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前田藤四郎 極

Last-modified: 2018-02-05 (月) 18:32:37
40番
はい、ずっとお側におりますよ前田藤四郎 極(まえだとうしろう)短刀粟田口
ステータス(MAX)
生存47(57)打撃29(81)
統率41(83)機動60(130)
衝力34(39)範囲
必殺47偵察92(112)
隠蔽118兵装備スロット2
装備可能刀装
軽歩/重歩/投石/弓/銃
ランクアップチャート
前田藤四郎前田藤四郎 特(Lv20) →前田藤四郎 極(Lv60)
刀帳
大した活躍はこれからやります。
前田の、加賀の、いえ、人間を守るために戦う所存。
藤四郎が一振り、前田藤四郎と申します!

※ステータスは刀帳に表示されている初期値のもの カッコ内の数値は錬結・内番で強化できる限界値

CV:入江玲於奈、イラストレーター:問七(クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

ステータス


  • 大きな特徴として、ステータスの大幅な上昇とレア度の上昇に伴いスロット数が一つ追加された。
  • 昼戦での遠戦回避を確認されている。
  • 手入れ資源の係数が変化し、生存1回復につき各資源5となっている。

その他

小ネタ Edit

極の姿について

  • 帽子から兜にグレードアップ。特徴的な形状は加賀前田家の祖、前田利家の「金鯰尾兜」がモデルか。
  • 兜に合わせ、上腕部の防具(袖)が金色に。更に腰に草摺、脚に脛当が追加された。
     

修行について

  • 前田利政について
    • 前田利家の次男。利家が百万石を領した際、利政もこれに伴い1593年に七尾城城主となる。1599年に父より能登の所領を分与されて大名となった。
      利家死後の、1600年の関ケ原の戦いでは兄・利長と共に東軍に属し関ヶ原に向かう途中、北陸の西軍方の大聖寺城の山口宗永を陥れた。
      しかし、途上で突如、利長たちは金沢へ引き返した。金沢城へ引き返したあと利長は再出陣するが、利政は動かなかった。
      西軍が敗れたために改易で能登の所領を没収され、その所領は利長に与えられた。その後京都の嵯峨に隠棲して「宗悦」と号した。
      1614年からの大坂冬の陣では、両陣営から誘いを受けたが中立の立場を貫いた。
      戦後、家康から10万石に取り立てる打診を受けるが、「自分は大野治長の指揮下に入りたくなかっただけで、関東方(徳川氏)への忠節を尽くす行動ではない」と辞退している。
      死没は1633年、京都にて享年55歳。前田土佐守家の家祖。
    • 利政所有で有名な兜は「銀兎耳形兜」がある。前田は利政から父・利家の遺品を譲り受けたことになる。

その他、詳細は前田藤四郎を参照

主君のコメントです。流石ですね。 Edit

鍛刀成果の報告はレシピ報告内に、
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