アム種_134_074話

Last-modified: 2007-12-01 (土) 15:58:39

第七十四話 真なる運命



 キラは、耐えていた。



 二基のビームシールドを広げ、極太のビームを機体前面で防いで。



「く……はやく、脱出を……っ!!」



 彼の背後には、半壊したバクゥの残骸が一機。

 黒いMAの迎撃に参加し、撤退しそこねた機体とそのパイロットがいる。



『キラ、頑張って!!今ニルギースがパイロットの救助に……』

「たの、む!!こっちは持たせるから!!」



 ミリアリアの声に、自らに気合を入れるがごとく大声で返す。



「こっちだ!!」



 一旦ビームが弱まったのを見計らい、後ろ腰のサーベルを一本放り投げる。

 当然敵は反応し、空中に舞ったサーベルの柄をビームで焼き払った。



 その隙に上昇をかけ、連結させたビームライフルの照準を向ける。



「だめかっ!!」



 やはり、弾かれる。

 弾速の速いロングビームライフルなら手薄な部分を狙えばあるいは、と思ったのだが。

 巨体に見合わぬ反応の速さで、黒い悪魔は腕の陽電子リフレクターを掲げ防ぐ。



(……どうするっ!?)



 ウインダムの手榴弾をバルカンで撃墜。

 キラは、必死で考える。



 どうすればいい。どうすればこの化け物を止められる。







 黒き翼が、疾っていた。



 灰色の曇った空を、一直線に。







「おらあぁっ!!ステラに手を出すんじゃねぇっ!!」



 憤りにも似た感情を吐き出すように、スティングは黄色いムラサメにサーベルを振り下ろす。



「どうしてまたてめーらなんだ!!どうしてステラとシンを……っ!!」



 変型する機体を、スティングも追う。

 デストロイに乗ったステラとシンが、また戦う羽目になるかもしれないのだ。

 本人たちが望もうと、望むまいと。



 そのことを考えると、スティングの心は今まで感じたことがないほどに苛立ち、怒りを覚える。



「させるかよ!!ステラには!!かわりに俺が……っ!!」



 お前らが。シンが戦場にいさえしなければ、ステラと彼が戦うことはないのだ。

 半ば責任転嫁のような論理で、スティングは盾の機銃を撃ち鳴らす。



「お前らが悪いんだっ!!お前らが!!」



 ムラサメの放ったミサイルを両足のビームクローで蹴り斬り裂き、スティングは敵機のあとに追いすがった。







「シン、見えてきた。前方よ」

「ああ、わかってる」



 機体は、桜色の燐光を纏い急いでいた。



 少年と少女は、自分達の目指すべき黒い機影を視認し、頷きあう。



「にしても、狭苦しいわね」

「……言うなよ。無理に乗り込んできたのはルナだろ?」



 桜色の輝きが一層強い光を放ち、機体は更に加速していく。

 その重圧が傷に障り、少年は僅かに表情を歪めた。



 少年も、少女も。紅い制服のまま。

 ある程度の耐圧機能を約束してくれるノーマルスーツすら、身に着けてはいない。

 そんな時間さえも惜しかったのだ。



───いや。平気だ、このくらい。



 唇を噛み締めて、痛みを堪える。

 操縦桿を握る掌に、力が篭った。







『こちらは救出した。思う存分やれ』



 言われなくても、既にやっているさ。

 やってるんだけど……ね。



 ニルギースの通信に、キラは密かに心の中で愚痴った。

 思う存分とはいっても、市街地。しかも突発的な戦闘で避難を完了しているわけでもないから、やってやれることとやれないことがどうしても出てくる。



 あの機体は、手加減して戦えるような相手ではないというのに。



「っ!?両腕を!?」



 だから本来、このように雑念に捉われている場合ではないのだ。

 キラが自分にそう言い聞かせた瞬間、街を蹂躙する敵機は、その両腕を分離し、ストライクフリーダムへと向けて発射してきた。



「これは……ドラグーン!?」



 こんなものまで。

 避けても避けても、三方向からやってくるビームの驟雨が機体を焦がしていく。



 一対一だったのが急に、三対一になったようなものだ。



「くそ、だったらこっちも───……」



 自身も翼に装備されたドラグーンを放出しようとして、スイッチに伸ばしかけた手が止まる。



……だめだ、使えない。



 元来、キラはそこまで空間認識力に長けているわけではない。

 それにストライクフリーダムのドラグーンは宇宙用で、その上調整がまだ完了していない代物だ。

 十分に調整し、訓練をしなければ、とても役に立つようなものではない。



「ぐううっ!?」



 ビームを放出するばかりだった黒い右腕が突如機動を変え、急速に接近してきた。

 射撃があたらないのならばという、直接ぶつける打撃へと切り替えたというわけだ。



 背面を強く殴打され、ストライクフリーダムはバランスを崩し落下していく。

 なんとか立て直し着地するも、衝撃は消えず瓦礫を薙ぎ倒し地面を滑っていくフリーダム。



「く……」



 くらくらする頭を振って、視界を安定させる。

 敵は?ぐずぐずしていたら、やられる。



「!?」



 眼前に、巨大な右腕があった。

 黒く光るそれは、五本の指にそれぞれ、巨大な砲口を持ち。

 それが今、撃ち放たれんと光り輝いている。



───ビームシールドを。



 機体の左腕を操作するが、その腕は瓦礫に埋まり、微動だにせず。

 ビームシールドを起動し、瓦礫を吹き飛ばすもその一瞬の遅れこそが、まさに命取り。



「まずい……!!」



 間に合わない。この至近距離では、とても。

 右腕を使おうにも、もうおそい。



 砲口から、ビームが放たれる。

 キラは諦観に、両目を閉じた。



 そして不思議なことに───……彼の身体は、焼き尽くされるよりはやく、浮揚感に包まれた。

 瞼を照らす、鮮やかな桜色の光とともに。







「───はぁっ、はぁっ」



 なんとか。

 間一髪、間に合った。



 シンは急速な機動によって身体にかかった負担に息を切らせながら、内心ほっとしていた。



「ったー……ちょっと、シン!!無茶しないでよ!!こっちは固定するものが──」

「……縞か」

「!?ああっ!?」



 ひっくりかえっていた同乗者が慌てて姿勢をなおし、スカートを押さえるのを見て安堵の溜息をつく。



 そう、自分達はなんとか間に合ったのだ。

 レーダーにも映ることなく突如として現れた闖入者に、敵も味方も戦闘を中断し、支えあうように空中に滞空する二機のMSに見入っている。



「キラ、無事ですか」

『シン?その機体───……身体は大丈夫なの?』



 左肩には、白い機体が抱えられていた。キラのストライクフリーダムだ。

 シンはミラージュコロイドで近づいたデスティニーの最高速度を以って、射線上からぎりぎりのところで救い出したのである。インパルスでは、こうはいかなかっただろう。



 光の翼を──化け物じみた機動性をもつデスティニーだからこそ、出来た芸当だ。



「助けたんだから、礼くらい言ってくださいよ」



 ぶっきらぼうにシンは言った。

 この機体の調整には、彼も参加したと聞いている。それが故の心配なのだろうが。



 だが、そのために自分は来たのだ。



「ルナ、ごめん。ちょっと荒っぽい操縦になるかも」

「いーわよ。好きにしなさい」



 皆を、助けるために。

 あの部隊を、ステラを止めるために。



『シン!!シンなのね!?』

「艦長」

『その機体……詳しいことはあとから聞きます。やるべきことはわかってるわね?』

「はい!!」



 ジェナスたちが、救助にまわりバイザーバグたちの相手をしている間に。

 自分はあの巨大な敵を止めなくてはならない。



 フリーダムから手を離し、背部にマウントされた対艦刀・アロンダイトを引き抜く。



「いくぞ、デスティニー」



 そしてゆっくりと、正眼に構え。



「この街を……皆を!!守るんだっ!!」



 彼の意を受けた機体は飛び出した。

 強大な敵へと、蒼き刃を手にして。



 黒き機体が街にもたらした、「破壊」という名の運命を、打ち破るため。


 
 

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