2021年9月27日の総括

Last-modified: 2022-07-16 (土) 17:17:03

さて、前回この「界隈の総括」を書いたのは2021年の5月であり、すでに4ヶ月以上が経っており、加筆する必要に迫られた。

まず界隈の範囲について。
基本的に5月と変わらないが、界隈の端っこはもはや界隈か界隈外かの区別をつけるのがほとんど不可能になっている。

次に、界隈の全盛期が峠を越したことについて。
3月から4月にかけてが界隈の全盛期であった。5月時点ではこのことがわかりづらかった。浮上停止や引退や凍結垢消しなどが多く発生した。
また、新規参入者も大きく減った。

界隈アンチについて。
首脳なりきり界隈黒歴史botを始めとし、鬼滅の刃Officalやtodoなどが界隈に攻撃をした。彼らのせいで活動を休止したり精神を病んだりするなりきりが現れた。5月時点では目立っていなかった。
また、界隈に直接的な攻撃をしてこないが界隈を快く思わない人、というのも目立ち始めた。こちらには先ほどの直接攻撃を加えるアンチと違い、聞き入れるべき意見も存在する。

新規参入者の減少について。
いくつか理由が考えられる。
まず第一に、首脳なりきり界隈黒歴史botらアンチの出現である。このアカウントが登場したのは2021年5月下旬であったが、6月1日からの10日間で新たに現れたなりきりは、調査不足の可能性もあるが、皆無であった。
首脳なりきり界隈黒歴史botによって界隈が大荒れになっていたため、新規参入しようとした人が二の足を踏んだ可能性は十分にある。
第二に、ボリスの休止である。
彼は2021年4月末に、高校受験を理由として翌年3月までの休止を宣言し、実際に休止した。
界隈の象徴かつアルファツイッタラーたるボリスの消失が原因であることは十分考えられる。
第三に、空き枠の消失である。始めるにハードルの低いはずの有名どころの首脳はすでになりきりが存在していることが多く、かぶりを避ける風潮(安倍晋三や蔡英文にかぶりが存在するし実は問題ないのだが)のために始めづらい、というのは考えられる。
第四に、「楽しくなさそうになった」ことである。3月勢には「楽しそうだからやってみた」というなりきりが多い。
フォロワー戦争やなんかでワイワイやっていれば楽しそうに見えたであろう。
ところが現在はそういった行動が倫理的に望ましくないとされ、外部界隈からはなりきり対象をより再現することや国家紹介などを推奨されることが多く、また多くのなりきりもそれを善で是とする価値観を有していたので、それまでおおっぴらに行われていた交流は「馴れ合い」として倫理的な妥当性を剥奪された。
それはなりきりとしては正しいかも知れないが、外部から見て「楽しそう、自分もやりたい」とははっきり言って思えないであろう。

とここまでいくつか考えられる理由を述べてきたが、実際のところはこれらが混ぜ越せになっていたり、あるいは界隈民たる執筆者には分からない理由もあることであろう。全盛期と比べて活気を失った理由を推定することはできても、理由を知ることは出来ないのである。

古参について。
古参は主に2つに分かれる。消滅勢と現界隈民である。

まずは消滅勢について。
3月のブームでは非常にたくさんのなりきりが登場し、その中にはそのときの一過性の勢いだけでアカウントを作ったなりきりもいたであろう、彼らはアカウントの削除をしていることはほとんどないが、浮上は全くしていない。ログアウト勢も多いとみられる。

現界隈民はさらに2つに分かれる。首脳なりきりと転生垢である。
首脳なりきりとはその名の通り首脳のなりきり、転生垢とは簡単に言うと元なりきりである。ただし名前だけ少し変えてアカウントの性質は変わらないことや多く元のなりきりを容易に連想できることなどが重なり、事実上転生垢は首脳なりきりと同一視されている。

ではなぜ転生垢が登場したか。
首脳になりきることに伴う重い責任が1つの大きな理由となっているのは確かである。ただしもちろん、首脳なりきり垢が忍耐強くて転生垢は弱いなどと言うつもりはない。
言い方を変えれば「転生してないなりきりは面の皮が厚い」などとも言えるはずである。

また、首脳なりきりと転生垢の区別は一般にはほぼなされていない。その証拠に、「転生垢」という単語は執筆者が造った。
よって、このwikiあるいはこの「総括」における「首脳なりきり」という単語は、いわゆる「転生垢」をも含むことの方が圧倒的に多いので注意されたし。

次に、求められるなりきりとしての姿勢について。
2020年にはボリスでさえも政治的発言をリツイートするなど非常におおらかであったが、2021年からはなりきりの政治的発言を忌む風潮が強まり、最近では禁忌の代表格として扱われている。(とはいえ堂々と破っている猛者もいる)
また外部界隈からは、「馴れ合い」すなわちなりきり同士の仲良しな会話などのやり取りを快く思わない声も上がり始めている。
また、「なりきりっている首脳の国家紹介」が推奨されている。
とはいえ馴れ合い禁止は建前であり、堂々となりきり同士は「馴れ合い」をしている。
また、国家紹介のツイートは、ぶっちゃけどのなりきりのものも伸びていない。国家紹介は重要かも知れないが、これではモチベーションは上がらないであろう。
そして、「真面目に首脳になりきっている」垢が伸び悩む一方でネタツイがメインのなりきり垢のフォロワーが伸びるということと重なり、外部が推奨するなりきりとしての活動を全うしてきる真面目ななりきりが報われないという、天道是耶非耶な状況となっている。

そしてこれら、なりきりに課せられた倫理的な責務に対し、一部反発の声があがった。
「本物の首脳の仕事では外交も重要になってくるではないか、馴れ合いと批判されてるが。そしてむしろ国家紹介は本物の首脳の仕事のうちかなり優先度が低い。」というものである。またこれに伴い、「そもそもなりきりをするのは楽しいからであって、義務的にやる国家紹介が面白いわけないだろう。楽しさを求めてなりきりをしているだろうに本末転倒である。したい人がすればいい。」という思想が融合し、これらをもってルネサンスが提唱された。
ルネサンスにおいては「昔の楽しかった界隈をもう一度」という理想を掲げている。

結びに、総括。
界隈は常に流動的であり、その行く末を的中させることなど不可能なのである。ある世界史界隈民は「なりきり界隈は世界史界隈にいずれ再吸収される」と言っているが、もちろんこれもわからない。界隈民にできるのは、せいぜい界隈が存続するように自分たちなりに努力することしかないのである。
現時点の祈りとして、ボリスが戻って来る時にまだ存続していることを願う。

2021年9月27日