4話

Last-modified: 2016-06-06 (月) 00:01:53

腹が減っては戦は出来ぬ

無限に戦う事の出来る人間など居ない

故に戦士達は帰るのだ

戦場から自身の心と体を癒す場所へ

まず目に入って来たのは大きな壁だった

見るからに分厚そうで高さも前世で入院する際に見た大きな病院の数倍はあろうかという程だ

そして下へ目を向けると丁度森から出て正面に位置する所に関所らしき場所があり、駐屯している兵士らしき人間が立っていた

ある程度まで近付くと兵士もこちらに気付いたようだ

「ようこそ!音楽商業都市シュトラディバリへ!身分証はありますか?」

子供相手でも普通に対応してくれるとは良い人みたいだななんて暢気に考えていたが何か違和感があったような気がする

そして何が違和感だったのだろうと兵士の少し聞き逃せない事があったような気がする

覚えているだろうか、先ほどティエラは堂々とこの都市の事を商業都市コメルシオと言い放った

だが門番は音楽商業都市シュトラディバリへようこそ、と言った

そうだ!聞いてた名前と違うんだ!と驚きどういう事だろうとティエラを見ると唖然としたかのような顔を兵士へ向けていた

「えーと・・・どうかしましたか?お二人とも何やら驚いてるというかそんな感じの顔をしていますが・・・」

心配そうな目を向けられてしまったが声に反応するようにティエラが兵士へ詰め寄った

「コ、コメルシオではないのか?まさか道を間違えたのか?いやまさか道を間違うなんてそんな・・・」

最後の方は若干俯いて声も小さくなって行った

「いや、間違えてはいないかと・・・コメルシオといえばこの都市の70年程前の名称ですから。

とりあえず後ろがつかえているのでお早く。冒険者なら免除されていますが身分証が無いようでしたら通行料は1人金貨3枚ですよ」

どうやらティエラが此処に最後に来たのは少なくとも70年以上前のようだ

先ほどの自信満々なセリフを思い出し思わずニヤニヤとした視線をティエラに向けてしまう

「ぐぬぬ・・・ほれ、ある・・・クロススキ!早く金貨6枚払わんか!」

顔を赤くしたティエラがそれを誤魔化すように後ろに回り蹴りを入れてくる

・・・ティエラにとっては相当、それこそ蹴りではなく押す程度まで加減したのだろうが物凄く痛い

蹴られた背中をさすりながら先ほど冒険者から剥いできた袋から金貨6枚を取り出し兵士に支払う

「はいどうも、では改めて、ようこそシュトラディバリへ!」

銀貨を受け取った兵士の横を通り抜け門へ向かう

後ろからようこそ音楽商業都市シュトラディバリへ!と兵士の声が聞こえる

来る人全員に言っているのだろうか、随分と真面目な人のようだ

「何をしている、早く行くぞ。あたりも暗くなって来た、宿を取らねばならぬし主も短いとは言え慣れぬ旅路

しかも途中まで拘束されていたのだろう?疲れを取らねば明日冒険者に登録した後動けぬぞ」

急かしてくるティエラの顔を見ると先ほど赤面していたのは何だったのだと言わんばかりに楽しそうな顔だ

釣られて僕も楽しい気分になって来て走って追いかけたが、追いついた所で重大な事に気付いた

「ところでティエラ・・・僕、宿の場所とか知らないよ?」

「・・・そういえばそうだな、私の知ってる宿で残ってる宿など無さそうな気がするぞ」

・・・幸先不安だ

結局数人の通行人に聞いてオススメだと言う宿を見つけた

「ここだね。”    ”・・・か、良さそうな所だね。ほら入ろう」

「うむ、邪魔するぞー!」

奥からいらっしゃーいと元気な声が聞こえバタバタと騒がしくなったと思ったら

ドタン!と大きな音が聞こえその直後にガラガラガラと何かが崩れる音がした

「ひゃああああああああああああああ?!」

・・・本当に幸先が不安だ、大丈夫なのだろうか

などと今後に関してちょっと考え込みそうになっていたら奥から恰幅のいいおばちゃんが出てきた

「騒がしくてすまないね、泊まりなら1日で1部屋金貨3枚、朝と夜の食事をつけて追加で1人につき金貨1枚だ

10日以上で1割の割引をさせてもらってるよ、どうする?」

あの冒険者は割と稼いでいたのか残りは銅貨25枚、金貨7枚、銀貨8枚・・・か

村に居たときの価値観と前世の記憶とを考えてみれば銅貨=100円 金貨=1000円 銀貨=10000円と言った所だろうから

割と余裕はあるが節約しつつその余裕を増やしたい所だしとりあえず10日、そして冒険者でどの程度稼げるかが鍵だろう

「とりあえず1部屋を10日だ、その後の事はまた後で考える。」

「あいよ、銀貨4と金貨5だ。部屋は2階へ上がって左側、3番目だ。他の客が居るから余りうるさくしなければ特に注意は無い、ゆっくりしていきな」

お金を払い部屋の鍵を受けとる

数日ぶりにまともに休めると思うとこれからの事を考える楽しみもあって気分が高揚する

鼻歌でも歌いたいくらい気分良く階段を登ろうと歩き出した瞬間

ぐぎゅる~~

盛大に腹が主張を始めた

安心したら空腹を意識してしまったのだろう、ここ数日殆ど何も食べていなかった事もあり凄まじい音になってしまった

・・・だが今は空腹よりも顔が熱い。後ろから何やらニヤニヤとした視線を感じる気もする

あまりの恥ずかしさに動けないでいるとティエラが近付いて来て肩に手を置かれた

「主よ・・・そういうこともある。わ、私は気にしないぞ?・・・ク・・・クク・・・」

笑いを堪えようとしているようだが成功していないし、それくらいならむしろ堪えて中途半端に笑うよりもいっそ盛大に笑ってくれ

余計に恥ずかしいと言うのに腹はそんな事関係ないと言わんばかりに再度空腹を訴える

「アッハッハ!随分と腹が減ってるようだね。少し早いけど夕食を用意してやるから座って待ってな!パシエンテ!2人分用意するから準備しな!」

奥からはーい!と言う返事と共にまたもや何かが崩れたかのような音が聞こえたが気にする事ができる精神状態ではないので女将さんの言う通りおとなしく座って待つことにする

座ってからもティエラからのニヤニヤとした視線が今度は正面から向けられており耐え切れず机に突っ伏し顔を隠す

しばらく羞恥に耐えていると料理が運ばれてきた

「あいよお待ち、ガルサのステーキと焼き野菜のサラダだ。腹減ってるからって急いで食うんじゃないよ」

いい匂いだ。空腹の状態だからその匂いで気が急いてしまうが、急いで食うなと言われたし僕も慌てて食べて味がわからないまま食べたくはない

いただきます、と手を合わせ肉を食べようとすると先ほどのニヤニヤとはまた違った視線を感じて前を見る

「イタダキマス、とは何だ?主の村の風習か何かか?」

成程、この行為の意味が分からなかったのか。村でもそのような風習は無かったが記憶が戻って無意識にやってしまったようだ

前世も今世も性格が変わらず人格等が混ざる事は無かったがそういった知識面ではどっち着かずの中途半端になってしまっているのだろう

「うーん、簡単に説明するのなら食べ物とそれを調理した人に感謝する食前の儀式みたいな物だよ」

そうなのか・・・とつぶやきティエラもいただきます、と手を合わせ食べ始めた

僕もしばらくぶりの食事をかみ締めながら食べ始めた。

「「ごちそうさまでした」」

久方ぶりの食事はとても美味しかった

シンプルな料理に関わらず味付けが濃すぎず薄すぎず丁度良く肉と野菜の相性も良かった

品数が少ないものの量は多く恐らくここまで空腹になっていない普段の自分なら食べ切れなかっただろう

食事に関してそこまで詳しくない僕はそんな簡単な感想しかもてないが本当においしかった

「はい、お粗末さん。いやぁ体格の割に良い食べっぷりだったね。」

女将さんが食器をさげていくのを眺めていたらティエラが立ち上がった

「さぁ戻って今日は休もう。明日から忙しくなるぞ!」

確かに明日からは忙しい。冒険者になったとて僕がどの程度戦えるかは分からないし戦えないようなら自分を鍛える事になるだろう

冒険者を圧倒したティエラが居るとはいえ、ティエラにだけ戦いを任せようとは思わないし僕も戦えなければならないだろう

それにそんな理由以外に単純に疲れているというのも大きい

これは早く休んだ方がいいな、と考え部屋に行き荷物を置いた

「さて、かなり早いがもう寝るとするか。主よ、召還印玉に魔力を注いでくれるか?」

そういえばあれの中は契約した魔物にとって居心地はいいのだったか

言われる通り召還印玉を取り出し・・・

「・・・使い方が分からないのだけども」

契約をしたからか魔力の流れは分かるが使い方がさっぱりわからない

「む・・・まぁまだ寝るには早すぎだと思っていた所だから教えてやろう」

しばらく説明を受けたがようするにイメージが肝要だそうだ

体を巡る魔力を一点に集中し力の中心を定めそれに”火”や”水”などの形を与えるのが攻撃魔術

魔力の純度を高めそれを再び体へ巡らせ身体能力等を上げる”強化魔術”等があるとの事だが今回は魔力を注ぐだけ、つまり”力の中心を定める”所までで良い

「ふぬぬぬぬ・・・」

が、これが案外難しいようでさっきからやっているが上手くいかない

魔力は感じられるのにそれをどう集めていいのかさっぱり分からないのだ。わからなければイメージのしようが無く先ほどから毛ほども魔力が動く気配はない

「むぅ・・・主は潜在的な魔力は私をも凌ぐかもしれない程あるのだからコツさえつかめば早いはずなのだがな。

体を巡る魔力を想像して見るのだ、そしてそれを盃を傾けるように一箇所に集めれば良い」

体を巡る、と言われてもそう簡単にイメージは・・・うん?体を巡る?

ふと閃いた。魔力も体を巡っていると言うが僕の考えが正しければ・・・

「ティエラ、魔力ってどこから生まれてるの?」

「心臓だ。どの生き物にも、例外はまぁあるが基本的に心臓はある。そしてある種それは体の中心だ。生物は自らの中心から力を生み出しそれを行使する。」

やはり心臓から生まれているようだ、ならばイメージは分かった

全身を巡る血、血流。その血を魔力に置き換えイメージをすれば・・・

自分の体から何か力が少し抜ける感覚と共に召還印玉の色が少し明るくなった

そして一度魔力を注いだからか、意識せずとも魔力が召還印玉に流れていくのが分かる

「やった!出来たよティエラ!」

初めて魔力を使えたことに感激しティエラの方を見ると何やら驚いた様子だった

「・・・主よ、本当に初めてなのか?実は出来ないふりをしていたとかそういうわけではないのか?」

「うん?初めてだけども、何で?」

村に居たときは魔力を使う事などなかったし前世などそれこそ論外だ、まず魔力が信じられていなかった

「あり得ん程に綺麗に魔力が動いていたからな・・・私とてあそこまで魔力を綺麗に扱えはせんよ」

何やら自分の魔力は綺麗に動いているらしい。どういう意味だろうか

綺麗と言われても初めてだから雑な部分もあるだろうし使ってる所を見たことはないがティエラより上と言うのは想像できない

「魔力というのは動かすときに前兆等があったりそれが無いほど優秀な魔術師でも魔力の気配と言うのは隠せても隠しきれる程ではない

ましてやこの距離だ、私はそういった物には敏感なつもりで居たのだが・・・まったく気配を感じ取れなかった」

気配と言われてもピンと来ないがティエラがそういうのならそうなのだろう

でも魔力を使う、つまり魔術を使うという事は相手に多かれ少なかれ分かるという事だろう

相手に気付かれず魔術を使えるというのは強みになるのではないだろうか?今後は魔術をメインにやって行くのもいいかもしれない

「まぁとりあえず出来た事だし休もうか、どうやって召還印玉に入るの?」

「う、うむ・・・私の事を思い浮かべながら中へ入れるイメージをしてくれ」

言われた通りにイメージをしてみるとティエラが召還印玉に吸い込まれるように消えていった

これで良いのだろうか、と思っていたら突如頭の中から声がした

(主よ!これは予想以上に気分が良いぞ、心地よく眠れそうではないか!)

大層喜んでいるようだった。なんとなく嬉しいというティエラの気持ちが流れこんで来た気がしてこちらまで良い気分になってくる

じゃあ自分も寝ようかな、と思いベッドへ入りふと自分もティエラに直接声を送れないかと思ってイメージをしながら心の中で声をかけてみた

(おやすみ、ティエラ)

(うむ!おやすみだ、主よ)

返事が返ってきたのでどうやら出来たようだ。小さな事なのに何かを成し遂げた気分になり更に気分が良くなってきた

明日が楽しみだ、と未来に想いを馳せながら毛布をかぶった

久しぶりの暖かい寝床に疲れもあいまって僕はすぐに眠りへと落ちて行った