第二十七話 激情に染まる海
──ステラは、ザムザ・ザーと対峙する赤いMSを見ながら思った。
あの人と戦うの、嫌。
あの人、大丈夫ってステラに教えてくれた。
みんなが死なないよう、おっきな石、割ってくれた。
けど、あれは敵。戦わなきゃいけない。
『ステラ!!ザムザと連携して、そいつを落とせ!!』
ユニウスセブン上でビームを乱射していたガイアを押さえつけて、大丈夫だからといってくれた。でも敵。
最適化は嫌なこと、忘れさせてくれる。だからどうしてあの時あんなに嫌だったのか、覚えてない。だけど、あのMSのやったことは嫌じゃない。嫌じゃないことだったから、覚えてる。
「……わかった」
でも、ネオが言うなら戦う。
戦わなきゃいけない。じゃないと、ネオやステラやスティング、アウルが怖い目に遭う。
そんなの、だめ。
せめて、前スティングが教えてくれた殺し方で、殺す。
「一瞬で、楽にしてやる」。スティングはそう言っていた。
ステラもそれ、やる。
「ステラ……一瞬で楽に、してあげるね……」
「うっそ、だろ……これ?マジ?かよ……」
眼前に浮かぶMAの威容に、シンは息を呑む。
つい調子に乗って一人でつっこんだら、これだ。
「く、ここはアークエンジェルに一旦……っ!?」
放たれるビームをかわし、ここは逃げるが勝ちとばかりに背を向ける。
しかしそこには変型済みのガイアが既に回り込んでいて、
構えたシールドごと体当たりでMAめがけて吹き飛ばされる。
「ぐううぅぅぅっ!!こん、のおぉっ!!」
衝撃に胃の内容物が逆流しそうな衝動に駆られつつも、シンは必死で機体を建て直し、後腰からビームライフルを引き抜いてガイアへと連射する。
『シン君!!そのMAの前から退きなさい!!ゴッドフリートを集中させて墜とします!!』
「り、了解っ!!」
ブリッジからの通信に、慌てて射軸上からインパルスを退避させるシン。
直後、4条のビームが彼のもといた場所を横切り、敵MAへと突き刺さり爆煙を起こす。
あの見るからに鈍重そうな機体で、避けられるはずもない。
「やった!!どうだ!!あとはガイアを───……」
自分がやったわけでもないのに快哉をあげるシンも、
ブリッジから煙を見守るマリューも、MAの撃墜を信じて疑わなかった。
いくら大型のMAとはいえ、その程度の大きさではラミネート装甲を積んでいたとしても艦砲レベルのビームでは廃熱が追いつくはずもないからだ。
なのに。
「ええっ!?そんな!?」
煙の中からそれは、無傷で姿を現した。
砲撃に向けて背中を向けるような形で、
光り輝くビームのような膜を展開して。
「ビームの、シールドっ!?」
『気をつけろ、シン!!光波防御帯……ち、邪魔を……『アルテミスの傘』だ!!……横!!ガイアがくるぞ!!』
「っく!?」
援護に向かおうと飛翔するセイバーがカオスに行く手を遮られ、アスランの舌打ちが通信機から聞こえる。半ば呆然としていたシンがガイアのビームブレイドをかわすことができたのは、彼の言葉のおかげに他ならなかった。
「これ……ちっとばかしまずいんじゃないか!?」
前方には、戦艦のビームすらはじく、巨大MA。
後方には、地上戦を最も得意とするガイア。
前後を塞がれて、シンはごくりと乾いた喉に唾を鳴らした。
ガイアの始動と同時に、ブースター全開で飛び上がった。
「キラは!?どうなっている!?こっちは雑魚どもの相手で一杯だ!!アスランも緑に取り付かれてて動けん!!」
『駄目です!!海中でアビスを押さえ続けてはいますが、突破するには……!!』
「ちいぃっ!!あんのシンのアホたれがっ!!」
戦況は不利に傾きつつあった。
シンの独走に、MAの出現。
最悪、雑魚を全て落とせばあちら側も退くだろうと考えていたが、甘かった。
おそらくあのMAには、戦艦クラスの砲が備わっているだろう。
あれだけのでかぶつなのだ、当たればアークエンジェルとて危うい。
雑魚を落としたところで、奴らが退く可能性は殆どなくなってしまった。
「この、紫の!!こいつ……邪魔をするな!!」
ムラサメをMSへ変形させ、ビームライフルを放つ。
赤紫色の隊長機であろうウインダムは、機敏にそれに反応すると盾で受け、ビームをやり返してくる。
「その動き、その射撃……!!死人を思い出させるんじゃない、この!!」
ナチュラルが乗っているとは思えないその動きに、バルドフェルドは苛立ちを抑えきれなかった。
かつての敵にして、喪われた戦友。
金髪のあの軽い男を連想させられて、神経がぴりぴりと逆立っていくのがわかる。
「あの男の分も……俺は彼女を、アークエンジェルを、守ってやらなくちゃならんのだっ!!どけ!!」
こいつは、俺が墜とす。
バルドフェルドは彼にしては珍しく、敵に対して理由の無い激情に駆られていた。
「は、あああぁぁっ!!」
『でえええぇぇぇいっ!!』
数え切れぬ交差の、新たな一回が、二人の間にまた刻まれる。
アークエンジェル艦上でのジェナスとディグラーズとの戦いは、拮抗していた。
不意に、ディグラースが構えを解き、対峙するジェナスへと尋ね出す。
『……そういえばそのバイザー、シーン・ピアースのものだな?何故貴様が使っている?あの軟弱男はどうした』
「……」
『あの男も、なかなか楽しめたがな……。やはり貴様を倒さねば俺の最強は──……』
「……死んだよ」
『ぬ?』
「シーンは……死んだ。ロシェットに、刺されて……」
『……ほう?あの糞餓鬼にか?それはまあなんとも情けない最期を遂げたものだ』
「なん、だと……?」
『所詮あの男も、弱かっただけのことよ。だが俺は違う。俺は……最強なのだっ!!』
「てめえ……!!」
『それを、証明させろおぉぉっ!!』
お前に、何がわかる。何も知らないくせに。
シーンがどんな想いで死んでいったのかを。
彼の遺した言葉を。
狂ったロシェットも、全ての責を負ったKKも。
セラや皆の流した涙も、何も見ていなくて、どうしてそんなことが言える。
彼の死についてとやかく言う資格など、貴様にあるというのか。勝手なことを言うな。
ジェナスのうちに滾りはじめた怒りに気付くこともなく、言うが早いかディグラーズはハンマーを手に最加速で突進してくる。
「てめえええぇぇぇっ!!!!」
ありったけの力を込めてクロスさせた二刀が、それを受け止める。
生前、シーンの必殺であった技、クロスアタック。ジェナスもまた、その使い手であった。
その技を持って、重いハンマーの一撃をしっかりと防ぎきる。
『ぐ……ぬ……!!』
「赦さ、ねええぇぇっ!!この、シーンの形見で!!俺はお前をっ!!」
いや。防ぎきるどころか、弾き。ディグラーズを仰け反らせる。
隙だらけになったアムジャケットに対し、ジェナスは右のデュランダルを振りかぶった。
──駄目だ、ジェナス──
……が。
どこかで。
誰かが自分に向かって、囁いたような気がした。
ハッと我に返り、寸前で刃を止めたジェナスは、代わりに左の拳を渾身でディグラーズのボディへと叩き込む。
その衝撃は、バランスを崩したディグラーズをアークエンジェル上からはじき出すのには十分であった。
『何いィィィっ!?ぐ、落ち……またか、またなのかあぁぁぁっ!?」
放物線を描き、ディグラーズは水面へと落ちていった。
肩で息をしながらジェナスは、周囲を見回し、大剣の刀身に映る自身の姿を見つめる。
「今の、声は……?」
シーン、だったのだろうか。
だとすれば、また。彼とこの機体には助けられたことになる。
死してなお、彼はジェナスたちのことを見ているのだろうか。
「くそっ……悪い、シーン……。俺、まだでっかくなれてない……」
自責の念に、頭をデュランダルの白い刃へと預け呟かずにはおれなかった。
「……ブリッジ。ディグラー……いや、艦上の敵は撃退した。引き続き迎撃を続ける」
だめだ。もっと、しっかりしなくては。
彼が安心して眠っていられないではないか。
通信を切ったジェナスは、飛来するミサイル群の迎撃へと向かった。
苦々しく、心は染まっていた。