第4話『パルサー・フライ(後編)』
~停泊中の大型巡視船 第1ブリッジ~
あわただしくメイリンがインカムを身に着け、艦長席の前、操舵席を兼ねたコントロール席に座った。
シンは艦長席から腰を浮かしたくてうずうずしているようにも見える。
「上空には誰も来ていないはずだ、どうしたんだ!」
「水中爆発1、種類はおそらく長距離の水中ミサイル。信管不良のため手前で爆発、被害はありません」
「この後来るぞ、メイリンはエンジンを立ち上げて。ルナマリア!ルナマリア・ホークは格納庫で待機!クルーは全員持ち場へ、クルー以外は船外へ!本船は緊急発進準備! ほらブザーだよ早く、手前のオレンジのスイッチ!」
シンの指図は素早かったが、この後起こることを切り抜けられるか、そんな自信はとても持てなかった。
旧ミネルバ型戦艦を転用した大型巡視船とはいえ、かなりの機材が民生品に置き換わっているため、戦闘を想定した設計ではない。
「非常配置完了、発進できます」
「よ、よし。出航位置まで微速前進。あとは任せる、俺はデッキに降りるぞ!」
「キャップ!キャップがいないと退避位置がわかりません」
「あのね、向こうも素人軍隊なんだよ。まっすぐ離水して飛んじゃえばいい。いざとなったらザクを出すぞ!」
メイリンの姉ゆずりのふくれっ面を見る間もなく、シンはエレベータへ急いだ。
~独房~
『長距離レーダー、監察部隊らしき飛行物体キャッチ!えっと、数はおよそ6!ザク1番2番、スタンバ、あ!飛行物体増えます!ミミサイル!』
マリンにオリバーも肝が据わっていた。
残りのサンドイッチを平然とほおばっている。
しかし、船が2回連続で揺さぶられるのを見て取ると、表情を変えた。
「今のは至近弾だな?命中はしていない。賭けるか?」
「そんな気分じゃない。……単純計算で敵の数は約3倍か」
「こっちのカードの分は悪い。ジョーカー出してやってもいいんだが、俺は気が進まないね」
「俺は行くぞ。急がないと港から船が離れてしまう。雷太が起きなきゃバルディオスは使えない。だが、パルサバーンだけでも力になれるはずさ」
「止めても無駄か。しょうがねえから付き合うぜ?」
重い腰を上げたオリバーと、臨戦態勢のマリン。
2人とも廊下を走って行く。
「勝手知ったる他人の家って言うだろ?」
軽い口調でボタンを押し、オリバーは圧力扉を開けてみせた。
すでにタラップはない。
合図と共に船と岸壁の間を飛んだ2人、数秒後には滑走路の巨大メカに向かって走り始めていた。
~巡視船、上甲板(カタパルトデッキ)~
吹きさらしの甲板にエレベータで上がったシンの白いザク。
今回ばかりは何が起こるかわからないため、すでに装甲ナイフを持たせてあらゆる事態に対応する心積もりであった。
一方、船首部分にはルナマリアの同じく白いザク。この船首にはこの船唯一の武装が付いている。
すでに18ノットの速度で外洋に出ていた巡視船。
いつでも離水して飛べる態勢である。
『ウィンダムタイプと思われます。数は6。ザク、スクランブル準備。本船出力、離水まで10秒、どうぞ』
カタパルトに足をかけたシンのザクは勢いよく滑り上甲板から飛び出した。
それを離水した巡視船が追う。
「おいおい、ヤツら出てきたぜ」
「ポンコツが。いっちょ遊んでやるか」
監察部隊のウィンダムのパイロットは一言二言会話を交わすと編隊を組んで速度を上げた。
有人機1機にそれを両側から2機の無人機で援護する3機編隊、これが2つで合計6機。
高度を上げるシンのザクを左右から挟み撃ちにしようとする。
「不利だ!」
直感的に操縦桿を切るシン。
ミサイルでも撃たれたらまず助からないと感じ、低高度へと降りていった。
ミサイルやビームライフルを使えるであろうウィンダムに対し、シンのザクが持っている武器は余りにも貧弱である。
「近づいて来たら、こいつを使うわよ」
ルナマリアは船首に取り付けられていた2連の高射機関砲を取り外しザクに持たせた。
持ち手と引き金が付いており、いざという時はMSの手持ち武器として使用できる仕様となっている。
ぐんぐんと高度を下げて迫ってくるシンのザクを見て、その後ろから追ってくるウィンダムに引き金を引くことを一瞬ためらう。
(近すぎる!)
そう思ったにもかかわらず、スイッチが入ってしまったかのようにルナマリアは引き金を引いた。
ドン、ドン、ドンと音を立ててザクのボディを左右にブレさせ断続的に押し込みながら弾丸が打ち出される。
「ばかやろう!」
シンは叫びながら右に舵を切る。
弾が当たらずなおもムキになって撃ち続けるルナマリアを今度はウィンダムのミサイルが襲った。
近接信管が作動したことによる爆風と、ミサイルの破片を食ってザクのボディが流れた。
両手で機関砲を抱えて支えが効かないザクは船首から足を踏み外して真っ逆さまに落ちていく。
悲鳴を上げる間もなく墜落し水柱を上げたルナマリアのザクを見てシンは怒る。
ウィンダムが発射した第2波ミサイルをジグザク飛行で避けて見せ、あっという間に1機のウィンダムの至近距離をとると、装甲ナイフで胴を切り払っていた。
『何ぃ、落ちるぅ!』
シンは最後の声を上げて機体ごと墜落していく敵のパイロットには目もくれず、残りの5機をにらみつけ、恨み節を叫んだ。
「こんなやりたくもない事をやらされるのも、あの3人のせいだ!」
~海中~
巡視船など洋上活動用に配備されたモビルスーツには、大抵浮き輪代わりの大型風船が数個、胴体に仕込んである。
しかし今海中に沈んでいくザクは、本来動くはずの風船がまったく作動しない。
コックピットの中には、気を失ったルナマリアがシートに横たわっていた。
このままでは沈むだけ沈み、水圧に潰されるのがオチだ。
不意にガクンという衝撃、ルナマリアが我に返る、左右を見る。
背中からザクを押し上げるような振動を感じ、恐る恐る全周モニターの後ろを見ると、
まるで台船のような物がザクを押し上げている。
その隣には速度を同調させて海中を上昇していく、箱型の物体。
「何よ?これ……」
ルナマリアは、海を沈んでいくところを助け上げられたという気分にはなれなかった。
~上空~
監察部隊のウィンダムを2機落としたものの、シンのザクは満身創痍となりつつある。
命中弾こそ全部かわしたが、至近弾の破片を受けてその傷み具合は隠しようがない。
唯一の武器であるナイフの振動用の電源もいつまで持つか、もはや2振り3振りできればましなほうである。
最後のミサイルがウィンダム4機から発射され、ザクを捉えた。
ナイフを持たない右腕と盾を差し出して防ごうとするが、腕ごと飛ばされてザク本体も落ちていく。
ここまでか、とシンは唇を噛んだ。
『あきらめるな、落下する姿勢を立て直せ。拾ってやる!』
無線で誰かが呼びかけてくる、誰だ?
言われるがままにザクの姿勢をまっすぐに直すと、一瞬でかっさらわれるように機体が加速した。
何かの上に載っているらしい。
足元の全周モニターを見やると、それは40メートルはあろうかという航空機。
『周波数は合わせたから、聞こえているはずだ。お前たちを救出に来た。』
「救出?」
シンはとっさに起きた事の成り行きをまだ飲み込めない。
~巡視船 第1ブリッジ~
「お姉ちゃんは無事?……うん、でもザクは動かないのね。それで、救助したあのマシーンは?」
空中で待機している巡視船のブリッジで、メイリンは舵を握りつつインカムに話しかけ、姉の無事を確認していた。
安定して人手が確保できないこの船では、シンが不在となるとブリッジ要員は現在のようにメイリン一人になってしまう事がある。
その時不意にブリッジ後ろの扉が開き、大男がブリッジへ入ってくる。
メイリンは気配を感じて後ろを向く。
「ひっ!……だ、誰ですか?」
「誰ですかはねえだろ、医務室に俺を放り込んでおいて」
「そっか、あの人たちの仲間の」
「おうよ、北斗雷太だ。海に浮かんでるのはバルディ・プライズだな」
「じゃあ、今キャップのザクを載せて飛んでるのも……」
「あれがパルサバーン。ま、簡単に言やぁ、バルディオスを3つにばらしたうちの2つを持ってきたんだな」
「怪我のほうは……」
「へっ!こんなもん怪我のうちに入るかってんだぃ」
雷太と名乗ったその男は、頭の包帯も邪魔だと言わんばかりに取り去って見せた。
メイリンはとりあえず理解した。
あの巨大なマシーンは分離するんだ、と。
技術者や生粋のモビルスーツ乗りだったら、これだけ仕掛けばかりゴテゴテ付いたマシーンと知ればあきれるところである。
~上空~
シンのザクを乗せて空中を飛ぶパルサバーン。
目下の課題は残り4機のウィンダムにいかにお引取り願うかである。
『あいつに戦闘機用のレーザーは効くか?』
「整備十分だったらダメだ。ラミネート装甲で弾かれる」
『なら方法はひとつだ。すれ違い様に斬ってしまえ。こっちがレーザーで牽制してやる。行くぞ!』
「お、おう」
機首2門、背部1門のレーザーを乱射しつつパルサバーンが高速で編隊に突っ込んだ。
タイミングを計ったザクがジャンプ、大きな的と化したパルサバーンに4機のウィンダムがビームライフルを撃ちこむ。
何発かが命中したと、有人機のパイロットが喜んだ。
しかし次の瞬間にはザクが迫る。
ナイフの2振りで無人のウィンダムの翼を切り落とし、墜落に追い込む、
そのまま編隊の後ろへ駆け抜けパルサバーンの背中に乗って離脱。
『この野郎!あとで吠え面かくんじゃねえぞ!』
ありがちな捨て台詞を残して、監察部隊のウィンダムは退いていく。
パルサバーンはビームを受けた傷こそ生々しいが平然と飛び続けていた。
「やっぱりあいつは、監察官の作ったモノじゃないのか」
「そんな一方的に……私たちを助けてくれた人なのに」
「パイロットも、エクステンデッドかもしれないだろ!これまでの行動を見りゃ、辻褄が合うはずだ」
「キャップ、プラントがエクステンデッドを作ったって言うんですか?そんな……」
「分からないよ!連合からぶんどって準備していたかもしれないだろ!……もう俺たちは、この船は、危ない橋を渡れないんだ……」
~巡視船の独房~
今度は雷太を加えた3人揃って乱暴に鉄の部屋へ放り込まれた。
これまでより手荒な扱いになったことにマリンは戸惑いを覚えた。
警備兵に付き添ったシンが、3人へ冷たい言葉を投げかける。
「ゴロツキを追い払って、俺たちを助けたつもりだろうが、いい気になるな。計算どおりなんじゃないのか?……俺はだまされないぞ!」
「俺は……!」
「この野郎……!」
「畜生め!何て言い草だ!」
マリンはこの世界に来て初めて、険しい表情を扉の鉄格子ごしにシンに向けた。
それは隠しようもない苛立ちと怒り。
シンは去り際にもう一言投げかける。
「見てろ!今にあんたらの化けの皮をはがしてやるからな!」