第三十六話 レイ
ミネルバに先導されたアークエンジェルは、ザフト軍・カーペンタリア基地へと入港した。
白亜と、鉄灰。二色の巨艦が並び立つ光景は壮観ですらあった。
「特務隊、アスラン・ザラ以下アークエンジェルクルー五名、乗艦許可を」
「ああ、いいぜ。許可する。───っつっても、意味ないみたいだけどな」
アスランと赤みがかった金髪の男──ハイネ、オレンジ色のグフのパイロット。
アスランと同じく『フェイス』──が形式上のやりとりをしている向こうでは、彼に連れられてミネルバへとやってきたアークエンジェルの乗組員たちがミネルバクルーたちと交流を深めていた。
例えば。
「シン!!ジェナス!!よく無事だったなぁ、おい!!」
格納庫のややスペースの広くなったところで、先程の声をあげたヨウランやヴィーノなじみの整備班クルーたちにシンとジェナスがもみくちゃにされている。
戦闘中に暴走したシンや、なにやら知っている相手のようだったジェナスも、ほっとしたように皆の手荒い歓迎に喚き散らしている。
「本当に、ありがとうございました!!キラさんがいなかったら私……」
「ああ、うん。気にしないで。大したことはしてないから」
キラはキラで先程の戦闘中助けたルナマリアから目を輝かせて詰め寄られ、汗をかきかき、たじろぎながらなんとか応対し。
そのすぐ側ではメイリンと、ミリアリアとセラのコンビが話しこんでいる。
「インパルスのことなんだが……」
「大気圏内ではやはり……」
珍しく軍服姿のマードックが(それでも袖は例によって乱雑に捲り上げているが)、エイブスとインパルスの大気圏内での運用について実戦でのデータをもとに話し合っている。
整備班長同士、通じる部分があるのだろう。
「なんか、問題なさそうだな」
「……そうですね。殆どが同年代ということもあるのでしょうが……」
「ま、仲がいいってことはいいことよ、ウン。お前もオーブからこっち、大変だったな?」
「いえ……そんな」
「しっかしまさか、消えちまってたと思ったら、あんな任務受けてたとはなー」
「ああ、はい、まあ」
その点は、ユウナの悪巧みというか、外交戦術によるところなのだが、わざわざ言うこともあるまいと、アスランは言葉を濁す。
(──ん?あれは)
軍艦とは思えぬ、随分と和やかなムードの中に一人だけ溶け込まずにいる人間に、アスランは気付いた。わいわいと騒ぐ面々から少し離れたところに腕を組み、壁に寄りかかって立つ金の長髪は、レイ・ザ・バレルのものだ。
「どうした?」
「あ、いえ。なんでもありません」
彼は、じっと一点を見つめていた。
ちょうど人の密集した部分であったために、それが誰に対するものであるのかまではわからなかったが。
「大体、お前堅苦しすぎ。もっと肩の力抜けよ、アスラン」
「は、はあ……」
割と強めの力で背中を叩かれ、アスランはハイネとの会話に意識を戻す。
彼は気付かなかったけれど、レイは確かに見ていたのだ。
赤髪の同僚と話す、一人の青年を。
アスランの親友、キラ・ヤマトを。
他の人間から見ればいつもどおりの無表情の仮面の下で、密かに彼は困惑していた。
「独立艦隊?」
ミネルバの艦橋に通されたマリュー・ラミアスは、怪訝そうな表情で聞き返した。
「ええ、そうですわ。正式の指令書が議長からきていますし───……」
コーヒーに口をつけながら覗き込む、二人の男女。
アンドリュー・バルドフェルドとマリューはアスランたちよりも一足先にミネルバを訪れて、艦の責任者であるタリアやアーサーとの会見を済ませていた。
そしてブリッジで今後のことについて、ということになったのだが……
「ほう?遊撃……なるほど、便利屋というわけか」
口をつけたコーヒーの味は、悪くなかったらしい。
バルドフェルドが皮肉めいたようでありながらも茶化すような、機嫌のいい声をあげる。
タリアが示したのは一枚の指令書。最高評議会議長の名で出されたものだ。
名目上オーブから奪取され、ザフト軍に編入されたことになっているアークエンジェルのクルーには、従う義務が生じる。
ひとつ。
明朝0:00をもって、ミネルバ並びにアークエンジェルの二艦を独立した遊撃艦隊として編成する。
ひとつ。
上記の遊撃艦隊は出撃が可能になりしだい、ジブラルタルへ向け出航。
各地の駐留軍並びに彼らの支援する独立運動を援護せよ。
大雑把に言えば、このようなところであった。
言ってみれば、員数外の火消し。あるいは使い走らされる、便利屋。
「独立運動というと……やはり?」
「ええ。連合の支配が長かった反動かしら……ここのところ、ね」
火種があったことは、マリューもバルドフェルドも知っていた。
連合の支配地域は広いが、その在りようはピンキリだ。
善政が敷かれ安定しているところもあるが、やはりどうしようもなく格差や差別のあるところ、連合の役人が寄生しているところというのもある。露骨な虐殺や強制連行のなされているところさえも。
そういった部分の不満が噴出し、独立運動があちこちで活発になっているとタリアはいう。
そして、独立や解放が成功すれば、それはその分だけ連合の体力を減らしまた、プラントに対し立場上友好まではいかないまでも恩義を受ける、
彼らのことをなかなか無下にできない中立国や国民たちを増やすことになる。
「ま、言ってみりゃ、戦争は世論と体力だからな」
地球の世論がプラント排除から退けばおのずと、戦争は続けられなくなる。
同盟国の戦力が裏返っても同様だ。
早期終結を狙うなら悪くない。戦後を睨むのならなおさらだ。
中途半端にヘタを打てば泥沼にもなりかねんが。
バルドフェルドはそう評した。
「でも、いいのかしら?プラントに領土的野心はないのでしょう?」
「ええ。ですから、私達が向かわされるんです」
「なるほどな。僕らはさしずめ黒子か」
表立っての大部隊は動かせないのなら、こっそり一騎当千を送り込めばよい。
どうやらプラントの議長殿とやらは、アークエンジェルの力をよっぽど買いかぶっているらしい。
「よろしく……お願いしますわ、ラミアス艦長」
「ええ、こちらこそ。グラディス艦長」
二人の艦長は、握手を交わす。
この艦橋に入ってきたときとあわせて、これが二度目だった。
「話って、何かな」
ルナマリアの質問攻め、マシンガントークをなんとか凌ぎきったキラは、ひとまずの息をつきながら手すりに体重を預けた。
夕日に染まるカーペンタリア湾を臨むミネルバのデッキからの眺めは、実に美しい。
「……」
「レイ、だったよね。きれいだよね、ここ。軍の基地とは思えないくらいだ」
彼は声をかけられ、話したいことがあると言われ、ここにいた。
彼から少しはなれ、どこか憂鬱そうな表情で目を細める金髪の少年によって。
「えっと」
金髪の彼、レイは無口だった。両手の指を絡めあわせ、何かを思案し、顔を伏せている。何か会話を切り出そうかとも思ったが、彼の考えを邪魔してはまずいと思い、いいかけたままやめる。
「キラ・ヤマト」
「?」
「私は」
決心したように顔をあげた彼は背筋を正し、ゆっくりと言った。
キラにとっては忌まわしき人物の名を、明確に。聞き違えようのないトーンで。
「……私は、ラウ・ル・クルーゼです」