南府大暴動事件

Last-modified: 2019-03-08 (金) 09:29:20

南府大暴動事件とは、2014年6月26日~27日未明に南府県南府市で発生した暴動である。
この暴動は国内最悪の暴動と言われ、市内の被害は計り知れないものとなった。

概要

事件の発端
2014年初旬、市行政の様々な不正が明らかとなり、市民は行政への不満を募ら沙ていた。
暴動の直接的な原因となった市民保険手当廃止は、市の財政状況の悪化によるものだった。
地形的に風の影響を受け、冬場は非常に冷え込むため、風邪をひく人が多く、手当はよく利用されていた。
事件前月の5月、南府市役所財務課の職員らは国民保健管理センターの発表を元に今年度の手当支出を算出したところ、予算を大幅に超過する結果となったことを市長に報告。一方市内では、算出結果は公表されなかった。また、同時期に南府市内で開かれた小・中学生のスポーツ全国大会において珍しくインフルエンザが流行。市内の小中学校にあっという間に感染が拡大し、約半分の公立小中学校で学級閉鎖や学年閉鎖の措置となっていた。市の医療機関には人が殺到して、一機関あたり6時間待ちなどとなっていた。6月前半、流行が治らない中で始まった審議。市議会では財政状況の悪化による市の責任も問われたが、「やむを得ない判断」ということで廃止が賛成多数で可決された。このとき、
事後裁判で保健所職員は「過去にないレベルでの流行が起きていた中での判断は間違っていると議会で証言した」と供述している。
ここからは時系列で述べる
6月15日 市の広報だより「南府月間だより」に挟まれていたプリントで初めて廃止が発表された。市内では早速反発の声が上がる。
6月18日 市の老人会数十名が南府市役所に抗議へ向かう
6月20日 南野区南部の10地区から廃止の取り消しを求める署名を開始。同日、北区の6地区でも署名への動きが始まる。
6月21日 北区中野地区、山科地区、南野区栄前地区の住民が中心となり駅前での署名活動。初日のみで3万以上の署名
6月22日 署名が60,000を突破
6月24日 署名が12万を突破
6月25日 暴動を誘発させる直接的な原因となる発言が市長ツイッター「署名とかやってますけど議会で決まったのは決まったこと。市民が市民で話し合ってるんだから。市の財政と子供の医療、どっちを優先するのか」
これに対しネットでは市長を批判する動きが高まる。同日16時ごろ、署名が20万を超え、6地区の住民3万2000人で市役所前までのデモ行進を計画。

発生当日

こうした状況の中、発生当日がやってくる。
午前9時、岡田区岡田中央パークに3万6000人の市民が集結。市役所のある東方向へ行進開始
午前9時50分ごろ岡田区と中央区の区界あたりで渋滞が発生。運転手と行進者の間で乱闘騒ぎ
午前10時30分 市役所到着、市役所付近には5000人の警官隊が配備されるが、スコップやハンマーを所持した市民たちが応戦、乱闘状態
一方裏口からは全く別の地区から駆けつけた市民ら1000人が市役所内へと侵入し、市長への面会を要求
午前10時37分 警察が隣接する冬治北警察署へ応援要請。一方正面玄関側からも一部の市民が窓ガラスを割って侵入するなど暴徒化が進む
午前10時50分 応援が到着、市役所への侵入を試みるも暴徒化した市民によるバリケードで侵入ができず
午前11時 最寄りのホームセンターが開店。暴徒化した市民がスコップやハンマーを大量購入。その頃港区や質見区の住民が市役所を目指し、
東区では警察署が襲撃される。市内各地で暴徒化する市民が増える
午前11時10分 市は市内の全小中高校に下校通達。しかし国道7号線を中心に暴徒化グループにより大渋滞が発生。
午前11時14分 市役所3階に市民が突入。
午前11時18分 空港で公務にあたっていた市長へ一報が入る
午前11時30分 南野区でも闘争が始まる
午前11時38分 市役所の4階が市民によって制圧される。警察の特殊部隊が動き出す。
市内北区垢沙中学校の3年260人が垢沙支所を制圧する計画を立てる。ツイッターで参加者を募集。
同じ頃南野区新田中や港区羽島高でも同様の事案
午前11時51分 四宮支所、馬原支所が中高生により制圧。国内各メディアが報道を始める。
午前11時58分 南府テレビが市役所上空より中継を開始
午後12時 舞南新聞 ネットニュースで「南府市で市民が市役所占拠、学生や老人参加の大暴動発生」の見出しで拡散
午後12時8分 北区呉屋小で5年生を中心に職員室を占拠し脱走。生徒の複数が市内のDM小学生グルで情報共有
午後12時12分 市役所が6階まで占拠、警察は圧倒されている。この時点で警察側発表で暴徒化した市民は10万人を超えている
午後12時30分 公安庁が全府県からの警察派遣を要請
午後12時42分 西鶴デパートに放火、地下2階発電室から出火したとみられ、建物に燃え移る
午後12時48分 市役所4階市民課で火薬弾による爆発
午後12時56分 南府中央高校に暴徒がいると勘違いした舞山県警機動隊が高校生と乱闘、高校生は塩酸や灯油を撒き散らして火を巻くなどで応戦。
午後1時6分 「市長は空港にいる」と言う情報が入り、近くの暴徒が連絡橋を渡り始める。市役所の暴徒の半数も空港へ向かったため、国道は大渋滞。
午後1時18分 西鶴デパートが半壊、同時刻市役所5階から暴徒が転落
午後1時32分 乱闘が激化、車などを使った戦闘
午後1時39分 南府都市高速名陽インターで暴徒の運転する車とパトカーのカーチェイスが始まる
午後2時 空港に到着した暴徒が破壊活動を開始
午後2時36分 暴徒の運転する車とパトカーが衝突しパトカーが弾みでガソリンスタンドに衝突し爆発
午後3時2分 市長が襲撃で死亡
午後4時18分 空港で火炎弾が爆発。滑走路に亀裂
午後4時46分 機動隊により市役所が鎮圧
午後5時57分 警察による完全鎮圧
午後8時22分 市役所で市が会見
午後10時20分 中心市街地 センタータワーで爆発
午前0時8分 センタータワーの火災が鎮火

勢力

暴徒 173200人(3割が未成年、最年少は9歳)
警察側 102000人

いずれも南府県警の統計。
この暴動による死者は862人、負傷者10006人となっている。