中身 氏_red eyes_第34話

Last-modified: 2010-04-05 (月) 23:43:04

オーディンシステムは、目前で振り上げられるビームサーベルの危険度を一瞬で判断する。
光波防御帯といえど、研ぎ澄まされたビームを押し付けられては貫かれてしまう。
かといって、ビームサーベルを振り上げる敵――フリーダムは既にオーディンに肉薄しており、
こちらの武器は全て使い物にならない距離だ。
一瞬にも満たない思考時間の結果、オーディンがとった行動は体当たりだった。
ビームサーベルが振り下ろされるより早く、オーディンの巨体が、フリーダムを襲う。
「あっぐ!?」
MSの数倍はあるオーディンの質量に、フリーダムが悲鳴を上げる。
PS装甲が無ければ、激突した時点で破壊されている程の衝撃は、パイロットの意識をも刈り取ろうとする。
しかし、スーパーコーディネーターのキラの体にそれは通用しなかった。
凄まじいGの中で、キラは器用にフリーダムを操作する。
フリーダムの重心をズラし、凶暴な隕石から脱出した。
しかし、それでオーディンの攻撃から逃れられた訳では無い。

 

『貴方はプラントをどうするつもりなのです、キラ・ヤマト!』
「どうもする気は無いよ。ただ、国の為に人の尊厳を捨てるのはおかしいって言ってるだけだ!」
気を持ち直したラクスが、追撃に放たれたドラグーンと共にキラの真意を問う。
ドラグーンからの射撃を回避しながら、キラは一見人として当たり前の事を口にした。
『貴方は分かっていません。プラントが、コーディネーターがどういう現状に置かれているか』
「現状?」
ラクスは純粋過ぎる想い人に目を細める。
確かに、彼の言う事は当たり前なのかもしれない。しかし、今はそれが許されざる状況なのだ。
『戦争が終結し、コーディネーターとナチュラルの対立は山を越えたと言う論者もいますが、
 それは間違いなのです。
 先の、貴方が死んだ戦闘でも分かる様に、地球連合は今も虎視眈々とプラント攻略の隙を窺っています。
 未だに、地球連合における主導権はブルーコスモスにあるのです』

メサイア戦没時盟主であったロード・ジブリ―ルと、母体であるロゴスを失って尚、
反コーディネーター組織ブルーコスモスの力は健在であった。
それどころか、ロゴスに代わる新しい組織が出来上がりつつあるという情報もある。
コーディネーターとナチュラルの対立が収まりつつあるなどという夢想は、現実には存在しないのである。

 

「それは、僕達がプラントを守れば良い!大きな戦争になる前に食い止めれば・・・」
『幾ら貴方が戦った所で、防げない現実という物があるのです』
キラの必死な主張は、ラクスに斬って捨てられた。
そう、ラクスの言う通り、戦いだけではどうにもならない現実があったのである。
「それが・・・人口だと?」
『そうです。プラントは元々地球連合の一工業コロニ―群に過ぎませんでした。
 それを無理矢理独立させたのが、この国です。
 しかしこのままプラントの人口が減り続ければ、国としての体制を保てなくなります。
 そうなったら、地球連合が黙っている訳がありません。必ずプラントを吸収しようとするでしょう』
このまま時を重ねれば必ず訪れる現実。プラントという国の消滅。
コーディネーターはその能力の高さで新人類とは謳われていても、
実際は出生率が極めて低いという、種として致命的な欠陥を抱えていたのだ。
それは遺伝子操作という神への背信行為が招いた罪なのか。
現在の科学では出生率の改善は見込めない。
その運命に抗おうとした一つの答えが、ラクスが進める「コーディネーター再生計画」なのである。
それは国を維持しようとするラクスの、苦肉の策だった。

 

「なら、吸収させてしまえば良い」

オーディンの攻撃を回避しながら、キラが呟く様に発した言葉にラクスは自分の耳を疑った。

 

『自分が何を言っているか分かっているのですか!?プラントが解体され、地球連合に組み込まれれば、
 どんな弾圧と差別がコーディネーターを襲うか分からないのですよ!』
「ラクス、君が言っているのは四十年、五十年先の話だ。
 僕達が六十代、七十代になってる時の話なんだよ。
 その間に、やれる事はもっとある筈だろう?」
キラの落ち着き払った態度に、ラクスの神経を逆撫でする。
実際に地球連合と顔を突き合わせているのは自分なのだ。
それなのに、戦いしかしてこなかった彼が何を知っているというのか。
『だからこそ、今からプラントを立て直さねばならないのです!
 その為のコーディネーター再生計画、その為のオーディン、何故貴方はそれが分からないのです!?』
吸収される前に武力で滅ぼされては意味が無い。
オーディンは軍縮に向かうプラントにあって、戦争での人命損失を最小限にする為の物でもあった。
「どうして・・・それだけの時間がある事を知っていて、沢山の情報を知っていて、
 何でそんな絶望ばかりを見るんだ!
 一年あれば人を愛せる、十年あれば家族だって作れるんだ!
 ・・・五十年もあれば、別の種族同士だって分かり合える筈だ!」
『・・・貴方なら、それが出来ると?』
「やってみせる!」

 

コーディネーターとナチュナルを和解させた上での、プラント解体。
それが、散々戦場でコーディネーターとナチュラルの対立を見て、山の様な知識を得たキラの答えだった。
コーディネーターでも、ナチュラルでもない、中立に立てるキラだからこそ見出せた可能性。
それは、もしかしたら独りぼっちの男が見た単なる夢想なのかもしれない。
だがそれでも、キラは人が分かり合える可能性に賭けてみたかった。

 

『無理です。二度の大戦を経て、二つの種族は何も理解しなかったのですよ?
 コーディネーターは自分達こそ地球圏を支配する新人類と奢り、
 ナチュラルはコーディネーターを何一つ理解せずに穢れた人造人間と叫ぶ。
 飽きもせずにそれを繰り返すこんな世界に、貴方は何を求めるのです?』
熱の篭ったキラの主張に返って来たのは、宇宙の暗闇よりも冷めきったラクスの声だった。
『結局、人間には国という檻が必要なのです。
 一つの檻の中に憎しみ合った二匹の猛獣がいれば、忽ち殺し合いに発展するでしょう。
 二つの檻に分けられ、たまに手を伸ばして相手を引っ掻く程度が、一番幸せなのです』
彼女の、ラクスの一言一言から人間への絶望が滲み出てくる。
コーディネーターとナチュラルなどという差の無い、二つの種族に等しく向けられる絶望。
その意味で言えば、ラクスはどこまでも平等だった。二つの種族に何も期待せず、何も求めない。
この世界の構造自体に絶望した為政者。
嘗てDプランを提唱したギルバート・デュランダルも、この様な心境だったのかもしれない。
彼の場合は、戦いを無くす代わりに自由を奪うという鎖で、二匹の猛獣を縛ろうとしたのだが。

 

「なんで・・・君はそんなに人を信じられないの!?
 コーディネーターとナチュラル、支え合って生きている人達だって沢山いる。
 その輪を広げれば、憎しみだって乗り越えられる!
 その手助けをするのが、為政者のやるべき事じゃないの?
 初めから諦めていたら、何も変わらないんだよ!」

 

『・・・・・・』
キラの吐く希望に、ラクスは何も言い返せなかった。

 

自分が人を信じなくなったのは何時からだっただろうか?
遡れば、この声を授けた母を信じられなくなったのが始まりだったのかもしれない。
自分はそんな物欲しくは無かったというのに、彼女の身勝手で生まれながらに備え付けられた能力。
母の呪いとも言えるこの声が、彼女に絶望の種を植え付けたのだった。
周りの人間が、自分に惹かれてくれているのか、自分の声に惹かれているのかすら分からない。
そんなラクスの世界が、どれだけ疑心に溢れていたかは到底測り知れる物では無い。
母の与えた声が嫌いだったのにも関わらず、歌手として栄光を掴み、
人々を平和へ導こうと議長を務めている自分も、何時しか絶望する対象になったラクスにとって、
他人を心の底から信じる事など出来はしなかったのだ。

 

「そんな人を信じない、人に期待出来ない君に、プラントは任せられない。だから・・・」
『プラントを導くのは私です!貴方の様に夢ばかり追っている人に、プラントは渡せない!』
互いに譲る事が出来ない想い。絶望と希望は、どうあっても交わる事は出来ない。

 

「分かった。・・・・・・なら僕は・・・君を討つ」

 

静かに、しかし良く通る声でなされた宣言と共に、キラの中でSEEDが弾ける。
この世で唯一、自分の意志でその能力を行使する事を許されたキラが、操縦桿を握り直す。
オーディンのモノアイには、何の変化も映らない。損傷したフリーダムがいるだけだ。
先程と同じ様に、ドラグーンと本体の射撃をフリーダムに向けて放つ。
今の所、フリーダムはそれを回避するのが精一杯だった。
今度は射撃を回避した直後に待機しているドラグーン二基がビームサーベルを展開して突撃する。
確実に仕留められる連携だった。ほんの数秒前のキラなら。

 

ドラグーンの真骨頂である多方向からの砲撃がフリーダムに殺到する。
オーディンはフリーダムがどの様にそれを回避するかを、既に百通り以上予測していた。
しかし、それは全て無駄な演算であった。
一発目の砲撃をフリーダムが上に飛ぶ事で回避する。直ぐに二発目が、一発目とは別方向から放たれた。
フリーダムは、それを予め知っていたかの様に残ったビームライフルをドラグーンに向ける。
機体を反らす動作だけで二発目を回避、同時にフリーダムから放たれたビームが、
二発目を発射したドラグーンを貫く。
三発目は放つ事も許されなかった。そのまま宙返りする要領で後ろを向いたフリーダムが、
バラエーナで三発目を撃つ予定だったドラグーンを破壊したのだ。
四発目、五発目、六発目、全てがフリーダムをその場から動かす事も出来ない。
そればかりか、その内の一基がカリドゥスの餌食になった。しかしオーディンの攻撃はまだ終わっていない。
待機していた二基のドラグーンが、ビームサーベルを展開、フリーダムに突撃をかける。
だがそれも、今のキラには無駄な事だった。
素早くビームサーベルを抜いたフリーダムが、一基目をすれ違い様に真っ二つに斬り裂く。
直ぐ様一基目の影に隠れていた二基目がフリーダムを迫るが、それを機体をしゃがませる事で回避、
膝を伸ばす要領で二基目を下から突き刺した。そこに間髪入れずオーディンからの砲撃が襲う。
ドラグーン無しでも戦艦を上回る火力を有するオーディンの砲撃である。
雨の様に降り注ぐそれは、フリーダムを完璧に呑みこんだ。
辺りのコロニ―が真っ赤に照らされる程の爆炎に、宙域が昼の様に明るくなる。
辺りの爆炎が収まるまで、オーディンのセンサーの殆どが使い物にならなくなったが、
それだけフリーダムとキラ・ヤマトが危険とオーディンが判断した故であった。

 

『キラは・・・』
オーディンが殆どの作業を代行しているとはいえ、自分がトリガーを引いた事で起こった惨状に、
ラクスは息を呑む。
流石のキラといえど、これ程の面攻撃から逃げ切る手は無いだろう。
安心とも諦めとも付かぬ感情がラクスに宿った、その時だった。
丁度オーディンの真上に位置するコロニ―の残骸から、
ビームサーベルを大上段に構えたフリーダムが躍り出てきたのは。

 

隻腕の天使が、まだこちらに気付いていないオーディン目掛けてビームサーベルを振り下ろす。
しかし、ビームサーベルが流星を切り裂くより一瞬早く、オーディンのセンサーが回復。
直上から迫る天使を探知し、寸前でその光刃を回避した。
攻撃を空振った敵機に向け、直ぐに二十発を超えるミサイルが放たれる。
それに対してフリーダムの取った機動は、あり得ない物だった。
バーニアを全開にして突撃してきたにも関わらず、全く減速せず直角に曲がったのである。
ミサイルはその機動に全く付いて行けず、周りのコロニ―に衝突する。
当のフリーダムは再びコロニ―の残骸に入り込んだ。
それを見たオーディンが、直ぐ様コロニ―の何処からフリーダムが何時攻撃してくるかを予測する。
しかし、これもまた全く無駄な演算に終わる事になった。
オーディンに一番近い個所から、あり得ない速度でコロニ―内を移動したフリーダムが飛び出して来たのだ。
破壊し尽くされたコロニ―内部は少しの振動で崩れ、残骸のせいでMSでの移動は困難を極める。
しかも、今のフリーダムは四肢を欠損しており機動性にも運動性にも難がある状態だ。
その全ての要因を吟味したオーディンの予測を覆す能力がキラにはあった。
彼の『最強のMSパイロット』足る所以は、優れた空間認識能力による物でも、
マニュアル操作での優れた射撃能力による物でも無い。
他の誰にも真似が出来ない機体制御能力が、キラ・ヤマトの最強でいる理由だった。
その能力は、どれだけ損傷したMSにも羽を与える。
オーディンの予測を遥かに凌駕した動きから、神速の一撃が放たれた。
これにはオーディンも反応し切れず、二本突き出たアームの片方が斬り裂かれる。
オーディンが予測するまでも無く、フリーダムが次の一撃で勝負を決めに来るのは明白だった。
死を覚悟したラクスに、しかし何時まで経っても次の一撃はこない。
目の前には、オーディンにビームサーベルを突き付けたまま静止しているフリーダムが映っている。

 

『何のつもりです?私が降伏するとでもお思いですか?』
「・・・その通りだよ。これ以上は・・・」
『クドいですわ!』

 

後方に急加速を掛けたオーディンが、ミサイル全管を一斉に射出する。
百に迫るミサイルの波を、キラは爆風の余波すら受ける事無く回避し切った。
『迂闊でしたわ。貴方がSOCOM内で<鳥の人>の異名を付けられていた事をすっかり失念していました』
僅か数分足らずの攻防でのフリーダムの動きは、
戦闘に関して門外漢であるラクスでも目を見張る物であった。
あっという間にドラグーン五基を破壊し、侵入するだけでも困難なコロニ―内部を
オーディンの予測を上回る速度で横断、アームの片方を破壊した。
それに比べ、フリーダムはこの攻防で掠り傷すら負っていない。
AMBACすら効かない機体で、である。キラは迷いの有無で戦闘能力にムラが出る事は知っていたが、
迷いが無くなるだけでここまで追い詰められるとはラクスも予想外だった。
「これで最後だ。次で君を討つ」
本当にキラが出しているのかと疑いたくなる様な、重く暗い声を響かせる。
このままではオーディンとラクスに勝ち目は無い。
しかし、オーディンも馬鹿では無い。先程の攻防でのフリーダムの動きを再計算する。
フリーダムの残された武器は、ビームサーベル一本とレールガン二門、
カリドゥス一門とバラエーナが一門にドラグーンが二基。
その中で『自分』にダメージを与えられるのはビームサーベルのみだ。
相手もそれが分かっているのか、先程からビームサーベルしか使って来ない。
オーディンはそれらの情報を元に改めて予測を立てた。これで、フリーダムがどう動こうと対処出来る。

 

「・・・行くよ」
フリーダムが動いた。先程と同じ、本当に機体に損傷があるのか疑いたくなる程鮮やかな機動である。
しかし、先程とは違いオーディンのモノアイは正確にその姿を捉えていた。
生き残った三基のドラグーンが、フリーダムを包囲する様に舞う。
空かさずビームライフルを向けるキラだが、ドラグーンは動きを止めずフリーダムの周りを旋回し始めた。
ドラグーンは攻撃に移る際に必ず動きが止まる。
これまで、キラはその瞬間にカウンターを入れていた訳だが、
回避を重視した動きをされては如何な彼でも撃ち落とすのは難しい。
だからといって、無視すれば何時攻撃されるか分からない。
キラの出した結論は、目には目を、であった。
残ったドラグーン二基を射出する。オーディンのドラグーンもそれに反応して迎え撃とうと動いた。
これこそがキラの狙いだった。
迎え撃とうとするドラグーンの動きは、先程の回避重視の動きと違って狙いやすい。
早速ビームライフルでそれを狙撃しようとする。
しかし、読み合いではオーディンの方が上手だった。
ドラグーンに構って動きが鈍ったフリーダムに、ミサイルとビームの雨が降り注いだ。
再び宙域が赤く照らされる。爆炎が収まり、フリーダムの姿が露わになった。

 

「まさか、自分のドラグーンごとなんて・・・思わなかったよ」
現れたフリーダムは、先程の様に無傷とはならなかった。
ドラグーンは破壊され、残っていた片翼も爆風に耐えきれずひしゃげて使い物にならない。
何より痛いのは、右手に保持していたビームサーベルの損失と、
ミサイルの直撃を食らったカリドゥスが使用不能になった事だ。
オーディンがキラに打った手は完璧な物だった。
オーディンのドラグーンへの対処でキラの注意力を削ぎ、自身にドラグーンを使わせる事により
更に注意力を削ぐ。
加えて、『近距離にドラグーンが旋回しれば同士討ちを避ける為にオーディンからの攻撃は無い』と
キラに思わせる事にも成功している。
ミサイルをコロニ―周辺にも撒く事でコロニ―に逃げ込むという手も塞いだのである。
結果、フリーダムの武装の殆どを破壊する事に成功したのだ。
「それでも・・・!!」
フリーダムがレールガンを展開してオーディンに肉薄せんと奔る。
あれだけの攻撃を受けても、機動には些かの陰りも見えない。
『その諦めない姿勢は称賛に値します。
 しかし残念ながら、そのレールガンではオーディンに掠り傷一つ負わせる事は出来ない』
オーディンの示すフリーダムの情報では、レールガンしか武装は残っていない。
しかし、言い終わったラクスの目にはあり得ない物が映っていた。

 

全身が黒く染まり、その損傷した機体とは不釣り合いな程巨大な光の剣が現れる。
シンに託され、今まで後ろ腰に保持していたドラゴンキラーであった。
記録されていたフリーダムのデータには無い武装故に、オーディンもその存在に気付けなかったのだ。
レールガンしか武装が無いと高を括っていたオーディンの動きは、僅かながら遅い。
決死の覚悟で特攻を掛けてきた天使を相手に、それは致命的な遅れとなった。
「うおおおおおおおっ!!!」
『BASTARD』モードとなったフリーダムの一撃が、オーディンのメインエンジンを斬り飛ばした。
ビームサーベル相手では抵抗を見せた光波防御帯も、ドラゴンキラーの前には一瞬の抵抗も許されない。
動力を失ったオーディンが懸命にフリーダムを捉えようと旋回する。
しかし、オーディンのモノアイに映るのは広大な宇宙と大剣の残光だけであった。
『ああっ!?』
身動きが取れないオーディンが、大剣によって解体されて行く。
度重なる激震に、ラクスは悲鳴を上げる。
全身を覆っていたミサイル発射管が、斬り裂かれた事により派手な爆発を起こした。
しかし、一転して追い込まれたオーディンに焦りという概念は無い。
ウォルフガングと違いフェイスガードもハンドガードも無いフリーダムは、
大剣によって自らの身も焦がしていた。
幾ら圧倒していようと、機体全体にガタが来ていては隙が生まれる。
その隙を、オーディンが見逃す筈が無かった。
残った大型アームのビームサーベルを発振させ、よろける様に動きを鈍らせたフリーダムに斬り付ける。
コクピットを狙った起死回生の一撃はしかし、辛うじて機体を動かしたフリーダムによって、
残っていた足を切断するのみに終わった。
「これでっ!!」
カウンターで振り抜いたドラゴンキラーが大型アームを破壊した。

大型アームを失った事で全武装を消失したオーディンが、悪足掻きもこれまでと機体を停止させる。
機体を機動させていた足を失った事で、フリーダムもその動きを止める。
正面から向かい合うフリーダムが、逆手に持ち換えた大剣をオーディンに突き付けた。

 

「終わりだよ、ラクス」
チェックを宣言するキラ。
もしここでラクスを生かして議長の座から下ろしても、きっとまた過去の自分達の様に
彼女を担ぎ上げようとする者達が出てくる。
それではラクス・クラインが救われない。
今となっては、彼女にとっての救いは死しか無いのだった。
想い人を殺す事が、自分に課せられた最初の罰なのだとキラは理解していた。

 

ひび割れたモニターに巨大な光刃が映る。
これで、自分の戦いは終わったのかと、何処か晴れた気持ちでラクスはそれを見つめていた。
今なら分かる気がする。
目の前にいる三人目のキラこそ、自分の望んだキラ・ヤマトなのだと。
自分の愚行に正面立ち向かい、止めてくれる誠実な男。
だからこそ、オーディンがどれだけ演算しても編み出せない、この窮地を脱する術を彼女は知っていた。
この心にある本心、それを今口にするだけで、目の前の愚かで優しい想い人はその剣を止めるだろう。
そして、オーディンの提案する『自爆』という手段を行使すれば、キラを確実に葬る事が出来る。

 

しかし、ラクスはそれをしなかった。
既に大局は決している。プラント防衛隊が降伏するのも時間の問題だ。
そんな中で、キラという神輿を失ってはこのクーデターは不完全な物になる。混乱は必至だろう。
それこそ、連合がプラントを潰しに来る隙を与える事になる。それだけは、避けなければならなかった。
だからこそラクスは口を閉ざす。黙して死を受け入れる。
キラから通信が入ったのは、その決意を固めた、その時であった。

 

『ラクス・・・君は、僕が最後に殺す人だ。そして・・・』

 

数瞬の沈黙の後、キラからラクスが最も焦がれた言葉が投げかけられた。

 

『僕が最後に、愛した人だ』

 

それを聞いて、ラクスは知った。
彼は自分の言葉で立ち止まってしまう程、もう弱く無い。
だから、罪に汚れた、ラクス・クラインとしての本心を伝えても良いのだと。
―――決意が、崩れた。

 

「・・・私もです。・・・愛してます、キラ」

 

戦闘による激震によって所々壊れたコクピットからでは、キラに自分の表情は伝わらない。
それでも、彼女は精一杯の笑顔をキラに送った。

 

黒き天使が、その手に握った大剣を振り下ろす。
高熱の刃によってオーディンの装甲が貫かれ、ラクスの体は塵も残さずこの世から消え去った。