マップ/Bardia 16

Last-modified: 2014-08-23 (土) 06:02:20

ミッションブリーフィング

1941.
Operation Compass was the first major World War II Allied military operation in the Western Desert Campaign.
The Italians in the rest of Libya were unprepared for the speed of O'Connor's attack.
As the Commonwealth forces advanced, several large Italian units were surrounded, cut off from supply, and defeated.
After some hard fighting, one position after another surrendered.
In their first battle of the Second World War, Australian troops attacked the coastal town on the morning of 3 January 1941.

 

1941年
リビア戦線で実施されたコンパス作戦は第二次世界大戦における連合軍最初の大規模軍事作戦であった。
エジプトに進軍していたイタリア軍はオコナー将軍の素早い攻勢に対して何の備えもできていなかった。
イギリス連邦軍の進撃によって、いくつかのイタリア軍の大部隊が包囲、補給を絶たれ敗北していった。
幾度かの激しい戦いの後、イタリア軍の陣地は次々に降伏していった。
1941年1月3日、オーストラリア軍は第二次世界大戦における最初の戦闘として、港町に対して攻撃を行った。

 

・補足
当初の北アフリカにおける状況は数で勝るイタリア軍と質で勝るイギリス軍の対峙であった。
イタリア軍の指揮官達はエジプト攻撃には成算がないことを認識していたが、ムッソリーニは侵攻を強行。
イタリア軍はエジプトに侵攻するも補給等の問題から進撃は停止。
さらにギリシャ侵攻の影響で補充も滞り、反攻への備えも不十分な状態で孤立に近い状況に追いやられた。
イギリス軍はこれを逃さず反攻作戦コンパス作戦を開始。上記の事情もありイタリア軍は早々に瓦解。
侵攻した領域はおろか、リビア領内に逆侵攻されるという惨憺たる状況に追いやられた。
イギリス軍の逆侵攻に対し、イタリア軍が防衛線を引いたのがバルディアであったが3週間の攻防の後陥落。
リビア東部におけるイタリア軍の組織的抵抗力はほぼ消滅することになった。
この後リビア東部を完全に失陥することになったムッソリーニはドイツに泣きつき、ドイツアフリカ軍団が派遣されることとなる。

 

関係しそうなwikipedia:
WikiPedia.ja:コンパス作戦#リビア侵攻

マップ

Bardia 16_001.jpg Bardia 16_002.jpg

Bardia 16_003.jpg Bardia 16_004.jpg

コメント

その他備考

Ver2.46で以下の変更が行われた(64マップと共通)

  • イタリア軍にスナイパーライフルキット追加
  • リスポンの調整
  • ミニマップからテキスト除去
     
    制圧可能な3拠点のうち、2拠点を制圧すると敵チームのチケット減少が発生する。

イタリア軍の初期配置リスト

拠点名キットもしくは兵器数量備考
City HospitalBreda M371固定
弾薬キット1

オーストラリア軍の初期配置リスト

拠点名キットもしくは兵器数量備考
The Allied HQ3in Mortar1設置済み迫撃砲
Lewis1固定
Vickers Tripod1固定
P14 Sniperキット
弾薬キット1

中立拠点の初期配置リスト

拠点名キットもしくは兵器数量備考
Italian HospitalBreda M371固定
K98K ZFキット1
Italian BarracksBreda M371固定