960 ◆xJIyidv4m6 氏_Turn Against Destiny_第01話

Last-modified: 2009-12-17 (木) 00:17:04
 

「待て、俺はサーペントテールの者だ。護衛の依頼を引き受けてきた、イライジャ・キールだ」
「イライジャ・キール?ムラクモガイじゃないのか?!」

 

拳銃の引き金に指をかけたまま、ヒステリックに叫ぶ恰幅の良い中年の男を、イライジャは静めにかかる。
こういうリアクションは予想出来ていたとは言え、やはり嫌なものは嫌だ。

 

「大丈夫です。彼はいないが、彼に匹敵する凄腕がいる。……落ち着いて下さいって!」
「無駄だ、イライジャ。こういうタイプは言葉じゃあ静まらないよ」

 

言葉と共に進み出た小柄な男が、喚く男の手に握られた拳銃に手を伸ばす。
小柄な男のやはり小柄な手が柔らかく拳銃を掴み、肥えた手が引っ込める間もなく、
それは二人の手の中でバラバラになっていた。
イライジャが苦く笑い、中年の男は我に返ったようにはっと息を飲む。

 

「落ち着いて下さい。……ね?」

 
 
 

劇場版ガンダムSEED 逆襲のシン
Turn Against Destiny
第1話「運命のその後」

 
 
 

「巧いもんだな」
「うん?解体のやり方か?あんなのは慣れだよイライジャ……」
「違う違う。上手いことあのクライアントを静めたことさ」

 

ああ、と、小柄な男――身長は160cm前後だろうか。
寝癖がついているかのようにあらぬ方向に跳ねた黒髪と、抜けるような白い肌。
そして、何よりも特徴的なのはその赤い眼だ。

 

「なあシン、本当にこの依頼を最後にするのか?」
「ああ、サーペントテールのみんなには感謝してるよ。ちゃんとお礼、しなきゃな」
「……みんな言ってるぜ。シンならいつまでもいてくれていいのに、ってさ」

 

小柄な男――シン・アスカは笑った。
メサイア戦役の後、シンはザフトから退職金代わりにMSを受け取り、傭兵稼業を営んでいた。
そして三年程前から傭兵集団サーペントテールに身を置いていたが、
今回の仕事を最後にサーペントテールから離れることになっている。
メサイア戦役から、7年後のことだった。

 

「……そりゃあありがたいんだけどな。俺がいなくたって、イライジャがいるだろ」
「茶化すなよ」
「茶化しちゃあいないさ。俺はいつだって大真面目だ。
 今のイライジャに勝てるパイロットなんてそういないぜ」

 

ザフトを退役する際に受け取ったMS、ザクウォーリア――
――もっとも、7年の間に改良とカスタマイズを重ね、もはや中身は別物である――のコクピットの中で、
シンは真面目な顔を作ってみせた。
応えて、コクピットから一歩引いた無重力空間で、
一足先に自分のMSの準備を済ませたイライジャは苦笑いを作った。

 

「シンと劾がいなけりゃあ、この三年で何回死んだかわからないけどな。……もう、三年なんだな……」
「風花によろしくって言っておいてくれよ。どうもあの子、泣きそうだからな」
「泣きはしないさ。風花も大きくなった。……寂しがりはするだろうが」
「寂しいのはこっちも同じさ。……よし、起動準備完了。いつでも出られる」

 

今回の任務は、民間の船舶の護衛だった。
依頼者――例の恰幅のいい中年の男である――の話では運送業を営んでいるらしいのだが、
依頼の内容はどうもきな臭い。

 

「依頼を受けて荷物を運んでいたのはいいんだが、受取人が行方をくらましたんだ。
 どうもヤバい品物だってんで、早いとこ捌いちまいたいと思って、
 ちょっとばかし無茶なスケジュール組んじまってな。
 で、安全な航路を通ってたんじゃあ間に合わないんで、あんたらに護衛を頼んだんだ。
 ……しかし、そのチビっこいのが本当にムラクモガイに匹敵する凄腕なのか?」

 

というのが今回の任務の内容である。
しかしイライジャやシンにしてみれば、怪しい依頼を持ち込まれることは決して珍しくない。
傭兵という商売が簡単に成立する今の世の中、「正しいこと」を貫き通すことのなんと難しいことか。

 
 

「こちらブリッジ、傭兵、聞こえるか」
「聞こえてる。どうした」

 

ザクのモニターに映ったのは輸送船のオペレーターである。
女の子じゃないのが残念だ、と囁いたイライジャを小突きつつ、シンが応対する。

「10時方向からMSが三機、接近中だ。通信にも応答はない。出てくれ」
「了解。イライジャ」

シンが声をかけた時には、既にイライジャはコクピットハッチを蹴って自身のMSに向かっていた。
イライジャの後ろ姿に向かって小さく口角を上げ、コクピットハッチを閉める。

 

「傭兵、……じゃあ呼びにくいな。お前ら、名前は?」
「シン」
「イライジャ」
「シンに、イライジャね。わかった」

ハンガーの減圧が終わり、ゆらりとMSが泳ぎ出る。シンのザクウォーリアが改造ブレイズ装備、
イライジャのザクⅢはブレイズの後継型であるチャージウィザードを装備している。

「接敵まで五分だ。敵をこちらに近付けないでくれよ」
「了解」
「了解。行くぞシン」

 

ザクウォーリア――ザクⅡのロールアウト以降は総じてザクⅠと呼ばれている――とザクⅢ。
外見上ほとんど差異のない二機である。
両機の違いらしい違いと言えば、ザクⅢの装甲の一部に新型ラミネート装甲が使われていることと、
アポジモーターが増設されていること、
そして、ビームトマホークとは別にビームサーベルを標準装備するようになったことくらいである。
基本的な構造はあまり変わっておらず、各部のパーツに最新のものが使われているだけの違いだ。

 

「なあ、イライジャ」
「なんだよ」

シンは不思議な程にリラックスしていた。
乗機の調子を確かめるようにゆっくりとスロットルを開き、バーニアを吹かす。

「俺、自慢じゃないけど、7年の間に色んなMSに乗ったんだ。
 ダガーL、M1、制式量産型ドム、ウィンダム、ガズウート、ゲイツ、、ストライクダガー。
 ここだけの話、連合の最新鋭の機体に乗ったこともあるんだ。
 試作型ウィンダムNっての。NってのはNeoの略 なんだってさ。
 ああ、それから戦車に乗ったこともあったな。オーブのリニアガンタンクってやつ」
「……何が言いたいんだ?」

イライジャは焦れた。いい加減接敵が近い。

「ああ、ごめん。何が言いたいかっていうと、色んな機体に乗ったけどさ、
 やっぱ宇宙じゃザクが一番だなって思ったんだ」
「ああ、そういうことか。……確かに、ザクⅠは傑作機だな。基本構造はこのザクⅢと大差ない」

 

そうそう、と頷いたシンがレーダーを睨み付けた。
トリガーに指がかかり、フットバーに乗せている足に力が入る。

「接敵するぞ、イライジャ」
「ああ、敵MS確認。編成は、グフV(ヴェスティージ)一機に、ザクⅢのチャージ装備が二機」

どいつもこいつもザフトの最新鋭の機体じゃないか、と、シンは呆れ返った。
しかし、今プラントで最も儲かる商売と言えば、ザフトのMSの横流しなのだ。
いち傭兵のイライジャがザクⅢを使えるのも、その恩恵を享受した結果だ。

 

「どうする、シン?向こうさん、本物のザフトだったら」
「本物のザフトなら何かしら勧告があるだろ。……モラルの高い部隊ならだけど」

 

今のザフトのモラルの低さは異常、というのが全世界規模でのザフトに対する共通認識だ。
もちろん、軍人としてのプライドと人としての常識を持つ指揮官の傘下の部隊はそうでもないが、
一部(といっても事実上過半数だが)の悪評は全体の悪評となるのが世の常である。

 

「距離500。勧告は……ナシかっ」

二機のザクⅢが一斉にビーム突撃銃を撃つ。当たる距離ではないのでめくら撃ちだが、当たれば死ぬ。
シンはフットバーを蹴った。

「グフが来るぞ、シン!」

めくら撃ちの弾幕を盾に、グフVが突っ込んで来る。
初代グフであるグフイグナイテッドと違い、グフVは完全に宇宙用の機体として仕上げられており、
その機動性とフレキシビリティはグフIの比ではない。

 

「死ねよ、旧型ぁ!」

罵声と共に突っ込んで来るグフVのパイロットは、理解していなかった。

 

「うるさい。広域回線で怒鳴るな」

 

グフVが肩口まで振りかぶったロング・ビームソード「ストーム」を振り切る前に、
シンのザクⅠがクイックモーションで投擲したビームトマホークが、グフVのメインカメラに突き刺さった。

 

「は?」

 

グフVのパイロットが何が起きたかを理解する前に、ザクⅠが両手でグフVのヘッドパーツを掴み、
刺さったままのトマホークのビームの発生していない「みね」側に膝を入れた。
トマホークが押し込まれ、グフVのヘッドパーツが断ち割れる。
息付く暇もなく、浮いたトマホークをザクⅠの右手が掴み直した。

 

「くそ、耳が痛い。昨日耳掃除なんてしなけりゃあ良かった」

 

そのまままっすぐ縦にトマホークを斬り下ろし、胸部装甲からコクピットハッチを浅く斬り裂いた。
溶解したハッチの隙間から、パイロットの驚いた顔が覗く。

 

「は?え、な、ど、どういう……」
「そっちのザクⅢ!」

 

二機のザクⅢはイライジャのザクⅢと銃撃戦を演じていたが、広域回線で叫んだシンの声に、
グフVが既に無力化されていることに気付いた。

 

「な、もうやられたのか?!」

 

「そう、もうやったんだ」

 

シンはふてぶてしく言い捨て、ビーム刃を引っ込めたトマホークをグフVのコクピットに押し当てた。
もう一度ビーム刃を発生させれば、パイロットは間違いなく焼け死ぬ。

「降伏しろ」
「!……」

別に降伏するなんて思ってないけどな、と呟いたシンは、イライジャのザクⅢに目をやった。
一瞬の躊躇の後にビーム突撃銃をシンに向けた二機のザクⅢは、
イライジャのザクⅢに狙い違わずヘッドパーツを撃ち抜かれていた。

 
 

「よし、終わった」
「本気で降伏させるつもりだったのか?」
「まさか。降伏してくれればそれで良し、降伏しなくても一瞬躊躇してくれればそれで良し、ってね。
 イライジャがいてくれて助かった」
「よく言うよ」

二人して他愛ない会話を続けながら、三機の敵MSの腕を切り落として、バーニアのノズルを焼き潰す。
三機の最新鋭MSは、これで完全に無力化された。

 

「オペレーター、こちらシン、戦闘終了だ。パイロットはどうする?」
「ザフトに引き渡すのが規則なんだが……面倒だな」

別に珍しい事ではない。ラクス・クライン政権以後のザフトの信頼度は最悪であった。
海賊の引き渡しついでに臨検と称して積み荷を漁り、ついでに通行料を、とまでしていれば、
そうなるのは至極当然である。

 

ラクス・クラインプラント最高評議会議長は、この惨状に何も手を打たなかったわけではなかった。
しかし、彼女のカリスマ性は彼女自身が患ったとある病気によって、完全に失墜していた。

 

「まあ、パイロットは後から考えるとして、MSはこっちで処分していいか?」
「ああ、任せる。ツテはあるのか?なんだったらこっちでいい『業者』を紹介しても……」
「いや、知り合いに付き合いの長いジャンク屋がいるんだ。せっかくだけど、そっちにしとくよ」
「そうか。……ああ悪い、やっぱりパイロットはこっちに引き渡してくれ。ウチのボスがそうしろってさ」
「ふうん……?まあ、わかった」

ハッチが開き、二機のMSが三機のMSを押して艦に入る。
ハッチを閉めて与圧されると、艦のクルーが銃器を持って現れた。

 

「お疲れさん。あんた凄い腕だな」
「サンキュ。そういや、俺達はもう休んでていいのか?」
「ああ。社長がホクホク顔だったぜ。
 『ムラクモガイより格安で凄腕を雇えたなんてツイてる』とかなんとか。
 調子いいよなーあのハゲ頭」

和やかな空気の中、捕獲したMSのコクピットハッチが開く。
空気の抜ける音がやけに間抜けだった。

 

そして、事態は最悪の方向へと動き出す。

 

「おい、ヤバいぞ……!」
「ん?なんだ?」

 

シンとイライジャは声のする方へと首を振り向けた。

 

「おい傭兵!あんたらが捕虜にしたパイロット、『騎士団』のやつらだぞ!」

 

そこには、「F」と「J」を組み合わせた形の、「歌姫の騎士団」所属であることを表すバッジを着けた
一人のザフトホワイトと二人のザフトレッドがいた。

 

「……いやあ、ホントツイてる」

 
 

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