ワイちゃん、神戸新聞杯に挑むってよ 後編

Last-modified: 2023-06-02 (金) 21:58:11

『抜けるような青空のもと、阪神レース場、芝2400神戸新聞杯。15人のウマ娘が挑みます』

 控室での宣戦布告。そんなことがあろうとも、時間になればレースは始まる。少し戸惑いは残っているものの、レースに支障をきたすほどでもない。そもそも同じレースに出るウマ娘同士、この場に至っても仲良しこよしというわけにはいかないだろう。
 正直、あのショットが、あんなふうに敵意を表に出すなんて意外だ。いつだって飄々としていて、笑っている印象ばかり。誰かに義憤を抱くことはあっても、誰かに敵意を見せる姿なんて、見たことがない。
 どうしてその敵意が、今の私に向いているかはわからない。昨日どころか今朝だって、朝食を一緒に摂っているし、そのときはそんな素振りを一切見せなかったわけで。

「まあ、いいか」

 気にはなるが、レースのあとにでも聞けば良い。今はただ、レースに集中する。

 神戸新聞杯。晴れで良バ場、そして今回は芝の2400メートル。最終直線が長く、ゴール直前には急坂が待っている。そういう意味では、未勝利戦のときに走った中京レース場と似ているかもしれない。どうやら私は登り坂が得意なようで、そういう意味ではこういったレース場はありがたい。
 出走するのは15人。事前の分析では、逃げが2人、先行6人、差し4人、追込2人。今回の私は差しで行くことにしたので、差しは5人になる。とはいえあくまで想定だ、先行が差しになる可能性も、その逆もある。流石に逃げが追込になるようなことはないだろう。
 枠は7枠12番。阪神レース場の芝2400メートルは、枠ごとの大きな差はないらしいので、そこまで意識する必要はない。

 ちなみにショットは逃げで1枠1番。競り合うにしても、最終盤だ。

 ファンファーレが鳴り、一人、また一人とゲートに入っていく。私もゲートに入り、出走準備。両隣を確認する。厄介なのは6枠11番にいる皐月賞で2着、ダービーで4着のウマ娘だろう。明らかに雰囲気が違う。スタートのデバフは入らないものと思ったほうがいい。というかこいつの脚質は追込だ。入ったところで効果が薄い。ならば、逆隣のウマ娘に集中すべきだろう。

『ハイアちゃん、まだ複数人狙いのデバフはしないほうがええよ。中途半端で、効きが悪なる』

 いつかの日のデバフトレーニングで、腹黒パイセンに指摘されたことを思い出す。珍しく真剣な表情でのアドバイスで、印象に残っている。私のデバフは未熟であり、中途半端だ。全方位に向けた効果的なデバフは、まだ安定しない。
 ならば、標的を絞り込むか、現段階では完全に捨てるかだ。皐月賞2着のウマ娘はデバフを駆使するタイプではないので、不意を打たれるようなことはないはずだ。ならば、もう一人へのデバフに集中しても問題はないだろう。方針を決める。

 覚悟を決めたところで、全員のゲートインが完了する。さあ――

 ――レースの時間だ。

『スタート!』

 ゲートが開くと同時、7枠13番のウマ娘に聞かせるように、足で大きな音を立てつつ、自分の体を発射する。それと同時、思い切り睨みつけて見せる。しかし、

「チッ」

 動揺した様子が見られず、それはもう見事にスタートを決めていた。それどころか、こちらのことなど見向きもしない。7枠13番はもう一人の逃げウマ娘。スタートの集中力くらいはお手の物ということだろう。

 すぐさま切り替える。こだわりすぎても意味がない。周辺の状況を、軽く首を振って脳にインプット。スタートに失敗した様子のウマ娘はいない。ショットと先程のウマ娘がスルスルと先頭に登っていく。クラシック二冠ウマ娘に、ダービー二着ウマ娘の二人は、先行集団でも前の方につけようと競い合っている。そして隣りにいた皐月賞二着のウマ娘は、私より少し後ろ。

 スタート直後の登り坂に突入しつつ、ポジションの奪い合い。案の定というべきか、先程重点的に見た有力なウマ娘たちが狙いの位置につけていく。私は得意な登り坂ということもあり、差しのなかでもなかなかの位置につけた。ここなら先行集団を観察しつつ、後ろを警戒できる。

 坂道が終わればすぐに最初のコーナーに突入だ。

『最初のコーナーに差し掛かっていくウマ娘たち!』

 視線の先にコーナーに入り始めた先頭集団を捉える。ショットは番手だ。先頭争いはどうやら、7枠13番のウマ娘に軍配が……いや、違う。ちらりと見えたショットの表情から、意図的に先頭を譲ったことを理解する。ここでスタミナを消費しすぎるのを嫌った? わからない。

 コーナーに突入。ウマ娘のスピードだ、遠心力に振り回されて外に出すぎないように踏ん張る。同時に、軽く頭と目を動かして状況把握。真後ろにいるウマ娘が、こちらを掛からせようとしてか、軽い加減速を繰り返している。腹黒パイセンにさんざん鍛えられたためか、この程度ならなんとかなると判断。
 更に後方では、皐月賞2着のウマ娘が見え隠れ。どうやら差しウマ娘を風よけに使いつつ、スタミナを温存しているようだ。この位置からでは直接的にデバフを打てない。

 後方の状況をある程度把握したところで、再度前方を観察。そこで目に入ったのは、

「ショット……少し掛かってるじゃん」

 友人であるウイニングショットが、真後ろにいるクラシック二冠ウマ娘に煽られ、若干掛かっている姿だった。




 後ろからつつかれ、煽られていることはわかっている。距離を詰められ、息遣いを聞かされる。なるほど、これがクラシック二冠を取ったウマ娘。プレオープンのウマ娘たちとは、明らかに駆け引きのレベルが違う。
 それは当然、オープンに上がったばかりの私のレベルよりも上という意味だ。

「ぐっ……!」

 落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせる。コーナーを利用しつつ軽く見たときは、まだ距離があった。音や気配はかなり近く感じるが、実際のところはまだ1バ身以上差があるはず。だから、自分のペースを乱すな。落ち着け。そう言い聞かせる。できているかは、自信がない。

 コーナーを抜け、直線へ。先に進ませたもう一人の逃げウマ娘は、おそらく3バ身ほど先にいる。あの速度についていってしまっては、間違いなくスタミナが持たない。というか相手も持たないだろう。
 早々に先頭を諦め、自身のスタミナが持つペースに移行した。しかしそれも、真後ろにクラシック二冠ウマ娘がいる現状を考えると、果たして正解だったのかはわからない。よく見積もってもプラスマイナスゼロと考えておいたほうがいいだろう。

「ふっ……ふっ……ふっ……」

 呼吸を一定に保ちつつ、ペースを測る。逃げでは体内時計が重要だ。横に飛んでいく風景を見つつ、自分の速度を予測する。悪いペースでは、ないはずだ。このまま行けば、最終直線で全力疾走するだけのスタミナは残るはず。

 逃げウマ娘は、得られる情報が少ない。何しろ先頭でレースを引っ張る立ち位置だ。状況を知るには後ろを振り向く必要があるし、それをやりすぎるとスタミナをいたずらに消耗する。コーナーを利用するにも限界がある。だから、ひたすら自分のペース配分を信じるしかない。
 故に、こそ。

「…………ッ?!」

 急激に膨れ上がった足音に、思わず動揺してしまった。ペース配分を意識するための、極度の集中状態。それを乱され、自分のペースを見失う。原因は、と思って軽く振り返れば、

「このタイミングで加速……?!」

 数人のウマ娘が、スタミナを使って前に出ている姿。その顔は焦りに満ちており、とにかく少しでも前に出ようと必死になっている。
 まずい、これ以上ペースを乱すな! 言い聞かせ、縮んでいくバ群から意識を無理やり切る。おそらくだが、誰かが焦らせたのだろう。そして、そんな芸当を好むのは。

「ハイア……!」

 間違いなく、あの友人。今年の樫の女王であるスピードラビット先輩とのトレーニングで、そのデバフ技術を仕込まれたことを、私は知っている。まだまだ未熟、なんて先輩は言っていたけれど、それでもG1ウマ娘の、しかもデバフ戦術が得意な先輩から見ての「未熟」だ。プレオープンレベルや、重賞未勝利レベルのウマ娘にとっては、そこそこ効くだろう。
 事実、私もそのデバフの余波を受けて、ペースを乱された。デバフ戦術はバ群をかき乱す。距離があろうとも、大なり小なり影響は生まれる。

 結果として、第三コーナー直前のバ群は、直線突入時よりもかなり縮んでいた。私の3バ身ほど先にいたはずの逃げウマ娘も、今では1バ身ほど先にいるくらい。差し切るにも十分な長さになっている。

 デバフの影響が薄かったのは、やはりと言うべきか、クラシック二冠ウマ娘に、皐月賞2着、ダービー2着のウマ娘といった、有力なウマ娘たち。それ以外はほぼ全員、影響を受けている。

「本当に、えげつない……!」




 クソが、あいつらデバフ全然効かないじゃないか! パイセン、あんたは正しかったよ……悔しいけど、終わったらもう一度デバフトレーニング頼まなきゃなあ!

 第三コーナーの直前で、差しと追込のウマ娘たち合わせて5人を焦らせ、バ群を縮めつつスタミナを削る狙いだった。そろそろ差し切れるほどの長さになるようにしておかなければ、間違いなく「届くかボケ」案件だ。
 だからこそ、差し追込のウマ娘たちを焦らせ、進ませ、縮ませるデバフ。具体的には軽い囁き……というか、相手に聞かせるような独り言だ。例えば「バ群が長い」とか。できるだけ必死そうに言う。自分自身が焦っているのを装うと、効果が出やすい……らしい。パイセンの受け売りだ。合わせてちょっと加速する雰囲気を出せば、耐性がないウマ娘は乗ってくれる。

 しかし、今回一番削っておきたかった皐月賞2着のウマ娘には、一切効かず。冷静に、前に出ようとした差しウマ娘を風よけに利用しつつ、差し切るための位置を捉えていた。

「さっすがG1クラス!」

 悪態をつきそうになるものの、できるだけ抑え込む。ここで狙いがバレたら、デバフの効果が薄れてしまう。

 切り替えろ。今はすでに第三コーナー。バ群は縮まっており、これは一応狙い通り。掛かったウマ娘たちはおそらく、最終直線の登り坂でかなり速度を落とす。問題は有力ウマ娘三人がほぼ確実に残ること。そうなると、私は少なくともその三人と競り合うことになる。
 加えて、ショットも気になる。先程掛かっているのを確認したものの、バ群が短くなったことに対しては反応していない。逃げウマ娘なのに距離を取ろうとするどころか、冷静に自分のペースを保とうと意識しているのがわかる。

 当然、私の観察眼が間違っている可能性はある。しかし、このままの流れで行ったとすれば、私、ショット、有力ウマ娘三人の合計五人による直線勝負になるだろう。

 私の現在位置は、バ群のちょうど真ん中辺り。少し外側で走っているが、このおかげでブロックされる可能性は低い。菊花賞に向けたスタミナトレーニングもあって、スタミナにはまだ余裕がある。
 状況と展開の予測が当たっていれば、末脚勝負……トップスピードの競い合いになる。そうなった場合、私の勝率は下がってしまう。ならば、選択肢は二つ。

 一つは、相手の残ったスタミナを削る更なるデバフ。
 一つは、今この瞬間からスパートをかけるロングスパート。

 デバフが効かないのはわかっている。だからといって、ロングスパートはほぼ採用したことのない選択肢でぶっつけ本番だ。悩む時間はない、どうする……?!

 そこで目に入ったのは、前方――ダービー2着のウマ娘が、少し体が外に揺れた姿だった。

「…………ッ!」

 その姿を見て、デバフ戦術を選択する。ウマ娘の速度で走れば、コーナーでは遠心力が強くかかる。そのための体幹とパワーの強化は必要不可欠で、それがない場合は遠心力に負けて外側に若干振れる。

 ちょうど、今見たように。

 それが意味するのは、彼女のスタミナが、多少なりとも削れていること。ブラフかもしれない。しかし、ずっとクラシック二冠ウマ娘をマークする戦術を採用していた彼女が、このタイミングでそうした動きをする理由はないはず。
 ならば、ぶっつけ本番のロングスパートより、もう一度のデバフのほうが可能性がある! タイミングは――!

「ここ、だッ!」

 残り3ハロンを示す棒――その、少し手前で。全方位に聞かせるように、スパートに入るときのような音を、打ち鳴らした。




 その音が聞こえた瞬間、全体が動き出した。

 残り3ハロンを示すハロン棒を通過した直後。後ろから、踏み込む音が飛び込んでくる。ウマ娘の耳は敏感であり、レースに集中しているとなおさらよく聞こえるからこそ、その加速音は良く聞こえた。
 後方のウマ娘の内誰かが、ラストスパートに入った音。それが合図になったのか、今度こそ全ウマ娘がスパートに向けて動き出す。

「私が、勝つ!!」
「いやアタシだあ!!!」

 後ろから音が迫ってくる。大勢のウマ娘が、勝利を求めて前進してくる音が聞こえる。もう顔が見えるような距離にいる、もう一人の逃げウマ娘も、必死の形相で足を回している。
 私も動くべきだ。そう思う。しかし、

「まだ、まだ、まだ……! 我慢しろ……!」

 スパートをかけたがる足を、必死で制御する。残り3ハロンでのスパートは、今の私では長いことは、トレーニング時点でわかっている。スタミナが残り100メートル時点で尽きて垂れてしまう。しかも今回は若干掛かっていた可能性もあるから、できれば残り2ハロンの時点までは耐えたい。

 次のハロン棒が遥かに遠い。もういいんじゃないか、持つんじゃないか、スパートしていいんじゃないか、なんて強気な声が、心の奥から湧いてくる。うるさい、お願いだから黙ってよ。まだ早いって、わかってるんだから。

 あいつに。ハイアに。勝つために、今は。

 余りにも遅く流れる時間。余りにも遠いハロン棒。それでも、我慢する。我慢する。我慢、する――

「まだ、だッ……!」

 ここじゃない。あいつとの勝負の場は、まだここじゃない! 今ここでスパートしたら、登り坂の途中で、競り合うまでもなく抜かれる! だから、今は耐えろ!
 後ろから迫るウマ娘たちの足音。ほぼ真横から聞こえてくる息遣い。そうしたものを無理矢理に無視して、次のハロン棒まで自分のペースを必死で維持する。

 残り50、40、30、20、10――

 ――真横に、よく知ったウマ娘の気配。




「来たね――ハイア!!」
「勝負だ――ショット!!」




 横並びになった、4人のウマ娘。その、最も外側に。挑発的な笑みを浮かべながら、ワットハイアが走っていた。

『残り400メートルを通過!』

 自分の右側に、ようやく見えたハロン棒をトリガーに、残っていたスタミナ全てを吐き出すようにして、加速。すぐに登り坂に突入し、そこでついに限界を迎えた前方の逃げウマ娘が垂れていく。最内を走っていたために、私の右隣からズルズルと。表情を見ている余裕なんてない。
 前方には、もう誰もいない。ただ走り抜けるだけだ。

「負けて、たまるか――ッ!」
「勝つのは、アタシだッ!!」

 一着を求め、勝利への渇望を叫び、前へ。前へ。前へ!

 負けたくない、負けたくない、負けたくない――勝ちたい!!

 クラシック二冠のウマ娘が。皐月賞二着のウマ娘が。ダービー二着のウマ娘が。ワットハイアが。私が。
 誰もが祈るように、叫ぶように、自らの全身全霊を足に込めて、地を蹴りぬく。私も同じようにそうしようと、して、

「――――ッ?!」

 力が、足りないことに気がついた。
 全身が鉛のように重い――スタミナ切れだ。

「く、そっ……!!」

 速度がわずかに落ち、集団から少し後退。失敗した、やはりつつかれたタイミングで少し掛かって、スタミナを多く使ってしまっていたんだ!
 悪態をつきそうになるが、そんな余裕なんてない。負けたくない。負けたくない! 負けたくないのに!

 思いも虚しく、体は答えてくれない。なんとかギリギリついていっているだけで、このままだと1バ身差で負ける未来が見える。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ! 負けたくない、負けたくない、負けたく、ない――

 ――なんで?

 ふと、疑問。なんで、あのとき「ほどほどに走って、そこそこの結果」なんて思っていた自分が、この重賞という舞台で、こんなにも勝ちたいと思っているんだ?
 オープンに上がれたんだ、あの時考えていた目標は達成している。出走すらできないウマ娘がいることも考えれば、上々な結果だ。そこそこの結果どころか、十分な結果だ。
 なら、ここで負けたところで、なんの問題があるという。

 それなのに、なんで、こんなにも――ハイアに勝ちたい、なんて思っているんだ。

 答えは――すでに、持っていた。

 ――憧れの野球選手たち。彼らのどこに惹かれたのか、なんて聞かれたら、いくらでも理由を語ることができるだろう。でも、その中でも最も強く惹かれた理由はなにか、なんて聞かれたら、理由は一つしかない。

 必死になって。がむしゃらに勝利を求め、挑戦し続けるその姿にこそ、焦がれていた。

 全身全霊で勝負に挑み、競い、戦い、そして結果が出る。その結果がどういうものであれ、一生懸命な姿は眩しいものに、私には見えていた。
 当然勝ってくれたほうが嬉しい。負けそうだったり、実際に負けたときについた悪態なんて数え切れない。

 それでも、その姿は。挑戦し続けるその姿は、どうしようもなく眩しく、美しい。

 彼らのようになりたい。憧れている彼らのように。自分も、あんなふうに全力で挑んで、勝って喜んで、負けて悔しがりたい。ずっと、その舞台は野球しかないなんて思っていたけれど。

「あんたが――あの人達みたいに、見えたから」

 走る理由もないのにトレセン学園に放り込まれて。勝ちたい理由なんて見つからないのに、それでもなんとなく走って。勝ったり、負けたりして。それでも勝ちたいなんて思いに至らなくて。なんとなく走ってそれでいい、なんて思ったりして。
 そんな私だったから、模擬レースで走り足掻くハイアのことなんて、理解できなかった。

 でも、それなのに、そのはずなのに。その姿が、自分が大好きだった野球の選手たちに、重なって見えた。

 勝ちたい、勝ちたい、勝ちたい。誰よりも、なによりも早く先に、ゴール板を通過したい。そんな熱量を、誰よりも強く発し続けていた。勝てない現実を受け入れるのに、どれだけ時間がかかったかなんて、他の誰よりも私が知っている。
 あのときの背中が、今でも目に焼き付いている。あのときの姿が、今でも心に刻まれている。あのときの嫉妬が、今でもこの胸に残っている。

 だから。

「私は、あんたにこそ、挑戦したいんだ」

 憧れたあの人達に、一歩でも近づくために。私よりあの人達に近い、あんたに。
 誰よりも負けて、誰よりも傷ついて。折れて、折れて、折れて。それでもなお、立ち上がって走ることを選んだ、あんたに。

 そうすれば、私も、あの人達みたいに――




 ――憧れの親友(あんた)みたいに、なれるかな。




 すぐ横にいる、必死な形相で走っている親友の姿を見る。他のウマ娘なんて知らない。皐月賞2着が、ダービー2着が、クラシック二冠が何だって言うんだ。私が挑みたいのは、ただ一人。
 お前達なんて、眼中にない。どうでもいいんだ。そんな連中よりも、今は、ただ。

「あんたに、勝ちたい」

 この心が、私の答え。あの時確かに憧れて、嫉妬した相手に、挑戦したいって、思ったから。

 心に灯ったこの答えが、更に強く熱く燃え盛って。それを熱量に、根性を空っぽのスタミナを置き換えて、更に一歩踏み出す。心臓がバクバクいって、体中の細胞が酸素が足りない足りないと泣き叫ぶ。
 知らない。そんな泣き言、知ったことか。だって、苦しさよりもずっと強く、この心が燃えているから!

『ウイニングショット、再加速――!』

 体の苦しさを無視して、少しでいいからハイアよりも前へ。前へ。前へ――!

「ハ、イ、ア、ァアアァ、アァアアアア――――ッ!!」

 叫びながら、更に一歩。まさか再加速してくるとは思っていなかったのか、あるいは名を呼ばれたことに驚いたのか、信じられないような表情。ハイアめ、私のことをもう終わったと思ったな! 舐めやがって、負かしてランチ奢らせてやる!
 スタミナ切れで出来てしまった距離を詰め、デッドヒート。一歩ごとに先頭が入れ替わり、ゴール版が迫ってくる。

「負け、るかァァアアアアァアアア!!!!」

 ハイアの叫びが、聞こえてくる。ああ、やっぱり。あんたはそうだよね。勝ちたい、勝ちたい、って、ずっとあのときも叫んでいた。言葉にしなくなっても、全身でずっとずっと叫んでいた。

 その姿を、誰よりも近くで見ていたから。そんなあんただから、私は、挑みたいと思ったんだ。

 だからこそ、譲らない。譲れない。譲ってやるなど、冗談じゃない!
 だって私は、ここから始めるのだから! このレースから、あの人達のように、あんたのように――!
 だからこれが、このレースが、この神戸新聞杯が――




「私の、初めての挑戦(レース)だ!!!」




 これから先、あの人達のように。あの日の、ハイアのように。私もこの場所で、全力で挑み続けてやるんだ。

 誓いとともに、全身全霊を出し切って。
 横目に通り過ぎていくゴール版を、誰よりも早く、ハイアよりも早く、目に映して――

『ゴォオォオオ────ル! デッドヒートを制したのは、ウイニングショットによる勝利への一撃──ッ!!!』