歌声

Last-modified: 2015-06-18 (木) 00:17:54
626 名前: きゃあ(Aa1eJ.OQ) 投稿日: 2003/08/12(火) 22:55 [ he2kQZ4M ]

歌声


あの歌声が聞こえる。
心地よいメロディーと涼やかな声。
僕は聞いたときから――…


「遥かに思う夢。ソレは遠くに」


 桜の花が舞う春。
僕は路地を歩いていた。
「誰だろう…?」
誰かが歌っている。
僕は意思の赴くままに足を進めた。
 コレが運命だったのかもしれない。
「一体誰が…」
 驚いた。
歌っていたのはしぃだった。
 しぃは僕の姿を見止めると、
少し驚いた表情を見せ、すぐに微笑み返してきた。
僕は何もいえなかった。
阿呆らしく口を開けて彼女の歌に聞き入るしかなかった。


「無邪気に待ちながら、夜は更けていく」


 蝉の忙しく鳴く夏。
あの日から彼女に見つからないようにちょくちょく歌声を聴きに行っていた。
今日もこっそり聴きにいった。
 しかし僕は見てしまった。
通りかかるギコに、満面の笑みを浮かべ、嬉しそうにしている彼女を。
 彼女が彼に寄せる思いはすぐにわかった。
僕が彼女に寄せているものと同じ…
 なんだ…?この別の気持ちは…


「この世が闇に閉ざされて、願星を待つしかできない」


 僕は変わった。
純粋な気持ちだけで歌を聴きに行くことはなくなった。
黒い感情が僕を支配する。
 侵食されていくような不安感と嫉妬。
 ふっと歌声が止んだ。
「何シテルノ…?」
 どうやら僕に気付いたようだ。
僕はやんわりと微笑んだ。
「君の歌を聞きにきたんだ。とっても綺麗だったからね」
「本当?ダッタラ ギコ君モ 振リ向イテクレルカナァ?」
 ――なんであいつの話をするんだ。
「きっと振り向いてくれるさ!さぁ、僕は帰らなきゃ!」
「バイバイ!アリガトウ!」
 彼女の言葉が突き刺さるように背中に飛んできた。


「心にはぽっかり穴があいてる。この中の虚しさを埋めてくれるのは何?」


 夏も終わり、涼風の吹く秋が来た。
今日もやっぱり彼女を見に行く。
 しかし今日は様子が違った。
 ギコが女を連れて彼女の前を通り過ぎていった。
彼女の顔がゆがんだ。悲しそうにうつむく。
きっと泣いている――…
 彼女は歌を最後まで歌い上げると、上を見て微笑んだ。


「知らなくても満たされる?だったら自分は知るチャンスがほしい」


「しぃさん…」
「モララーサン…見テタノ…?」
当たり前じゃないか…僕は…彼女のことが…
「エヘヘッ…ナンデモナイヨ…」
「嘘はよくないよ」
「嘘ナンカ――…エッ?ハニャアァ!」
 僕は彼女を抱きしめた。
背骨が軋むほどに。
「辛いだろうね…楽になりなよ…」
「グッ…苦ジィヨ…モララーサ…シイィィィィィィィ!」
 耳を引き千切った。紅い鮮血が僕と彼女を汚す。
傷口に涼風がしみるようだ。
「イダイヨォ…ヤメデ…モララーサン…」
「僕も痛いさ」
 僕は立ち上がり、彼女を段ボール箱から引きずり出した。
アスファルトの上に倒れこんだ彼女の顎を、思い切り蹴り飛ばす。
「ガッ!ゴブブゥ…」
 下顎の骨が砕け、舌に刺さったらしく、彼女はもう、歌えない。
目をキツク瞑り、痛さを堪えるように手を添える。
「痛い?僕も十分痛いんだよ?」
「ゴブッ!ウジィィ!」
「何言ってるのかわからないよ?意地悪だね。」
 足を踏みつける。ゴキッと香ばしい音がして、
白い骨が天に向かって突き出た。
「ガフウウゥゥ!ブウゥ!」
 痛さのあまりに暴れている。
僕も彼女も。
「一気に片をつけようか…」
 彼女の左胸を突き抜いた。
僕の手には彼女の心臓。僕よりも早く脈打っている。
「さようなら…」


「願うのは―――」


「僕の愛しい人…」
心臓はもうない。心ももうない。
僕が潰したんだ。彼女を。
最後にしたかったことを、冷たく横たわる彼女にする。
「好きだった。あのときから」


「幸せのお星様が来ることだけ」


血の味のする冷たい唇と、僕はキスを交わした。



                              臭く終わる。