中身 氏_red eyes_第33話

Last-modified: 2010-03-28 (日) 23:30:26
 

このっ・・・、弱い癖に!

 

戦闘不能であった黒い三連星がいる宙域からデスティニーフリーダムを引き離す事に
成功したルナマリアだったが、機体を引き剥がされた後は予想通りの防戦一方であった。
今まで四機がかりでも劣勢だったのだから、当然といえば当然である。

 

そんな旧式の改造機で・・・!
デスティニーフリーダムの猛攻が、レイヴンを、バレットドラグーンを削っていく。
彼の言う通り、レイヴンはインパルスの改造機でしかない。核動力を搭載し、各部を改良してはいるものの、
初めから核動力前提に設計されたワンオフ機には全てにおいて見劣りするのは仕方無かった。

そんな風に、味方を庇う様な事されたら、俺が悪者みたいじゃないか!!

 

クローンのシンは苛立っていた。このインパルスもどきは、先程から自分に接近戦ばかり挑んで来た。
彼は自分が接近戦に強く、相手からも警戒される事も分かっていた。
目の前の敵もそれを分かっていた筈なのに、三機の僚機を庇う様に接近戦を繰り返していた。
一番危険な役を躊躇無くこなし、挙句に自分からデスティニーフリーダムとのサシに持ち込んだのである。
馬鹿という言葉以外に何があるだろうか。
その戦いっぷりは、まるで自分を見ている様でシンの神経を激しく逆撫でる。

 
 

「っ・・・・・・!!」
デスティニーフリーダムのアロンダイトが振られる度に、赤い装甲が真空を舞う。
このままでは持たない。そんな事は分かっていた。
黒い三連星とはそれ程面識は無いし、メサイア戦没では煮え湯を飲まされた相手だ。
正直、命を賭けてまで助けようと思う関係では無い。
しかし、ルナマリアの体はそんな思考など関係無く動いた。
何時も見ている馬鹿の、何時もされてる行動が自分にも移ったのかもしれない。
その結果が、今の状況である。
バレットドラグーンは半数が破壊され、レイヴンも度重なる斬撃に装甲は殆どが破損していた。
何時も彼は、シンは、こんな戦い方をしていたのだ。
傭兵になってからと言う物、何度それで守られたか分からない。
その度に、怖かった。彼は、守られる側の事など何も考えない。
彼が傷付く事でこちらがどれだけ悲しむか、何度謝らせた所で、芯の部分では理解していないのだ。
傷付くのが恐ろしい盾などいらないのに。そういう意味では、自分がやっている事は随分マシである。
付き合いと呼べる物も殆ど無い黒い三連星なら、自分がやられた所で悔いはするだろうが
心に傷が付く事は無い。
そう思うと、少しは気が軽くなるという物だ。

 

「でも、やっぱりまだ死ねないな・・・」
そう独りごちる。今自分が死んだら、シンの心に更なる傷を負わせる事になる。
きっとそれは、彼にとって致命的な傷になるだろう。
それに、シンの心の中に「守れなかった者達」の一人として残るのは、ルナマリア自身真っ平御免だった。
そんな暗い思い出になるんだったら忘れて貰った方がマシだ。
「だから・・・」
今まで防戦一方だったレイヴンが動いた。
右手にビームハルバード、左手にサーベルモードにしたビームガンを持ち、
アロンダイトの間合いに侵入する。

 

無駄だ!アンタの攻撃パターンは見切ってる!
ルナマリアも、そんな事は分かっている。シンは接近戦において最強に近い。
自由自在に振り回すアロンダイトがその証だ。
アスランですら持て余す長剣を、彼は器用に操る。そんな彼に、自分の技術が通用するとは思わない。
しかしルナマリアは射撃が苦手だ。機体の火力も、機動性でも負けている。
なら、こうするより手は無いではないか。
それに、彼女にも勝算が無い訳では無かった。

 

今のシンは苛立っている。
目の前の彼が、本当にルナマリアの知るシンのクローンなら、
ルナマリアの一連の行動にやり辛さを感じている筈だ。
自己犠牲的な、健気に何かを守ろうとする敵に、シンはやり辛さを感じるのだ。
相手に精神的なやり辛さを感じている場合、シンは叫ぶ事で自分の気持ちを誤魔化そうとする癖がある。
そうやって自分を殺すのだ。しかし、彼は自分を殺すのが下手で不完全だ。
その状態になったら最後、彼の動きのキレや剣筋は驚く程鈍る。
未だにレイヴンの四肢が健在なのもそれが原因だった。
本調子のシンが相手だったら、レイヴンは今頃鉄屑と化していただろう。
詰る所、ルナマリアの勝算はこの精神攻撃にあった。
自分でも卑怯だとは思うが、それしか生き残る術は無いのも事実だった。

 

アンタ達は平和を乱す悪なんだ・・・。だから、俺が倒すんだ!!
自分に言い聞かせる様に、シンが叫ぶと共にアロンダイトが振り下ろされる。
長剣としては恐ろしく早いその一撃は、しかし何時もルナマリアが目にしている物より
数瞬速度が劣っていた。
その数瞬の差に、バレットドラグーンがアロンダイトの前に立ちはだかる。
それを意に介さず、デスティニーフリーダムはアロンダイトを振り抜いた。
いくら鉄壁を誇るバレットドラグーンでも、アロンダイトをまともに受ければ破壊は免れない。
しかし、振り抜かれたアロンダイトはバレットドラグーンの上を滑った。
ルナマリアが手動で角度を付けたバレットドラグーンに、アロンダイトの軌道が反らされたのだ。
必中とばかりに振り抜いた為、空ぶったデスティニーフリーダムの隙は大きい。
そこにビームハルバードが横薙ぎに襲いかかる。
デスティニーフリーダムの体勢では到底回避出来ない距離である。
受けるにしても、両腕は未だにアロンダイトを振り抜いた状態で止まっている。
しかしそれでも、ルナマリアの中に必中の文字は浮かばない。シンの事である、きっと何かしてくる。
その確信めいた予想は、次の瞬間現実となった。

 

思い切り振るわれたビームハルバードが、デスティニーフリーダムに触れる直前に停止したのだ。
刃の部分を受け止められた訳では無い。その光景に、ルナマリアは息を呑んだ。
ビームハルバードを受け止めたのは、デスティニーフリーダムの足だった。
ビームハルバードの攻撃力の無い部分、柄の部分が、大きく突き出された足の裏で受け止められているのだ。
デスティニーフリーダムのディアルアイがこちらを見透かした様に光る。
しかしそれに怯んでいる場合では無い。
今度は左手に持たせていたビームサーベルで、コクピット目掛けて突きを繰り出した。
だがそれも、既に体勢を立て直したデスティニーフリーダムには通用しない。
繰り出された突きを機体を反らす事で回避すると、その勢いでアロンダイトを斬り上げる。
突きが回避された左腕が肩から切断された。
「あうっ!?」
コクピットに激震が走る。モニター一杯に広がるデスティニーフリーダムが空いた右腕を畳む。
ルナマリアはそれが何か直ぐに分かった。パルマフィオキーナを撃ち込む時の、お決まりのポーズだ。
デスティニーの右手が、光に包まれる。

 

(ごめんシン、私・・・)

 

あれだけ意気込んで挑んだ割に、呆気無い幕引きだ。
心の中で先に死んでしまう事をシンに詫びようとした瞬間、
モニターからデスティニーフリーダムの姿が消え、黒い何かに覆われた。
パルマフィオキーナに貫かれると身構えていた体に、再び激震が走る。
「なっなに?」
何が起きたか分からないルナマリアは目を白黒させる。
どうやら蹴飛ばされた様で、デスティニーフリーダムと黒い何かから離れて行く。
デスティニーフリーダムの足から頭まで見えるぐらい距離が離れた所で、
やっとその黒い何かが何者かをルナマリアは理解した。

 

「ヘルベルトさん!?」

 

右腕の肘から先が捥げたゲルググイレイザーが、パルマフィオキーナに脇腹を貫かれた状態で
デスティニーフリーダムと組み合っている。
『おいおい、喚き散らしながら女を暴力振るうなんて、男のやる事じゃねぇぜ』
女だからなんだ!俺は平和の敵を・・・!!!
右腕をガッチリホールドされたデスティニーフリーダムが、左手に保持したアロンダイトを振り下ろす。
ヘルベルト機は咄嗟に膝を盾にしてそれを防いだ。貫かれた足が、バチバチと火花を散らす。
『平和平和って狂った様に繰り返しやがって・・・少し黙れ、ガキ』
ヘルベルトの声に怒気が篭る。ヘルベルト機の左手が、今まで脇に抱えていた円柱状の物体を掴んだ。
MSを人に例えればラグビーボール程の大きさのそれがなんであるかは、誰が見ても明らかだった。

 

『平和の敵なんて、この世にはいねぇよ。
 あるのはな、何処を向いて、何処に拳を振り下ろすか・・・それだけだ』

 

ヘルベルトが何をしようとしているか、ルナマリアがそれを理解した時には既に遅かった。
ヘルベルト機が、掴んでいた対艦用ミサイルをデスティニーフリーダムの腰にめり込ませる。
『ルナマリア・・・ヒルダとマーズに宜しくな』
残弾一の腕部グレネードが対艦ミサイルに撃ち込まれる。
一撃で戦艦クラスの艦船を戦闘不能にするミサイルが、組み合った二機の間で爆発した。
大きな光が、ルナマリアの視界から二機のMSを消し去った。

 
 

「ヘルベルトさん・・・」
涙は出なかった。顔も殆ど知らない人間の為に泣ける程、ルナマリアは純情では無い。
寧ろ、二人に宜しくなどという重い役割を結果的に押し付けてきた事に対して憤りを感じていた。
何時かシンもこんな風に死ぬんじゃないかと、否が応にもルナマリアに考えさせる。
「デスティニーフリーダムは・・・」
対艦ミサイルの爆発によって発生した煙は、未だにルナマリアの視界を遮っていた。
真空という事もあり、中々煙は飛散しない。
あれ程の強敵だ。確実に撃墜が確認出来るまではこの場を離れられない。
クローンとはいえシンが搭乗している機体が大破した姿は正直あまり見たくはなかったが仕方が無かった。
「・・・もう少し、近付いてみようかな」
一向に晴れない視界に苛立ったルナマリアが、二機がいた爆心地に機体を移動させ始める。
慎重に近付いて行くと、煙の中に微かにだがMSらしきシルエットが映った。
どうやら二機とも機体の原型は留めている様だ。
「もう、少し・・・」
ルナマリアが緊張に唇を舐めながら、レイヴンを更に近付け様とした瞬間、
細い方のシルエットが僅かに体を起こした。

 

・・・本当に、ルナマリア・・・なのか?

 

掠れた声が、コクピットに届いた。ビクリと体を震わせたルナマリアが機体を止める。
シンが生きていた。
予想していた事だが、デスティニーフリーダムが戦闘不能ならば問題無い。
しかし、もしもまだ戦闘可能なら、これ以上近付くのは危険だ。
お前も、カーボンヒューマンなん、だろ?
 俺の知ってるルナマリアは・・・除隊してメイリンと暮らしている筈だ
「いいえ」
クローンのシンの言葉に、ルナマリアはきっぱりと答えた。
やはり記憶を弄られている彼相手でも、嘘を吐くのは嫌だった。

 

「私は正真正銘、ルナマリア・ホークよ。傭兵団『レッドアイズ』に所属しているね。
 だから・・・貴方が偽物なのよ」
嘘だっ!!!

 

シンが叫んだ瞬間、今までぎこちない動きしか出来ていなかったデスティニーフリーダムが
猛スピードでレイヴンに向かって突進してきた。
煙から姿を表したデスティニーフリーダムは、爆発の直撃を受けた右半身に酷い損傷を負っていた。
右腕、右脚は喪失しており、アロンダイトも装備していない。
頭部もブレードアンテナが折れ、正しく死に体と呼ぶに相応しい風体だ。
それが、レイヴンに真っ向から襲いかかって来たのだ。
損傷しているとはいっても、左手のパルマフィオキーナは健在である。
突然の強襲に、ルナの動きが一瞬遅れる。
デスティニーフリーダムの左の掌がレイヴンに向かって一直線に伸びた。
折角ヘルベルトに救われたのに、ここで死んだら誰にも顔向け出来なくなる。
そう思ったら体が勝手に動いた。
シミュレーションで散々特訓した、手動でのドラグーン操作。
紫電の迸る左手がレイヴンのコクピットを掴む寸前、
バレットドラグーンがデスティニーフリーダムの二の腕に体当たりを掛けた。
無論、PS装甲に対して攻撃力は無い。
しかし、肘関節が曲がる方向とは逆方向からの体当たりは、装甲に比べて脆い関節を破壊した。
完全に折れた左手は、レイヴンに届かない。
無防備に晒される事になったデスティニーフリーダムの腹に、ビームハルバードが突き刺さった。

 

「私、死ねないの。だって・・・アイツの事、見てなくちゃいけないから。だから・・・」
・・・ル、ナ・・・

 

ルナマリアの顔が辛そうに歪む。敵とはいえ、記憶を弄られラクスに操られるクローンのシンは被害者だ。
それを殺す事に、罪を感じずにはいられない。
左手を突き出すデスティニーフリーダムの姿と、雑音混じりに響くシンの声が、
まるで助けを乞うている様で。

 

「ごめんね・・・・ごめんね」

 

しかし、ルナマリアにはどうする事も叶わなかった。
俯き、涙を散らしながら、謝罪の言葉を繰り返す事しか出来ない。
レイヴンがハルバードを離して、ゆっくり後退する。
その数瞬後、まるでそれを待っていたかの様にデスティニーフリーダムは爆発した。
その爆炎は、散った魂を惜しむかの様に、長く宙域を照らした。

 
 
 

デスティニーフリーダムの爆発が収まる頃、ヘルメットを脱ぎ、
涙を外に追いやっていたルナマリアがある事に気付いた。
「・・・熱源反応?」
レイヴンの熱源センサーが小さな熱源を捉えた。
しかし、既に冷え切って辺りにデブリも無いこの宙域で、僅かにでも熱源があるのは不可解だ。
機器を操作すると、熱源を発している場所が表示された。
「ゲルググイレイザーから・・・!?」
熱源は胴体以外が吹き飛んだヘルベルト機から発せられている。
レイヴンを近付けると、確かに生体反応が検知出来た。
ヘルベルトは生きていたのである。

 

「ズルいですよ、あんな事言って生きてるなんて」
『・・・そう、だな・・・格好悪いにも程がある』

 

返事を期待していなかった独り言に、スピーカーから返事が返って来た。
モニターに表示されたヘルベルトは、ヘルメットが割れ額から血を流していたものの
しっかりと意識を保っていた。
「待ってて下さい。ヒルダさんの所まで引っ張りますから」
対艦ミサイルの直撃に耐えたゲルググイレイザーだが、既にその機能を完全に停止させ、
単なる鉄塊になっていた。レイヴンで牽引しなければ数メートルも動けない。
『おいおい、待ってくれよ。これ以上恥の上塗りは御免だ。ヒルダには通信を入れてくれるだけで良い。
 嬢ちゃんには、もっと他にやる事があるだろ?』
「・・・・・・!有難う」
確かに、辺りに敵影が無いこの宙域ならヒルダに連絡すれば何とかなるだろう。
言外にシンの所に行ってやれと促すヘルベルトに軽く頭を下げると、
ルナマリアはシンが向かったと思われる方向にレイヴンを奔らせた。