第二十六話 重ならぬ道
何故だ。何故、「あの船」の姿がこんなにも自分の血を滾らせる。
憎しみか、それとも悦びか。わからないが確かに自分は今、興奮している。
アークエンジェル。伝説とすらなった白亜の戦艦。
連合の憎き裏切りの船にして、多大な被害をもたらした疫病神。
見たことも、戦ったこともないはずなのに。
どうしてこんなにも血が騒ぐ。
ネオ・ロアノークは自身の乗機、マゼンタカラーに塗装された最新鋭量産MS・ウインダムのコックピットの中で顔を歪め笑っていた。
───飛行する敵MSのパイロットたる、指揮官の考えることなど知る由もなく。
「敵艦隊からMS、発進!!数、18!!」
「機種は!?」
「飛行する黒いダガーが15、ウインダム、1!!それにこれは……アスランから報告のあった3機のうちの二機です!!」
「なんですって!?ザフトから強奪された!?」
「カオス……アビス!!そう呼称される二機と思われますっ!!」
艦橋には、緊迫した空気が流れていた。
アークエンジェル艦長、マリア・ベルネスであった女性こと、マリュー・ラミアスは水平線近くに浮かぶ二隻の艦と、そこから発進してくるMS部隊を睨んだ。
『艦長!!発進する!!シンとジェナスに艦上のアホを当たらせて、残りを俺とキラとアスランでやるが、いいな!!』
「ええ……バルドフェルド隊長、お願いします」
『ああ、行ってくる!!』
「気をつけて」
黄色にカラーリングされた、バルドフェルド駆るムラサメが飛び立っていく。
アスランのセイバーがそれに続き、更にはキラのストライクノワールが水中へ飛び込み、各自の充てられたポジションへと向かう。水中戦に対してはこの艦の艦載機では接近戦に持ち込むしかない。
そうなると、インパルスかストライクノワール。
ソードインパルスでも不可能ではないが、経験もふまえバルドフェルドはシンではなく、キラをそちらに割り当てたのだ。
彼らの無事を願いながら、彼女はクルーに対空戦闘の準備を命じた。
「ディグラーズッ!!何故、お前がこの世界にいるっ!?」
発進するなり、ジェナスは身に纏ったエッジバイザーの二刀を振り下ろし叫んだ。
『っぐっ……ジェナス・ディラ……エッジバイザーだとっ!?』
頭上にそれを受けた漆黒のアムジャケットは一瞬驚いたようなぎこちない動きを見せ、すぐさまジェナスの渾身の太刀を押し返し、高笑いを電波越しに放つ。
『くっ……そうか、そうか、そぉぉぉーかぁぁぁぁっ!!!!貴様も来たのか、ジェナス・ディラあっ!!』
ハンマーを、一閃。
二刀流の大太刀と大鎚がぶつかり合い火花を散らし、二人はそれぞれ、アークエンジェルの両足に設けられた主砲、ゴッドフリートの二門の砲の上へと着地する。
『あのときの決着……これでウジ虫どもの邪魔なくつけられるわっ!!』
「く……やめろっ!!俺達がこの世界で戦って何になる!!無意味だろうがっ!!」
数度に渡り、互いの得物が交差し、上空を飛び交いながら言葉が応酬する。
しかしながらそれは、水掛け論、自分の強さのために戦う者と、自分以外の何かのために戦う者とが繋がるわけもなく。
「戦ってる暇があったら、帰る方法をさがすべきだろうっ!?」
『知ったことかぁごるあぁぁっ!!俺はお前のような強い奴に勝てれば、それでいいのだぁっ!!』
「ぐっ……このっ!!」
『戦ええぇっ!!ジェナス・ディラぁぁぁっ!!』
『ジェナス!!』
「シン!?だめだ、こいつは……」
援護のため、シンのソードインパルスが薙ぎ払った対艦刀はいともたやすく身軽なディグラースにかわされ、反撃のハンマーを肩部に受けたインパルスの機体は艦最後部まで吹き飛ばされる。
『目障りだ、どけえぇぇっ!!』
『わあああぁっ!?』
「シン!!」
『いいくぞおぉぉっ!!俺は……貴様に、勝つのだあぁぁっ!!』
フォローに行く暇もなく、大鎚の波状攻撃にジェナスは晒された。
「くそ……っ!!なんてパワーだよ、あいつは……!!」
シンは、くらくらとする頭を振って、インパルスの機体を艦に激突する前に辛うじて立て直した。
「ん……右肩部VPS装甲、動作不順?うそだろ、そんな……!!」
立て直しておいて、計器の告げる異常に驚愕する。
真っ赤に染まっていた肩のVPS装甲が色を失い、くすんだディアクティブモード時の灰色に戻っていたのだ。
わずかに時間を置いて、再び肩部に電圧が復帰し、色が染まっていく。
障害は、ハンマーの衝撃による一時的なものであったらしい。
「マジかよ、あんな小さいハンマーの一撃で……」
そこまで言って、シンはユニウスセブンを割ったジェナスのことを思い出す。
そう考えれば、この程度不思議もないのかもしれない。
一撃なら電圧が落ちるだけで、なんとか耐えられる。だが二連続で食らえば
さしものインパルスの頑丈な装甲とはいえ──……
「……同じとこに二発は食らえないってことか……なんなんだよ、あいつは!!」
毒を吐き捨て、シンは己の戦うべき相手を探す。
海中のアビスとは、キラが。
高空ではアスランが、ダガーの射撃を避けつつカオスとドッグファイトを繰り広げている。
残りのダガー部隊と赤紫のウインダムをかき回し、ヒット&アウェイを繰り返すのはバルドフェルド。
ジェナスはあのハンマー野郎とやりあっている。
状況は膠着状態といっていいだろう。
(艦の直衛だけやっててもっ……!!)
──と、なると。突破口を開くには、やはり。
「母艦を、叩くっ!!」
ペダルを踏んで、バーニア全開。
飛行能力のないソードインパルスだが、この海戦を行っている程度の距離ならば飛び移れないこともない。
がら空きの母艦を、叩き斬る。
『おい、シン!?お前の役目は艦の直衛だろうっ!?』
「このままぐだぐだやってても埒が開かないでしょう!!俺が母艦を落とします!!」
『馬鹿!!無理に落とす必要はないだろうが!!あくまでこっちの目的は突破だ!!』
「だから───突破するんですよっ!!そいつら、ひきつけといてくださいっ!!」
シンの不穏な動きに気付いたアスランとバルドフェルドから、怒声が飛ぶ。
だがシンは聞く耳を持たず、アンビテクストラス・フォームへと連結させた剣を手に二隻の艦へとインパルスを飛ばす。
突破するというのなら、こうすればいいのだ。
無駄に労力を使うよりよっぽど味方にも敵にも犠牲が少なくて済む。
「うおおおおおっ!!」
連結刃状態のエクスカリバーを振り上げ、空母の艦橋目掛けて突き立てる。
その距離はもう数メートルとない。砲台を向けるのも間に合わず、邪魔するものは何も──……
「何っ!?」
いや、あった。
インパルスと空母の間を遮るように割り込み飛び去っていく黒い影。
バーニアをふかしUターンし、空母上に着地するそれは、大天使への攻撃へと参加していなかった強奪機体最後の一機、ガイア。
「こいつがいたか……っ!!」
この狭い足場でのガイアの相手は、きつい。
相手は変型のおかげでこの狭さでもいくらでも戦術の幅がある。
一方こちらは飛べない上に大振りの剣しかない。奴を捉えるのは困難だ。
『馬鹿っ!!早く下がれっ!!』
「できりゃ苦労はしませんよ!!大丈夫です、やれます!!」
アスランに怒鳴り返したはいいが、明らかにシンのそれは強がりや反発以外のなにものでもなく、自信ではなく過信を持った経験の浅い兵士の、上官に対するそれであった。
「さあて、どうやって……え?」
だが、シンはさっそくそれを後悔することになる。
俊敏な動きを身上とするガイアが特にライフルを構えることも無く、盾をこちらに向けてただ立っているのには
わけがあった。彼らのいる空母の後部甲板が、徐々に開いていく。
「でかい……モビル、アーマー……?」
言葉を失い、唖然とシンが見上げたそこに浮上したのは。
深緑色をしたずんぐりとしたボディーの機体、連合軍の名づけた彼の知らない名称は『ザムザ・ザー』。
よりにもよって彼は、火中へと飛び込んでしまったのである。