第七十五話 夜明けを求めて
シャトルの船窓から、ミーアは遠ざかっていく地球を見つめていた。
「だいじょーぶ、かなぁ……」
あのシンという子は、もうアスランたちの元に着いた頃だろうか。
ひどい怪我をしているようだったけれど、無事だといいのだが。
「ミーア様。どうなされました?」
隣席の護衛兵が尋ねてくる。
それほど自分は奇妙な表情をしていたのだろうか。
「なんでもないわ。……プラントに戻ったら、ラク……お姉さまには会えるのかしら?」
「さあ。私にはどうにも」
本来、ミーアはラクスの影武者を演じる予定であった。
だから整形もしたし、髪も染めた。本人から直接、教わったこともあった。
だが、自分は今、彼女のことを姉と呼んでいる。
本名の、ミーア・キャンベルのままで。
(でもまだ、そんなに経ってないんだなぁ)
彼女と、形だけの偽りとはいえ姉妹になって。
けれど当初に比べれば、随分と戸惑うことも少なくなったと思う。
なにより、今の生活にミーアはそれなりに満足していた。
ラクスやアスランたちの手伝いができるのは嬉しいし、ライブのステージに立つのも好きだ。
時折、目の回りそうな忙しさに辟易することもあるが、自分の好きなことができて、人の役にも立てるのだから、不満などあろうわけもなかった。
(ラクス様、元気かな?)
政治関連の仕事は大変だろうが、身体など壊していないだろうか?
先日の演説では、なんだか元気がなさそうだったが。
心配する彼女は、知る由もなかった。
ラクスとデュランダルの二人が置かれている、今の状況を。
「ウワッチャ!?……っぶねー!!」
金髪の少年は、目の前へと落下してきた瓦礫に尻餅をつく。
「こりゃあ、素直に避難しといたほうがよかったかな……?」
ラグナ・ラウレリアは皆の避難していった道をひたすら、舞い戻っていた。
突如として訪れた混乱。
巨大な、黒い怪物のようなMAに追われるようにして世話になっていた宿の主人と共に逃げた彼は、元来た道を逆行する。
「でも、あいつら……ナンでバイザーバグなんかがヨ……!!」
すべては、この世界にあってはならぬものを見てしまったため。
何ができずとも、その事実が彼の足を戦場へと向けていた。
「俺にも移ったカナ?ジェナの熱血馬鹿っぷりがヨ」
頭上を飛行していくバイザーバグから身を隠し、やり過ごす。
新聞やニュースを見るほどの余裕がなかった彼は、知らない。
その熱血馬鹿と彼が評した仲間も、この戦場にいることを。
「でも、やっぱあいつらは俺がなんとかしねーとナ!!」
自身の寝泊りしていた宿が、見えた。
この世界に飛ばされた時、何故だか身に着けていたアムジャケットも、あそこにあるはず。
稼動できるほどエネルギーが残っているわけではないが、なにも身に着けないよりはましだろう。
「わわっ!?」
勢いこんで向おうとした彼の頭上に、煙を噴き上げたバイザーバグが降ってくる。
泡を食った彼は、慌てて半開きになっていた近くの倉庫のシャッターの中へと転がり難を逃れる。
「あーっぶね、あっぶね。……ん?」
そして気付く。倉庫内に、二つのどこか見慣れたような形をした物体が鎮座していることを。
「こいつは?」
ひょっとして、と近づいていく。
彼の指先がそれらに触れようかとしたとき───……。
「うわっ!?」
倉庫の壁を突き破り。
蒼い影が、彼の側へと躍りこんできたのだった。
「くそっ!!まだ……」
「ジェナ!?」
「あ?」
それはまぎれもなく、熱血と彼が笑った、友の姿であった。
「シン!!カオスが!!」
「っ!!」
緑色の機体がムラサメを振り切り、光刃を輝かせて迫ってきていた。
肩からビームソードを引き抜き、アロンダイトとの二刀流をもって、その斬撃をシンはさばいていく。
『おらああぁっ!!新型だかなんだか知らねえが、ステラはやらせねぇっ!!』
そして、接触回線越しに届いてきた声に、目を見開く。
「スティング!?スティングなのかっ!?」
右を防がれたカオスが振り下ろそうとしていた左腕のサーベルが、ぴたりと止まる。
『……シン、か?』
「あ……ああ!!そうだ!!シンだよ!!よかった、話を───」
話をさせてくれ、できるなら、ステラとも。
安堵して声をかけようとした彼の言葉は、言わせてもらえない。
再び力のこもった一閃に、間一髪対応する。
「何するんだ!?相手がわかってんのに、戦う意味なんて……」
『お前が相手ならなおさら!!俺がやらなきゃなんねえんだよ!!シン!!』
「く……!!話をきいてくれ!!話を、ステラとさせてくれ!!」
『やかましい!!ここは戦場だろうが!!』
兵装ポッドのミサイルをバルカンで落とし、MA形態のカオスと刃を交えるデスティニー。
なんで、話を聞いてくれない?
こんな殺戮にステラや、彼らの手を貸させたくないからこそ話そうとしているのに。
「俺はお前達を止めたいだけだっ!!殺し合いたくは……」
『あまったれんな!!お前に……デストロイは!!ステラはやらせねえ!!』
「デストロイ、だと!?あの黒い化け物のことか!?」
ビームシールドで、カリドゥスを防ぐ。
動揺したシンに代わり、ルナマリアが手を伸ばして作動させてくれたのだ。
「まさかあの中に、ステラが!?」
『……っそうだよ!!だからお前には、落とさせねえ!!ステラが懐いてたお前には!!』
「そんな!!俺は……!!」
『俺達は……エクステンデッドはなぁ!!戦うしかないんだよ!!ずっと!!』
「っく!!」
スティングは、強い。
だが、自分だって。
負けられないのだ。
「……言っただろ、止めにきたって!!」
ゼロ距離で向けられたライフルから身を翻し、その銃身を掴み破壊する。
デスティニーの掌に装備された武装──ビーム砲、パルマ・フィオキーナによって。
『何っ!?』
「ステラなら、なおさら!!あの子にこんなこと、させられない!!」
光の翼が、輝く。
カオスはバルカンと兵装ポッドの砲で迎撃するが、そのスピードに翻弄されとらえきれない。
『分身だと!?』
幻惑するように、残像が現れては消え、消えては現れていく。
かつて見たことのないこの現象に、スティングは明らかに困惑していた。
「ステラを、止める!!そして、助け出す!!」
両腕を、斬り落とす。
「邪魔なんか、させるかっ!!」
ビームブーメランが兵装ポッドを次々に二機とも墜とし。
「絶対に!!」
二刀の太刀筋が、頭部と両足を宙に舞わせる。
『馬鹿……な?』
重力に引かれ、カオスの機体が落下していく。
黒い機体は、こちらを向いて停止していた。
「ステラ」
彼女は今、怯えているのだろうか。それとも、泣いているのだろうか。
きっと、どちらもなのだろうと、シンは思う。
死の影を恐れ、逃れようともがき苦しみ。
子供のように泣き喚いて、自分の逃れた死を別の誰かに与え続けている。
「今、俺が助け出す。俺が止める」
大人と幼児ほども体格差のある二機は、対峙する。
ルナが、がんばれという風にシンの肩に手を置いた。
「だから、ステラ。俺が今行く」
その黒い機体から、今俺が解放してやるから。
きみの怖がる「死」から、最も今近い場所から。