久遠281 氏_MARCHOCIAS_第4話

Last-modified: 2014-06-23 (月) 20:34:54
 

 第四話 強襲

 
 

白い機体が天空からこちらを見たことに気が付いた時、シンは思わず息を呑みこんだ。
嫌な汗が額を流れ落ちる。
それは過去の記憶に端を発する条件反射だ。
シンはそれを少しでも和らげる為に、コントロールスティックを強く握り締めた。

 

(なんでこいつがこんな所に居るんだ!?
 まさか、この間ラクス・クラインを"老けた"って言ったせいじゃないよな!?)

 

シンは思わずそう思ったが、直後にそんな会話が相手に知られている事などあり得ない事に気が付いた。
大体、まだ相手の標的が自分達であると決まった訳ではない。
世界的に経済が破綻した今では、難民が廃材を使って家を建て、そこで暮らしている事も珍しくない。
だからコンテナを集めて作ったこの拠点も、上空から見ただけではそこに暮らしているのが一般人なのか、
取締り対象である兵器を所持した者なのかは、判断付かないはずだ。
それが故に、シンはストライクフリーダムがこのまま上空を通り過ぎる事を無意識に期待した。

 

だが、その期待はあっさりと裏切られた。
ストライクフリーダムがこちらに向かって高エネルギービームライフルを構えた時、
シンの体は考えるよりも先に動いた。
シンの乗ったウィンダムがコンテナの天井を突き破って外に出る。
一瞬ストライクフリーダムの攻撃を盾で防ごうかと考え、
その盾を随分昔に駄目にしたままであることに気が付いた。
仕方なく、シンはビームライフルを構える。
だが、間に合わない。
シンがトリガーを引く前に、ストライクフリーダムの高エネルギービームライフルが閃光を放つ。
その銃口が向いていたのは丁度拠点の中心、先ほどまで皆で食事をしてた所だ。
しかしその閃光は空中で巨大な影に遮られ、四散する。
巨大な影の正体、それは隊長の乗るダガーLだった。
その隙に、シンはビームライフルを連射してストライクフリーダムが次の攻撃に出ることを阻止した。

 

ライフルを連射しながらシンは、ストライクフリーダムの行動に疑問を感じていた。
自分の知るキラ・ヤマトは人を殺す事を嫌がり、コックピットを外す"殺さず"の戦いを好んだ。
だが今、目の前のストライクフリーダムは躊躇無く引き金を引いた。
そこに人が居ることは、センサーで生命反応を調べればすぐに分かるはずだ。
(キラ・ヤマトじゃない……?)
そんな考えがシンの頭の中をよぎったが、ストライクフリーダムはキラ・ヤマト専用機として
作られたはずだ。 そう簡単に他の者が扱える機体ではない。
だが、もしキラ・ヤマトでは無いとしたら……、勝てる確率は少しは上がるかもしれない。
本当にかすかな希望だったが、それでもシンはそのかすかな希望に賭けることにした。
ウィンダムのビームライフルを避けて高度を取ったストライクフリーダムを追って、
ウィンダムが大地を蹴る。
そしてストライクフリーダムの後を追って青い空へと舞い上がる。
ストライクフリーダムの後ろを取ると、コックピットに狙いを定めてトリガーを引く。
しかし狙い定めたはずの攻撃はストライクフリーダムをかする事さえ出来ず、シンは思わず舌打ちした。
(そういえば昔フリーダムと戦った時も大きな隙を作らせない限り、ライフルは当たらなかったな)
あの時はインパルスの分離、合体システムを使って隙を作ったが、ウィンダムではそれは不可能だ。
だが今すぐ出来る隙を造る作戦を考えてみたが、ぶっつけ本番でうまくいきそうな作戦は思いつかなかった。

 

その間に、目の前に居たストライクフリーダムが姿を消した。
一気に出力を上げて、高度を取ったのだ。
(!?後ろを取られる!)
ストライクフリーダムとウィンダムでは、その出力差はまさに月とすっぽんだ。
このままでは後ろを取られるのは時間の問題であり、
一度後ろを取られたらもはや振りきる事は難しいだろう。
そして後ろを取られたら、ただでさえ機体性能差で不利な状況なのに、
さらに不利になる要素が加わるという事になる。
シンは機体を反転させ、背泳ぎをするような形で飛行しながらビームライフルを撃った。
しかしストライクフリーダムは、まるでビームライフルの軌道が分かっているかのように
全ての閃光を楽々と避けていく。
その姿は優雅と言えるだろうが、シンにとっては憎々しいばかりだ。
どうにかして振り払おうと試みるが、その努力は実りそうも無い。
(いっそ、後ろに付かせてオーバーランを狙うか……!?)
だがそれも何度も通用する手ではないので、チャンスは一回きり、
しかもチャンスが来るのが早いか、それとも自分が落とされるのが早いかの賭けだ。
それも成功したとしても出力の違いからすぐに回り込まれてしまう可能性が高い、分の悪い賭けだ。
しかし他に手は無い。
そうシンが腹を決めた時――

 

『シン!三時の方向、距離1000にある大岩の所に来い!』
「隊長!?」

 

そういえば、隊長の事すっかり忘れてた。
確かに周りに居なかったな。
シンはそんな場違いな事を思ったが、その間にストライクフリーダムがウィンダムの後ろに回り込んでいた。
とにかく今は隊長を信じるしかあるまい。
シンはそう決め、ストライクフリーダムが放つ高エネルギービームライフルの光線をかわしながら
指定のポイントに向かう。
『相手をなるべく低く誘導しろ!』
隊長の通信に、シンは思わず小さく舌打ちをした。
無茶な注文をする。
だが、やらねば落とされるだけだ。
そう覚悟を決めて、一気に降下する。
下方は広大な森。
シンは木に激突するすれすれの所で態勢を立て直した。
ストライクフリダームはこちらの動きに合わせて高度を落としたが、それでもまだウィンダムの上空だ。
シンは高い木を盾代わりにして機体を飛ばしながら、時々機体を反転させてビームライフルを放つ。
ビームライフルを避けるためか、木々を盾にするウィンダムの動きに焦れたのか、
ストライクフリーダムの飛行高度は少しずつ下がってきていた。
だがそれは、ストライクフリーダムに完全に後ろを取られたような形だ。
一瞬でも気を抜けば、落とされるだろう。
ストライクフリーダムの高度が十分下がったと判断したシンは、速度を上げて指定ポイントへ急ぐ。
その間にも、ウィンダムの真横を高エネルギービームライフルの光線が掠めていく。
なんとかそれらをかわし、指定ポイントにある大岩の上空を通り過ぎる。
直後、大岩の影から飛び出したのは、大きな円筒型の砲を担いだダガーLだった。
ダガーLは高速で飛来したストライクフリーダムに向かって砲を放つ。
しかしそれはロケットの類ではなく、太いワイヤーで作られたMS捕獲用のネットだった。

 

自分達のような小規模の傭兵団の場合、報酬のいい大きな依頼など、まずこない。
そのため、少しでも報酬を増やすために敵MSをなるべく傷つけないように捕獲して
売りさばくのが常である。
このMS捕獲用のネットもそのための道具だ。
ストライクフリーダムはその優れたスピードが故に、
ネットを避けることが出来ずに自ら飛び込むような形になった。
ネットに絡みつかれ自由を奪われたストライクフリーダムは、そのまま失速して地面に激突する。
シンはその間にビームサーベルを引き抜き、ストラクフリーダム目掛けて飛んだ。
そして地面でネットを振り払おうともがくストライクフリーダムのコックピット目掛けて
ビームサーベルを突き刺した。
白い装甲が黒く焼け、ストライクフリーダムの胴体に大きな穴が開く。
それを確認したシンは、急いで機体を上昇させた。
『やったか!?』
「って、隊長!これ核動力機ですよ!?ぼさっとしてると爆発に巻き込まれます!」
『は?核って……核動力機は十年以上前に製造も所有も禁止されたはずだろ!?
 なんでこんな所に在るんだ!?』
「知りませんよ!そんな事、ここに持って来た奴に聞いてください!!」
シンと隊長が言い争っているうちに、ストライクフリーダムの機体から激しい火花が散り始めた。
それを見た隊長が、ダガーLを急発進させる。
その直後、辺りを焼き尽くす核の炎が広がる。
周りの木々がその炎に包まれ、瞬時で消滅した。
だが、それも一瞬の出来事だった。
どうにかギリギリで核の炎から逃げることが出来た二人は、ほぼ同時に安堵の吐息を吐きだした。

 

「……拠点の方は?」
『……移動準備はほとんど終わってたからな。もう移動開始して、被害は無いだろう』
「……そーですか」
疲れた。
いつもの十倍くらい疲れた。
そう思いながら、シンは大きなため息をついた。
しかし、やはりあのストライクフリーダムに乗っていたのはキラ・ヤマトではなかったのだろうか?
世界最強と言われるストライクフリーダムとキラ・ヤマトの組み合わせが
"MS捕獲用ネットに捕まって落ちました"では、あまりに間抜けすぎて
キラ・ヤマトに壊滅的被害を受けた地球軍がなんだか哀れに思える。
『とにかく、移動中の奴らと合流するぞ』
「……了解」
とにかく今は休みたい。
こんなに疲れたのもかなり久々だ。
シンは深く考えるのやめて、隊長のダガーLに続いて機体を反転させた。
しばらく飛ぶと、コンテナを積んだトラックが何台も列をなして走っているのが見えた。
その姿を見てホッとしたのと、コックピットの中をけたたましい警報が鳴り響いたのはほとんど同時だった。
『まだ他にもいたのか!?』
隊長の声とシンの舌打ちの音が重なる。
シンはセンサーで新たに現れた機体の数と距離を確認した。
数は三。
よく考えてみれば、ザフトに与するストライクフリーダムが一機だけで行動しているなんて考え辛い。
案の定、認識コードは三機ともザフトのものだった。
距離はまだ少しあるが、身を隠したり補給する暇は無さそうだ。
そうなると、バッテリーと推進剤の残量が苦しい。
最悪、ダガーL一機に任して補給しに戻らないといけないだろう。
だが相手が性能の低い機体だったら、二機でかかれば何とかなるかもしれない。
そう判断して、相手が視野に入るまで待機する。
しかし視野に入ったその機体は――

 

『ストライクフリーダム……。しかも、三機だと!?』
隊長の絶望に満ちた声が通信機越しに聞こえてくる。
その声をどこか遠くに聞きながら、シンは声も出す事さえ出来ず、
ただその並んで飛ぶ三機の純白の機体を呆然と凝視した。
今すぐ逃げろと頭の中で誰かが大声で叫ぶが、指が動かない。
その間にも三機のストライクフリーダムが近づいて来る。
そして三機とも全く同じ動きで高エネルギービームライフルとクスィフィアス3レール砲を構えた時、
シンは我に返った。
『全員逃げ……!』
隊長の言葉は光の洪水の中に消える。
シンは勘だけを頼りに機体を動かした。
三機のストライクフリーダムが放った閃光に包まれて、もはや下も上も分からない。
まずその閃光に焼かれて消えたのは右腕だった。
次は左足。
機体のパーツが次々消えていく。
その間、シンは時間がやたらとゆっくり進んでいるような気がした。

だがそれは一瞬の出来事だった。
時間が元のスピードを取り戻したとき、ウィンダムはまともにコントロールが効く状態ではなかった。
コックピットの中を警報が鳴り響き、高度計が示す数値がどんどん減っていく。
(落ちる……!!)
そう悟ったシンの目に、巨大なコンテナの姿が映った。
そのコンテナは黒く変色して煙を上げていたような気がしたが、
そんな事を考えている余裕はシンにはなかった。
とにかく直撃を避けるため、コントロール・スティックを傾ける。
傷ついた機体は思うように動かなかったが、それでもコンテナへ直撃は回避出来た。
しかしその時には、機体を不時着させる事は不可能になっていた。
ウィンダムの機体は背中から地面に激しく叩き付けられ、そのまま木々をなぎ倒して止まる。
その衝撃は凄まじく、シンの意識は闇の中に消えていった。

 
 

****

 
 

一体どれくらいの時間が経ったのか、シンは遠くで発砲音と悲鳴を聞いたような気がして目を覚ました。
しかし頭がくらくらして思考がまとまらない。
頭痛もするし、めまいもする。
何とかそれらを収めようと、シンは強く目をつぶって頭を振った。
その耳に届いたのはコックピットハッチが開く音だった。
シンはめまいのする目でハッチの方に視線を向けた。
その目に映ったのは、数人の見慣れない人影だ。
そしてその人影がライフルを構えていることに気が付いたシンは、反射的に身を隠そうと動いた。
しかし、その体はベルトでしっかりとシートに固定されている。
直後、発砲音が立て続けに辺りに響いた。

 

初めに感じたのは胸を思い切り殴られたような強い衝撃。
続いて喉の奥から熱いものが逆流してきて、シンはその場に吐き出した。
それは赤黒い血。
直後に視界がブラックアウトする。
痛みを感じる暇もなく、シンの意識は途絶えた。

 
 

****

 
 

襲撃者達は今撃った黒髪の少年が動かなくなった事を確認してから、大破したウィンダムの上から降りた。
直後、破壊されたコンテナの中から灰褐色の獣が飛び出し、襲撃者の一人に跳びかかる。
襲撃者は情けない悲鳴を上げ、その場に尻餅をついた。
半ばパニックになった襲撃者の上に伸し掛かると、獣は首に噛み付こうと牙をむいた。
仲間の襲撃者は、急いで獣に銃を向けるとそのまま引き金を引く。
発砲音とほぼ同時に、獣の悲鳴が辺りに響いた。
撃たれた衝撃に、獣は襲撃者の上から吹き飛ばされ、地面の上をのた打ち回った。
しかしそれも長い時間ではなく、やがて血を吐き動かなくなる。
それを確認した襲撃者達は、顔を見合わせ一つだけ頷く。
そして何も言葉を交わさぬまま、駆け足でその場を立ち去った。
後には大量の血と、いくつもの屍が残った。

 
 

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