制限時間論

Last-modified: 2014-05-08 (木) 17:58:31

ラバーの不真面目考察集>制限時間論

制限時間は長考派のためにある

制限時間の本質とは何か。
言葉どおりに受け止めるならば「思考する時間を制限するもの」となる。
そう考えると、長考派にとってより制限が大きいから、長考派にとって嬉しくないシステムに思える。

 

だが実際はもう一つの捉え方がある。
制限時間とは、「一定の思考時間を保障するもの」である。

 

なぜなら、制限時間がないルールだからといって、現実問題、無制限に思考できるわけではない。
当然、度を超えて長考すれば、相手に迷惑がかかる。主催者にも迷惑がかかる。
そこで、どれだけ思考するかは「自己判断」となるが、各自の価値観が違う中で、
一体どこまで許されるのだろうか?と考えると、どうにも局面だけに集中できない。

 

逆に対戦相手が長考派の場合、自分の価値観だけを元にで「考えすぎだろ…」と感じてしまい、
催促に近いことをしてしまったり、だんだんとイライラしてきたり、という人もいるかもしれない。

 

このように、一見「どれぐらい長く考えるか自由」なシステムは、
実はお互いにとって不幸な現象を生む可能性がある。
「タダほど高いものはない」ということわざの考え方に若干、近いものがある。

 

一方で、制限時間が設定されている場合、
これは「自分」「相手」「主催者」全員が、その時間内なら自由に使っていいよ、と認めたのと同じである。
それ以内なら全部OKであり、それ以上なら全部「考えすぎ」となる。簡単な話だ。

 

つまり、制限時間を「制限するもの」ではなく「保障するもの」と捉えれば、
制限時間はむしろ、長考派にとってより嬉しいシステムだともいえるのだ。

 

何が言いたいかというと・・・GridGammonは制限時間システムを入れろ!!
それがないから「play fast」って言われるんじゃい!!

 

制限時間は計画的に使うべきなのか?

長考派は得てして、マッチ終盤、制限時間が足りなくなることが多い。
それを見て「もっと計画的に時間を使おう」という人もいる。

 

「計画的に使う」ということは、例えば、こういうことだろう。
7ptマッチなら長くて10ゲームぐらいかかる可能性がある。
だから18分の制限時間を10で割って、大体1ゲームあたり消費を2分以内程度に納めよう、と。
いかにももっともらしい。

 

しかし、これはつまり、本当はもっと長く思考したい局面に出会っても、
計画を優先して早く打つ、ということである。これは言ってみれば中途半端な思考時間であり、
そのような思考を行うことに、意味が十分あると言えるあるのだろうか。
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人それぞれなのだろうが、例えばこのグラフでいう赤線のような人はいないだろうか。
落ち着いて、ある程度満足に考えてこそ何かをひらめく。
逆に、少し考えた後、ひらめく前に思考を打ちきって打っても、何も考えない時と正確さはあまり変わらない。

 

そのような人は、むしろ難しい場面に出会った時は、ある程度満足するまでたっぷり考えること。
それによってマッチ終盤で時間が少なくなったとしても、トータルで見れば得するのではないだろうか。
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まあつまるところ、自分にとっての思考することの効果を分析し、それに合った使い方を考えることが重要であり、
必ずしも計画的に使うことだけが正解ではないのではないか、ということだ。

 

※これは、終盤時間がなくなっても調整がききやすい、ディレイシステム付の制限時間である場合の話である。
 playOKのような単純切れ負けシステムでは、調整が効かずに時間切れと言う最悪の結果も考えられるため、
 計画的に使うことが、通常より大切となってくるだろう。