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飛鷹

Last-modified: 2017-02-23 (木) 21:54:16
No.065
名前は出雲ま…じゃなかった、飛鷹です。航空母艦よ。よろしくね、提督!飛鷹(ひよう)飛鷹型 1番艦 軽空母
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久40火力0 / 19
装甲21 / 39雷装0
回避28 / 54対空21 / 59
搭載58対潜0
速力低速索敵38 / 59
射程10 / 49
最大消費量
燃料40弾薬40
艦載装備
12九六式艦戦
18九九式艦爆
18九七式艦攻
10未装備
改造チャート
飛鷹飛鷹改(Lv25)
図鑑説明
飛鷹よ。
北米航路用の新造客船「出雲丸」を建造途中で改装した、商船改造空母なの。
でも、正規空母並みの活躍を見せたんだから。ホントよ。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:大坪由佳、イラストレーター:くーろくろ (クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

  • 入手直後から搭載機数58機を誇り、即戦力として活躍が期待出来る優秀な軽空母。
    早ければ南西諸島海域(2-1-1)でドロップ入手可能であり、コストに優れるが力不足が否めない鳳翔やステータスは十分でも運用コストが嵩む赤城に代わって艦隊の中核を担うことが多い。
    • 58機という搭載機数は正規空母の蒼龍飛龍の64機に迫るものである。彼女たちは正規空母の中でも少ない部類とは言え、軽空母としては破格の性能である。
    • 一方火力が砲撃戦時のダメージに左右される仕様、速度が「低速」、耐久値や装甲の限界値が劣るため一発中破しやすい、などの点で正規空母には明確に劣るため、戦線が進むと置換されがち。
      母港の問題から厳選したプレイを余儀なくされている提督は、その点に注意が必要である。詳しくは飛鷹改を参照のこと。
    • 平均化されたスロット構成と優れた費用対効果をいかに用いるか、提督の戦術が問われる。
  • 「多少防御力が弱くったってぇッ!」と言っているが、装甲の初期値は軽空母の中で最硬であり改造上限も他艦と同等である。
    また、低速にも関わらずなぜか改装後の回避は軽空母トップタイ。
  • 搭載スロットは最小でも10とバランス型。また、隼鷹とともに初期状態でスロットが4つある。
    尖ったところがないため安定した運用が可能だが、レア度の高い艦載機が少ない場合は何かに特化した運用はし辛い。
  • 一方、艦載機開発が一線を超えると今度は「軽空母最高の制空役」という立場に浮上してくる。烈風を1〜3番スロットにセットした制空値は126、これは4-2の空を単艦で支配しうる、他の軽空母にはマネが出来ない*1数値。この能力は特に連合艦隊「水上部隊編成」で重要な役柄で、相棒の隼鷹改二彩雲を積ませてコンビを組むのはイベント海域最深部における定番となりつつある。
  • 近代化改修の素材としても優秀(対空+3、装甲+2)。入手し易いレア度3の艦としては対空改修値がトップである。
  • 最終的には「低速」と「軽空母としては最悪の燃費」という点がネックとなる。
    • 即戦力としては優秀だが、最終戦力としてはちとちよに、支援要員としては祥鳳に劣る。
    • 低速は戦闘では特に大きな差はないが、5-4北ルートでは入れているとうずしおを喰らってしまう。

小ネタ Edit

  • 商船改造空母として1942年、神戸川崎造船所で竣工。
  • 散々自分で名前を間違えかけるが、その訳は豪華客船「出雲丸」として生まれ……るはずだったから。
    元々は「橿原丸(隼鷹)」と共に、紀元二千六百年記念事業の一環として計画された船で、名前は勅祭社の出雲大社から拝領したものである。
    • 弓道着スタイルの空母娘が多い中、隼鷹ともども幹部乗組員の白ブレザー軍服に巫女袴という外見なのはこのためだろう。
    • そのスタイルに見合わせてか、戦闘技法は陰陽術
      飛行甲板を巻物にし、構えた手から「勅令(神・王の命令の意。この場合は呪術的な意味で「命令する」という呪文)」の火の玉を発し、襟元には琥珀色の勾玉を身につけている。
      • 絵師が同じである隼鷹龍驤も同じスタイルで、弓矢からどうやって艦載機に変化しているか謎な空母艦娘たちと比較すると原理は明確だが、その分オカルト色が強い。
      • グラフィックでは見えづらいが、巻物には「航空式鬼神召喚法陣飛鷹大符(こうくうしきがみ/しょうかんほうじん/ひようだいふ)」と書いてある。
        なお、あきつ丸改も『走馬燈の影を投影する』という、似たスタイルをとる。
    • 現存する戦闘詳報の覚書(実際の戦闘中に記されたメモ)には出雲丸と本名で記されているものが多い。
    • 自称飛鷹型空母1番艦。しかし祥鳳と同じく2番艦隼鷹の方が先に竣工している。日本の軍艦ってこんなのばっかりである。
      客船段階でも「橿原丸級」なんですけど何で飛鷹型って言ってるのさ。
      • 飛鷹は仮称第1001番艦、隼鷹は第1002番艦と登録され、進水は飛鷹のほうが早かった。
    • 2013年に海自の新型ヘリ空母ヘリコプター護衛艦が進水し、「いずも」と命名されたが、こちらは出雲大社ではなく出雲国に由来する。
      なお、海軍には、同じ由来の装甲巡洋艦「出雲」があり、護衛艦いずもはこの2代目になる。*2
  • もし出雲丸として生まれていたなら、日本最大の豪華客船として横浜〜サンフランシスコ航路の華となるはずだった。
    その大きさと性能は同航路のライバル「エンプレス・オブ・ジャパン」号を凌ぐもので、現在の「ぱしふぃっくびいなす」号より大きく、文字通り「太平洋の女王」として君臨するのは確実だった。
    • これほど大きな客船を用意したのも、1940年の東京五輪開催*3を見越してのことであった。
    • 戦後建造された客船「飛鳥」は橿原丸級の意匠を受け継ぎ日本最大の船となるべく設計された。時を超えた妹という奴である。
      • また1964年の東京五輪に際しても、1957年に橿原丸級客船をベースにした「ミス・ニッポン級客船」2隻の建造が予定されていた。
        しかし伊勢湾台風被害の復興資金捻出のため計画は打ち切られ、ミス・ニッポン級は起工されることすらなかった。
    • 日本郵船はこの経緯がよほど悔しかったらしく、初代飛鳥船内には完成した橿原丸の油絵(当然予想図)が飾られ完成予想模型が(飛鳥自身の模型よりも目立つところに)飾られていた(二代目については未確認)。
      • この幻の橿原丸級を戦後に実現させるべく怨念を発揮尽力したのが、日本郵船社長、そして会長も勤めた宮岡氏である。
        原動力となったのは、彼が「」の航海士だったときに経験した「氷川丸」との出会いであった。詳しくは「響」の項その他各自で調べたし。
  • 「有事の際は空母にするから」という契約で、海軍と日本郵船が共同出資し造られた。出自詐欺軍縮条約対策である。
    • 結局、建造途中の1940年10月に空母に改造することが決定して翌年1月から建造と並行して空母への改造を開始。1941年6月進水しそのまま民間の空母として完成した。一月半後に海軍に移籍したけど。もっとも設計のときから、航空機用エレベーターを設置するための区画や燃料タンクの位置まで海軍に指定されていたのだが。
    • 日本郵船は他に新田丸級貨客船(新田丸・八幡丸・春日丸)*4建造時も、橿原丸級同様「有事の際の空母転用」を条件として海軍からの出資を受けていた。
      そして実際に日米情勢悪化を受け、3隻全てが大鷹型航空母艦(それぞれ冲鷹・雲鷹・大鷹)に改造され、戦没している。
      このうち第一船の新田丸と第二船の八幡丸は橿原丸級(飛鷹型)の2隻と違い、短期間ながらも一応貨客運用に就いてからの徴用・空母改造だった。
      それでも、本来の目的だった欧州航路への就航は叶わなかった。当時既に擬人化されていたが
    • イタリアでも似たような性能の改装空母「アクィラ(アキラとも。イタリア語で「鷲」の意)」が作られていた(未完成)→再現動画
  • 実のところ、客船としての設計にも、平賀造船中将ら海軍関係者と三菱長崎造船所の軍艦設計チームが深く関わっており、最初から空母化を想定した艤装が行われて、二重底にもなっている。
    • このため、船体が大きな割には船室が少なく、乗船可能な乗客は少なめで、超豪華客船として船賃を高めに設定しないと採算があわない船になってしまった。
      橿原丸級が豪華なのは、空母転用のための設計も、一つの理由なのである。
  • 橿原丸級の設計は三菱長崎で行われているため、本来は出雲丸も三菱長崎造船所に発注される予定だったが、海軍の意向もあって日本郵船とは疎遠な神戸川崎造船所に発注された。
    • 日本郵船はそもそも三菱財閥の中核企業であり、川崎造船所はいわば商売敵。
  • 自称軽空母だが、25,000t弱という大半の正規空母を凌ぐ超巨大軽空母。並の旧世代戦艦よりでかい。
    艦橋も正規空母よりでかく軽空母らしからぬ威容を誇る。故に元給油艦でもないのに胸部装甲が厚い。
    正規空母並みの活躍というか、そもそも他のゲームだと正規空母扱いの方が多い。
    • 「正規空母」の定義自体が時代や国によっても変わる曖昧なものなので…(→詳しくは雑学の正規空母を参照)。
      なお、日本海軍の定義上では、飛鷹型は商船からの改装であるため、軽空母ではなく「特設航空母艦」に分類される。
    • 幅のほうはさらにご立派で蒼龍の1.2倍。横に広いと最高速力は犠牲になるが、安定性は高まり横揺れに強くなる。
      乗り心地重視の客船ベースならではと言えるが、こんなに太いのは加賀や、英国のアークロイヤルとイラストリアス級ぐらい。
      英国面空母達はそんな縦横比にもかかわらずなぜか赤城並に速いけど、紳士の国の技術力*5だから仕方ない。
      日本はもっと変態だったけど。*6
  • 自称「防御力が低い」が実際は装甲が薄いだけで、その装甲も外舷前部以外蒼龍飛龍と大差ない。
    • おかげで潜水艦の襲撃で魚雷2本食らっても自力で帰ってきたり。
      その後もダメコンの一環として、艦内調度品などの木製品一切、木甲板に至るまで、あらゆる可燃物を撤去する。
      僚艦の隼鷹も、彼女の徹底したダメコンを参考にしたと言われる。
    • しかしそんな彼女もマリアナ沖海戦で消火ポンプが故障、不運な最期を遂げることとなる。中破時セリフの元ネタである。
      運命とは残酷なもので、ダメコンの手本となった飛鷹が沈み、隼鷹だけが終戦まで生存することになった…。
  • 唯一の弱点はその速度。竣工時の加賀や姉妹の隼鷹にすら劣る25.5kt。
    九九式艦爆などが現役の時代は問題なかったが、天山などの新型機が登場し始めると遅すぎて運用が困難になった。
    新型飛行機ほど重くなるので「空母の速さ」か「飛行甲板の長さ」が足りないと飛びあがれず、鳥人間コンテストのようになってしまうからである。
    • 「甲板から飛び出したあとは、そのまま滑空して飛び上がれそうだからいいじゃん」と思いがちだが、運用する場所は波の高さが2mとかザラにある外洋である。
      飛行甲板から飛び出した後に機体の沈み込みが深いと、高波に機体が突っ込む危険性があるのだ。
    • 同速の鳳翔が天山を飛ばそうとするとだいたいこうなるので、飛鷹もお察しください。
      とは言え動画の通り「発艦困難」であって「不可能」ではない。最低限の速力と巨体ゆえの飛行甲板の長さがあるため、他の鷹シリーズのように全く飛ばせない訳ではない。
      だが、沈没まで彼女が彗星を搭載することはなかった。マリアナ沖海戦時の第652航空隊には、彗星が9機しか配備されなかったので全て隼鷹に載せ、飛鷹の艦爆は九九式艦爆を18機搭載していただけだった。
      • ただし発艦距離がぎりぎりだと、発艦待ち飛行機を甲板後部に待機させる余裕が無くなってしまい、同時発艦数が減って運用に支障をきたす。
    • 米英の鈍足空母ではカタパルトを使って補っていた。前述の「アクィラ」でもカタパルトを装備、さらには高出力化して最高速力30ktを出す予定だった。
      彼女たちもカタパルトを装備する予定だったが、日本軍は実用的なカタパルトを作れなかったため仕方なく飛行機の方に補助ロケットを搭載。しかし飛鷹に関してはそれさえも間に合わなかった……。
      • 実用的な油圧式カタパルトを開発した米英の空母であっても、カサブランカ級やコロッサス級では鈍足過ぎて、失速速度の高いアベンジャーやF6F、スピットファイアなどは射出直後にダイビングしてしまうことが多かった。
        F6Fよりも更に重いF4Uなどは大型のエセックス級においても運用が難しかったと言われ、旧式のF4Fやハリケーン、更に英国では複葉機のソードフィッシュまでもが大戦末期まで生産された背景には、こういう事情もあったりする。
  • 低速にも関わらず回避の上限が高い理由は、建造当時は世界トップクラスの出力を誇っていたことや、ラモント式ボイラーの評価、スクリューの直径が日本海軍最大の5.5mあったことへの配慮だろう。
    • 最高速力こそ遅いが、元が速達性を要求される客船だったので経済速力は他の軍艦より4kt速い16ktだった。また航続距離も他の軽空母より長い。太平洋横断が仕事だったから当然。
      • もっともその代わりにハライタ機関故障に悩まされる事が多かった様だが。
  • 活躍したと言っているが、艦載機の練度不足や機関故障などで肝心の海戦に参加し損ねるドジっ娘。このため活躍したのは隼鷹ばかりだったりする。
    姉より強い妹がいてたまるか。 いや本当はあなたのほうが年下…。
  • 「次はどこ?アリューシャン方面?」というセリフがあるが、これはがミッドウェーに出かけていた時に、四航戦はアリューシャン方面で陽動を任されていたことによる。
    • ただし飛鷹は完成していなかったため、参加したのは隼鷹と龍驤。アリューシャン方面、行きたかったのだろうか……?
  • 直木賞作家、豊田穣氏は飛鷹艦爆のパイロットだった。
    艦載機を陸上に上げた1943年4月の「い号作戦」(ソロモン諸島空襲作戦)で捕虜になったが、米海軍主力空母エンタープライズを見学すると言う僥倖?*7にめぐり合っている。
  • 「空母『飛鷹』海戦記」によると、当初艦内のトイレの逆流が頻発していたそうである。艦底タンクに水を汲み上げ配分する方式だが、汲み上げ機能の電動作動中に水を流す・あるいは水を流している最中に電動作動してしまうと、頭からオツリを被ったりオツリにオシリを洗われたりと散々なことになっていたそうだ。某トイレを壊された戦艦よりひどい有様である。
    • なので当初は定時にしか流せず、衛生的にも精神衛生的にも非常によろしくない状態であった。さすがに後に改良工事が施され、士官用便所だけはこの不具合が解消された。
      しかし完全な改善は構造上不可能で、その後も下士官兵用と艦長室の便所はこの悪夢のダイナミックウォシュレット仕様のままだったという。いや艦長室は直そうよ……。
  • 飛鷹型の元のオーナーだった日本郵船をはじめ、当時の海運業界は数多くの商船を日本海軍に徴用され、しかも艦隊決戦主義の海軍からはまともな護衛艦艇を付けてもらえず、結果米軍の通商破壊により大半が沈められた*8
    • しかも商船暗号や護衛艦艇を付けたら付けたで、定時連絡等における日本海軍の暗号通信を米軍に解読され船団の位置が丸分かりになっていたと言われており*9、そのため1944年中旬以降は護送船団の会敵率がほぼ100%だった月も発生した*10
      「馬鹿な大将、敵より怖い」とはよく言ったものである
      • 海軍は基地航空隊による哨戒網の構築や海防艦の量産、敵潜水艦の侵入路と思われる海峡への機雷敷設などを行っていたが、同時に米艦隊に対する戦力の整備の必要もありなかなか充実しなかった。
      • この為海軍の護衛が付くと、逆に悪天候に紛れて離脱する船舶もあったほど。*11だが、ニミッツ提督は、独航船の撃沈率は船団よりも二倍半ほど高かったと記述している。*12
        どころか、海軍の護衛が付くと船員の士気が一気に下がり、逆に陸軍の船舶部隊と一緒になるとある程度士気が上がるという時期もあったそうな。陸軍……?
        ??「潜水艦など、自分がいれば近付けさせないのであります!…多分!」
      • ただ、陸軍でも地上部隊向けと異なり、船舶暗号は解読されていた。艦船用の暗号はめくり暗号などの導入が困難なためとされる。ただしこの場合の解読とは単に暗号機の基本アルゴリズムが割れていたということで、陸軍はコードブックの管理が厳密でありまた四半年ごとに変更していたため一度変更されると乱数の割り出しからやり直しであり、海軍のように行動が手に取るように分かったわけではない。海軍の暗号の最大の問題点はコードブックの管理が極めて杜撰だったこと*13なのだ*14
    • 更に、海軍兵員より高かった商船乗員の戦死率*15、金も出せば口も出した商船建造への国からの補助、戦没した船などに関しては戦後の補償は実質なし*16*17と、海運業界はまさに踏んだり蹴ったりの目に遭ったと言える*18
  • 以上のような歴史から、海運業界の政府に対する不信感は半端なものではなく、その禍根は今でも海運業界と日本政府の関係に影を落としている。
    飛鷹型の顛末(非業の戦没・客船に戻ることなく解体)は、そんな残酷極まりない戦時徴用商船の歴史の象徴と言えるのかもしれない。
    だが漁船を船員ごと丸々徴傭、敵発見=死がほぼ確定する特設監視船やら病院船を改造して条約違反の軍需物資を運ばせた挙句証拠隠滅に沈めた第二氷川丸(オプテンノール号)など、単艦単位ではもっと酷い船がゴロゴロいるのが徴傭船の闇たる所以……。
    • じゃあアメリカはどうだったのかと言うと、アメリカ版戦標船ことリバティ級は構造上強度に問題があり大戦中に200隻以上を事故で沈めていたり、北極海航路を想定していない民間船に対ソ支援輸送を強要して低温脆化で船体が分解し沈めてしまったりと、日本ほどではないとはいえやっぱり海運業は悲惨な目に遭っている。

  • 彼女の慰霊碑は広島県呉市の長迫公園にある。
    • この慰霊碑、最初は陸軍四式戦闘機疾風など大戦時の兵器の展示で有名だった京都の嵐山美術館の庭に建立された。
      しかし同美術館の閉館に伴い、平成7年に和歌山県の白浜御苑へ移設。
      ところがそこも安住の地とならず、同御苑の閉鎖によって、平成14年に現在の長迫公園へ移されたという経緯がある。
      歴史に翻弄された飛鷹と同様、慰霊碑もまた人間の都合に翻弄され流浪したわけである。
      長迫公園はかつての呉海軍墓地の後身であり、隼鷹はじめ数々の艦艇の慰霊碑が立ち並ぶ。流れ流れて、ついに姉妹や仲間たちとともに眠れる地へ辿り着いたのだった。

この艦娘についてのコメント Edit

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 今日は何曜? 火曜(ひよう)だよ〜 -- 2016-11-08 (火) 17:55:29
  • 1-5で初ドロップー。今日は軽空母が良く出てくる日だ。1日でお艦3、他3位出てる。 -- 2016-11-15 (火) 18:02:05
  • 三越コラボで飛鷹型が出てこなかったから、飛鷹型は伊勢丹派なのかなとか思うこのごろ -- 2016-11-21 (月) 12:44:54
  • クリスマスボイスを聞くと改めてしんみりする。来年こそはとっておいたドレスに着替えてほしい -- 2016-12-10 (土) 09:15:45
  • 12月22日、クリスマス前にメンテ -- 2016-12-20 (火) 11:13:37
    • 途中送信 -- 2016-12-20 (火) 11:14:17
      • と言う事はクリスマスグラ来るのを祈るくらいしてもいいよね? -- 2016-12-20 (火) 11:15:41
  • クリスマスくらい綺麗に着飾ったらええんや…(そっと涙を拭う -- 2016-12-23 (金) 07:33:40
    • 切ないよね… -- 2016-12-24 (土) 11:25:16
  • 今更ながら…先ほど本屋にて、艦々日和3巻の背表紙に釘付け 飛鷹姫の生足かと思った(実際はむっちゃんの腕だった) -- 2016-12-24 (土) 16:29:23
  • 改二まだー待ちくたびれたーチンチン -- 2017-01-07 (土) 22:48:48
  • 任務で2-4行ったら3連続で出雲丸さんが出てきた。これはもう育てるしかないな -- 2017-01-11 (水) 23:04:53
  • 構わん、着たまえ(提督命令@公式4コマ -- 2017-01-13 (金) 12:55:30
    • 実装wktk -- 2017-01-13 (金) 14:49:44
      • これだけの美人なら絶対似合う -- 2017-01-13 (金) 18:13:34
    • 和ドレスのデザイン良いぞ・・ -- 2017-01-13 (金) 16:03:05
    • 今年のクリスマスこそは限定グラでドレス姿を… -- 2017-01-13 (金) 21:23:18
    • 着て欲しいよなあマジで。たぶんソッコーで5−3突っ込ますけど(ぁ -- 2017-01-13 (金) 22:01:28
      • その後コンクリ部屋に放り込むまでがテンプレ(鼻息 -- 2017-01-15 (日) 02:52:21
  • はわわ いずもまるさん可愛いです -- 2017-01-21 (土) 12:10:25
  • 日経MJって新聞読んでたら飛鷹に載ってた人の手記みたいなんが載ってた。マリアナに行かなかった人らしい。 -- 2017-03-03 (金) 23:25:37
    • すまん、乗ってた、だね。 -- 2017-03-03 (金) 23:26:18
  • ??「また重巡系の改ニですってー 何か忘れてる艦種あるんじゃないですかー」 -- 2017-03-07 (火) 11:02:46
    • ??「そうデチ」??「あらあら、その通りね」?? 「自分は艦種では一隻なので」 ??「水上機母艦の改ニはまだ無いかも!!」 -- 2017-03-07 (火) 13:13:43
      • ??「あのー、水上機母艦の2段階目の改装って初期も初期の頃にあるのご存じないんですか?飛行艇母艦さん」??「甲標的母艦に変わるからノーカンなんじゃ?」 -- 2017-03-07 (火) 15:20:17
  • 飛鷹「今度は戦艦に改ニ情報!? もうなんなのよ」鳳翔「グラがあるだけ恵まれてると思いますよ軽空母」飛鷹「そ、そうですね」祥鳳「荒れる前に止められてよかった…」 -- 2017-03-09 (木) 15:42:37
  • 客船改装空母繋がりで出るかと思ったがそんな事はなかった@公式4コマ -- 2017-03-17 (金) 16:58:16
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White




*1 上位3スロットに烈風をセットした場合での比較
*2 巡洋艦出雲は日露戦争で第二艦隊(上村艦隊)旗艦として功績を挙げ、上海事変にも第三艦隊旗艦として出動、そして太平洋戦争終戦間際の昭和20年7月24日の呉軍港空襲で日向らとともに大破着底するまで戦い抜いた、帝国海軍の生き字引のような超武勲艦である。
*3 のちに国内外からの反発により1938年に開催返上。開催地は次点のヘルシンキに変更されたものの、第二次世界大戦の勃発により開催自体が中止となった。
*4 日本郵船の英字名のイニシャル(NYK)と神社の名前を掛け合わせた船名とし、旧型の客船で苦戦が続く欧州航路での巻き返しを期待されていた。
*5 排水量は飛鷹と同程度なのに機関出力が倍近い。どんな変態技術だっ。
*6 いずもは飛鷹よりでかいのに、その艦種は「駆逐艦」である。
*7 「これをネタに日本軍空母の情報を引き出そう」と言う、米軍の打算まみれの計画ではあったが、それを差し引いても異例の出来事である。
*8 世界第3位の保有数を誇った商船のうち、実に88%におよぶ船舶を失うという壊滅的損害だった。
*9 そうでもなければ、大西洋より遥かに広大な太平洋で、ドイツの潜水艦隊よりも遥かに小規模な船団を毎度のように見つけるなど、非現実的というものである。ただ、前提として、日本に対する通商破壊は主に資源輸送のための南方航路に対して行われ、南シナ海やフィリピン沖を経由することから、予想ルートをある程度まで絞ることはできた。高い会敵率は暗号解読あっての成果と言える。高い会敵率の背景にはその他にも、戦線の縮小や通商破壊に投入される潜水艦の増加、潜水艦へのレーダーの装備など様々な要因が関係しているとされる。
*10 1943年後半以降は米軍は通商破壊に力を入れており、船舶全体としての被害率も1942年10月〜1943年5月までは平均して月1%以下だったものが、1943年10月〜1944年5月には約3%に増加し、その後も被害は急激に増え続けた。出典「戦史叢書 海上護衛戦」p237やp354等。
*11 ただ、輸送船のとる航路は限られており、定時連絡が行われていたことを考えると護衛の付いた船団から離れるのは非常に危険なことであるとも言われる。独航でも捕捉撃沈される可能性は高く、日本が独航から船団方式に移行した理由も考えると悪天候に紛れて離脱するのは危険な行為との意見もある。
*12 欧州戦線の北極海において、英国発のソ連向け援助物資輸送船団PQ17が船団を散開した後に独軍の潜水艦と航空機の攻撃を受け、各個撃破されて船団の2/3の22隻を喪失するという大被害を被った例もある。
*13 新旧のコードで同内容を同時に発信したり、中継点ごとに新旧のコードブックが入れ替わったりした。この為コードブックを新しくしても米軍はすぐに解読できた。
*14 陸軍も昭和19年に、第二〇師団がニューギニアで遺棄の際は焼却が鉄則の暗号書を沼地に沈めて処分していたためオーストラリア軍に鹵獲される事態が発生している。しかし、コードブックの管理が厳格だった陸軍の暗号は芋蔓式にバレる事はなく、さらに2か月後にはコードブックが刷新された為再び解読できなくなった。
*15 これは高等商船学校出身の予備士官が母体となって設立された海上保安庁と、海軍兵学校出身の正規士官が中核を占めていた海上自衛隊との、長きに亘る疎遠な関係の遠因になったとされる。
*16 1946年10月公布、戦時補償特別措置法13条「戦時補償特別税の税率は百分の百とする」同17条「納税義務者の有する戦時補償請求権は、戦時補償特別税額を限度として、第十四条の規定による申告書の提出と同時に、消滅する」同19条「納税義務者が政府特殊借入金の債権を有する場合において、一般申告期限内に第十四条第一項の規定による申告書を提出しなかった場合その他命令で定める場合においては、政府は、一般申告期限の翌日に、その政府特殊借入金の債権を以て戦時補償特別税を徴収する」と日本国政府により文字通り踏み倒されている。
*17 個人資産も昭和21年11月公布「財産税法」23条によって25-90%の超高額税率で持っていかれ、代わりの補償は昭和27年4月公布「戦傷病者戦没者遺族等援護法」まで待たねばならなかった。
*18 ただし戦後のこれらの決定がなされた時期というのはGHQによる占領期である事を考える必要は充分にある。特に昭和21年度に日本に自主的な判断など許されていたわけがなく、GHQもハードピース路線と呼ばれる日本の文明レベルを江戸時代まで引き戻すような超強硬的平和政策を取っていた時期である。早い話がアメリカの敗戦国いじめなのだ。その証拠に補償が始まる昭和27年は前年にサンフランシスコ平和条約に調印し占領政策が解けている。さらに相互理解が進んで、今日のように日米が対等の国家関係になるには、ずっと時代も下って1981(昭和56)年のレーガン政権まで待たねばならない。