960 ◆xJIyidv4m6 氏_Turn Against Destiny_第02話

Last-modified: 2009-12-22 (火) 02:25:49

第2話「歌姫の騎士団」

 
 

「最悪だ」
「いや、勧告もなしにいきなり撃ってきたし……」
「そんなことは問題じゃないんだよ!」

 

輸送船の重力ブロックの一角、刑事ドラマに出てくる取り調べ室を思い起こさせる狭苦しい部屋で、
シンとイライジャはパイプ椅子に座らされていた。中年の男は立ったままである。
赤みがかったホクホク顔はどこへやら、今や青筋が立ってまるで亀……以下検閲削除。

 

「どうしてくれるんだ、お前ら!今後の成り行き次第じゃ、契約金も払わないし、
 損害賠償請求するかもしれないぞ!」

 

シンは考えていた。
目の前のよく肥えた、ハゲ頭が目立つ中年の男――もうこの際、社長と呼称することにする――の
喚き散らす言語の群れのことではなく、捕虜にした歌姫の騎士団員のことをだ。

 

「歌姫の騎士団」――その仰々しい名前の通り「歌姫」たるラクス・クラインを戴く、
ザフトの中から選抜されたエリート軍人の集団のことだ。
その大半はMSパイロットで構成されている。
(騎士団はザフトの中でも最高水準のモラルと実力を持っていたはずだ。
 騎士団員を名乗る偽物か?それとも……)

 

シンは立ち上がった。目の前で社長が喚くのをイライジャがなだめているのが目に入り、
とりあえずこの場はイライジャに任せることに決めた。
「おい、聞いてるのか!どこに行く!」
「……ちょっと騎士団の人に会ってきます」
「おお、そうか!靴を舐めるでもなんでもして、なんとしてでも許してもらえ!さもなきゃ、契約金は……」
「シン、早く行け」
渋面を作ってみせたイライジャにシンは頷き、船室を出た。
騎士団のパイロットはブリッジにいるということはわかっている。
通信のログやら、シン達のことやらを探っているのだ。
グリップを握り、狭い通路を行く。
やがて、ブリッジとそれ以外とを仕切るドアから、数人の男が怒鳴り合う声が聞こえてきた。

 

「だからァ、ウチはただの運送屋だって言ってるでしょ!」
「ふん、あの積み荷を確かめないことには何とも言えんな。
 何の理由もなしに、ザフト司令部が貴様らの捕縛を命じると思うのか」
「理由がなくてもそうするのが今のザフトだろうが!」
「何だと貴様!」

 

ドアがスライドし、シンはブリッジに泳ぎ入った。
オペレーターの所まで一気に飛び、そのシートの背で勢いを殺す。

 

「おう、シン。えらい事になってんぞコレ」
「やっぱりなあ。とりあえず謝った方がいいのか?」

 

怒鳴り合うクルーと騎士団員とを交互に眺めながら、シンはポツリと呟いた。
その呟きは怒鳴り合いの喧騒の中にあってやけに響き、クルーと騎士団員は一斉にシンの方を振り向いた。

 

「おお、シン!そうだ、お前のMSのガンカメラなら
 こいつらが勧告なしに襲撃してきたのを記録してるよな?!」
「え、ああ……。なあ、アンタ騎士団員なんだよな?さっきアンタと戦ったザクⅠのパイロットの……」

 

その時、ザフトホワイトは急にシンを指差した。

 

「……その黒髪に赤い眼、それに『シン』という名前……
 まさか貴様、いえ、あなたはシン・アスカさんでは?!」
「…………は?」
「いや、間違いない!デュランダル前議長の懐刀シン・アスカ!
 まさかお会い出来る日が来ようとは……!」

 

金色の髪が乗った頭を振り振り、何やら感極まった様子のザフトホワイトを尻目に、
シンは言葉を発することが出来ないでいた。
事態は予想の遥か斜め上を行っていたのだ。

 

「失礼致しました。私はデュランダル派の人間でして……。
 あ、ザフトを離れて長いアスカさんにはお分かりになられないでしょうから、ご説明致します。
 そもそも、今のザフトが一般部隊と騎士団に別れているのはご存知ですね?」
「ああ」
「その騎士団が、派閥によって更にいくつかの集団に別れているのはご存知でしょうか?」

 

つまりは、こういう事だ。
ラクスは派閥、思想など、そういったものに一切頓着せず、優秀でモラルの高い者は誰でも――
つまりメサイア戦役でラクスと敵対した者も――騎士団に誘い入れ、差別も区別もなく遇した。
この待遇は、元ザラ派やデュランダル派の一部にもラクスに対する高い忠誠心を抱かせることに成功したが、
ザラ、デュランダル両派の中でも理知的な中立派や、パトリックやギルバートを
今でも信奉するような者までは懐柔することが出来なかった。

 

「結果、騎士団は現議長の熱烈な信奉者のみでは構成されず、
 内部はいくつかの派閥に分裂しているという訳です」
ふうん、と頷いたシンだが、そこでとある疑問が浮かんだ。
「まあそれはわかったけどさ、アンタらがこの艦を勧告なしに襲撃した理由は何なんだよ?」
「え……ええと、それはですね……」
軍規だから言えない、という返事が返ってくるかと思っていたが、
実際に返ってきたのは、鼻のすぐ横にある大きなほくろをこすりながらの、実に歯切れの悪い応答だった。
「えっと、あの、それはですね、確かにザフト司令部からこの艦に対して臨検、
 場合によっては捕縛せよという命令を受けてきたのですが……」
いい加減イライラしてきたシンは、オペレーター席の背をコツコツと指で叩く。
定期的にシートを襲う振動に、座っているオペレーターが嫌そうな顔をした。

 

「本来であれば、勧告をした後にこちらの指示に従わないのであれば攻撃する、
 ということになっているのです。
 しかし、今回は、その…………騎士団に対するネガキャンの一環も兼ねていまして……」

 

「……」

 

シンだけではない。ブリッジにいる者全ての時間が止まった。
つまり、デュランダル派の彼らは、ラクス・クラインの騎士団に対する管理責任を貶めるために、
今回の任務で勧告を無視して攻撃をかけてきたのだ。
ただでさえイライラを募らせていたシンの怒りが有頂天……もとい、頂点に達した。

 

「……アンタらって人達はァ!!軍ナメてんのかこの三流!!」

 
 
 
 

六年前のことだ。
「じゃあ、これで残務処理もお終いね。……これで、いなくなっちゃうんだね」
「別に、消えてなくなる訳じゃないよ。ルナと俺のことも、これでお終いって訳じゃないだろ?」

 

六年前のことだ。
「うん。……ねえシン、……」
「……」

 

六年前のことだ。
敗残兵となったシンは、一年かけて敗残兵としての負債を支払った。
戦争犯罪者としての裁判では、正義の騎士アスラン・ザラの熱烈な弁護により、晴れて
「ギルバート・デュランダルと彼の子飼いの部下に、家族を失った痛みにつけ込まれた哀れな少年兵」
となることが出来た。

 
 

「行くのか、シン・アスカ」
薄手の黒いジャケットに白のTシャツ、深い青色のデニムパンツといった出で立ちのシンに声をかけたのは、
切り揃えられた銀色の髪に白い肌、鋭い視線、ついでに白い軍服。
「ジュール隊長?」
「久しぶりだな、シン・アスカ。ユニウスセブン以来か。メサイアでは会うこともなかったが……」
「ええ、会えなくて良かったですよ。……
 ラクス・クラインに味方して、俺達を裏切ったあなたを墜とさずに済んだ」
ザフトの隊舎を引き払う時のことだった。偶然の出会いとは思えない。
恐らく、イザークはシンを待っていたのだろう。

 

「フン、確かにな。俺は裏切った。
 俺やディアッカを救ってくれた大恩あるギルバート・デュランダルを売り、
 ラクス・クラインを取ったのだ」
「……どうして?」
当然の疑問だった。イザークの口調には少なからず自嘲の色が見て取れたし、
それ以前に、簡単に自軍を裏切るような人物には見えなかった。
少なくともユニウスセブン破砕作業の時には。

 

「今更何を言っても言い訳にしかならんが……」
「構いません。気にしません。教えて下さい」
「………………メサイア攻防戦の時、この戦争はもう我々の負けだろうと思った。
 このまま負けて戦争が終わった時、俺達はどうなる?
 いや、俺のことはどうでもいいんだ。ただ、戦後、部下達がどんな目に合うかも知れんと考えると、
 ああする他ないと思った。あの時は、それ以外に部下の生活を守る方法はないと思ったんだ」
「……それが、裏切った理由なんですか」
「ああ、笑ってくれて構わんぞ。罵ってくれても構わん」
「……笑えませんよ」

 

メサイア攻防戦以降のシンからは、奇妙に表情が抜け落ちていた。
六年後には多少なりとも感情らしい感情を取り戻してはいるが、
この当時は、キラ・ヤマトのように悟った風でもなく、ただただ感情の起伏がなくなり、
能面のような無表情で毎日を過ごしていた。

 

「……時に、シン・アスカ。貴様、ザフトを辞めるのはいいが、これからどうするつもりだ」
「傭兵をやろうと思っています。俺に出来ることなんて、戦うことぐらいですから」
「そうか。……いや、実は、風の噂で聞いていた。貴様が傭兵をやろうとしている、と。
 まあ幸か不幸か、今の世界は紛争には事欠かんようだしな」
そこまで言って、イザークは軍服のポケットに手を突っ込んだ。
何やらゴソゴソと探り、取り出した掌の上には古めかしい紙手帳があった。
挟み込んであるペンを握り、滑らかに書き込んでいく。

 

「誰にも頼れなくなった時は、ここに連絡しろ」
手帳のページを1ページ、破る。丁寧に折り畳み、シンの手に握らせた。
握らされた当のシンは、困ったように笑う。
「いいんですか、こんなことして。誰かに見られたら、妙な疑い持たれても文句言えませんよ」
「いいんだ……」
言い切ったイザークの目は、シンではないどこか遠くを見ていた。

 

「俺が、俺の正義と信念に基づいてしたことだ。誰にも文句は言わせん。
 ……それと、まだ貴様に渡すものがある。ついて来い」
返事は聞かず、イザークは早足で歩き出した。慌ててついて行くシンを自分のエレカに乗せ、走る。
エレカの上で、イザークは終始無言だった。シンとて、余りお喋りな質ではない。
自然、会話はなくなった。

 

「ここだ」
辿り着いたのは宇宙港だった。個人用と思しきドックにエレカをつけ、そこからまた歩く。しばらく歩く。

 

「……ここだ。電気を点けるぞ」
カチリ、という小さな音がすると、真っ暗な空間が急に明るくなった。
そこには、一機のMSと一機のシャトルがあった。

 

「これ……ザク?」
「どうせザフトからはろくすっぽ退職金も貰えなかったんだろう。
 傭兵をするのに、金も自前のMSもないでどうする気だったんだ」
図星だった。それこそ雀の涙以下の退職金しかなかったシンには、傭兵をやる当てなどなかった。
しかし、そこは体一つで何とかすると楽観的に考えていたのだ。
「俺の隊で使っていたザクウォーリアだ。
 本当なら俺が使っていたファントムか、グフを回してやりたかったが、
 そちらは他の部隊に取られてしまってな。こいつで精一杯だった。済まんな」
奇妙に固い表情のイザークの口から呟くようにこぼれ出た言葉は、その表情と同じように固かった。

 

固い表情のまま、そうそう、と、イザークは呟く。

 

「月面のデスティニーが、何者かに回収されたそうだ」

 
 

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