久遠281 氏_MARCHOCIAS_第5話

Last-modified: 2014-06-23 (月) 20:50:44
 

 第五話 出会い

 
 

広い執務室の中にポツンと置かれた机の上で、ラクス・クラインは一本の通信を受けていた。
「つまりどういう事なのか、はっきり仰ってください。」
その声も表情も優しかったが、目は全く笑っていない。
ラクスの目の前にあるモニターに映る研究者は、そんなラクスの様子に狼狽え、目線をさまよわせている。
『えっと……つまり、"量産型ストライクフリーダム"の一機が落とされまして……』
「それはキラが敵わない相手だった、ということですの?」
ラクスの顔に笑顔が広がる。
だがやはり、目は笑っていない。
むしろその目は冷たくなるばかりだ。
『め、滅相もございません!キラ様に敵う者などこの世に居るはずがございません!
 ただ、相手がこちらの想定していない手を使いまして、それでAIの判断が一瞬遅れたせいで……』
研究者は何とかその場を取り繕うと、必死に言葉を紡ぐ。
だがその全てが、ラクスにとっては気を引くものではなかった。
「それで、相手の方はどうなりましたか?」
『え?あ、はい……。全員の"処分"は終了したとのことです』
「ではこの後、同じ過ちは犯さないよう、努力していただけますね?」
『は、はい!今回のデータからすでに改良が始まっています。
 また同じような事で落とされる事は絶対に在りません!』
「そうですか……」
ラクスはそう言うと、今度はちゃんとした笑顔を作った。
その笑顔に、研究者の顔が安堵の表情に変わる。
「それでは、引き続きお願いします」
『はっ!お任せください!』
研究者が敬礼をしながら力強く答える。
それを見た後、ラクスは通信機の電源を切った。
そして椅子に深く座りなおし、一つ吐息を吐きだした。

 

――全員の"処分"は終了したとのことです。

 

研究者の言葉、それは全員"殺した"という意味である事を、ラクスは知っていた。
そう、それでいい。
キラを害する可能性のあるものは、全てこの世から消え失せれはいい。
そもそも戦いを広げる者達だ。
心を痛む理由など、どこにある?

 

広い執務室にはラクス一人しかいなかった。
そのため、ラクスの顔に先ほどとは全く違う"邪悪"としか表現出来ない笑みが浮かんでいた事を、
誰一人知る事はなかった。

 
 

****

 
 

鳥の声が聞こえる。
まだ朝飯だと呼ぶ声はしてこないから、そう早い時間ではないのかもしれない。
そんな事を思いながら起き上がろうとしたが、やたらと体が重く、目を開ける事さえ出来ない。
無理やりあけた目に映ったのは、見慣れたコンテナ内の自室ではなく、MSのコックピットの中だった。
シンは一瞬、なぜ自分がそこにいるのか分からなかった。
だが直ぐに気を失う直前の事を思い出し、反射的に自分の胸に視線を向ける。
視界の先に映ったのは黒く変色した血がべったりと付着し、弾丸による穴が開いている服だった。 
しかしその穴から見える素肌に、傷跡はまったく無かった。

 

シンはうまく動かない体にムチ打って、何とかコックピットから這い出す。
だが足にうまく力が入らず、大破したウィンダムの上から滑り落ちた。
痛みに呻きながら、それでも装甲に寄りかかりながら立ち上がったシンは、
辺り一面に血の匂いが充満していることに気が付いた。
そして顔を上げたシンの視界に映ったのは――

 

「……"また"……か……」

 

シンは力なくそうつぶやいた。
シンの目の前に広がっていたのは、野ざらしにされた何体もの屍だった。
しかもそれはどれも自分がよく知っていた者達、傭兵団のメンバーのものだった。
シンはその場に崩れるように座り込んだ。
涙は出なかった。
ただ、何も考えたくなかった。
考えれば自分以外に生存者がいる可能性が低いという事が分かってしまうし、
家族の吹き飛ばされてバラバラになった死にざまを思い出してしまうからだ。

 

不意に、なにやら聞きなれない音が聞こえてきて、シンは顔を上げた。
それはか細く、高い獣の声。
シンはうまく力の入らない足で立ち上がると、その声に導かれるようにして歩き出した。
見知った顔の屍の横を通り過ぎ、やっとの思いでたどり着いたのは倉庫に使っていたコンテナの前だ。
誰かが開けたのか、それとも攻撃を受けた衝撃で開いてしまったのか、その扉は開け放たれたままだった。
そして獣の声は、開け放たれたままの扉の奥から聞こえてきた。
シンはコンテナの中に入ると、声の出所をさがす。
散らかったコンテナの中をしばらく探すと、その声は鉄クズが入った箱の裏から
聞こえて来ることに気が付いた。
箱を乱暴にどかすと、そこにはボロキレが落ちていた。
そしてその上に黒い物体がうごめいていた。
シンは一瞬ネズミかと思ったが、どうやらそれはイヌ科の生き物の子供のようだった。
それが何かを探すようにボロキレの上を這いながら、か細く高い声で鳴いている。
シンは手を伸ばすと、その子犬を拾い上げた。
まだ目も開いておらず、その大きさはシンの片手に乗ってしまうほど小さい。
拾い上げられたその子犬は、驚いたのか一瞬動きを止めた。
しかし直ぐに動き出すと、シンの腕の中に潜り込もうとするかのように必死で手足を動かした。

 

――温かい。

 

肌に感じる生き物の体温に、シンはふとそう思った。
途端に涙が出てきて頬を濡らす。
涙は次から次へと溢れ出してきて、止める事が出来なかった。
シンはただ、子犬を抱えたまま泣いた。
泣いたのは、ずいぶん久しぶりだった。

 
 

****

 
 

乾いた大地の上を、数台のトラックが土埃を立てながら進む。
それを崖の上から見ていた人影は、通信機に向かって短い言葉をかけた。
ニュートロンジャマーの影響で長距離の無線通信は無理だが、近距離ならば問題はない。
その通信を受けたのは、十人を超える男達。
全員バイクにまたがり、布やヘルメットで顔を隠し、銃で武装していた。
そんな男達の中、一人だけ二十代中ほどの女性が混じっていた。
その女性は長めの茶色い髪を頭の高い位置で一つでまとめ、ゴーグルをかけて口元を布で覆い隠していた。

 

「コニール」

 

自らの名前を呼ばれ、茶髪の女性――コニールは声の方を振り返った。
「他の班も準備オーケーだそうだ。五カウント後に始めるぞ」
通信機を持った男の声にコニールは頷くだけで答え、バイクのハンドルを握った手に力を込めた。
そんな中、数を数える男の声がやたらと大きく響く。
五から始まったカウントが一となった瞬間、コニールは一気にバイクのアクセルを入れた。
それは周りの男たちも同じで、途端に何台ものバイクが岩場の影から飛び出す。
途端に砂埃が大量に舞い上がった。
砂埃を巻き上げながら、バイクの群れはトラックに向かって一直線に進む。
それを見たトラックの方も、危険を感じたのだろう。 一気に加速する。
しかし荷台に大量の荷物が積まれているためかさほどスピードは出ず、直ぐにバイクが追いついた。
トラックに追いつくと、その運転席に向かって銃を撃ち込んだ。
運転手はとっさに避けようとしたのかトラックは大きく横へ滑り、そのままスリップして横倒しになった。
その間にも、他のトラックに銃弾が撃ち込まれる。
あるものはタイヤに弾が当たりその場で停車し、あるものは運転席が血まみれになって停車した。
パンクしたトラックの運転者が、慌ててトラックから飛び降りる。
そのまま必死で走り出したが、その後を追う者はいない。
この辺りには民家はなく、ずっと乾いた大地が続いている。
そこを何の準備もなく渡る事は自殺行為に等しい。
それをわざわざ止めを刺すほど時間の余裕はないし、助けるほど親切でもない。
コニールは急いでバイクから降りると、トラックの荷台に飛び乗る。
そこに乗っていたのは大量の小麦袋だった。
近くにあった小麦袋を背負うと、コニールはバイクの荷台に小麦袋を乗せる。
それを数度繰り返しバイクの荷台に積めるだけ小麦袋を積むと、崩れないようにロープで縛りつけた。
「先に戻る!」
同じようにバイクの荷台に小麦袋を積んでいる男たちにそう声をかけ、コニールはバイクを発進させた。

 
 

地球圏の治安の悪化の要因の一つに、食料の不足がある。
ニュートロンジャマーによる電力不足、度重なる大きな戦争、
ブレイクザ・ワールドによる農地の破壊および気候変動。
食料の不足を訴えて、人々がテロや暴動を起こすまでそう時間はかからなかった。
しかしザフトにより武装解除されていた地球軍にそれらを止める手立てはなく、
仕方なくプラントに助けを求めた。
そして、そのテロや暴動を鎮圧する見返りとしてプラントが要求したのが食料だった。
もともとプラントでは食料自給が禁止されていたため、食料を地球側からの輸入に頼っていた。
近年では食料自給のコロニーがいくつか建設され、食料自給がはじまっているが、
さすがに十年ほどで数千万人分の食料を自給する環境を宇宙に造るのは無理だった。
そのため、今でもプラントでは食料を地球側に依存している。
そしてそれは島国であるがために、食料自給率の低いオーブにも同じ事が言える。
オーブはプラントに技術提供や物資の輸出により、プラントから食料を得ている。
結果、食料に困らないのはプラントとオーブに住む人々、そしてそれを横流しする"お偉いさん"達だけだ。

 

そして今コニール達が住んでいる地域の人々も同じく、飢えと貧困に晒されている。
昔住んでいたガルナハン周辺は、ザフトに"武器を持つテロリスト達の巣窟"として焼き払われた。
"ギルバート・デュランダルは世界を牛耳ろうとした悪である"と言いながら
ピンク色の髪の歌姫が新議長に就任した時、自分は"本当にそうなのか"と疑ったものだが、
いくらなんでもいきなり町を焼き払うとは思ってもいなかった。
それに対して怒りの声を上げたところで相手は宇宙の彼方。
その声は届くことはない。
今それよりも大事なことは"今日をどう生き抜くか"である。
町を焼き払われた事で、生きる糧はすべてなくなった。
少ない選択肢の中で自分たちが選んだ道は"奪われるならば奪い返す"という修羅の道だった。
いつ軍が自分たちを"テロリスト"と断定して襲ってくるかも分からない。
渓谷の影に隠れるように民家を作り、あちこちに避難用の隠し通路を張り巡らし、
常にこちらに来る人や飛行機を警戒する。 そんな毎日が続いている。

 

コニールは自分たちが住む渓谷の集落に戻ると、奪ってきた小麦袋を隠し倉庫の中に入れた。
自分たちが戻って来た事に気が付いた集落の人々は、食料を持って来た自分達を褒め称えた。
そこにトラックの運転手など傷つけた相手に対する罪悪感はない。
だが、それも当たり前だ。
元々この小麦は彼らが日々の糧にするはずの物だったのだから。
それを難癖つけて奪っていく政府やプラント、そしてオーブは彼らにとって"悪"でしかない。
それは分かっていたが、コニールは運転席を染める赤い血を見てしまっていたがために、
その称賛を素直に受け取る事が出来なかった。
どこかモヤモヤした気持ちのまま民家の二階にある自室に戻ったコニールは、
布団が汚れるのも構わずベットに倒れこんだ。
自分が選んだ道に後悔はない。
それしか生きる術を見つける事が出来なかったのだから。
いくらそう自分に言い聞かせてもモヤモヤした気持ちは消えない。
そんな事を考えている内に、コニールはいつの間にか眠っていたらしい。
通信機がなる音で目が覚めると、窓の外は薄暗くなり始めていた。

 

「……はい」
声がどこかそっけなくなってしまったのは、寝起きのせいだ。
『コニールか!?今どこにいる!?』
だが、通信機の向こうの相手はそんな事気にしている余裕は無いようだった。
切羽詰まったその声に、コニールは思わず眉を寄せる。
「どこって……自室だけど?」
『今すぐ来い!集落に向かって近づいて来る奴がいる!!』
その言葉に、コニールはベットから飛び起きた。
「軍の奴らか!?数は!?場所は!?」
『今確認できるのは一人だけだが、他に仲間がいないとも限らない!東区B‐5地点だ!』
それを聞くとコニールは部屋を飛び出し、民家の前に置いておいたバイクにまたがると、
急いでエンジンを掛けて走り出す。
目的地に着くと、バイクを乗り捨てて渓谷を削って作った階段を上る。
そこには渓谷の中をくり抜いて作った見張り場だった。
コニールが着いた時には、すでに数人の仲間が集まっていた。
仲間の一人が無言で双眼鏡をコニールに渡すと、ガラスのはまっていない、
ただくり抜かれただけの窓の外を指差した。
コニールも無言でその双眼鏡を覗き込み、指差された方を見た。
少し探したその姿に、コニールは眉を寄せた。

 

動きやすい格好に丈夫そうな厚手のコートは、昼は温かくても夜は寒くなるこの地方にはおかしくはない。
しかしその背丈はどう見ても十代半ばか、高くても二十代直前ぐらいにしか見えない。
そんな年齢の少年――薄暗いために顔は判らなかったが、
コートは男物のようだから多分"少年"だろう――が一人でこんな所をうろついているなんておかしい。
自分の知っているザフト兵は、これくらいの年で巨大なMSを操っていた。
もしかしたら、ザフトの一般人を装った偵察の可能性もある。
「とりあえず、威嚇射撃でもしてみるか?」
仲間の提案に、コニールは頷いた。
ただの一般人なら、威嚇射撃を受けた時点で驚いてさっさと逃げるだろう。
だが、もし"一般人"ではないとしたら――
仲間の一人がライフルを少年の足元に狙いをつけて撃つ。
その途端、少年が動いた。
素早く近くの岩陰に隠れると、腕だけを出す。
その腕に握られていたのは黒い小型の銃だ。
直後に窓の近くに銃弾が着弾した。
「チッ……、どうやら素人ではなさそうだ!」
少年はたった一度の攻撃で、こちらの大体の位置を察知した。
それはとても素人が出来る事ではない。
「コニール!ここから北東の避難通路出口に行け!そこに追い込む!
 何者かを調べなくちゃならないから、なるべく殺すなよ!!」
「了解!」
仲間の言葉にコニールは短くそう答えると、さっき上って来た階段を駆け下りる。
そして階段の脇にある岩と岩との間に体をねじ込んだ。
そこに在ったのは、人一人がやっと通れるほどの狭い通路。
集落周辺にはもしもの時に備え、こういった避難通路が無数に作られている。
コニールは指示のあった出口に向かうと、すぐそばで発砲音が聞こえた。
どうやらうまく、出口そばまで追い込む事が出来たらしい。
避難通路出口は段差があり、少し低い位置にある。
その上、岩で巧妙に隠されているせいか、少年がこちらに気が付いた様子はない。
少年の姿が岩の影から見えた時、コニールは岩の影から少年に
跳び膝蹴りをくらわせてやろうと地面を蹴った。
それに気が付いた少年が、体ごとこちらに振り返る。
不幸はその時に起きた。

 

第一の不幸は二人の立ち位置、出口の段差のせいでコニールは少年より低い位置にいた事。
そして第二の不幸はコニールが跳び膝蹴りをくらわせてやろうと地面を蹴った時、
砂に足を取られ、あまり高く飛べなかった事だ。

 

「……ん?」
コニールの跳び膝蹴りは、確かに相手にヒットした。
しかし予想していた感触とは違う感触に、コニールは思わず疑問の声を上げる。
その間に相手からの声はない。
と、言うより、声さえ出せなかった、と言った方が正しい。
コニールは、跳び膝蹴りを相手の腹に叩き込むつもりだった。
しかし二つの不幸により、予想よりも低い位置に跳び膝蹴りは当たった。
つまり男性の急所、股間である。
少年は後ろに倒れ、そのまま動かなくなる。
「……えっと……、大丈夫、か……?」
自分でやっておいて何だが、思わずコニールはそう声をかけた。
いくらなんでも、股間が男性の急所である事くらい知っている。
だが少年から反応はない。
どうやら気を失ったらしい。
コニールは心配になって、少年の顔を覗き込んだ。

 

「……あれ?こいつ、どっかで見たような……」
白い肌に所々寝癖が付いた黒い髪。
そして幼さが残る顔立ち。
その顔をコニールはどこかで見た覚えがあった。
しばらく考え込んでいたコニールの頭の中に、不意に過去の記憶が蘇った。
「そうだ……、こいつ、確かあの時のザフトの……」
ローエングリンゲートの陥落作戦の時、コニールはザフト所属の戦艦ミネルバに向かったが、
その時居たザフトパイロットの一人に、今目の前に倒れている少年はそっくりだった。
しかしあれは十年も前の事だ。
どう見ても、目の前の少年と年齢が合わない。
考え込んでしまったコニールの目の前に、突然黒い塊が飛び出してきたのはその時だ。
驚いたコニールは、思わず数歩後ずさりする。
黒い塊はまるで少年を守るように、コニールと少年の間に立ちふさがる。
「……犬?」
その姿をよく見たコニールは、驚きを隠せないままそうつぶやく。
コニールと少年の間に立ちふさがったもの。
それは黒い毛並みを持った、イヌ科の獣だった。

 
 

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