堀忠俊

Last-modified: 2010-03-05 (金) 13:27:05

生まれ

ほりただとし
1596~1622

どんな人?

江戸時代の大名

越後国福嶋藩第の二代目藩主

初代藩主となった堀秀治長谷川秀一との間に長男として生まれる

10歳の時に父親が死去したため家督を継いだ

まだ幼かったため、家老の堀直政がものすごく頑張って、本多忠政の娘を将軍である徳川秀忠の養女として迎え、徳川家とのパイプを強くすることに成功した

が、堀直政が死去すると、残された家老堀直清?堀直寄との間で権力争いがヒートアップし、御家騒動がおきてしまう

これによって、江戸幕府堀忠俊堀直清?を改易することに

改易されてからは鳥居忠政のお預けとなった

そして26歳という若さで死去した

逸話

●ちなみに堀直寄改易にならず、出世し子孫は明治維新を迎えることができた
●預かりとなってからの唯一の楽しみは茶の湯だけ

関連のある人々

父親・・・堀秀治

母親・・・長谷川秀一の娘

正室・・・本多忠政の娘(徳川秀忠の養女)・国姫

息子・・・堀秀俊?

祐筆の人物批評

祐筆

●一番手・・・