クリスマスイベント2015

Last-modified: 2018-09-21 (金) 12:22:20

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「I WANT YOU !」

魔女の谷の奥深く、静かに佇む荘厳な館。
そこでは炎の聖女に見出されたヘラルド達が、自らの記憶と対峙するその時を待ちながら、思い思いに時を過ごしている。
 
「退屈だ」
待機のために宛がわれた部屋で、何をするでもなく無為に時を過ごしていたギュスターヴが、ソファにだらしなく寝そべっていた。
 
導き手は休憩と称して自室に篭ったまま出てこないし、一人で魔女の谷を探索しようとすればアコライト達に阻止される。暇潰しに標本を作ろうにも、この世界では必要な道具が揃わないこともあって断念している。
有り体に言ってしまえば、ギュスターヴは暇だった。
生前の記憶の残滓を辿ったところで、地下深くに存在した組織の玉座で、やはり退屈そうに部下の報告を聞いていたことくらいしか思い出せない。
「……よし」
しばし考えに耽っていたギュスターヴは何事かを思い付いた。
そしてその考えを実行に移すべく、意気揚々と部屋を出て館のエントランスに向かった。
エントランスに向かう途中、何やら機械音がする部屋の前を通り掛かった。そっと扉を開けると、己の装備を修理しているウォーケンとC.C.がいた。
そのまま扉を開け、二人に一声掛けてから空いている作業台に陣取る。
「あれ、珍しいね。ギュスターヴも装備を直しに来たの?」
近くにいたC.C.から声を掛けられる。変り者の女ではあったが、機械技術者としての腕は確かであり、ギュスターヴから見てもその才覚には目を見張るものがある。
ギュスターヴはこれ幸いと、C.C.に目標を定めた。
 
「そうか?吾とて自分の使う道具は常に良好な状態に保っておきたいのでな。自室に足りぬ物があったので来たまでよ」
本来の目的は全くもって違うのだが、C.C.に話を合わせる。
「そっか。やっぱり記憶を早く取り戻すため?」
「ああ。思い出せぬまま留まるのにも飽いてきたのでな」
C.C.は視線を自分の装備に向けたまま、ギュスターヴと会話を続ける。
「私も同じ!早く地上に戻らないとって感じで、ちょっと焦り気味なのよね」
「しかし、吾らがここへやって来て随分と経つ。地上も様変わりをしているだろうな」
「言われてみればそうかも……。地上には戻れても、パンデモニウムには戻れないかもしれないか……」
案外早い段階で誘導に掛かったな。そんなことを思いつつ、ギュスターヴは内心ほくそ笑みながらC.C.に話を続ける。
「ふむ。行き先が無いと思うのなら、吾が所有する研究所で存分に働いてはどうだ?吾の組織は磐石ゆえ、崩壊の心配は無い」
「それってスカウト?」
「如何様に捉えてもらっても構わんよ。優秀な技術者はいくらいても足りぬものなのだ」
ギュスターヴは聖女の館にいる者達をあわよくば同志とし、この世界での組織拡充を図らんと考えるに至った。
意志の強いヘラルド達を上手い具合に誘惑するのは中々に楽しい時間となるだろう。早い話が、暇潰しと実益を兼ねた戯れであった。
 
「面白い話をしているな」
「ほう、この話に興味があるか」
やはり装備の点検に現れたらしいマルセウスが、会話に参加してきた。
だが、マルセウスは油断のならぬ人物である。下手を打てば逆に取り込まれる可能性さえ考えられた。
「事の次第によってはな。目的は違えども、互いに有益な関係を築けるであろう」
「強大な力を持つ者同士、互いの利を分け合おうと?」
ギュスターヴとマルセウスの視線がぶつかる。
「そなたが信用に値するものを明かしてくれるのならば、話を聞く余地はあろう。例えばそう、そなたの振るう化外の術についてなど」
「愉快なことを言う御仁だ。それはそちらとて同じであろう。そうだな、そなたの主が不死皇帝と呼ばれる理趣などを存じたいところだ」
二人の間を流れる空気は勤めて穏やかなものである。しかし、ギュスターヴとマルセウスは互いの目が全く穏やかではないことを認識している。
 
互いが互いの本性を引き出そうと慎重かつ穏健な言葉を選ぼうとしたが、思いもよらぬ方向から会話は中断することとなる。
「……作業をする気がないのなら、出て行ってもらおうか」
静かだが明らかに苛立ちの含まれた言葉に、ギュスターヴ達は口を噤んだ。
「ふむ。 今日のところはウォーケンの言に従うとしよう」
「えぇ、もう行っちゃうの?」
残念そうなC.C.を横目にギュスターヴは立ち上がる。ここで事を荒立てて次の機会を失うのも惜しかった。
「C.C.、彼らは私達の作業の邪魔をしているんだぞ」
「興味深い話をしてると思うんだけどなあ……」
「詳しくはまたいずれにしよう。なに、機会なぞいくらでもある」
「そういうことだな。では、またいずれ」
マルセウスの言葉を背に受けて、ギュスターヴは早々に作業場を後にした。
 
エントランスへ向かう途中でミリアンとレタに擦れ違うが、会話に夢中なのか、二人がギュスターヴに気付く様子はなかった。
親子の会話を邪魔するのも無粋かと気にせずに進んでいくと、クロヴィスがエントランスの方からやって来るのが見えた。
 
「おや?ギュスターヴ。自室にいるんじゃなかったのかい?」
「面白い暇潰しを想到したのだよ」
ギュスターヴはクロヴィスに考えを説明する。クロヴィスは一つ頷くと、ギュスターヴの後に続いた。
 
エントランスでは絵本を熱心に読むドニタと、ドニタのヘッドドレスの綻びを繕うネネムがいた。
不思議な少女達だが、片や失われたテクノロジーによって作り出された意志のある自動人形。片や年齢操作能力を有する少女。どちらの能力も組織にとっては有用になると思えた。
 
「あれ?クロヴィスさん、どうかしましたかぁ? ギュスターヴさんまで」
「ちょっとした用事さ」
先程までエントランスにいたクロヴィスが戻ってきたのに驚いたネネムが話し掛けてくる。
「ならさっさと済ませれば?ネネムもいちいち相手しないでよ、気が散るじゃない」
「そう凄むな。吾らは今、地上へ戻った時の対策を考えていてな」
ドニタとネネムは顔を見合わせる。
 
「吾らがこの館へやって来てから随分と経つだろう?であれば、地上へ戻った時に帰る場所が無いということも考えられる」
「わたしはどこにかえれるかわかりませんが、それはこまりま すよねぇ」
「吾らの組織は各地に施設がある。故に吾らが窮地に陥る事はあり得ぬが、そうもいかぬ者達もいる。吾らは困る者がいるのなら手を差し伸べたいと思っているのだよ」
「つまり、君達の生活が安定するまでは僕達の組織が全て面倒を見る。その代わりにその力を少しだけ貸してもらいたい。そんなところだ」
「はあ?何それ。胡散臭いわね。ていうか、ワタシ今忙しいの。邪魔しないで」
ドニタはそれだけ言うと再び絵本に視線を戻した。関わってくるなという空気が発せられているのが、ありありと見える。
「これからかえるばしょをおもいだすかもしれませんしねぇ」
ネネムに至ってはそもそも話の内容を理解できているのかどうか、あやふやな返答がされたのみ。
この状態では埒が明かない。そう思い初めていた矢先のことだった。
「なに揉めてんだ?お前ら」
 
ルートの店から出てきたコッブが話に参加してきた。小さな紙袋を持っているところを見ると、何かを買った帰りなのだろう。
「ギュスターヴの変な話に付き合わされてるのよ。アンタも聞けばわかるわ」
すかさずドニタが悪意を込めた口調でコッブに告げる。
「変な話とは失礼な娘だ。吾は地上に戻った時に困ったことがあれば頼ればよい、そう言っているだけに過ぎぬ」
「あん?どういう意味だ?」
「地上へ戻った際、何も持たぬ状態やもしれん。ならば吾の組織で生活基盤を支える場を提供しようという話よ」
「ずいぶんと虫のいい話だな。 一体どれだけの対価を支払わされるやら」
鋭い指摘だ。流石は犯罪組織の若頭といったところだろう。
「なに、衣食住を提供する代わりにいくつかの依頼をするだけだ。悪い話ではない」
「悪い話じゃない、ってのは、言い換えりゃいい話でもねえってことだろうが」
成る程鋭い。そんなことを思いながら次の言葉を発しようとした次の瞬間だった。
「あああああもう!るっさいわね!邪魔すんなってさっきから言ってるでしょ!!」
金切り声のした方を振り向くと、ドニタが大鎌を振りかざしてこちらに肉薄してくるのが見えた。
「ドニタ、おちついて……」
「あん?ネネム、アンタも切り裂かれたいの?!」
ネネムの制止を振り切って、激昂するドニタの大鎌がギュスターヴの首を掻き切ろうと迫り来る。
「ギュスターヴ、一旦撤退だ。ここで余計な揉め事を起こすわけにはいかないだろう?」
「仕方がない。行くぞ」
ドニタの攻撃を難なく回避しつつ、ギュスターヴはクロヴィスと館の玄関に向かって走り出す。
「あっ!てめえら!!このクソッーー」
一歩出遅れたコッブが何事か叫んでいるようだったが、彼も歴戦の猛者。自分でどうにか切り抜けるだろうと思って無視を決め込むことにする。いつか探索で一緒になった時に何やかんやと言われるだろうが、その時はその時に躱す方法を考えればよい。
そんな風に考えながら、ドニタに追われるようにして館の外へと出た。
 
館の外では血気盛んなヘラルド達が訓練と称して騒がしくしているようだった。
誰か声を掛け易そうな者がいないかと、散策を装って見回る。
しかし、中々該当しそうなヘラルドが見当たらない。
ランニングをするフロレンスとシラーリーが凄い速さで目の前を通り過ぎていくのは、ただ見送る他なかった。アイザックと エプシロンの模擬戦なんぞ、集中しているところを止めたら乱入とみなされて戦闘に巻き込まれかねない。他には、食べ物を大量に抱えるオウランとジェッド、アーチボルトと会ったものの、会話以前に荷物持ちをさせられそうになった。
ジェッドやアーチボルトの力には興味があったが、アコライトに見咎められる訳にはいかないと判断し、適当なことを言って退散する羽目になってしまった。
 
思ったように成果が出せずにいたギュスターヴ達が館の裏手に回ると、ルートの管理する花園があった。
そこでは何か作業でもしていたのか、ベンチに座って休憩しているヴィルヘルムがいた。
「何をしに来た」
ギュスターヴが視界に入るが早いか、開口一番、ヴィルヘルムは警戒心を顕わにした言葉をぶつける。
「そう警戒するな。危害を加えに来たわけではない」
「ならば何の用だ。ここには何もない」
「なに、大したことじゃない。僕達は今、地上に戻った後の対策を考えているんだ」
「俺をまた捕らえようというのか?」
「否、そうではない。吾を救った恩人として丁重に迎え入れるつもりだ。待遇の良い地位を与え、趣味の園芸も存分にできる環境を用意しよう」
「信用ならないな。その甘言でどれだけの人を騙したんだ」
当たり前ではあるが、簡単にはいかない様子だ。どう説き落とそうかと次の言葉を考えていると、手が土にまみれたスプラートが花園から出てきた。
「ヴィルヘルム、こっちは終わったよ。あれ?どうしたの?」
ギュスターヴ達がいることに首を傾げるスプラートを見て、ギュスターヴは言葉の矛先を変える。
 
「獣人の子か。地上に戻ったらどうするかという話をしていたところだ。お前はどうするのだ?」
「僕?うーん、お姉ちゃんがいるところに行きたいな。でも、ちゃんと森に帰れるのかな……」
「もし吾らの世界に来てしまったら、吾のところに来るか?姉とやらも誘って一緒に住むのも良いと思うが」
「お姉ちゃんと一緒にいられるの!?」
目を輝かせるスプラートの言葉にギュスターヴは頷く。
子供はやはり素直であるのが良い。
あともう一押しだと思いながら慎重に言葉を選ぶ。
「スプラート、この男の言うことは信用しちゃだめだ」
「え、そうなの?でも、お姉ちゃんと一緒にいてもいいって……」
ヴィルヘルムが割って入る。子供を組織への道に入らせないようにと、必死の様子だ。
 
「クルト少佐、ここにいたか」
館の表の方からヴィルヘルムを探していたらしいグリュンワルドがやって来た。
その手には茸兎の死骸がある。
「殿下、狩りは終わられたのですか?」
「ああ。……珍しい者達がいるな、何があった?」
そういえばこの二人は主従関係だ。ならば主の陥落に成功すれば、ヴィルヘルムも従う可能性が高い。
従わない可能性もあるが、そうなったらグリュンワルドを盾に脅しを掛けるのも悪くない。
「なに、吾らは今、地上に戻った後の対策を考えているのだ」
「殿下、駄目です。この者の言葉は危険です」
ヴィルヘルムが会話に割って入る。ギュスターヴ達とグリュンワルドの間に立ち塞がり、物理的にも遮断する構えのようだ。
「そうなのか?それにしては随分と興味深い話をしているようだが」
グリュンワルドの言葉に、ギュスターヴは目を光らせる。
「お前の主はお前よりも話のわかる男のようだ」
「貴様!」
「まあ待て。話を続けてもらいたい」
ヴィルヘルムを押さえ、グリュンワルドが話に食いついてくる。
「吾らは優秀な人材を探している。吾らと共に来るならば、望むものは何でも用意しよう。闘争を望むのなら、相応の地位と機会を用意しよう」
グリュンワルドはその言葉を聞いて沈黙する。考えを巡らせているように見えた。
「……私に必要なのは血と死。私は私の国でそれを成す」
「そ、そうか……」
あまりといえばあまりの答えに、ギュスターヴはそれ以上二の句が継げなかった。このような男を御するのは骨が折れるだろう。
「それよりクルト少佐、獲物の解体を始める。準備してくれ」
グリュンワルドは話は終わったと言わんばかりに踵を返した。
ヴィルヘルムはハッとするとグリュンワルドに続く。
「御意、すぐに準備を。スプラートもルートに報告した方がいいんじゃないか?」
「そうだね、そうするよ。じゃあギュスターヴさん、クロヴィスさん、またねー」
スプラートもグリュンワルド達の後を追っていく。
 
残されたギュスターヴとクロヴィス。
ギュスターヴは一つ大きく息を吐くと、ここにいる者達の意志の強さに感心にも似た思いを感じていた。
「簡単に吾らの同志とならぬとは。ある程度の予想はしていたが、これ程とはな」
「僕ら同様、彼らにもやるべきことがあってここにいる。彼らの意思をこちらの思い通りにするのは難しいだろうね」
それでも収穫はあった。意志の強い者達と交わす言葉は、やはりとても心地よい刺激になる。
暇だ退屈だと口にするだけではなく、行動することにこそ意味がある。そんなことを思いながら次の相手を探しに行こうとすると、ユーリカが館の方からやって来た。
「こんなところで油を売っていたのですか」
「ユーリカ、何ぞあったか?」
「人形が探しておりました。探索に出発するとのことです」
それなりの時間が経過していたようだ。成果が出せたとは言い難いが、暇はかなり解消されたように思えた。
「そうか。ならばすぐに向かうとしよう。行くぞ、ユーリカ、クロヴィス」
「全ては我が首領の仰せのままに」
クロヴィスとユーリカの声が重なる。それを聞いてギュスターヴは満足そうに頷く。
そして次の暇潰しのことを考え、悦に入った笑みを浮かべながら導き手の元へと向かうのだった。

「―了―」