敢國神社

Last-modified: 2013-10-05 (土) 16:25:23
 

敢國神社
あえくにじんじゃ
あえくに8.jpg
(参拝日:平成24年3月4日)
住所:三重県伊賀市一之宮877mapionlogo.gif
主祭神:大彦命・少彦名命・金山比命
一宮:伊賀国一宮
社格:式内社、国幣中社、別表神社
主な祭礼:12月5日(例大祭)
webサイト:敢國神社

あえくに1.jpg
↑本殿正面↑
(由緒)
斉明天皇4年(658年)、大彦命・少彦名命の2柱で創建。元来、秦氏が少彦名命、阿拝氏は大彦命を祀っていた。
(当社の南方にある南宮山頂に祀られていたが、現在地に遷す。跡地に南宮大社?より勧進した金山比命を祀る。)
貞観9年(867年)、国史に初見。「伊賀国従五位下敢国津神に従五位上の神階を授ける」と記述。(『日本三代実録』)
延長5年(927年)、「伊賀国阿拝郡 敢國神社」と記述。大社に列す。(『延喜式神名帳』)
貞元2年(977年)、金山比命を合祀。御神木に「興阿倍久爾神同殿」と刻印。
明治4年、国幣中社に列す。
昭和23年、別表神社に列す。
あえくに2.jpg
↑境内地図(クリックで拡大)↑
あえくに3.jpg
↑桃太郎岩↑
あえくに4.jpg
↑芭蕉句碑「手ばなかむおとさへ梅のにほひかな」↑
(以下、余談)
車でアクセスしますと、名阪国道の一之宮ICで降りることになります。
田園地帯を抜けると、5分も掛からないうちに到着します。

伊賀国一宮として鎮座する古社であり、歴史を見ると藤堂氏や芭蕉、阿拝氏など、時代の要人が登場します。
江戸時代は上野城鬼門鎮護として、藤堂氏など歴代藩主の庇護を受けたようです。
伊賀出身の俳人・芭蕉が当社を訪れた際に詠んだ句碑があります。

他に、南宮山頂から550年程前に南宮山頂から遷した、桃太郎岩もあります。
安産・子授けにご利益のある霊岩として全国から信仰を集めているそうです。

次の機会には、南宮山のほうにも訪れたいと思います。