中身 氏_red eyes_第35話

Last-modified: 2010-04-11 (日) 23:36:56
 

「参ったなこりゃ・・・」

 

激しい激突の後、シンは暗闇の中にいた。
無理なエネルギーの移動を行った為、制御装置がショートして動力が強制シャットダウンしたのである。
結果、コクピット内の計器類は光を失い、操縦桿を動かしても何の反応も無い。
ウォルフガングに閉じ込められる事になったシンは、今の所自分に出来る事が無い事を悟ると、
両手を頭の上で組んで脱力した。こうなっては運命に身を任せる他無い。

 

シン・・・シン!

 

通信システムも停止しているというのに、キラの声がコクピットに響く。
未だ組み合った形でいるウォルフガングとグラムフリーダムの間で接触回線が開いているのだ。
「聞こえてるよ」
気だるげに答えるシンに、ホッとしたかの様なキラの溜息が聞こえる。
戦った相手の心配もするのが、この男の不思議な所であった。
早く逃げるんだ、グラムフリーダムはもう直ぐ爆発する!
「なっ、どういう事だよ!?」
パルマフィオキーナによって貫かれたグラムフリーダムの脇腹の位置には、発射間近のカリドゥスがあった。
膨大なエネルギーを充電していたカリドゥスが損傷した事で膨大なエネルギーが暴走、
グラムフリーダムは爆発の危機に晒されていたのだ。

出来るだけ遠くに逃げるんだ!そうじゃないと・・・
「はぁ・・・」
深く溜息を吐いたシンが、諦めた様にヘルメットを脱いだ。
何か・・・あったの?
「機体が死んでるんだ。バーニアはおろか、カメラさえ何も映さない」
そんな・・・
キラは絶句した。彼は既に自分の死を覚悟していた。
ウォルフガングに体ごと体当たりされる事になったグラムフリーダムは、
その衝撃でコクピットの開放システムが破壊されていたのだ。これでは逃げ様が無い。
彼は如何なる時も生命を優先させる癖があった。
シンを道連れにしようなどという考えは、頭に浮かんですらこない。
シンはラクスに弓引く敵対者の筈だが、最早そんな事は関係無かった。

「相討ちか・・・この死に方は、想定してなかったなぁ」
元々シンは、自分の命に執着する人間では無い。
未練があるとすれば、ヴィーノに借りを返せなかった事と、ルナマリアを悲しませてしまう事。
しかし、ルナマリアも傭兵なのだ。自分が戦いの中で死ぬ事ぐらい、受け入れられるだろう。
もしかしたら泣くかもしれないが、彼女には生きる強い意志がある。

 

・・・やめてよね
まるで他人事の様な風のシンに、キラの怒気を含んだ声が届いた。

 

君が死んだら、誰が僕を、<四人目>のキラ・ヤマトだって覚えていてくれるの?
「アンタ・・・」

 

彼が計画によって生み出された<四人目>のキラという事を知っている者は少ない。
彼らを造った研究者、ラクスに<三人目>のキラそしてシンである。
その中で、キラという総称では無く、<四人目>のキラ個人の意見を聞き、反論し、
戦ったのはシンだけだった。
即ち、彼にとって自分を個人として記憶してくれているのはシンだけなのだ。

 

僕に勝っておいて死ぬなんて、許さないよ
キラの言葉が終わるや否や、ウォルフガングに衝撃が走った。
「うぉっ!?」
外の様子を窺い知れないシンからは分からなかったが、
グラムフリーダムに残ったドラグーンの最後の一基の、最期の一撃が、
グラムフリーダムの脇腹に食い込んだウォルフガングの右腕を破壊したのだ。
物理的な接合が解けたウォルフガングを、グラムフリーダムが最期の力を振り絞って蹴り飛ばす。
『ふざけんなっ!アンタに助けられるなんて御免だ!だから・・・』
キラが何をしているか悟ったシンは、二度目の衝撃に身を揺られながらも精一杯の声で叫ぶ。
しかし接触回線が閉じた為に、彼の声がキラに届く事は無かった。
数瞬後、今までより数倍大きな衝撃が、三度ウォルフガングを揺らした。
その衝撃に叩き起こされたのか、ウォルフガングが息を吹き返す。
生き返ったモニターには、大きな爆発の痕跡と黒々とした真空が広がるだけだった。

 
 
 

青年達の闘いが終わりを迎えている頃、プラント防衛隊は窮地に立たされていた。
猛攻を仕掛けてくるSOCOM艦隊に段々と数を減らされ、
最早後が無い所まで後退を強いられていたのである。
「艦長、多数の艦から当艦に後退する様通信が入っていますが」
「全艦現状を維持。命令に背いた艦は撃沈すると連絡しろ」
旗艦スレイプニルのブリッジで、前だけを向いて黙りこくっている艦長に中佐が報告する。
しかし、艦長は依然同じ命令を繰り返していた。
報告した中佐にも分かっている。これ以上後退出来る訳が無いのだ。
プラント防衛隊の背にはプラントがある。
開戦時には、『流れ弾がプラントの宙域に飛びこむかも知れない』くらいの距離にいた彼らも、
今では後退を強いられ、後少しでも退がったら『プラントのどれかに流れ弾が当たる』距離にいた。
背後が断崖絶壁の崖なら、そのまま奮戦するか、崖から身を投げるかくらいの選択の余地もあっただろう。
しかし、今彼らの背後にあるのは守るべき存在なのだ。
だからこそ、旗艦であるスレイプニルが退がる訳にはいかなかった。
旗艦が退がれば、艦隊もそれと同様に後退する。そんな事になればプラントを危険に晒す事になる。

 

「・・・ラクス殿は」
「確認取れません。どうやら主戦線を離れている様です」
「そうか」
歌姫の騎士団も、オーディンも先程から通信が途絶えている。
正規の命令系統に入っていないのだから、艦長に命令権は無い。
しかし、レーダーにすら捉えられないとすると、撃破された可能性が高いだろう。
「潮時か・・・」
前方を見つけたまま、艦長は目を細めた。
SOCOMもこれ以上前進しての艦砲射撃がプラントを危険に晒す事が分かっている様で、
先程から艦隊を停止させての撃ち合いが続いている。しかし、プラント防衛隊の長所は射程の長さである。
距離を開ける事が出来なくなった今、錬度の高い砲手と操舵手を抱えるSOCOMの方が
圧倒的有利である事に変わりは無い。
「MS隊は限界です。パイロット達の集中力が切れてきている。訓練じゃこんな・・・!」
ブリッジに同伴していたMS用兵専門の武官が焦りを隠さずに声を荒げた。
MS隊も少し前までは五分を保っていたものの、日々実戦に晒されている軍と訓練中心の軍の違いが、
消耗戦の中で段々と差として表れ始めていた。
長時間に渡る戦闘による精神の摩耗は、確実にMSの動きに悪くしていた。
加えて、攻める軍と後退する軍という、士気に致命的な差があるのである。崩壊は時間の問題だった。

 

「・・・全艦、停戦信号を上げろ」
「はっ?」
「聞こえなかったのか?全艦停戦信号上げ、復唱!」
「はっ!全艦、停戦信号上げっ!」
艦長の言葉の突然の一言に、副長である中佐が素っ頓狂な声を上げた。無理も無い。
数を減らされたと言っても、プラント防衛隊はその戦力の半分を残している。
まだ勝負を捨てるのは早すぎると思うのが普通だ。
しかし、艦隊の配置を見れば既にプラント防衛隊は詰みの状態であった。
これ以上足掻いて戦力を損耗し合えば、地球連合に致命的な隙を晒す事になるだろう。
考えてみれば、ラクスはこうなる事を見越して自分をプラント防衛隊の司令官に据えたのかもしれない。
ラクスに心酔している艦長なら玉砕覚悟で奮戦しただろう。
しかし、ラクスに別段の思い入れの無い自分は後の事を冷静に考えられる。
無論、二度も国を武力制圧される悔しさはある。
しかし、地球連合に支配され、プラント国民が人種迫害を受けるよりは何倍もマシだ。
彼が思考の底に身を浸している間に、プラント防衛隊の艦から停戦を意味する三色の信号弾が上がる。
それに呼応する様に、SOCOM艦隊からも信号弾が上がり始めた。
戦闘の光が段々と消えていき、宙域を埋め尽さんばかりの信号弾が、両艦隊を照らす。
こうして、後にSOCOM戦役と呼ばれた戦いは幕を閉じたのである。

 
 
 
 

「ラクス・・・」

 

死に体の天使が、流星の残骸を前に立ち尽くしていた。
オーディンは完全に沈黙した。
機体の真ん中に穿たれた長細い穴、それが致命傷になったのは誰の目にも明らかだった。
その穴を、キラは無表情に眺めていた。
オーディンにドラゴンキラーを突き刺し、ラクスを殺した時、同時に自分の心も殺すつもりだった。
これからの自分には必要の無い、自分が持っていてはいけない物だから。だからこその無表情。
想い人を殺したからといって、感傷に浸る資格など、自分には無い。
そんな事をしている暇があるなら、一つでも多く罪滅ぼしを。

 

「・・・しょっぱい」

 

唇に触れる、海水の様に塩分を含んだ水玉。
そこでやっと、キラは気付く。自分が泣いている事に。
ヘルメットの中を、夥しい数の水玉が漂っていた。
ヘルメットを取り、涙を払っても、次から次へと涙が眼から零れる。

 

「僕は・・・僕は・・・」

 

これ以上涙を流すのは不味い。折角積み上げてきた決意が、悲しみに浸食されてしまう。
しかしそんな意思とは無関係に涙は流れ続ける。
コクピットの中が水玉でぶつかり合った、その時だった。
今まで沈黙を守っていた通信システムが起動する。
モニターに現れたのは、先程キラを叱咤した青年の姿だった。

 

『そっちはどう・・・ってなんだよその顔』
シンは、ドラゴンキラーのお陰で唯一位置がはっきりしているキラに通信を入れただった。
しかしいざ繋がってみたら、大の男が必死に涙を止めようとしている場面がモニターに飛び込んできたのだ。
間の悪さを呪いながら、シンが一気に重くなった口を開く。
『通信が繋がった所見ると、あのMAは撃破したみたいだな』
「・・・うん」
キラの様子を察して、ラクスの名前は出さない。
アスランがいればこんな面倒な場面は丸投げ出来るのだが、こんな時に限ってあの凸は姿を現さない。
しかし、だからといって今のキラを放っておく事もシンには出来なかった。
今の彼は、大切な者を自ら殺した直後なのだ。
それは、アスランならカガリを、シンならルナマリアを殺した様な物で、
涙を止められなくても責める事は出来ないだろう。
暫く泣かせといてやりたい気持ちもあったが、敢えてシンは彼を叱咤する事を選んだ。

 

『アンタの位置なら、信号弾が見えるだろ?戦闘は終わったんだ。
 そんな面で、今まで付いて来た連中に顔合わせられんのか?』
「シン・・・」
『もう後戻りなんて出来ないんだ。クーデターで政権を乗っ取った奴が、そんな面許されないんだ』

 

最後の一言が胸に突き刺さった。
どんなに理由があったとしても、武力を行使しての政権の奪取は非合法的な物だ。
プラント防衛隊が降伏した以上、ラクスを失った現政権が降伏するのも時間の問題だ。
非合法な手段を取った組織の、そのトップがこんな所で泣いていて良い道理など無い。
もう甘えられる物は無いのだから。
「・・・ゴメンね。君には色々酷い事したのに、助けられてばっかりだ」
『はっ!そんな事別に気にしてねぇよ。
 ただ、こんな大事やらかしておいてやる気力無くされたら困るだけだよ』
涙を拭いたキラの謝罪に、シンは目を反らしながら言い捨てた。
彼自身、キラの今までの行為を許した訳では無い。飽くまで世界の平和を考えて、であった。
『自分の言った事、守れよ。もし破ったら・・・』
「破ったら?」
『そん時は俺がアンタを殺しに行く。どんだけの軍隊がいてもな』
「うん。宜しく」
シンの剣呑な言葉に、キラは丁寧な返事を返す。
その返事に調子が狂ったのか、シンはモニターの中で小さくなる。

 

『俺は人の上に立つとか苦手だから、アンタの様な事は出来ない。俺は・・・戦って守る事しか出来ない。
 だから、絶対実現させろよ。コーディネーターとナチュナルの平和を』
「うん。・・・でも、君が戦いしか出来ないっていうのは嘘だね」
『嘘?』
強く頷いた後、キラは自信無さげなシンに言及する
「シンには人を変える力、導く力があるよ。」
『・・・そんなもん人に言われた事無いけどな』
自分が人に影響を及ぼす人間とは露とも思っていないシンは、キラの言葉に首を傾げる。
『・・・兎に角、アンタは早く艦隊に帰れよ。どうせ通信入れて無いんだろ?
 きっとイザークさんカンカンだぞ』
「そっそうだ!?早く帰らないと」
このままだと馴れ合いの様な空気になりそうだったので、話題を切り替える。
すると、キラは無様な程慌て始めた。
上司とはいえ、やはりあの口煩いオカッパを怒らせるのは嫌な様だ。
「じゃあ次は艦隊で」
『ああ』
短く別れの言葉を交わすして通信を切った。
四肢を失ったフリーダムが、バックパックの動力だけで動き出す。
キラにとっては、帰艦してからの方が仕事が多い。だからこそ、早く帰らなければならない。
これからは、自分がプラントの中心になるのだ。
それが、ラクスとの戦いで生き残った意味、彼女から継いだ意思だから。
フリーダムは主を乗せ、低速ながらも力強くプライスへ進んで行った。

 
 
 

戦闘の光が消え、元の漆黒に戻った宇宙に、その漆黒に溶け込んでしまいそうなMSの残骸が漂っている。
これだけの戦闘があったのだ。MSの残骸など珍しくも無かったが、その残骸は他の物とは異なっていた。
「さて、どうするかなこの状況・・・」
その残骸―――ウォルフガングの中でシンは何度目かになる溜息を吐いた。
キラとの通信が終わっても、依然として事態は好転していない。寧ろ悪化していた。
全身のバーニアを喪失したウォルフガングにいるシンは、
救難信号を発信して助けを待つ以外やる事が無い。
しかし、事はそんなに簡単では無かった。
グラムフリーダムとの心中は避けられたものの、その爆発による衝撃で機体が流されていたのだ。
しかも、結構な速度で艦隊から逆方向へ向かって、である。
救難信号を発信しているとはいえ、戦闘が終わったばかりの戦場には
そんな物は五万と飛び交っているだろうし、ほぼ胴体だけとなったウォルフガングは熱源として小さく
他の残骸と見分けがつき辛い。
このままでは明後日どころか天国の方向へ一直線だ。
「さっき死ぬなって言われたばっかりなのになぁ・・・」
周りには黒々とした暗黒が広がっている。
自分もこの一部になるのかもしれないというのに、シンは落ち着いていた。
取り合えず長期戦の疲れを癒す為水の入ったチューブに口を付ける。
水を体内に入れた瞬間、コクピット内にドデカい声が響いた。

 

シ―――――ン!!何処にいるの?シ――――ン!!! 』

 

急に響いた声に、シンは盛大に水を吹き出した。コクピット内に細かい水玉が散乱する。
「ルナ・・・?」
モニターを見ると、中破したレイヴンがこちらにゆっくりと向かって来る。
こちらにはまだ気付いていない様で、微妙に向かって来る方向がズレている。
しかし、自分を呼ぶ声は、間違い無く自分が惚れた人の物であった。
「ははっ、愛の力って言うのかこれ」
広域に渡る戦場で、ルナマリアが有視界通信が可能な所まで接近してくるなど、
恐ろしく低確率な事がこんな早く起こったのだ。
運が良いだけでは片づけられない。

 

彼女の声を聞くと、今まで死んでも良いと思っていたのが嘘かの様に、彼女に触れたくなった。
早く逢って、生きている事を確かめ合いたい。
「はぁ、恥ずかしい奴だよな。俺も」
自分が真っ先に考えた事に苦笑いを浮かべつつ、シンはレイヴンに通信を入れる為にスイッチを入れた。