「戸籍簿…ここか…。2023年度版……」
「まさか、疑わしい事案を調べるためだけに資料室を使おうとするとはな」
「…ごめんなさい」
「なに、気にしてなどない。ほら、例の子供について調べるんだろう?」
「ああ…」
ここは地方検察庁の資料集。
市民の戸籍簿や提出された届出書、過去の事件や裁判の資料など、ありとあらゆる情報がここに集約されている。
公的機関の職員でも、位が高い者しか基本的に立ち入れない。
今、スクエアスは検事正である父親の同伴・監視を条件に、位が低いながらも特例的に立ち入っている。
物事を徹底的に調べ真実を見極めるべし、中立たるものそれを怠るな。他でもない父親からの教えだ。
(ら行…5歳の18年生まれ…これか)
リノ・ハーヴェイ 種族:人間 性別:女 出生日:2018年06月01日 父母:スレイ・ハーヴェイ(父)/エリ・ハーヴェイ(母) 備考:〇〇児童相談所による経過観察対象者
(『経過観察対象者』…か。)
大抵の場合、経過観察対象者は実際に虐待を受けている。
被害者本人や、被害を相談された友人が児童相談所へ通報しても、親にうまいこと隠されてしまう。
児相も確証がないまま虐待疑いの親を警察送りにすることはできないため、「経過観察」という形にせざるを得ない。
リノも、そういうケースなのだろうか?
(…親についても調べておくべきだな…何か背景があるのかもしれない…。)
突然の失業により食べ物もろくに買うことができず窃盗で食いつないだ、第三者の絶対的な決定権に逆らえず犯罪に手を染めてしまった、etc…。
一口に違法行為と言っても、情状酌量の余地があるケースは一定数存在する。
そうでなくても、背景を知っておくに越したことはない。
全ての物事には、何かしらのきっかけがあるのだ。
(エリ・ハーヴェイ……結婚は7年前、旧姓はブラウン。過去に店舗からの窃盗により補導15回逮捕3回、いずれも罰金を納付し釈放。…罰金納付が出来ているあたり困窮はしていない…所得税納付額を見ても、実家含め家庭の収入は決して悪くない。困窮が動機でないのであれば窃盗癖だろうか…。)
(…リノが生まれて以降の逮捕は一度きり…母として更生したのか、娘をデコイに水面下で窃盗を続けているか…後者だとすれば相当悪運が強いことにはなるが、現状ではどちらの可能性も捨てきれないな。…あるいは、窃盗をやめた反動でリノを虐待しているか。どちらも「バレるか否かのスリル」という心理的側面が共通しているし、自分より弱く身近な者が八つ当たりの対象となる例は多い。可能性としては十分あり得る…)
(スレイ・ハーヴェイ……過去に2回結婚しているが、いずれも配偶者は自殺、子供も失踪。だが、リノ以外の子供に虐待疑惑がかけられた例はない…父親が直接手を出している可能性は低いと見ていいな…。だが、リノが虐待を受けていることを知らずにいるか、知ってて黙認しているか…問題はそこだな)
(…配偶者のうち一人は結婚後に違法薬物所持で複数回逮捕され勾留中に、もう一人は無差別殺人事件を起こした後に自殺…それ以前の犯罪履歴は両者共になし。彼の犯罪履歴もないらしいが、これは裏に何かがあるだろうな…これ以上追うのは困難だが…)
「ほんの五才児が万引きだなんて、世も末だな…」
「あの子自身の意思じゃないとは思いたいんですが…」
「スクちゃんは知ってるのか?」
「いえ…。でも、あの子が虐待を受けているってことはすぐに看破したみたいで…」
「かなりひどい怪我だったんですぅ。でも、親御さんにでも脅されているのか、なかなか話そうとしなくて…」
「そっか…」
姉のマール、妹のルーマ。そして暇つぶしがてら店を警備しているアルト。
3人ともこれ以上話すことがなく、店内を静寂が支配する。
朝方に預かった子供も、母親の仕事が思ったより早く終わったとのことで既に引き取られている。
今は平日の真っ昼間で、人通りもまばら。飲食店のように、常に需要があるわけでもない。
客がほとんど来ないのも、ある意味当然ではある。
沈黙を破ったのは15時の時報だった。
店内の壁にかかっている鳩時計と、街に聳える時計塔の鐘。
同じタイミングで違う音が鳴る。
「あっ、もうこんな時間なのね」
「今日はお客さんが少ないですねぇ…退屈ですぅ」
「『今日は』ってことは…普段はもっと来るの?」
「そうですねぇ、それなりには…」
「来る時はたくさん来ますけど、来ない時は全く来ないです」
「ふーん」
客があまりに来ないため、他愛もない雑談で暇を潰す3人。
そこに招かれざる客が来店してしまうことなど、誰が予想できようか。
カランカラーン♪
「あっ、いらっしゃいま「おい」…え?」
なんの前触れもなく店に入ってきたのは、身長が180センチはあるであろう屈強な男。
ここは子供向けのおもちゃを扱っている店だ。なのに、子連れというわけでもない。
たまに子供に内緒でプレゼントを買う人はいるが、彼はそういう雰囲気でもない。
「…なにか、お探しでしょうか…?」
「まあ、探してるヤツはいるな。」
「人探しなら、そこの交番で…」
「その必要はねぇよ。コイツのことは知ってるだろう?」
そう言って、男は一枚の写真を見せてくる。
「…これは…リノちゃん?」
「あの子を知ってるんですかぁ?」
姉妹の反応を見た男は呟いた。
「…やはり『お前ら』か。」
「えっ?」
「それはどういう…」
独り言に対する姉妹の質問に答えることなく、男は続ける。
「…なぜ俺がコイツを知ってるかだ。知ってるも何も、俺の娘だしなぁ?」
「「えっ…!?」」
(うわマジか…)
(続く)