第3話『パルサー・フライ(前編)』
~停泊中の大型巡視船 第1ブリッジ~
「来ちゃいましたよ、来るべきものが」
通信士のメイリン・ホークがため息をついてシンにテレックスを渡す。
「どうなったんです?」
「かいつまんで言うと、『4日前に海上で収容した物体及び搭乗員を、速やかに監察官へ引き渡すこと』。監察官は明日、トラック諸島へ入るそうだ」
「いつものこととは思うんですが、横暴ですね」
「あいつらに渡しちゃったら、あの3人は何をされるか」
「そもそも、何かの意図を持って俺たちが準備したものじゃないんだぜ、引き渡す義務はない。あれがプラントの準備したものだったら話は別だけど。 あれ、どうなんです」
監察官の態度にいささか呆れ気味のホーク姉妹を横目に、シンはメカニックに『デカブツ』の調査状況を尋ねる。
「左足を開けて中を調べましたが、どうやら空を飛べるのは間違いなさそうです。それから、水圧に十分耐える補強がなされていました」
「ふ、ふふふ……もう笑っちゃうしかないよ。すると何?あれは空も宇宙も飛べて海にも潜れるのか」
「これだけの大きさですから、陸上を歩くことのほうがかえって不都合です」
「なおさら、誰が何のために作ったか謎になってきちゃうわね。それでキャップ、あの2人のパイロットさんは?」
「相変わらずだよ。(肩をすくめて)いつまで俺はS-1星人って言い続けるつもりなんだか。おかしなことに地球についての知識だけはしっかりしてんだ。これは……さぁ。まさかとは思うけど、あれが噂になってる方の監視員だったら。聞いた事あるだろ?」
一同は絶句した。
一切の武装保有を禁じた新しい平和条約が発効して以来、この世界で平和を監視する役目を負ったのは、プラント主導のもとに創設された『監察機構』である。
その中でも、連合・ZAFTを問わず退役軍人があてがわれた『監察官』と呼ばれる平和監視部隊の横暴ぶりは、たびたびシン達の耳にも入っている。
そして、『監察官』についてはもうひとつの噂もあった。
――武装を試みた組織とその指導者を消してしまう『真の監察官』がどこかに存在する―― と。
ブリッジに嫌な沈黙が流れる。
「ごめん!今の話ナシ、な」
「ナシ、と言われたって……」
「もう遅いわよ」
この推論に至ってしまうのも時間の問題だったかもしれない。
――巨大すぎるマシーンとパイロット。彼らは監察官、または監察官の作ったモノではないのか?――
この4人だけでなく巡視船のクルー、あるいは春島基地のスタッフがうすうすと感じていたことであった。
~翌日、同じく停泊中の巡視船ブリッジ~
「来ました。回線つなぎますか?」
メイリンの声を聞くや、船長席に座ったシンが立ち上がった。
思い出したかのように傍らの帽子をかぶってモニターの前に出る。
モニターに映る軍人は名乗りもせずにいきなり本題をシンに投げかけた。
「先刻通達した、落下物および人員の引渡しは本日の12時である」
シンはモニターに映る中年の軍人が癇に障ったのか、食ってかかる。
「待ってください! あれはそもそも我々の領海32カイリ以内で拾ったものです。あれが正体不明の物である以上、処遇を決める権利はこちらにあるはずです。あれがプラントの所有物だという証拠があるならば、プラントの法規が適用されるのでそちらに引き渡しますが?」
モニターの声の返答はそっけなかった。
巷の噂どおり横暴な一言。
「命令に変更はない。速やかに引き渡しに応じよ。さもなくば貴船を臨検し、落下物と搭乗員を接収する。以上だ」
モニターの映像が切れた。
シン達が巡視船の仕事を始めてから何度も経験していることではあるが、監察官の性質が悪いとこういう幕切れになる。
「会話になってないですよ」
「俺は悪くないぞ。めぐり合わせが悪かったんだ……」
「監察官の中に、警告ナシで銃撃してくる人がいるとか聞いたんですけど、ああいう手合いなんですかね?」
「おどかすなよ……ったく!あいつらが来て以来、何でこんな面倒ばっかり起きるんだよ!……ところで、ルナのやつはどうしたんだ?」
~独房~
「引き渡す?」
どういう風の吹き回しか、囚人扱いの人間には不釣合いなほど奮発した食事を持っていったルナマリアである。
独房の鍵を空け、3人してトレイを囲み床に座り込んでいた。
トレイからサンドイッチをつまもうとしたオリバーの手が止まる。
伏目がちなマリンはコーヒーの紙コップに口をつけようとして手を止めた。
「『監察官』という連中に、あなた方を引き渡さないといけないかもしれないの。いま病棟にいる人も含めて」
「とんでもない!怪我して面会謝絶の人間を連れていくのだけは……」
「そうだ、何とか取り計らって欲しい。俺たちは構わないが、雷太はまだ置いてやってくれ」
真剣に仲間をかばう2人の様子を見て、何だか妬いちゃったな、とルナマリアはふと考える。
「あなた、恋人は?」
「何?」
「あなたがこの間聞いた質問のお返し。残してきた人、いるんじゃないの?」
「……死んだよ」
「えっ?」
「忘れるものか……ここに飛ばされてくる4日前だ」
聞いてはいけないことを聞いてしまったと思った。
ルナマリアはばつの悪い表情に変わり顔も下向きがちになる。
「……ごめんなさい」
「気にするな。俺たちをその監視役に引き渡すことになっても、気兼ねしなくていい」
「勘弁してくれよ。お前、ヤケ起こしてんじゃないだろうな?」
「そんな風に見えるか? どんなことがあろうと、必ずもといた場所に帰るさ」
その時ズシーンという音、ハッと気づいて天井を見上げる。
次の瞬間には船が傾いたのかと思うほど揺さぶられる。
床が傾斜して瞬間、ルナマリアが壁に向かって流れそうになったが、マリンが彼女の右手をつかんで止める。
「あ、ありがとう」
マリンはルナマリアを気に留めず、傾斜が元に戻ったところであっさり手を離す。
「随分と手荒いご挨拶だな。何だったんだ?」
「どうも音だけ聞いたら、ミサイルでも打ち込まれたみたいなんだがな」
「司令室か格納庫に急いで行ってみろ。何かあったかもしれん」
マリンからまるで軍人から指図されたように素早い指示を受けたルナマリアの返事も素早かった。
「え、ええ!すぐに行きます、なにかあったらいけないから、鍵は開けておくから」
ルナマリアが廊下を走っていく。
ほどなくして警報のブザーが鳴り始めた。