wの登場/アイツは寝落ちんぐ
「悪魔と寝落ちする勇気…あるかよ?」
遠い過去の出来事が繰り返される悪夢。
悪夢から覚めた後は決まって最悪な気分が五感を支配している。
だが、現実に戻ったとしても悪夢は終わらない。
「やっと起きたのかい?娘太郎(にゃんたろう)」
襲い掛かる追っ手Aに裏拳をかましながら、相棒が声をかけてきた。
格闘アクションゲームのように派手に吹っ飛んでいく追っ手A。力が有り余っているとか、そんなレベルじゃねえ。規格外にも程がある。
状況を確認する暇もなく、俺のほうにも追っ手Dが殴りかかってきた。ちなみに追っ手BとCは相棒と格闘中。
俺は軽くステップを踏んで、それを躱した。
…つもりだったが、見事に顔面にヒットする。いてぇ。
「うぐ…」
「戦闘中に寝落ちするなんて娘太郎もいい度胸してるよね」
相棒は、ダブルラリアットで二人とも吹っ飛ばしていた。あれで体格は俺よりも貧弱なんだから納得いかない。つーか悪魔じみている。そのまま俺に追加ダメージを与えようとしていた追っ手Dを後ろからヤクザキック。うわ、追っ手Dの背中がありえない方向に曲がりやがった。
そのまま俺と相棒は背中合わせに互いの身体を預けた。
「うるせぇ。俺は肉体労働は専門外なんだ。お前とは違うんだよ」
どうやら依頼された事件を追っていくうちに、当たりくじを引いたらしい。
細かいことを思い出そうとするのだが、その間にも追っ手はわらわらと増えてくる。
やれやれ、こいつらをなんとかしない事には、ゆっくり寝落ちもできないときた。
「アリップ」
俺は相棒の名を呼んだ。背中ごしに悪魔が俺の名を呼ぶ声が聴こえた。
「なんだい?娘太郎」
「…やるぞ」
無言の相棒。それは了解の合図だ。
俺はジャケットの裏ポケットから手の平より一回り大きなモノを取り出した。ワロスドライバー。悪魔はこれをそう呼んでいた。そいつをベルトのバックル部分に添えた。
パシュッ、とエアの漏れるような音がして、ワロスドライバーからベルトが飛び出したかと思うと、一瞬で俺と相棒の身体をきっちり拘束した。背中合わせなので俺からは見えないが、相棒のへその辺りにも、これと同じワロスドライバーが出現しているはずだ。
まったく同じタイミング、同じ動作で俺たちは1本のメモリスティックを取り出した。
別に合わせるつもりは俺にはない。俺は好き勝手にやっているだけで、相棒が勝手に合わせてくるだけだ。以前、試しにタイミングをずらしてみたのだが、それすらも完璧に合わせられてしまった。
俺のスティックは青く、相棒のスティックは紫。半透明のカバーが、内部の基盤をうっすらと浮かび上がらせている。
またも同時に俺たちはスティックの起動ボタンを押した。
『サイレンッ!』
『ラァスネェェェエルッ!』
システムヴォイスがスティックの名を告げることで、それぞれのスティックが覚醒したことを知る。
脳裏に某使徒迎撃特務機関の指令が全裸で、しかも両手を広げて声高々に叫ぶイメージが浮かぶ。
っていうか、どんだけ具体的なんだこれ。
『変身ッ!』
俺たちは同時に叫ぶ。そして一挙動で手にしたスティックをワロスドライバーのスロットに差し込んだ。
世界が変わる。そんなもん、一瞬もあれば十分だった。
たちまち俺たちの身体にテクスチャが貼り付けられていく。
つま先から、髪の毛先まで、容赦なく。
歪つなモデリングデータと化した俺たちは、
ひとつの身体へと、融合した。
それは全身が青く輝く異形の姿。
昆虫の複眼を思わせる巨大な目は赤く、2本の角のような突起物が天に向かって伸びている。
それは道化師が被る仮面のようでもあった。
正面から観れば、その存在はともかくとして問題はないのだが、少しでも視点を動かすと、それは強烈な違和感が伴うだろう。
身体の真横には分割線のようなラインが引かれていて、そこを境に前面が青、背面が紫という配色なのだった。
まるで、ふたつの異なるヒトガタをむりやり前後でくっつけた、そんな違和感。
正直、自分で変身しておいて言うのもなんだが。
失笑は隠せない。
それがワロス。
おどけたポーズを取っては、悪を、世界を嘲笑うもの。
それが俺たちの、本当の姿なのだ。
21世紀も後半に挿しかかった頃。
人類は重大な危機に瀕していた。
環境は最悪、資源は枯渇しはじめ、狂った生態系は、徐々にではあるが、人々の生活に影響を及ぼしていた。
もはや一刻の猶予も許されないと判断した政府は、ある計画を推進することとなる。
電脳世界移住計画。
それは培養水槽で生命活動を維持しながら、意識だけは電脳空間で理想的な生活を送るというものだった。
そのためのモデル都市として建設されたのが、この夢見る都、眠都だ。
さるIT系企業の全面的な協力により建設された眠都は、巨大な量子コンピュータネットワークによって構築された電脳空間と、現実空間との二つの世界で同時に存在するメガロポリスだ。
現実空間での眠都は、天を突くかの如く並び立つ超高層構造物が密集し、常に新鮮な培養液を供給するための配水管と、情報ケーブルが駆け巡る偉容な佇まいを見せていた。あらゆる自然災害にも耐えられるよう設計された構造物の内部には、100万近くの住民達が培養水槽のカプセルの中で眠りについている。その光景は、巨大な死体置き場の様だともいう。
これら一般の市民達が眠る居住区の他にも、彼らが眠る環境を調整維持する技術者、監督者達が住むごく普通の居住ブロックもあった。初期の頃に比べて、その割合は変化し続け、新たな巨大構造物が建造されるたび、都の外観は大きく変化していった。3世代目となる現在では無機質な構造物が並ぶ、巨大工業地帯を想像させていた。
一方、電脳空間の構築する眠都は、まさに理想の都だ。
量子コンピュータの創り出す仮想空間は、まさしく現実世界、それも環境破壊が深刻化する以前の世界を完璧に再現していた。空はどこまでも青く、水は澄み渡り、絶滅した動植物が健全な生態系を保っている。
眠都で眠る人々は、培養水槽に浸かる肉体からの感覚は全て切り離され、代わりに端末機器に接続されることで、電脳世界の住人となった。端末を経由して量子コンピュータから送られてくる圧倒的な情報量は、現実となんら変わりのない感覚を住民に与えていた。
電脳世界で暮らすメリットは数多いが、まず培養水槽内での生命維持が必要最小限に抑える事ができるため、住人一人あたりの消費エネルギーが格段に下がった。そのため、現実世界での環境破壊も減速し、移住が完全に移行すれば、破壊された環境も回復する見込みがあるということ。
そして、基本的に病気や怪我はもちろんの事、老いという問題も電脳空間では関係がないということ。
然るべき手続きと段取りを踏めば、性別も変える事すら可能だ。
老いを気にすることなく、半永久的に若い頃のままで人生を謳歌できる。これ以上の理想的な世界はないともいえるだろう。
だが、問題もないわけではない。
生命維持装置や、システムの不具合で命を落とす者も少なくはなかったからだ。
悪質なハッカー達による攻撃も当初は深刻な問題ではあった。
しかし、理想郷の夢は尽きるはずもなく、多くの犠牲を出しながらも夢見る都は着実に理想へと進んでいった。
技術的な問題は世代を重ねる毎に解決されていき、やがて現実空間でのリスクとほぼ同等になってくると、今度は眠れる都周辺でのトラブルが急増していった。
人は自然と共に生き、自然と共に滅ぶべきだと説くナチュラリスト達。
あるいは、眠都建設により生じる様々な利権からあぶれてしまったライバル企業や、政治団体、宗教法人たち。
彼らは合法、非合法を問わず、あらゆる手段を用いて、眠都によるモデル都市計画を頓挫させようと躍起になっていた。現実世界での眠都は、そういう危険な輩が徘徊する物騒な街へと変貌していったのである。
「なあ娘太郎。本物と偽物。いったい何がどう違うんだろうな」
夕焼けに染まる塔の群れを眺めながら、相棒はそう言った。
「何がって。本物は本物だろう?偽物は偽物でしかない」
俺は適当にそう答えていた。
「ここにダイアモンドがあるとしよう。それは本物そっくりなんだが、実は紛れもない偽物だ。だが、そのダイアの持ち主は、それを本物だと信じて疑わない」
「それは果たして悪い事なのか?」
「何を言ってるんだかよくわからん…」
「周りに流されるなって言いたいんだよ。誰がなんと言ったとしても、本人が本物だと信じているのなら、それは本物なんだ」
「てか、偽物なんだろ?そのダイアは」
「他人にとってはな。だが大事なのは俺が、そのダイアをどう思うかだ。違うか?」
俺は答えない。どう答えたらいいものか、わからないといったほうが正しかった。
眠都で眠りにつく人々が見る夢は、決して甘い夢ばかりではないことを知っているからだ。
どんな楽園であろうとも、そこに人が住む以上、常にトラブルの元は後を絶たない。
そこには現実以上に理不尽な悪夢が潜んでいることだってある。
夢は、現実となった瞬間、悪夢になる。誰かがそういった。
「たとえ偽物だろうと、誰がなんと言おうと本物だと信じるのなら、それでいいじゃねぇか」
俺が返答に困っていると、相棒はそう結論づけていた。
「この街は俺たちが生まれ育った街だ。たとえ相手が誰であろうと、この眠れる街の安眠を妨げるヤツは許さん」
「お前は凄いな。俺にはどうもピンとこないぜ」
思ったままの感想を口にするのだが、相棒は、そんな俺を笑い飛ばした。
「何言ってんだか。俺は、こうやって言葉にしなきゃ動けない半端者さ。本当に凄いのは、お前だ」
「は?」
「お前は本能でソレを知ってるじゃねーか。だから俺はお前とコンビを組んでいるんだぜ?」
「…まぁいいけど。でも、それがやっぱり偽物だって気が付いちまったらどうするのさ?」
相棒は肩をすくめておどけてみせた。
「現実じゃよくあることだろ。どってことないさ」
その相棒も、一年前に凶弾に倒れて逝った。
その代償として、俺は悪魔という新たな相棒と手を組む羽目になり、6本の悪夢の記憶を手に入れた。
悪夢の記憶。
ナイトメア・メモリと呼ばれるそれは、市販のメモリスティックよりも一回り大きい他は何の変哲もない品物に見えた。だが、それを使用する対象は電子機器ではなく、人間の肉体に使用するものだ。
脊髄に増設されたスロットに差し込む事で、プログラムがダウンロードされ、人体がアップデートされていく。
その結果、強靭な肉体と悪魔じみた能力を手にすることができる禁断のアイテムだ。
俺たちが持つ6つのナイトメア・メモリは特別製なのか、脊髄の増設スロットの規格から外れている。
使用するには、ワロスドライバという特別な端末が必要だった。
変身。
姿が変わる。
変わるのは姿だけではない。
世界も変わるのだ。
ワロスドライバは、使用者自身だけでなく、その周囲にも影響を及ぼす。
すなわち。
この現実空間に、
電脳空間を現出させ、
融合させるのだ。
夢は現実のものとなった瞬間、悪夢になる。
この世界では、この俺が神であり、そして悪魔でもあるということだ。
眠都が生み出す仮想現実とも違う。
あくまでも独立した電脳空間。
なんでもありの電脳空間に生身で飛び込む。
これが悪夢以外の何であろう。
俺の周囲を取り囲む連中の間に、明らかに動揺の色が浮かぶのも無理はない。
そして俺たちは言う。
「さぁ、お前達の羊を数えろ」
先程まで、あれだけ威勢のよかった連中が、まるで蛇に睨まれた蛙のように固まってしまっている。
それもその筈、これはナイトメア・メモリ『サイレン』の特殊能力『ゲームマスター』が発動しているからだ。
ゲームマスター。この世界では総てが俺の思うがままになる。世界も、そしてそこに踏み込んだ奴らも。
俺が許さない限り、奴らは指一本動かす事はできない。
そう、勝敗は既に決していた。
面倒なので、全員昏倒してもらう事にした。
そう思うだけで、その場にいた全員が気を失い、ばたばたと倒れていった。
あっけなさすぎて、俺は笑うしかなかった。
「さて、この中にいるのか…?」
俺は、倒れている連中の顔を確かめようとした。
そもそもの依頼が失踪人の捜索だということを俺は思い出していた。
聞き込みをしていくうちに失踪人が、怪しげな集団とつるんでいるという情報を手に入れ、更に探っていった矢先に襲われたのだった。
ここで失踪人を見つければ、依頼は完了ということになるのだが。
「…」
俺は言葉を失っていた。
確かに、捜していた失踪人は見つけた。
というか、この場にいた全員がそうだった。
ざっと数えて9人。全員が同じ顔をしていたのだ。
「なんだ?こいつら」
「娘太郎!」
心の中で、相棒の声が聴こえた。今の俺は相棒と一心同体だ。
それと同時に昏倒していたはずの失踪人が起き上がった。
今度は俺が驚く番だった。
ゲームマスターの能力は解除していない。
彼らに起き上がる許可を俺は出していないのに、彼らは起き上がったのだ。
その表情は不気味なくらいに無表情で、まるで死者の様にもみえた。
だが、それも束の間。
9人だった彼らは、次々と融合していったのだ。
隣同士、肩を組んだかと思うと、たちまちひとつになり。
やがて1人になると、そいつはニヤリと笑いやがった。
疑念は、確信に変わる。
そいつの脊髄には、見覚えのあるメモリスティックが見えたのだ。
ヤツが、俺の能力の影響を受けない理由。
それはヤツが俺と同類だからに他ならない。
つまり、ヤツも悪夢の記憶を使用しているから――。
そうして、俺は。
いや俺たちは。
変貌していくヤツを目の当たりにするのだった。
- 蟻 「…なにこれ」
- 娘 「…いや、需要あるかな~と思って?」
- 壮大なストーリーだったんだな・・・。第2話「ワロスの検索/寝落ちをなかせるもの」に期待 -- ばんぐ? 2009-09-27 (日) 22:52:20
- 本文中に「お絵かき」の「絵」の1字すら無いんですがw -- かろって? 2009-09-28 (月) 11:11:11
- 娘 こういう壮大なボケというのも、おもしろいかなーと思って…。
これで終わりにしようと思ってたんだけど、なんかネタ振られてる…【0д0】!
…泥沼ですか? - 長い(´-ω-`) -- 蒼姫? 2009-09-29 (火) 23:36:45
- ・・・お絵かき大会じゃなくて文学大会に変更したらどうでしょう? -- 蒼っち? 2009-09-30 (水) 11:34:11
- にゃはははー!OPセレモニーとしては、まずまずのツッコミありがとうございマース! -- 娘さん? 2009-09-30 (水) 20:19:19
- なんかこの仮面ライダーの名前聞いたことあるようなないような・・・ -- 鷹一丸? 2009-12-09 (水) 17:22:31