第三十五話 リセット・ザ・リレーション
指先が、自然と動いた。
迫りくるビームサーベルの光を見ながらも、彼は操縦桿とスイッチを操作し、分離シーケンスを行っていく。
サーベルが五体を失ったインパルスの胸を貫くのと、シンを乗せたコアスプレンダーが下半身を排除しつつ分離するのはほぼ同時であった。
間一髪難を逃れた小型機は折りたたんでいた羽を伸ばし、急速に紫の堕天使のもとを離れていく。
「ルナ!!ルナなのか!?」
『他に誰が……いるってのよ!!さっさとハイネからパーツを受け取って!!』
「ハイネ?」
彼が目指すもとには、一機の戦闘機と、更に一機のMSが飛んでいた。
『ザクが……とんでる?』
水面に顔を出したストライクノワールから、キラのもっともな台詞が飛んできた。
確かにルナマリアの乗っているシルエットフライヤーの横には、インパルスのパーツ、チェストフライヤーとレッグフライヤーを抱えた橙色のザク(?)らしき機体が背部ユニットの翼を広げ飛んでいる。
『ちぃーがぁーうっ!!!ザクとは違うんだよ!!ザクとはっ!!グフ!!グフイグナイテッド!!』
『す、すいません。えっと』
『もーいい!!インパルスのパイロット!!はやくパーツ受け取れ!!』
「は、はい!!」
嘘だろう、あのキラがたじろいでいる。
少々驚いていたシンは、グフ──そう呼ばれた機体の投げたパーツにガイドビームを合わせ、インパルスにドッキングさせていく。
「よし!!ルナ!!」
『オッケー!!射出するわよ!!」
シルエットフライヤーからフォースシルエットが射出され、インパルスの背に装着。
大半のパーツを失った彼の機体は、その設計思想どおりにこうして今、蘇った。
「やった!!」
あたしだって、やればできるじゃない。
慣れない航空機のコックピットで、ルナマリアは快哉を叫んだ。
『ルナ!!危ない!!』
「───え?」
彼女が自分の成果に浸っている間に、紫のフリーダムがこちらに、二門のレールガンを向けていた。
やられる!?ルナマリアの背中に嫌な汗が流れ、全身が硬直する。
(うそっ!?)
発射を止める者はいなかった。たった今合体したばかりのシンや、他の機体も遠すぎる。けれど、放たれた弾は横から割り込んだ別の砲撃によって撃ち落された。
「え?え?」
『大丈夫?』
彼女を守るように、漆黒の機体が間に割り込んだ。翼に装備されたレールガンからは、硝煙が燻っている。彼のこの機体が救ってくれたようだ。
発射されたレールガンを撃ち落すなんて、すごい。
『アークエンジェルが収容してくれる。君は下がっていて』
「は……はい!!ありがとうございますっ!!」
繋がれた通信から聞こえる穏やかな青年の声に顔を赤らめ、
助けてもらったことを感謝しながら、ルナマリアは機首を白亜の艦へと向けた。
『アークエンジェル!!こちら、ザフト軍『ミネルバ』所属、特務隊「フェイス」。
ハイネ・ヴェステンフルス!!これより旗艦を援護する!!ミネルバのところまで突っ走れ!!』
「援護に感謝します!!取り舵、10!!ザフトの戦闘機を収容後、最大船速!!」
援軍が、近くにいる。
その事実にアークエンジェルの艦橋は色めき、高揚する。
艦のレーダーで捕捉した一隻の味方に向かい、大天使のエンジンが唸りをあげる。
「ダークさん!?ダークさんなのか!?」
ジャスティスの射撃を懸命にかわしながら、ジェナスはエッジバイザーを走らせ、通信機の周波数を切り替えていく。どれだ、どれならば繋がる。
無駄だとわかっていても、あの機体の見せた動きが気になった。
『ジェナス!!艦から離れすぎだ!!無理に戦うなと言っただろう!!』
「く……アスラン!!けど!!この人は!!」
怒鳴るアスランがセイバーのシールドでジャスティスのライフルを受け、彼に艦の側まで戻るよう促す。
至近弾すらないように避け続けていたとはいえ、ジェナスはあまりに無防備に敵機へと近づきすぎている。
艦からも随分と離されてしまった。
ビームの粒子が散り、通信が乱れる。
その影響からか、微かに一瞬電波が混線し、仲間達のものとは明らかに異なる声が通信機に割り込む。
『……べぶっ飛べぶっ飛べぶっ飛べぶっ飛べぶっ飛べぶっ飛べ……ぶっ……べぇえええっ……』
「!?」
違う。あのリフターに乗った機体じゃない。
ジェナスが目を向けたのは、キラやシンがフリーダムと呼んでいた、羽を持つ機体。
奴は今、四門の砲を一斉に開き、ばら撒くように砲撃を乱射している。
ノイズだらけで聞き取りにくく、か細い音声でしか入ってこなかったが、
戦闘スタイルの暴走ぶりといい、その声は間違いない。
「タフトさん!?なのか!?」
『ジェナス!!く!!』
「あ、おい!?アスラン!?」
海面に向けて、セイバーがビームを発射。起きた高波にまぎれて高度を下げ、ジェナスの乗るエッジバイザーを彼ごとすくいあげて飛翔する。
「待ってくれ、アスラン!!あれは……」
『無茶言うな!!今は、ミネルバと合流して撤退するのが先決だ!!あの二機はそんなに甘くない!!』
エッジバイザーを脇に抱え、変型。スピードを生かし、フリーダムの乱射を受けつつも随分先に行ってしまっているアークエンジェルを目指す。
幸いなことに二機とも、深追いはしてこなかった。
追いかけたところで母艦や他の機体がついてこれないということをわかっているのだろう。
そういった状況判断の正確さもまた、ジェナスの中にあるあの二人のイメージを増大させる。
「く……ダークさん、タフトさん……やっぱり、そうなのか?」
紫色の二機が、どんどん小さくなっていく。
もはや周波数を合わせることができたとしても、声は届くまい。
「なんで……なんだ」
確証はないけれど。
いや、確証がないからこそあの中には、二人の戦友が乗っている気がする。
でも、何故。どうして。彼らが乗っているのであれば何故、自分に銃を向けるのだ。
蒼い空の上で明らかに目立つ不気味なカラーリングの二機を、縋るような思いでジェナスは振り返り、みつめていた。
戻れるものなら、戻りたかった。
セラに、どういって説明すべきか。
皆にこの疑念を言ったところで、打つ手があるのだろうか。
苦々しい様々な思いがジェナスを満たし、彼は唇を噛んだ。
アークエンジェルの先に更にもう一艦、次第にその巨躯を近づけてくるグレーの艦が見えた。
『……来たか、ミネルバ』
歓喜する他のクルーたちとジェナスの心情は、対照的であった。
ほっとしているのに、素直に喜べない。
鬱陶しくなって、ジェナスはヘルメットを脱いだ。