第12話 憎しみの砂漠<4>
~ミネルバ2世 ブリッジ~
「対空ミサイル警戒!機銃、安全装置解除!」
船首の2連装40ミリ機関砲がせわしなく旋回を始める。
落ち着きのない動きは、コントロールしているルナマリアの動きそのままだ。
メイリンがさすがに姉の様子を見かねてたしなめる。
「お姉ちゃん、落ち着いて……」
「うるさいわねえ、ミサイルが来たら対応しなきゃなんないでしょ……あ、来た!」
対空レーダー画面に映ったのは、ジェットストライカー装備のダガーLから発射されたミサイル。
「お姉ちゃん、ぶつかってくるやつだけ迎撃したらいいんだから……」
メイリンの指示が煩わしいとばかりにルナマリアの声が飛ぶ。
「わかってるわよ!掃射開始!」
機関砲の旋回が止まると今度は微動しながら断続的に射撃を始める。
射撃が始まって2秒、3秒、4秒……
第1ブリッジの右50メートル付近にミサイルの爆発と黒煙。
「やったわ!」
「横へそれて行くコースの弾よ……」
この時飛んできたミサイルが無誘導ミサイルだということは彼女たちは知らない。
~海上~
一方、ミネルバ2世の東側の海上では……
「こいつは前菜だ!適当にあしらってやればいい」
指揮官の軽い指示に合わせるように、ダガーLの鶴翼編隊が崩れる。
1列縦編隊でザクへ向かっていくと、カーブを切りながら順繰りにビームと近接機関砲を発射していく。
シンのザクは右に、左に、また左に、と機体を振ってビームを回避、さらに盾でビーム1発をブロックする。
その間にも12.5ミリ弾をボディに受けたのをシンは音で気づく。
距離があるため威力を失った機関砲弾はザクの装甲を貫通するには至らず、カンカンと音を立てる。
「当たったかっ……まだダメージはないな……」
コックピットのシンは逃げることで精一杯で、反撃を考える余裕などない。
部品を寄せ集めて作ったザクで攻撃を防げるだけでも奇跡である。
「あいつら、気付いてくれたかな……」
頼みのバルディオスがたとえ発進しても、自分が撃ち落されミネルバが沈むまでに間に合うのか。
それを一瞬考えると、シンの表情は暗くなるばかりだった。
「もう駄目かもしれない」、と。
~春島基地 滑走路~
海上での戦闘の様子は、待機中のバルディオスチームにも確認されていた。
バルディオスのツインアイが鈍く光り、手足が動き始める。
100メートルの巨人がランドセルの噴射音を響かせ、アスファルトを削りながらゆっくりと立ち上がる。
コックピットの3人はというと、戦意旺盛というより、シンに対して腹を立てている。
「だから言わんこっちゃないっつったんだ、あのへぼキャプテン……」
「いいじゃないか雷太。おかげさまでマリンがここで颯爽と登場だ。な、白馬の王子様」
雷太を宥めるオリバーにからかわれたマリンは腹を立てる。
「無駄口を叩く暇があるか!反動エンジン、亜空間エンジン、パルサービーム作動、行くぞ!」
バルディオスが直立した状態から徐々に空中へ浮上を始める中、マリンは無線交信を続けていた。
「こちらマリンだ!船の位置はどこだ!できるだけ正確に伝えろ!」
『……マリンさん!こちらミネルバです!メイリンです!』
「早く位置を言え!!」
『どう言えばいいんですか!』
『あんたねえ!怒鳴らなくたっていいでしょ!』
ルナマリアが怒鳴りながら、マリンとメイリンの交信に割り込んでくる。
「緯度と経度だ!ジャイロコンパスを見るんだ!」
『ほ、北緯7度49分25秒!東経が……152度35分25秒!急いで!』
「よぉし! バルディオス!亜空間突入!」
マリンの座る操縦席。
コンソール画面では、空間座標のグラフ曲線がうねうねと動き、3本の曲線が交差する点が画面中央へ。
高度を取り始めたバルディオスが白く光ると、ブゥン、という妙な機械作動音を発し、見えなくなってしまった……
この光景を見ていた基地のスタッフはただ唖然とする他なかった。
MSの数倍の大きさを持つ巨人が、気配も残さず一瞬で『消えて』しまったのだから……
~海上~
「ザク1号機離れていきます!……あ!本船に向かってくるミサイル確認!距離6000!」
「戦艦から撃ってきたわね!」
ミネルバのブリッジからも光点が確認できる。
「数は16!いや、増えます……20!
回避運動、取り舵いっぱい最大戦速!船内ブザー鳴らします!」
警告用のブザー。
これが軍艦であるならば、こういう時のブザーは『船の舵を急に切る衝撃に備えろ』という意味と『ミサイル命中時の衝撃に備えろ』という意味になる。
機銃操作のパネルに指をかけていたルナマリアの反応は早い。
「機銃座、迎撃するわよ!撃ちかた始めます!」
「どうぞ!」
しかし、たかが機関砲で防ぎきれる数ではない。かと言って操舵でかわすこともままならい。
――万事休す――
「ミサイル、前方でカーブ!だめぇ!」
ミネルバの上部構造物付近に集中するミサイルの光と煙が1点に集まる。
音のない光……続いてもう一度光。爆発音と炎、
そして黒煙とミサイルの破片がブリッジ付近に舞い込んで来る。
死を覚悟して顔を両手で隠していたホーク姉妹が、様子がおかしいことに気付いて、窓の外を見たのはその5秒ほど後。
煙の中、両腕を広げた巨人――バルディオスが、ミネルバの100メートルほど前に立ちふさがっていた。
「……?何ともない……っ! あれは……バルディオス!?」
「なんでアイツがいるの!?船の真っ正面に!」
バルディオスの3人はというと……
「危ねぇ危ねぇ。さすがにこっちも無傷とはいかなかったな」
「白馬の王子様にありがちな、登場の仕方じゃないか?なぁマリン」
雷太が損害を調べ、オリバーが軽口を叩く。
マリンは意に介さず、
「損傷はまだ軽微だ、バルディオス・ゴー!」
体勢を立て直したバルディオスは背中のノズルを輝かせて戦艦へ向かっていった。
遠く離れた空中、自分に向かってくるミサイル1発を機関砲で撃ち落した、シンのザク。
「危なかった……ん?ダガーが離れていく?」
シンのシートのスピーカーが、後退していく戦闘集団の無線交信を拾っていた。
『巨大MSらしきもの出現!デカイ、デカ過ぎます!』
『そんな馬鹿な! さっきまであのボロ船以外何も無かったのに……』
『レーダーはどうした!捕捉しなかったのか!』
『反応ありませんでした!』
シンは発進前のマリン達とのやりとりをふと思い出す。
《本当に一瞬で行っちまうからな》
「あいつら『一瞬』、って言ってたな……まさか!?」
ミネルバのブリッジで、ホーク姉妹も同様の反応を示す。
「……メイリン、今あいつらが来たの……気付いてた?」
「レーダーには何も映ってなかった……」
「あいつら……一体何なんだ……?」
ザクのコックピットでは、いつもの口癖がふとシンの口を突いて出た。