作品名
綾河雅之時を越える想い
青浦英ウイルス
志保龍彦消失ディスペレンス
尾関修一蜜柑樹よりの使者 あるいはモルテヴィアン館の惨劇
手島史詞星の歌
黒葉雅人デフラグ
左畑志門ソウル・キャッチャー
樺山三英ジャン=ジャックの自意識の場合
木立嶺戦域軍ケージュン部隊
小松多聞白き焔

志保龍彦「消失ディスペレンス」

 

2006年12月2日に行われた会議の一部抜粋と要約(from SF Japan 2007SPRING
最終候補作品は6作。会議は各選考委員の採点の集計を拠り所に行われた。

作者名作品名採点者
梶尾浅暮小林田中合計
青浦英『ウイルス』6040452010175
手島史詞『星の歌』7060556060305
黒葉雅人『デフラグ』2060304030180
左畑志門『ソウル・キャッチャー』4060504090280
樺山三英『ジャン=ジャックの自意識の場合』40807010070360
木立嶺『戦域軍ケージュン部隊』7040808050320
 
梶尾まず、全体の印象は。
浅暮過去二回二次選考に関わったのですが、二回とも今ひとつ面白くなかった。ありきたり、定型的でせっかくのSFコンテスト応募なのに型破りな作品が無かった。しかし、今回は一作ですが、推したい作品がありました。
小林私も一昨年、昨年と二次選考に関わったのですが、ストーリーテリングに難がある作品が多かった。読み通すのが拷問に近いものまで^^; 今回は全体的に見れば、昨年よりも上です。
最終に残さなくてもよいと思える作品が二つ、これはいいなと思える作品が一つありました。

以下、採点の低い順に意見が交わされる。

 

1「ウイルス」 落選

 九州四国地方で一千万人以上の感染者を出した風邪が、死者ゼロで沈静化した。 その冬、同様の症状をみせる風邪が近畿中国地方で流行し、死者まで出る。その未知の病原体は、遺伝子治療目的で人為的に造られたウイルスと判明。致死率100%の風邪の流行に、日本全土がパニックに陥る。

梶尾小松左京さんの「復活の日」という作品の存在を知っていて書いたとしたら、ある意味凄いよね^^;
田中冒頭の掴みがダメ。その後説明的な文章が続き、緊張感のないまま最後まで何も起こらない。今回の作品の中で最も評価できない。
 

2「デフラグ」 落選

 遺伝性の色覚異常をもつ水墨画家久礼院定信は、ある日を境に熱の高低を表すサーモグラフのように世界が見えるようになってしまった。久礼院家の人間は遺伝的に蛇のような視覚を持っていた。曾祖父の望みが「蛇神になること」だったと知った定家の肉体に異変が起こり、爬虫類、両生類、魚類へと退行進化していく。

浅暮構成だけみるとしんどいが、個性や表現力は面白い。
小林人間が蛇になる話が、いつのまにか逆行進化の話になっている。作者自身気がついていると思いますが、テーマの整合性がとれていない。それにSFとしてはストーリーが平板。
 

3「ソウルキャッチャー」 落選

 2053年、月軌道上のコロニー。死者の生前人格に肉体を貸す僕は、訃報欄に恋人の名を見つけた。彼女の自殺の原因に特殊な人工酵素、バイオ企業の関与があった。容疑者にされた僕は[未知の時空域とコンタクトを可能にするバイオソフト]を駆使して真相を突き止めようとする。

梶尾読者を選ぶ作品。私は選ばれなかった。
美学が感じられた。文章力も優れている。人間心理とかドラマとか上手い。設定も面白い。外来語が多すぎる点はよくないかな。
浅暮ハードボイルドですね。
小林そうですね。それにディック的なところもある。ただ、この作品はスペースコロニーが舞台でなくてもいいわけで、SFが下地にあってもそれがストーリーにいかされていない。
田中最後まで入り込めなかった。文章が読みにくい。
編集さて、どうしましょう。
梶尾候補からはずしてもいいのでは。高く評価された森さんのご意見はうかがえましたし、選考会の記録は残るわけですから。
わかりました。残念ですが、了承します。
 

4「星の歌」 落選

 大崩壊と呼ばれた時代に、再会を約束しながら滅び行く故郷へ残る男と、新天地を求め旅立つ女がいた。それから200年後、新天地到着間近の星間移民船で、目ざめたユーキたちは難破船と遭遇、大崩壊以前の旧人類の少女ヨルンを発見する。そんな移民船で奇妙な事件が続発する。難破船との関連は? そして少女に隠された秘密とは。

評価が低いのは元ネタが見えるせいです。「宇宙船ビーグル号」と「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」の合体と思えた。
小林この作品や「ソウル・キャッチャー」は規定枚数の下限の350枚まで刈り込んだ方がずっと良い物になり得たはず。
確かにそうですね。中編にまとめていたら、いいものに仕上がったかも。
浅暮無難に仕上がっているが、どこがオリジナリティなのかと問われたら ・・・。
小林枚数を稼ぐために、いらない文章をたくさん付け加えている。複線かと思わせて、実は関係が無かったりする。これはミスリードというよりも、枚数を稼ぐために、あたかも謎があるように付け加えたものだと思う。そして必要以上に長くしたために、途中で犯人がわかってしまった。せっかくのミステリー仕立てが台無しになっている。
田中設定はなかなか面白いが、ミステリー部分をはじめ、作者が隠したい部分が全部予想がついてしまうのが最大の欠点。移民船という密室で起こる連続殺人事件と、何故主人公たちにロボット工学三原則が適用されないのかという点がポイントなのだが、どちらもすぐにネタがわかってしまう。SF的な部分が面白ければそれでもいいのですが、この話はどう見てもミステリーの部分が核になっている。これではまずい。
 

5「戦域軍ケージュン部隊」 佳作

 2151年、人類は異星種族バルジスとファーストコンタクトを果たすも、全面戦争に突入してしまう。その50年後、士官学校へ入学した時正は、和平に意欲を燃やす女子学生レイエルと出会う。そして戦場に。レイエルは司令部に、時正は最前線に配属される。やがて彼らは、このいつ終わるともしれない戦争が、実は和平交渉の一環であるという事実に直面する。

これも元ネタが透けて見える。基本的に「戦闘妖精・雪風」、そこに「ガンダム」や「マクロス」、「エヴァンゲリオン」といったアニメの要素が。さらに言うなら戦闘シーンがつまらなく、ラストも決着がついたような気がしない。
梶尾確かに、アニメを文章で読まされているような感覚が。
小林この作品はバカSFなのだと思う。敵が地球人とほとんど変わらないとわかっているのに戦争を続けるところが、ばかばかしくて面白い。
浅暮森さんの言うように、どこかで読んだ気がしてしまう。SFの持つ「新しい世界を構築して見せる」という可能性が活かされていない。今までのSFのリプリントのよう。シリーズの中の一篇を読んだような気がしてしまう。ただ細部までよく作り込まれているから、「スタートレック」風に量産できるなら、この作者は評価できる。
小林どこかで読んだ、という点は確かにある。ただ、どんな作品にも元ネタになった作品が存在するかもしれない。我々がそれを知っているか、知らないかの話で。だから、昔自分が読んだ作品に似ているというだけで落とすのはちょっと厳しすぎる。

6「ジャン=ジャックの自意識の場合」 大賞

 1968年、パリ在住の日本人青年にジャン=ジャック・ルソーの魂が降臨。青年は「エミール」に書かれたルソーの理想、「理想の子供を育てること」を決意、島を買い取り、孤児院を設立する。孤児院の子らは救い主を作り出すための実験体で、僕とアンジュはその一員だった。やがて特別な力を持った僕たちは、秩序が混沌とした複数の物語世界へのみ込まれていく。

梶尾この作品はどちらかというと「日本ファンタジーノベル大賞」向きな変化球。それであまり評価していないのだが、語り口は面白い。この作者の文章は楽しめるとは思った。
浅暮仕事の関係で途切れ途切れに読んだのですが、仕事中も続きが気になった。梶尾さんのおっしゃるとおりファンノベ向きな作品ですが、SFでないとは言い切れない。 SFの新たな可能性を考えたときに、哲学のパスティーシュという手法があるのではと、ここ数年の選考を通じて思ったが、この作者も同じように考えたのかもしれない。
小林その傾向は他の作品にも見られますね。哲学や宗教を取り込もうとする意識は。気になったのは、読み取りにくいところが結構ある点かな。ストーリーが一本の筋になっていないところも。
浅暮ストーリーを飛び越えてしまう主人公、メタ構造で、物語がパラレルワールドに広がっていくのだと思います。
私は、現実改変ものかと思いました。どこまでが現実で、どこまでが妄想なのかわかりにくい点が気になって、あまり評価が高くないのですが、読み物としては面白い。
小林パラレルワールドものと呼ぶには違和感が。主人公の主観、妄想の世界だと思うのです。なぜならばパラレルワールドであるなら、ここは違う世界という認識が一度は出てくるはずだが、それがない。
梶尾確かにいろいろな解釈ができそうだね。うん、面白いのは確かですよ。
浅暮文章的にちょっとおかしな表現もありますが。
小林確かに。
 

そして受賞作品は!

編集これで「ジャン=ジャックの自意識の場合」と 「戦域軍ケージュン部隊」が残りました。
梶尾皆さんの評価、採点ともに「ジャン=ジャックの自意識の場合」が強いようですね。私が当初推さなかった理由はこの作品がファンノベ向けに感じられたからであって、小説としての面白さでは一番ですから、皆さんが納得されるのであれば、異論はありません。
浅暮田中さんの意見は?(田中が欠席したため、事前に用意されたメモ書きによる意見のみだった)
田中これは強く推したいです。今回唯一これはおもしろいと思える作品でした。これはSFではないという意見もあるでしょうが、私にとってSFど真ん中です。
梶尾では決まりでよろしいですか。
一同はい
編集「戦域軍ケージュン部隊」の扱いはどうしましょうか。
梶尾皆さんの意見はある程度うかがっているから、田中さんの意見を聞かせてください。
田中文章、会話、ネタどれもなかなかで、高評価。冒頭部分を含め視点が何度か変わるところは難点ですが、そこは書き直して貰えばいい。全体に淡泊で、小粒な話なのでSF新人賞という大きな賞の受賞作に相応しいかどうか迷うところですが、SF文庫の一冊として発売されたなら文句はないです。
梶尾なるほど。小林さんも支持していることですし、佳作ということにしましょうか。
一同はい。結構だと思います。