960 ◆xJIyidv4m6 氏_Turn Against Destiny_第03話

Last-modified: 2009-12-28 (月) 04:18:07

第3話「影伸びる」

 
 

C.E.80現在における戦場の主役は、人型機動兵器――MSだった。

 

「風花」

 

そして、C.Eにおいて世界随一の傭兵組織と呼ばれる存在、それが彼ら、サーペントテールであった。

 

「風花?」

 

彼らサーペントテールにはMSパイロットは三人しかいない。
しかし、組織の充実したバックアップとジャンク屋との連携、
そして高い実力を持つ二人のパイロットなど、様々な要素を高いレベルでまとめ上げている。
そこに元ザフトのエリートパイロットであったシン・アスカが加わり、
彼らはC.E随一の通り名以上の実力を持っていた。

 

「おい、風花!」
「あっ……は、はい。なんでしょう?」
モニターの向こうで、イライジャはしかめっ面をしていた。
仮にも作戦行動中だというのに、オペレーターの彼女が呆けている。

 

「どうもやり辛いな…………そんなにシンと話したいなら、代わるぞ」
「結構です!」
「……可愛くないな」

 

風花はまるで実の兄に対するようにシンに対して懐いている。
それがわからないイライジャではないが、彼はそれ以上は何も言わず、
簡潔に任務の推移をまとめ、報告した。
シンと自分が敵対したのは騎士団だったということ、
しかし彼らはデュランダルのシンパで、シンの存在によってトラブルは避けられたということ、
そして……
「肝心の積み荷なんだが、……騎士団の臨検に立ち会わせてもらえた。
 送り主は大西洋連邦の人間ということ以外は不明、
 元々の届け先はプラントの個人に宛てられたものだったそうだ」
「焦らしますね。それで、中身は何なんですか?」

 

イライジャには面倒事に巻き込まれたという確信があった。
社長曰わく、「自分は何も知らなかった」そうだ。

 

「核弾頭だ。合計四発分」

 
 

この会話と時をほぼ同じくして、大西洋連邦のとある国のとある家、とある男が、
電話先のとある男の報告に目を細めた。

 

「そうですか。万事予定通りという訳ですね。
 あなたが私に味方してくれたのは意外でしたが、流石はその若さで評議員を務めていただけのことはある。
 ……いえ、あなたは危険を冒してこの仕事をやり遂げてくれました。
 今回の仕事ぶりは信用に値します。……仕事上の信用にはね」

 

ねっとりとしたシニカルな口調が印象的なその男は、更に二言、三言言い添えると、受話器を置いた。

 

男は車椅子に座っていた。
ダブルのスーツを着こなした男――年齢は60くらいだろうか。オールバックの髪には
白髪が多分に混じっている――がゆっくりと車椅子を押し、気さくに、しかし馴れ馴れしくなく、
かつ礼儀正しく語りかける。

 

「次は何をなさるおつもりですかな?旦那様」
「ふふ……僕のやることなんていつだって一つさ。ビジネスだよ、ビジネス」

 

車椅子の上、男は窓から臨む小さな空を指差し、言った。

 

「プラントのお偉いさんは『戦争はファッション』だなんて言ったらしいが、とんだ思い違いだ。
 戦争はビジネスで、ファッションもビジネスなのさ。
 ……まあその戦争にしたって、長く続き過ぎれば害悪にしかならないけどね」

 
 
 

結局、核弾頭は騎士団に引き渡され、シン達の手元に残ったのは、
社長の嫌みがたっぷりこびりついた契約金のみだった。

 

「成功報酬はなし、か。まあ仕方ないっちゃ仕方ないんだろうけど……」
シンがぼやく。彼の頭の中にあるのは、勝手に自分をライバル視してくる一人のパイロットのことだった。
彼はサーペントテールにおける三人目のパイロットであり、シンの先輩でもある。
そのため……いや、それ以上に、シンがザフト時代に残した伝説的な戦績のために、
彼はシンをライバル視していた。
「どうした、シン?報酬の方は無理でも、契約金の方はしっかり確保したんだ。別に誰も怒りはしないだろ」
「いや、そりゃあ怒られはしないと思うけどな。また任務のことであいつに絡まれるかと思うと……」
MSの狭いコクピットの中、イライジャは少し考えて、すぐに「あいつ」に該当する人物を割り出した。
紆余曲折の末にサーペントテールに加入し、そしてシンを猛烈にライバル視する男。

 

「カナード、か」
「ああ。あいつ、俺が任務を失敗するとここぞとばかりに
 『ふん、一度はキラ・ヤマトを倒した男がこんなものとはな』って言ってくるんだぜ……」

 

げんなり、という四文字が、感情の希薄なシンの顔に書いてあるのが、モニター越しにもよくわかる。
普段から色々な人間に感情や表情が希薄なことを心配されているシンだけに、
イライジャは喜ぶべきか心配するべきか、複雑な思いを苦笑いでごまかした。

 

「まああいつはああなんだ、って思って諦めるんだな。
 それに、以前に比べたら随分柔らかくなったんだぜ、カナードもさ」
「今より質が悪かったのかよ?想像もつかないな」
「だろう?それに今でこそ髪の毛も短いけどな、昔は物凄いロン毛だったんだ」
「本当か、それ?……想像もつかないな」
「だろう?でもある時にロレッタに『似合わない』って言われて、それで一気に短くなったんだ」
「ああ……それは簡単に想像できる」
「だろう?」
イライジャは笑い、シンは少しばかり表情を緩めた。

 

「シン、そろそろ『家』に着くぞ」
「ああ、そうだな。……この三年間、俺を受け入れてくれた家だ。俺の帰る場所になってくれた……」
「……シン、身の振り方は決まってるのか?」

 

シンが今回の任務を最後にすると言ってから、何度となくしてきた質問だ。
聞く度にはぐらかされているので、いい加減イライジャも、まともな答えは期待していなかった。

 

「ああ、実はある人に頼まれて、ザフトに復隊することになったんだ」

 
 
 
 

プラント、アプリリウスワン周辺宙域。

 

「ルナマリア・ホーク、セカンドインパルス、行くわよ!」

 

ミネルバ級二番艦「マルス」の右舷カタパルトから、一機のMSが飛び出した。
それは「セカンドインパルス」――「インパルスⅡ」「インパルスⅢ」の二機を経て、
遂に制式量産化されたインパルスである。
量産化に伴い、分離・合体機構を排除、シルエットも、ソードは撤廃され、
フォースとブラストの二つに絞られた。
もちろん、インパルスの最大の長所であるデュートリオンシステムは健在である。
しかし、量産化されたとはいえ、ワンオフの機体をモデルにした高級機である。
なので、結局は生産数は少なく少数量産という形を取り、この機体に乗ることを許されているのは、
ルナマリアを含む一部のパイロットのみであった。
そのフォルムは初代インパルスよりやや小柄で、全体的に凹凸の少ない、
なおかつほっそりとした仕上りとなっている。
カラーリングは青く染まった胸部を覗いて全て白。
金色のツインアンテナ、黄色のデュアルアイは初代インパルスのそれと変わらない。

 

「ホーク隊、全員遅れずについてらっしゃい!」

 

ルナマリアは今年24歳になった。女としてもパイロットとしても、脂が乗ってきた彼女である。
ミネルバ時代は今ひとつ頼りなかった彼女の腕も、今では部隊一つを任せられるほどに成長した。
……はずだった。

 

「初めての部下が新兵ばっかりだなんて……ツイてないわ」

 

24にして初めて部隊を任されたルナマリアだが、そこに配属されたのはアカデミーを卒業したての
新兵ばかりだった。しかし、それはルナマリアの部隊に限ったことではない。
ホーク隊と同時期に新しく編成されたいくつかの部隊は、そのいずれもがベテランを隊長に据え、
しかし隊員は全員が新兵という有り様だった。
優秀な人材は誰も彼もが騎士団に引き抜かれ――騎士団入りを拒んだ者も当然いたが、
彼らは当然のように冷や飯を食わされている――、既存の部隊をみだりに崩すわけにもいかず、
「養成」いう名目で編成されたのがルナマリア達の部隊だった。

 

「各機、フォーメーションを乱さないで。演習を始める前から笑われたくないでしょ?」

そんなホーク隊が何をしようとしているのか、それは――

 

「隊長、やっぱり無茶ですよ!騎士団の、しかもキラ様の部隊と合同演習だなんて!」
「演習やるのに無茶もへったくれもない!どうせ訓練するなら、
 相手のレベルが高いに越したことないでしょ?」
ホーク隊は六機のMSと六人のパイロットで編成されている。
その内の五人――少年四人と少女一人――が、揃って呻き声を上げた。
キラ・ヤマト率いるヤマト隊とホーク隊が行うのは、「公開」合同演習である。
新兵達は、まだ見ぬヤマト隊に、そして、ザフト全軍に醜態を晒すことを想像し、がっくりと肩を落とした。

 

演習が行われる宙域に到着し、減速。ツインアンテナが星明かりに輝いた。
ルナマリアはコクピット内を与圧し、ヘルメットを脱いだ。
昔ショートカットだった彼女の髪は、今では肩甲骨の辺りまで伸び、
ポニーテール――ヴィーノに「姉は一本、妹は二本」とからかわれた――に纏めている。
柔らかな赤毛を首を振って揺らし、彼女は物思いに耽る。
(ここに来るまで、フォーメーションに大きな乱れはなかった。
 後はヤマト隊長との打ち合わせ通り、ヤマト隊の人に上手いこと手加減してもらって……)
そもそも、今回ヤマト隊との合同演習をやることになったのは、ルナマリアがキラに直接頼み込んだからだ。
自身の部隊の練度とモチベーションの低さに苛立ち、ここで一つ刺激を与えてみようか、と
思い立ったのがきっかけである。
その演習の内容は、三対三での模擬戦を四回、六対六での模擬戦を二回、隊長同士の一騎打ちを一回という、
模擬戦オンリーなプログラムとなっている。新兵達が嫌がるのも無理はなかった。

 

(でも、私達が新兵の頃って、ここまでモチベーション低かったかしら?)
他の部隊に所属する新兵のことは知らないが、自身の部下のモチベーションは低すぎる、
と、ルナマリアは常々思っている。
自身が新兵だった時の同僚二人は、少なくともそうではなかった。

 

『ルナも艦もプラントも……俺が全て、守ってみせる!』
『議長の目指す世界のために、俺たちは戦うんだ』

 

(私が他人の事言えるかはわからないけど)

 

ルナマリアはただただ不安だった。
こんなモチベーションの低さで、これから軍人としてやっていけるのかと。

 
 

ルナマリア率いるホーク隊がマルスから出撃した頃、キラもまた、準備を整え、出撃しようとしていた。
「ホーク隊、か。……新兵ばかりらしいけど、大丈夫かな?」
「進路クリア。キラ様、お気を付けて!」
「ありがとう。キラ・ヤマト、ライトニングフリーダム、行きます!」

 

ヤマト隊を構成する戦艦の一つ、エターナルから、ライトニングフリーダムが飛び出した。
大層な名前が付けられているが、要はストライクフリーダムのマイナーチェンジである。
スーパードラグーンを肩、足にマウントし、常にヴォワチュール・リュミエールを使えるようにした
この機体は、キラがザフトの最高司令官となった時にその名を改められた。
今では、オーブのシャイニングジャスティスと対を為すC.Eの聖剣として、広くその名を知られている。

 

「キラ様に遅れるな!」
続いて、ヤマト隊を構成する残りの一隻、ミネルバ級五番艦「ユピテル」から、
エターナルから発進した機体と合わせて計11機のMSが現れる。
それぞれ、セカンドインパルスが二機、グフVが四機、ザクⅢが四機と、バラエティに富んだ編成である。
それらの機体は全て「騎士団仕様」にチューン・アップされており、
左肩には、「F」の形を模した羽と剣がクロスした、「歌姫の騎士団・ヤマト隊所属」であることを
表すマークがあしらわれている。

 

「全回線クリア。映像スタンバイ」
「ご苦労様です。では、お願い致します」
「はっ!キラ様の勇姿、しっかりと収めてご覧に入れます!」
「あらあら。キラも張り切りすぎて、相手の方にお怪我をさせなければ良いのですけど」

 

エターナル艦橋、ヤキン戦役からの指定席。
そこに、プラント最高評議会議長となったラクス・クラインがいた。

 

「いえ、相手は『あの』元ミネルバ所属のルナマリア・ホークです。
 キラ様がそのお力を僅かにでも発揮できる、数少ない相手かと」
「あら、それではお怪我をなさる心配はありませんわね」

 

それは、まるで喉を焼かれたかのようなしゃがれた声だった。

 
 
 

「うわ、似てねえ」
「何がだ?」
「うわっ?!……いたのかよイザーク。いるならいるって言ってくれ」
「で、何が似てないんだ?」
ジュール隊所属ナスカ級ボルテールで、隊長に成り代わって執務室を占拠していたディアッカは
テレビを指差した。

 

「これこれ。東アジアの島国の番組なんだけど。お前知らない?
 『一週間後、そこには元気に走り回る彼の姿が!』とか、
 『だが世界には、もっと凄い○○○があった!』とかのフレーズで有名なんだけど」
「知らん。それより仕事はどうした」
「でさ、今我らが議長閣下のアイドル時代のモノマネを特集してるんだけど、みんな似てないんだコレが」
「話を聞け!」

 

テレビの中では、髪をピンクに染め、髪飾りを付け、裾をミニに改造した着物を着て
陣羽織を羽織った女性が歌い、踊っていた。
観客の反応はいまいちで、ディアッカの言う通り、彼女の声も、顔も、本物のラクスには程遠い。
ほどなく、彼女はステージから降りた。

 

「練習不足だなああれは。
 顔が似てなくたって、もっと真面目に練習すりゃ声は似るだろうに。なあイザーク」
「貴様が真面目などとのたまっても説得力がないわ。……全く、もういい加減に仕事に戻れ」
呆れ顔のイザークが仕事机に向かった時、テレビの中では、黒髪に黒眼鏡の地味な女性が
ステージに上がっていた。ディアッカは名残惜しげに似ていないと野次を飛ばし、テレビの電源を切る。
それを見て、イザークは安心して仕事に集中することができた。

 

「……ところでディアッカ、一週間前の哨戒任務の報告書がまだだが」
「あ、悪い。報告書失くした」
「貴っ様ぁ!!」

 
 

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