九死に一生
そんな経験は本当の意味でする事はないだろう
だがもし もしも
本当にその場面に遭遇したのならば
その者は誰よりも強い心を持つ資格を得るだろう
side:黒芒 白野
「気に入った!このティエラ、お主の配下になってやろう!」
たったこの数分か数十分で予想を超える所展開になってしまっている
理解できない展開に理解できない展開が足されまったく理解できないものなった挙句にトドメと言わんばかりに追加で理解できない展開が混ぜ込まれた感じだ
それが相手に伝わったのか得心したように”あぁ”と呟いた
「お主、わらわに契約を迫っただろう?あれほど強引に迫られたのは初めてでな、少し興奮してしまった」
契約?商売とかで使われるあの契約だろうか?
そも契約とは強引に迫る物ではなく双方の合意があって初めて成立する物だし
まずこんな場所であのような物騒な雰囲気でする物でもない
大体契約するための書類を出した記憶もないし出す余裕もないし持ってもいない
どういう事だろうと首を傾げているとまた察したのか説明を始められた
「お前が迫ったのは主従関係の契約だ、魔物を”テイム”し自身の使い魔等として契約し魔物は契約者から魔力等を貰い強くなる。
まぁ基本テイマー側が有利の契約であはるが魔物側にもしっかりとしたメリットがある。よほど強いモンスターテイマーでなければ
一方的な契約等は出来ぬがな。基本的には双方同意で契約は結ばれる。あれほど強く求められればわらわも応えるのは吝かではなかったが
ただ仕えるのも面白くなくてな、少し試した」
どうやら自分が知らないうちに随分と危ない橋を渡っていたようだ
冒険者数人を簡単に殺す事の出来る魔物相手に強引に契約を迫るなど機嫌を損ねてしまえば死んでいただろう
まぁ強引に迫らなくても死んでいたのだろうがそれでも危ない事には変わりない
良い方向に転んでよかった、と気が緩んでいるとティエラと名乗った少女(魔物?)に手を伸ばされた
「ほら、立つが良い」
その手をつかみ立ち上がるとそのままの勢いで唇を奪われた
「んー?!」
あまりの事態に無意識に足をじたばたと暴れさせるが肝心の顔をピクリとも動かす事が出来ない
今日何度目かわからない混乱した頭でやけに冷静な部分が
ああ、やはり魔物なんだな・・・と諦めた思考に陥る
そうこうしているうちに何やら急激に力を吸われている感覚が体全体を襲い力が抜けていく
数秒ほどで離されたが力が抜け立ち上がったばかりだと言うのに地面にへたり込む
「フフ・・・これで契約は完了だ。喜べ、これで名実共にわらわはお主の使い魔だ
魔力のつながりが出来ているだろう?魔力を感じた事がなくとも感覚は分かるはずだ」
確かに魔力かどうかはわからないが自分の中の何かがティエラと繋がっているのが分かる
そして当のティエラはこちらの事など関係ないとばかりにペロリと舌で唇を舐めながら笑みを浮かべてこちらを見ている
その仕草に少しドキリとしたが平静を装いこちらからも問う
「それで・・・これからどうするのかな?僕は攫われてきただけだけども村に戻っても良い事はないだろうし
数日は経ってるからそもそも帰り道も分からない。身分証も持っていないから街へ入れるかどうかも怪しい・・・」
・
「ふむ・・・私は人間の生活に紛れ込んで暇を潰そうとしていたからな、昔と変わっていなければこのまま道なりに行けば大きな街があるぞ?
身分証が無いとは大分辺境の村だったようだがそれならば冒険者に登録するのも良いかもしれんな。
正規の身分証には劣るが関所を通る時にかかる通行料は免除されるし正規の物と違って発行に金がかからん
身分証が無い者に対する関所の税は・・・まぁ最初ならしかたの無い出費だろう」
冒険者、と言う言葉に少し不快な物を感じた自分は悪くないだろう
頭ではあんなのばかりではないと分かっていても攫われ奴隷にされかけたのだ
それに前世を思い出す前であれば村に戻ったかもしれないが
あんな記憶を思い出してしまっては世界を見てみたいとも思う
そう考えるとティエラの冒険者になる、という提案は渡りに舟と言える
思考も落ち着いてきたし契約で繋がったおかげか、会って間もないと言うのにティエラが信頼できると言う事も分かる
あまりここに居続けてもまた襲われないとも限らないし移動するのは早いほうがいいだろう
今までは何とも思っていなかったが自由に体が動かせる事で気分が高揚もしているから動きたいというのもあるが
「分かった、冒険者って言うのも楽しそうだね。合わなかったらやめればいいしひとまず冒険者を目指そう。これからよろしくね!」
色々と訳がわからない事ばかりだったが悪い事だけでもなさそうだ
道なりと言っていたしこのまま行けばいいのだろう、馬車は壊れ馬も逃げてしまったから徒歩だろうな
等と高揚した心の赴くままに立ち上がり歩き始めようとしたが・・・首根っこをつかまれ止められた
「ぐえっ」
「待て、着の身ひとつで街へ行くつもりか?1人お前と体格の近い軟弱そうな魔術師が居たはずだ
そやつのマントを剥いで着ておけ、それと・・・あったな。ほら、冒険者共が持っていた金だ、持っておけ」
なにやら随分と手馴れた手つきで冒険者の持ち物を整理している
何処で慣れたのか、とか攫われたとはいえ死人の物をとるのは気が引ける、とか言える雰囲気ではなかったので素直に受け取っておく
僕も言われた通り小柄な魔術師らしき死体からマントを取り着ておく
つけた瞬間体が少し軽くなったような気がするどういう事か聞いてみたところ
「見たところそれは魔具だろう?そう言った効果の魔術が付与してあるんだろうさ
付与魔術は相当高等な技術で私は古い物しか見たことがないな、最近の者では作れんのではないか?」
とのことだった
割と貴重な物だったのだろうか・・・もしかしてこの冒険者は結構能力は高かったのか?
まぁ考えても分からないだろうし意味もないのでさっさと切り上げて移動を始める事にする
夜に森の中をあまり歩きたくはない。昔父さんが生きていた頃森で迷い夜になった時に魔物に襲われたからだ
その時は必死に逃げているうちに俺を探していた父さんに何とか助けられたが滅茶苦茶に怒られた時は大泣きしたものだ、二重の意味で。
閑話休題
必要な事は終えたので出発すると言ったら先導してくれるらしい
頼もしいな、と思いながら楽しげに歩き始めた彼女を追い僕も歩き始めた
数分ほど歩いた時ふと思った疑問を口にしてみた
「そういえば、一人称がわらわから私になってなかった?僕の気のせいかな?」
「そうさな・・・普段の一人称は私、なのだが試したと言ったろう?少しでも与える印象を強くしようとした結果だな
言葉遣い一つで相手に与える印象は大きく変わる。交渉にも使えるから覚えておくといい」
少しだけ聞いた事を後悔した
両方を気分で変えてるとか契約したり信用してる相手に対して砕けた感じにしたわけでもなく結構打算の入った物だったらしい
気分がちょっとだけ沈んで行くのを感じていたらティエラからも質問が来た
「主は何故冒険者になろうと思った?いや、進めたのは私なのだがな。そんなにあっさりと決めるとは思わなんだ」
そこを聞かれるとは思わなかった
前世で病院にこもりきりだったから世界を見てみたいとか言うわけにもいかないし次点の理由かな
「まず冒険者になる事で正規のには劣るとは言え身分証がタダで発行されるところかな。
さっき冒険者達からお金は貰ってきたけどもそこまで余裕があるわけじゃないしそもそも冒険者を倒したのはティエラだから
そのお金を使うのもなんだかな・・・って思ったのとまぁこっちもお金の理由になるんだけど他の事しようにも元手が心もとなさ過ぎる
それなら冒険者が一番手っ取り早いかな、と思ったんだ」
「なるほどな・・・っとそうだ、街へ行くのならこれを渡しておこう」
ティエラが何やら葉っぱを取り出すと先ほど変身した時のような光が小規模ながら起こり
その光が収まったところにあったのは・・・
「陰陽玉・・・?」
「陰陽玉?いや、これは召還印玉だ。空間魔法が刻まれていて魔力を流し念じると中に物を入れる事が出来るのだが基本これを使うのはモンスターテイマーだな
何せ私は変身できるから良いがオーガ等の図体のでかい魔物を連れている者はどうする?街中を連れ歩けないだろう。
そんな時にこれを使い中に魔物を入れるのだ。中の空間は持ち主の魔力が流れているからモンスターテイマーと契約した魔物にとって居心地がいいとも聞く」
言われてみれば確かに大きな魔物を連れて街へは入れないかもしれない
関所などの大きい門がある所はともかく大きな魔物が歩いてるだけで一般人は危ない
ティエラも先ほどの九尾の姿であれば道を歩けないだろうし歩けたとしても通行人を跳ね飛ばしながらになる
そんな事になろうものならその道は地獄絵図と化すだろう、主に蹴られた人間の死体で
「ありがとう、ありがたく貰っておくよ。でも何故?ティエラは人間に変身できるから必要ないだろう?」
それとも居心地が良いというのを試したいのだろうか
「私の主となるのだ、従者が私1人では格好がつかぬだろう?まぁ主がコレだ!と思う魔物を従えるが良い。
その時必要になれば使うだけだ。必要なければ無いで金に変えても構わんしな、私が街で暮らしていた時では
ランクC程度の冒険者は無理をしても買うのが難しいくらいの値段がしたはずだ
どうせ昔私を従えようとした愚か者を返り討ちにした時の拾い物だ、好きに使うがいいさ」
さらっと凄い事を言われた気がするし持っていた理由も物騒だった
受け取った以上返すのも失礼になるしどうしたものかと考えかけたが今考えてもどうにもならないと言う答えに一瞬で至り諦めた
いつになるかは分からないがこの恩を返せると良いなと思ったけれども
奴隷商に売られる所を助けられ高価な物を渡されさらに一緒に居てくれるというのだから既に返しきれる気もしないな
苦笑いが隠せないがこの想いだけは忘れないようにしよう、そう決意して小走りで前を歩いてるティエラに追いつくと丁度森を抜けた所だった
「さぁもう見えているだろう、あそこがこの国の商業都市”コメルシオ”だ!さぁ急ごう主、これから面白いことが待っていると思うと私も気分の高揚が抑えられん!」
本当に楽しそうに歩く速度を上げたティエラに僕もそれを追うように速度を上げる
これから始まる新しい人生の第一歩、それを応援するかのように優しい風が頬をなでていた