サイレントハルヒ 後編

Last-modified: 2009-05-26 (火) 00:08:30

病院前のマンホールから、俺たちは下水道に侵入した。
方角はわかるのか?と聞くと、さっきの病院でタウンマップを拾ったし、磁石もあるので大丈夫だとのこと。
まったく、こいつはいつも用意がいい。
しかし、下水道の中は暗いし、臭いもひどくて気が滅入りそうだった。
そこで俺たちは道中、ぽつりぽつりと雑談を交わしながら進んだ。
これまでの活動であった出来事だとか、今回の事件が解決したらどうするだとか。
まるでいつもの不思議探索の時のように。
しかし、二人はこっちの気持ちを汲んでか、朝比奈さんの名前は出さなかった。
その気遣いは嬉しく、そして逆に胸が痛かった。

キョン「しかし下水道は何もいないな。さすがの化け物達も臭いのは嫌だと見える」

古泉「そうですね。ラジオもずっと反応しない。平和なもんです。」

確かに言われてみれば下水道に入ってからは、何も反応がない。
本当に何もいないのかもしれないな。

そう思った瞬間。
長門の足元から水しぶきが上がり、鱗のついたトカゲのような化け物が、俺たちの前に現れた。

キョン「長門!大丈夫か!?」

長門「問題ない。足をかすっただけ」

見れば長門の足には爪で引っかかれたような傷があった。

キョン「長門、逃げるぞ!」

長門「敵は一体。ならばここで排除したほうが安全」

その言葉をあざ笑うかのように、水中から新たに6体のトカゲが姿を現した。

なぜだ?なぜラジオが反応しなかった?
ここは地下で電波が通じないとか、反響がどうとかそういうことだろうか。
駄目だ、今はそんなことを考えてる場合じゃない。

キョン「長門、走れ!」

俺はそう叫ぶと、長門の手をひいて走りだそうとした。
だが、長門はてこでも動かない。

長門「私がくいとめる。後から追いつくから先に行って」

キョン「駄目だ!朝比奈さんだけじゃなくお前まで死んじまったら、俺は!!」

長門「いいから先に」

古泉「ここは長門さんを信じましょう!急いで!」

俺達は仕方なく、長門を置いて先に行った。

後ろでは長門が7体の化け物を相手に孤軍奮闘している。

古泉「あのはしごを上です!」

俺と古泉は無事、駅前へと辿り着くことができた。

長門のおかげで。

キョン「おい古泉」
古泉「なんでしょうか」

キョン「なんで長門を置いて逃げた!?
    お前のベレッタがあれば助かったかもしれないじゃないか!?」

古泉はそれを聞いて、少し、ふふ、と笑った。

キョン「何がおかしい!?」

俺が息巻くと、古泉はベレッタを俺の鼻先に突きつけた。

キョン「何のつもりだ、古泉」

古泉「こういうことですよ」

その問いかけに古泉は笑顔で答えてゆっくりと引き金をひく。

思わず俺は目を瞑った。

――――しかし、いつまで立っても銃声はしない。

恐る恐る目を開けると、古泉は、

弾倉は既に空です、と自嘲気味な笑顔で言った。

キョン「なんでそんな嘘なんか…」

古泉「僕がまだベレッタの弾を持っているとあなたが思っててくれれば、あなたを逃がすことが容易だと思ったからです」

つまり、と古泉は続ける。

古泉「先ほどのような状況になった時に、僕が敵を一手に引き受け、あなたと長門さんを逃がす-ー
    そんな算段をつけていたんです」

あなたがいない間にね、と古泉は笑う。
キョン「なんでそんなことを…」

古泉「それはこっちのセリフですよ」

キョン「………?」

古泉「なぜ朝比奈さんとはぐれたなんて嘘を?」

キョン「!!」

キョン「なんでそれが嘘だと思うんだ?」

心の内を読まれないように、必死に平静を装った。

古泉「とぼけても無駄です。あなたさっき夢中で長門さんに言った台詞、覚えてますか?」

う、と言葉に詰まった。

古泉「それにあんな暗い顔されたら誰だって気づきますよ。心中はお察ししますがね」

キョン「すまない、心配をかけまいと…」

古泉「いえ、いいんですよ。
    あなたが彼女を守れなかったとしたら、それはきっと、あの三角頭の仕業でしょう?」

………。
確かにその通りだ。
その通りだが俺は…。

古泉「あなたのせいじゃありません。自分を責めるよりあなたはまだすることが残っているはずだ。
    違いますか?」

二人の話を遮るように、ラジオからノイズの音が聞こえる。
古泉「おっと。少々長話をしすぎましたね。先を急ぐとしましょう」

キョン「ああ」

俺たちは地下鉄の構内へと降りた。

地下鉄のホームから線路沿いに、俺たちは目指す駅へと歩く。

キョン「なあ古泉?なんで俺なんかを逃がそうなんて決めたんだ?俺にはわからん」

古泉「聞きたいですか?」

キョン「ああ、聞きたいな。正直なところ俺は役に立たんからな。
    お前らのほうがよっぽど強いじゃないか」

古泉「強さではなく、役割の問題です。つまり…」

キョン「つまり?」

古泉「あなたが涼宮さんにとって鍵だからです。
    あなたが死ねば、全てが終わると、僕たちはそう判断しました」

キョン「…わからないな」

古泉「わからなくても結構です。余計な事に頭を使うなら、生き抜くことを考えてください」

キョン「はは、違いない」

その後、俺たちはしばらく線路を無言で歩いた。

キョン「しかし、地下鉄の線路を歩く経験なんて、めったに出来ることじゃないな。
    たぶんもう一生無いだろう」

古泉「そうですね。同意です。あ」

古泉は2本の線路の間に無造作に積んであった鉄パイプを拾って、武器ゲットです、と呟いた。

古泉「資材の残りですかね。ありがたい」

そこで一息ついてから

古泉「さっきの話ですが、僕も謝らなければなりません」

キョン「?」

古泉「あなたは僕が銃を向けた時、僕が裏切ったと思いましたか?」

キョン「あ、ああ。まぁな」

俺は正直に答えた。

古泉「そうでしょうね。でも、実際に裏切っているようなものなんですよ、僕は」

キョン「どういうことだ?」

古泉「それどころか、もしかしたらあなたに会った時からずっと…」

キョン「どういうことだと聞いているんだ!?」

古泉「…いいですか?今から話すことは、本来なら長門さんの口から話すことだったんです。
    少々後ろめたいこともありまして…」

キョン「一体なんなんだ?」

古泉「まず今回の事件、僕はある程度原因の推測はついていました」

キョン「!?」

古泉「それに、あの病院の隠し通路…、あの存在も知っていたんです。…噂レベルでしたけどね」

言われてみれば、地下を調べようと言ったのは古泉だった。
古泉「あの病院は機関の息がかかった病院でしてね。
    そしてあの病院には、機関にとって都合の悪い人物を幽閉しておく、地下牢があると…
    そういう黒い噂がありました」

キョン「…ふむ」

古泉「そしてあの異常な部屋…、あれはおそらく涼宮さんが監禁されていた場所かと」

キョン「嘘だろ!?そんな筈は…」

だってハルヒがそんな事になっていたら、気づかないはずがないし、ましてや…

古泉「ええ。僕も信じられませんでした。この目であの箱の中身を見るまではね」

これから僕が話すのは、あくまで噂で聞いた話ですからーー、と前置きして古泉は続けた。

古泉「涼宮さんは幼少時は両親ともに健在で、幸せな家庭で育っておられた。
    そこまでは良かったんです」

古泉「しかし、彼女の父親がある日お亡くなりになってしまった」

古泉「そして彼女のお母さんが、ショックで宗教に入れこんでしまわれたんですね」

それは初耳だ。

古泉「それがまだちょっとした新興宗教なら救いもあったんですが…」

キョン「どんな宗教だったんだ?」

古泉「それがカルトもカルト。邪教ですよ」

キョン「邪教?」

古泉「そう。悪魔崇拝主義系のえげつないやつです」

古泉「それで、カルト系の宗教にありがちなんですが、その神様…
    まぁ悪魔なんですが、それが全人類に救いを与えてくれると」

キョン「確かにありがちだな」

古泉「そこで涼宮さんのお母さんは思いついてしまったんですね。
    娘の体を使って、神様をこの世に生み出そうと」

キョン「なんだって!」

古泉「そしてその儀式が火を用いる儀式だったんですが、儀式の不手際か、家は全焼、
    涼宮さんのお母さんは死亡、涼宮さんも瀕死の火傷を負ってしまったと」

キョン「じゃあ儀式は失敗したのか?いや、そんなことよりハルヒが瀕死だなんて…。」

古泉「いえ、そこなんですよ。儀式は成功したんです」

キョン「!?」

古泉「ですから、涼宮さんの胎内には、邪神が宿ってしまった」

キョン「それじゃまさか…」

古泉「そう、涼宮さんのあの能力は、本来邪神が持つ能力なんです」

キョン「そうか、だから…」

古泉「そう。機関が涼宮さんを“神”と呼ぶ理由です」

そして、と古泉は続ける。

古泉「普段あなたが目にしていた涼宮さんは、本体の涼宮さんではなく、
    いわば実体のある精神体と言ったところでしょうか」

古泉「涼宮さんの本体は、邪神のせいで瀕死の火傷をおいながら苦しみ続け、
    地下の狭い部屋のベッドの上で1日を過ごす」

古泉「その反動で、精神体はあのような自由奔放な性格になり、
    そして自分を現在の状態から救ってくれるような異能者達を無意識的に求めた」

ああ、そうか。だからハルヒは“日常”をあんなに嫌がって、“楽しいこと”に求めていたのか。

古泉「そして涼宮さんが死ぬ…
    つまり精神体が死ぬことは、彼女の肉体が邪神に乗っ取られるということですから、つまり…」

キョン「…邪神が復活する?」

古泉「そう、そしてそれは世界の終わりを意味します。」

古泉「どうです?こう考えると、結構つじつまが合うでしょ?」

確かに…、と俺は納得した。
普通の人間ならこんなものただのヨタ話だが、今の状況では信じないわけにもいくまい。

古泉「まぁ実際は涼宮さんの力を機関が利用する為に病院に監禁してるって側面もあったり、
    いろいろ複雑なんですが…」

キョン「しかしそんな話誰から聞いたんだ?」

古泉「森さんですよ。つい先日同様の話を伺いました。」

キョン「なるほど…」

古泉「だから、今日の事故は事故というより始末なんでしょうね、たぶん」

キョン「まさか?そんなはずはないだろう!」

古泉「いえ、おそらくそうです。機関の人間が霧ごときで事故を起こすはずがないでしょう」

キョン「そんな…じゃあ森さんは…」

古泉「森さんなら上手く逃げ仰せてるんじゃないですか?むしろ危なかったのは僕のほうです。
    あのまま向こうの世界にいたら始末されてましたよ」

ははは、と、他人事のように笑う古泉。
思えばこいつのこういうところに、今回は随分と救われてきたな。

古泉「おや、そろそろ目的の駅のようですよ?化け物と会わなくて運が良かった」

それと…、と古泉は付け加える。

古泉「ですから、嘘のことはこれでチャラですよ」

そういって古泉は爽やかに笑った。

しかし、その笑顔をかき消すように、すごいスピードで何かが迫って来て、古泉の顔を照らす。

無人の地下鉄だった。

古泉「危ない!」

突き飛ばされた俺は2本の線路の間、安全な場所に尻餅をついた。

キョン「古泉!古泉ーッ!」

叫ぶ声は轟音にかき消されて、霧散してしまう。

電車が過ぎ去った後の静寂の中、俺はただ呆然とするしかなかった。

そして呟く。

キョン「古泉…、冗談はよせよ。こんなところまで来て独りにすんじゃねぇよ」

キョン「返事しろよ古泉!!」

古泉「はい?」

え?

よく見ると、線路の中央にうつ伏せになって古泉は倒れていた。

古泉「いやぁ、死ぬかと思いましたよ。意外と電車と地面って隙間があるもんなんですね」

馬鹿野郎、とだけ答えて、俺たちは地上への階段を登った。

駅からハルヒの住所までは、それほど遠くなかった。
途中、犬のような化け物に何度か襲われたが、俺たちは辛くも撃退し、ハルヒの家へとたどり着いた。
白い壁の、一般的な2階建て住宅である。

キョン「ここか?」
古泉「はい、そうです。おそらく鍵はかかってないかと」

なんでわかる、と問いかける俺を無視して、古泉はかまわずノブを回しドアを開けた。

古泉「涼宮さんも、邪神も、あなたのことを必要としていますから」

古泉に続いて俺もなかにはいり、思わず驚いてしまった。

外からは想像もつかないくらい、焼け焦げて、ところどころ床が抜けている。

中はその時のままなんでしょうね、と古泉は言った。

床や壁は焼け焦げているが、調度品や家具はほとんど焼けていない。
そのちぐはぐな感じが妙に嫌な気分がした。
おそらくハルヒが普段使うものはある程度綺麗な状態なんだろう、というよくわかったようなわからないような古泉の弁。
鏡がほとんど無傷で残っているのが、女の子らしいと言えた。
とりあえず2階に上がり、突き当たりを左の扉を開ける。

女の子らしい内装にうさぎのマスコットのぬいぐるみがいくつか置いてある。
そして壁のコルクボードには家族で行った遊園地や、宿泊先のホテルの写真。

間違いなくここはハルヒの部屋だろう。
ベッドが真っ黒に焼け焦げているところからみても。

俺は机の上に置いてあったファンシーな柄の日記帳が気になって、それを手に取りページを開いた。
その途端、後ろから古泉が近づいてきて、日記帳を取り上げてしまった
女性の日記を勝手に読むものじゃありません、だと。
まぁその日記は二度と開かないだろう。
たまたま開いたページにはただ一言、

「しんでしまいたい」
とだけ書かれていた。

古泉「おや?この本棚の裏に扉がありますね」

そう言って古泉は、本棚を押したり引いたりしたが、どうやっても動かないらしい。

観念して、先ほどの日記帳を本棚の開いてるスペースに片付けると、いとも簡単に本棚はスライドした。

奥には木製の扉があった。

キョン「おかしいな、その扉を開けると外に出るはずだが」

古泉「そうですね。物理的にありえませんね」

古泉が扉を開けて、俺が後に続く。

そこは手術室で、中央に立っていたのは、朝比奈みくるだった。

みくる「キョン君、古泉君」

キョン「朝比奈さん…?」

古泉「朝比奈さん?死んだはずじゃ?」

みくる「“死んだはずじゃ”?ふふ、古泉君はひどいこと言いますね、キョン君?」

いつものような笑みを浮かべながら、手術台に座る朝比奈さん。

キョン「朝比奈さん、生きていたんですね?良かった…」

わかっていながら俺は思わず朝比奈さんに駆け寄った。

みくる「あら?キョン君までそんなこと言うんですね?」

うふふ、と小悪魔のような笑みを浮かべた朝比奈さんは不意に俺の手を掴む。

みくる「そんなに気になるなら触って確かめればいいじゃない?」

そう言って俺の手をおもむろに胸にあてがう。
ズブ、と朝比奈さんの胸の穴に手が突っ込まれる感触。
生温い血の温かさを感じて、俺はとっさに後ずさった。

みくる「どうしたの?キョン君?キョン君?」

見れば朝比奈さんは全身血まみれになって、うつろな表情でこちらを見ていた。
すると古泉は急に俺の袖を掴んで、強引に部屋の外に連れ出した。そして、扉が閉まる瞬間、確かに声がした。

「また私を置いて逃げるの?」って。

古泉「しっかりしてください!あれは朝比奈さんじゃありません!」

わからない。俺にはわからない。

古泉「あなたがそんなことでどうするんですか?しっかりしてください!」

ああ、そうだ。行かなきゃ。
朝比奈さんを置いて逃げても、俺にはしなきゃならないことがあるんだ。

辺りを見渡すと、そこは学校だった。
SOS団の部室。
俺やあいつや、みんなの居場所。

しかし、団長の椅子はどこにもなかった。

古泉「どういうことでしょうね、これは?」

団長の椅子どころか、机や三角錐など、ハルヒに関わるものは一切が消え失せた部室だった。

古泉「しかし随分と脈絡のない場所に出ますね。この分だと次はどこに出るか分かったものじゃない」

ガララ、とドアを開けると、古泉が目をまん丸くして驚いている。

続けざまにドアをくぐって、俺も驚いた。

そこは遊園地のメリーゴーランド。

しかしそこは別に驚くところじゃない。
「待ちくたびれた」

一番手前の馬に、長門が座っていた

キョン「長門…!お前…」

古泉「さすが長門さんだ。また会えて嬉しいですよ」

本当に嬉しい。
いくら長門とは言え、あの化け物の群れに襲われて、また生きて会えるとは思わなかった。
まじまじと見つめると、全身が爪傷だらけで服は汚れてぼろぼろ、ビスクドールのようなその顔にまで傷をつくっていた。

古泉「珍しくぼろぼろですね。大丈夫ですか」

そう言って長門に近づいた古泉の体が宙に舞う。

古泉が地面に叩きつけられるのが早いか、回転木馬は回り始めた。

長門「……………」

返事は無い。
いつもの長門じゃない。
長門は木馬から降りてゆっくりとこちらに近づいてくる。
上半身を後ろにやや逸らし、足を引きずりつつ、薄ら笑いを浮かべて。
長門はあんな有機的な動きはしない。
あれは長門の意思じゃない。

キョン「やめろ長門!近寄るな!」

やはり返事はなく、間合いは縮まっていく。

どうしていいかわからない。
仕方なくショットガンを構えて長門を脅す。

キョン「来るな!脅しじゃないぞ!止まるんだ長門!」

長門の歩みは止まらなかった。

そして長門が俺の頬に両手を伸ばし、さするように手を下に動かす。
そして頸部に手がさしかかった途端、猛烈な圧迫。

キョン「やめ…ろ…長…門」

意識が飛んでいきそうになる中で、俺にできることと言えば、指先に力を込めることだけだった。

火薬の音と、はぜる音。

火薬の臭いと、血の臭い。

そのいずれかで意識がはっきりしたかはわからない。

でも、最期の長門の
「どうして…?」
と訴えかける目ははっきりと覚えている。

胸元に醜い穴の開いた長門は、ゴボゴボと血を吐きながら、息絶えた。

そんな長門を俺は見下ろしながら、自分が何をしたのか、よくわかっていなかった。

俺が?長門を?
はっ、悪い冗談だ。
現実ヲ見ロヨ。
デモ正当防衛ダシ。
訳がわからない、どうしてこうなったんだか。
三角頭から助けてくれた長門を俺は。
罰当たりにも程ってもんがあろうに。

俺は、人を殺してしまった。よりによって長門を。

キョン「長門…」

俺の呼び掛けもむらしく、長門は小さな音を立てて崩れ落ちた

頭の中が真っ白になる。頼む、死なないでくれ長門。俺はお前に、返しきれないほどの恩があるんだ。頼む…。
俺の決心は頑ななものになった。

ハルヒを見つけなくては

古泉、大丈夫か?

「ええ、立てそうにはありませんが…」

生きてたらいいさ。

「長門さんは?」

首を横にふる。

「そうですか…、仕方ありませんね」

もう、俺とお前だけになっちまったな。

「そうですね。残念です」

だからさ、お願いがあるんだ。

「なんです?」

お前だけでも、生き残ってくれ…。

「はは、泣かないでくださいよ。大丈夫、約束します」

「だから、早く行って終わらせてください」

ああ。わかった。

「僕はここであなたが帰ってくるのを休憩しながら待っていますよ」

そして、こんなふざけた世界なんかぶっ壊してみんなを救うんだ。
ついでにハルヒだって救ってやるさ。そうだ、先に進まなくてはどうしようもない。
俺が助ける。意を決し、あえて古泉と長門の方を見ないようにして俺は歩を進めた。

次の扉の先は、何もない、ただの広い空間だった。

今くぐった扉さえ、消えていた。

もう武器は無い。

進むしか無い。

どの位歩いただろうか。

目の前に祭壇が見えてきた。

祭壇の中央には赤々と燃える篝火が。

その上には磔にされた涼宮ハルヒ。

そして祭壇の前に、あの赤い三角頭がいた。

キョン「ハルヒ…、やっと会えたな」

ハルヒ「キョン…、キョンなの…?」

キョン「そうだぞ」

ハルヒ「キョン…、逃げろって言ったのに…」

キョン「ここまで来るのに随分と苦労させられたのに、その言い種は無いだろう」

ハルヒ「知ってるわよ…私は全部見てたのよ…?
     みくるちゃんも、有希も、古泉くんも、あんたが苦しむところも全部…」

キョン「だと思ったよ」

ハルヒ「ならさっさと逃げなさいよ!このバカキョン!」

三角頭は大鉈を構えながら、こちらににじりよってきていた。

キョン「やっとハルヒらしさが戻ってきたじゃないか」

ハルヒ「こんな時まで余裕かまして…、何考えてんの?」

キョン「こんなときこそ落ち着かなきゃいけないんじゃないか。ヒーローは決して慌てないもんだ」

三角頭は歩みを止めない。

ハルヒ「誰がヒーローよ!人が逃げなさいって言ってるでしょ!聞きなさいよこのアホタレ!」

キョン「まだぜんぜん元気じゃないか。その磔自分で外して降りて来いよ」

ハルヒ「うるさいうるさいうるさい!」

ハルヒ「みくるちゃんも有希も死んじゃって、古泉くんも酷い目にあって、
     この上あんたまで死んじゃったら…」

ハルヒはボロボロと大粒の涙を流していた。

キョン「死んじゃったらどうするんだ?」

俺と三角頭の距離は、もう十分に大鉈が届く位置だ。

ハルヒ「あんたが死んじゃったら、生きていけないって言ってんのよ!」

三角頭は大鉈を振りかぶる。

ハルヒはひっ、とこちらから目を背けた。

キョン「違うだろ、ハルヒ!!」

三角頭の手が止まる。

キョン「お前が言うべきはそんなセリフじゃない。だってお前は我らが団長様なんだからな」

キョン「お前がどこの誰かなんて今さら俺は知らん。俺の知ってる涼宮ハルヒであれば十分だ。」

キョン「だからいいか、団員が死んだら生きていけないなんて、お前が言うべき言葉じゃない。
     お前が言うべきなのは」

キョン「『私の為に死になさい!』だ!そしたら俺は、喜んで死んでやるよ!」

ハルヒ「キョン…」

キョン「さぁ言え!ハルヒ」

ハルヒ「わかったわよ…、そんなに死にたいなら勝手に死ね、このバカキョン!」

三角頭の手が振りおろされる。

しかし、その切っ先は空を切り、その体躯は倒れ込んだ。

キョン「まったく、世話の焼ける団長様だな」

俺はふっ、と笑ってみせた。

ハルヒ「うるさいわ、私の為に死ね、なんて言わなくても理解しときなさいよ」

団員ならね、と顔を涙でグシャグシャにして喜ぶハルヒ。

キョン「待ってろ、今その暑苦しそうな所から降ろしてやるよ」

ハルヒ「だめ…」

キョン「?」

ハルヒ「あいつが、悪魔が無理やり出てこようとしてる!」

キョン「あいつって、あの邪神がか!?」

ハルヒ「完全じゃ無くても良いから、あいつが復活しようとしてるの!」

キョン「そんな!」

ハルヒ「ああぁぁあぁ!!」

腹を押さえて苦しむハルヒの腹を突き破って、まがまがしい、獣の頭を持った悪魔が現れた。
その気迫は邪悪に溢れ、その場全体の温度が10℃は下がったように感じられた。

キョン「ハルヒ!!」

そして俺は、崩れ落ちるハルヒを見た。

邪神の復活と同時に、この空間自体がバラバラと炎をあげながら崩れ落ちる。

おそらく、この不安定な空間が邪神の魔力に耐えられないからだろう。

俺は落ちる炎をかわすために左に身をかわした刹那、さっきまで俺の体があった場所に巨大な火柱が走った。

これがこの邪神の力なのか!?
今避けれたのはただのまぐれだ。次はない。
せめて銃があれば一矢報いれたのにな…。
ハルヒ、お前の敵をうてなかったのが残念だ。

そして邪神の火柱が俺を襲った。

キョン「くっ!?」

あれ、俺、まだ死んでない?

ハルヒ「キョンは殺させない…!」

ボロボロになりながらも、ハルヒは不思議な力で邪神の火柱と、落ちてくる炎を止めていた。

ハルヒ「あんたなんかに誰も殺させるもんですか…」

キョン「ハルヒ…」

ハルヒ「走って!キョン!今の内に!」

俺は言われるがままに、崩れる空間を光の射す方へ走る。

最後にハルヒの顔を見たとき、ハルヒは俺に向かって何かを呟いた。

「―――――。」

俺の耳には、その言葉は届かなかった。

キョン「よぉ」

古泉「お早いお帰りで」

キョン「また会えてよかったよ」

古泉「僕もですよ、全部片付いたんですか?」

キョン「ああ」

古泉「涼宮さんは?」

キョン「……また会えてよかったよ」

古泉「…そうですか」

そして俺は、気づいたらSOS団の部室にいた。

いや、今や部員のいない文芸部室らしい。

戻って来た世界は、涼宮ハルヒのいない、新しい世界だった。

だから、長門もいないし、朝比奈さんもいない。

しかし、何故か古泉はいて、事件の記憶も残っているようだった。

古泉「涼宮さんは、最後の力で改変したんでしょうね。
    長門さんも、朝比奈さんも死ぬことのない世界に」

キョン「ああ、だがな」

古泉「どうしました?」

キョン「…俺は辛い」

古泉「僕もですよ。まぁ慣れるまでの辛抱ですよ。それまでの我慢です」

キョン「ああ…、そうだな」

そう言って朝のHRに遅れて教室に入った俺の耳に聞こえてきた声。

「〇×高校から来た―――」

…また退屈しなくて、すみそうだな。

REBIRTH END